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第一部
騒動の終息
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ヒューが砦へと戻り、アーチャは久方ぶりに一人になった。
あれから3日経つが、特に音沙汰はなく、風呂場のドアが開けられることはなかった。
たった一月程度のこととはいえ、ヒュー達騎士団の連中はアーチャの日常の中に溶け込んでいた。
仕事から帰ると、誰も家にいないことに対して違和感を覚える自分を、アーチャは嘲笑った。
(一人が寂しいなんて……)
これ以上、面倒事に巻き込まれるのはごめんだ。
アーチャは気持ちを切り替えるように、頭を軽く振り、ダビ酒を取りに貯蔵庫へ向かった。
以前の日常に戻っただけのことだ。
ーーーーーー
シャリー・フォレットが拘束されて、ちょうど一週間後のことである。
アーチャは休日を利用して、庭で秋に採れるちょっとした野菜の種まきをしていた。
しゃがんで作業していると、すっかり夏本番の照りつける太陽に首筋が熱をもった。
鍬を使って畝を作り、市場で買った葉もの野菜の種を蒔く。軽く土を被せ、水を撒けばおしまいである。
作業が終わると、アーチャは腰を伸ばし、額から垂れる汗を腕で拭った。作業していたのは、ほんの一時間程度だが、それなりに汗をかいている。
アーチャは手を洗って風呂場にぬるめのお湯を張ると、着替えをチェストから取り出して脱衣場で服を脱いだ。
石鹸で身体を洗っていたまさにその時、風呂場の裏口のドアがガチャリと開いた。
「……」
「……」
どこかで見たことある気がする赤毛の青年と目があった。
「う、うわぁぁぁぁぁぁ……!!」
青年は急に叫ぶと同時に、バタンッ!っと強くドアを閉めた。
アーチャは風呂桶を使って、身体についてる泡を流すと裏口の鍵をかけて湯船に浸かった。
(そういや、鍵すんの忘れてた)
ーーーーーー
アーチャは気がすむまでゆっくり湯船に浸かると、服を着替え、髪を乾かすのをそこそこに、風呂場の裏口のドアを無造作に開けた。
そこは一度だけ入ったことがある、砦の団長の執務室である。
一瞬、無人かと思ったが、デスクのすぐ脇に此方に背を向け頭を抱えて、しゃがみこんでいる人物が目に入った。
「おーい」
「!?」
声をかけると勢いよく振り返った。
耳まで真っ赤になっていた。
と、ガバッと土下座した。
「すいませんっ!!」
(おばさんの裸ごときに過剰反応しすぎだろ)
ていうか土下座ってこの世界にもあるんだ、と場違いなことを考えた。
「すいませんっ!本当、そんなつもりなかったんですっ!!許してくださいっ!!」
裏返った声で叫ぶように謝罪された。
「いや、いいから。とりあえず立って」
別に若い娘じゃあるまいし、お約束の風呂場でバッタリしたところで特に何か思うこともない。
おずおずと赤い顔のまま、青年が顔をあげた。
「……あの、えっと……その……」
「いいから立つ」
「は、はいっ!」
背の高い青年である鮮やかな赤毛はつい一週間前までは毎日目にしていたものと同じものだった。
「どうやら、元に戻れたみたいだね」
「は、はい。お陰さまで」
彼は均整のとれた鍛えられた逞しい身体を、情けなく縮ませて、そう応えた。
顔の赤みはまだとれない。
「元に戻った報告を、と思ったんですが……その……」
「私ゃ、気にしてないからアンタも気にすんなよ。若い娘じゃあるいし」
「いや、しかし……」
「アンタだって女の裸の一つや二つ、見たことくらいあるだろう?そう、過剰に反応すんなよ」
アーチャがそう言うと、ヒューは赤い顔を更に赤くして俯いた。
「……」
「……」
「……」
「……女の裸、見たことねぇの?」
「……はい」
「……アンタおいくつ?」
「……28です」
蚊の鳴くような小さな声で応えた。
思わぬところで、目の前の青年が童貞だと発覚した。別に知りたくもなかったが。
身の置き場がない風情の青年に、どうしたもんかと頭をかく。これじゃ、まともに話もできない。
アーチャはパンっと大きく手を叩いた。
それにビクッと反応した青年に対して、こう言った。
「頭を切り替えろ。騎士団長。話があるんだろう?」
目の前の青年、元の姿に戻ったヒュルト・マグゴナル・トゥーラは頷いた。
あれから3日経つが、特に音沙汰はなく、風呂場のドアが開けられることはなかった。
たった一月程度のこととはいえ、ヒュー達騎士団の連中はアーチャの日常の中に溶け込んでいた。
仕事から帰ると、誰も家にいないことに対して違和感を覚える自分を、アーチャは嘲笑った。
(一人が寂しいなんて……)
これ以上、面倒事に巻き込まれるのはごめんだ。
アーチャは気持ちを切り替えるように、頭を軽く振り、ダビ酒を取りに貯蔵庫へ向かった。
以前の日常に戻っただけのことだ。
ーーーーーー
シャリー・フォレットが拘束されて、ちょうど一週間後のことである。
アーチャは休日を利用して、庭で秋に採れるちょっとした野菜の種まきをしていた。
しゃがんで作業していると、すっかり夏本番の照りつける太陽に首筋が熱をもった。
鍬を使って畝を作り、市場で買った葉もの野菜の種を蒔く。軽く土を被せ、水を撒けばおしまいである。
作業が終わると、アーチャは腰を伸ばし、額から垂れる汗を腕で拭った。作業していたのは、ほんの一時間程度だが、それなりに汗をかいている。
アーチャは手を洗って風呂場にぬるめのお湯を張ると、着替えをチェストから取り出して脱衣場で服を脱いだ。
石鹸で身体を洗っていたまさにその時、風呂場の裏口のドアがガチャリと開いた。
「……」
「……」
どこかで見たことある気がする赤毛の青年と目があった。
「う、うわぁぁぁぁぁぁ……!!」
青年は急に叫ぶと同時に、バタンッ!っと強くドアを閉めた。
アーチャは風呂桶を使って、身体についてる泡を流すと裏口の鍵をかけて湯船に浸かった。
(そういや、鍵すんの忘れてた)
ーーーーーー
アーチャは気がすむまでゆっくり湯船に浸かると、服を着替え、髪を乾かすのをそこそこに、風呂場の裏口のドアを無造作に開けた。
そこは一度だけ入ったことがある、砦の団長の執務室である。
一瞬、無人かと思ったが、デスクのすぐ脇に此方に背を向け頭を抱えて、しゃがみこんでいる人物が目に入った。
「おーい」
「!?」
声をかけると勢いよく振り返った。
耳まで真っ赤になっていた。
と、ガバッと土下座した。
「すいませんっ!!」
(おばさんの裸ごときに過剰反応しすぎだろ)
ていうか土下座ってこの世界にもあるんだ、と場違いなことを考えた。
「すいませんっ!本当、そんなつもりなかったんですっ!!許してくださいっ!!」
裏返った声で叫ぶように謝罪された。
「いや、いいから。とりあえず立って」
別に若い娘じゃあるまいし、お約束の風呂場でバッタリしたところで特に何か思うこともない。
おずおずと赤い顔のまま、青年が顔をあげた。
「……あの、えっと……その……」
「いいから立つ」
「は、はいっ!」
背の高い青年である鮮やかな赤毛はつい一週間前までは毎日目にしていたものと同じものだった。
「どうやら、元に戻れたみたいだね」
「は、はい。お陰さまで」
彼は均整のとれた鍛えられた逞しい身体を、情けなく縮ませて、そう応えた。
顔の赤みはまだとれない。
「元に戻った報告を、と思ったんですが……その……」
「私ゃ、気にしてないからアンタも気にすんなよ。若い娘じゃあるいし」
「いや、しかし……」
「アンタだって女の裸の一つや二つ、見たことくらいあるだろう?そう、過剰に反応すんなよ」
アーチャがそう言うと、ヒューは赤い顔を更に赤くして俯いた。
「……」
「……」
「……」
「……女の裸、見たことねぇの?」
「……はい」
「……アンタおいくつ?」
「……28です」
蚊の鳴くような小さな声で応えた。
思わぬところで、目の前の青年が童貞だと発覚した。別に知りたくもなかったが。
身の置き場がない風情の青年に、どうしたもんかと頭をかく。これじゃ、まともに話もできない。
アーチャはパンっと大きく手を叩いた。
それにビクッと反応した青年に対して、こう言った。
「頭を切り替えろ。騎士団長。話があるんだろう?」
目の前の青年、元の姿に戻ったヒュルト・マグゴナル・トゥーラは頷いた。
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