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第一部
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アーチャは今とても混乱していた。
休日の昼下がりである。
自分一人だけなら絶対に入らないような、良家の子女達が好んで利用する高級感あふれる洒落た喫茶店のテーブルについている。
田舎町とはいえ、人の出入りの多いチュルガには裕福な者達も其れなりにおり、周囲にはそんな者達がきらびやかな装いで思い思いにお茶と会話を楽しんでいた。
清潔ではあるけれど、些か草臥れた古着を身につけたアーチャは、明らかに浮いていた。
目の前には一人の小綺麗な顔立ちの男が座って優雅にお茶を飲んでいる。
鮮やかな明るい青色の質の良さそうな上着が目に眩しい。
「・・・・・・で、何か私にご用ですか?わざわざこのような店にまで入って」
その日、アーチャは久しぶりに一人で町に来ていた。休日を利用し、ヒューが溜まっている書類仕事をこなしているのを横目に、さくっと家事と庭の手入れを終えて、一人で町に繰り出したのだ。
昼食は一人で勝手にするだろう。
必要以上に話したりしないとはいえ、あの狭い家に一緒に暮らし、職場も同じとなれば中々一人になる機会などない。
テーブルの上に山の如く積まれた書類に果敢に取り組んでいるヒューを置いて、これ幸いと久しぶりに自由な一人だけの気儘な時間を過ごすのだ、と張り切って出掛けたのが運のつきであった。
良さそうな飲食店を物色している時に、今目の前にいる男に捕まった。
歩いている時にいきなり後ろから腕を捕まれ、抵抗する間もなく、問答無用でこの店に連れ込まれた。
「久しぶりに会うのに、随分つれない態度だな」
目の前でにこやかに微笑むその男は、娼婦時代の常連だった男だ。
「・・・・・・ちょっとした出張から戻ったらお前はいなくなっていた。まさか、こんな所で会うとはな」
「・・・・・・貴方がお店に来られなくなる直前に身請けの話をいただいたんですよ。あの店では慣例として、身請けの挨拶等は2週間前から行うものですから、貴方には告げることができませんでした」
「隠居した老人に身請けされたと聞いたが?」
「えぇ。ただ、彼が亡くなったものですから。王都から此方に引っ越してきました」
「・・・・・・そうか・・・・・・」
「えぇ」
「暫く会わないうちに、少し老けたな」
「お店はいつも薄暗いですし、女の顔は化粧で作るものですから若く見えていたのでしょう。今は年相応です」
「そうなのか」
「はい」
「だが、今のお前も悪くはない」
「・・・・・・それはどうも」
「今は何を?」
「小さな飲食店で働いています」
「一人なのか?」
「・・・・・・それは恋人か旦那がいるのか、という意味ですか?」
「当然だ」
「・・・・・・因みにそんなこと聞いてどうするんですか?」
「決まっているだろう?」
「・・・・・・と、言うと?」
「私のご主人様になってもらう」
「・・・・・・」
アーチャは俯き、普段これっぽっちも信じていない神に助けを求めた。
目の前の元常連の男は変態だった。
しかも質が悪いことに、うっかりアーチャが開発、もとい調教しちゃった男だった。
アーチャ自身に特殊な性癖はない。断じてない。
しかし、新規客であった目の前の男に、本当についうっかりな感じで、結果的に調教紛いなことをしてしまったのだ。
アーチャからしたら八つ当たりのようなものであったが、結果として、目の前の男は新しい世界への扉を開いてしまった。
元々そういう性的嗜好がないため、精神的に大いに疲労するが、金払いが良く、体力的には然程負担のかからなかったこの男は、当時のアーチャの中では上客の部類に入っていた。
(よりにもよって、何でこの変態と遭遇しちまったんだっ・・・・・・!!)
気付かれないように奥歯をギリギリと噛み締めていると、男が楽しそうに口を開いた。
「面倒な出張から戻って、すぐに会いに行ったのにお前はいなかった。王都中を暇さえあれば探していたのに、見つからなかった。半ば諦めていたのに、こんな所で見つかるなんて・・・・・・これはもう運命としか言いようがない」
「出張に行ってた間もお前がいなくなった後も、ずっとお前のことが忘れられなかった。」
「この私にあんなことをしたのはお前だけだ」
「私をこんな身体にしたのはお前だ。責任をとるのは当然のことだろう?」
まっ昼間の健全な喫茶店で話すにはギリギリアウトな感じの話題と目の前の男という存在に、頭が痛くなってくる。
楽しそうに目をキラキラさせて此方を見てくる男を見なかったフリをして、とっととこの場から立ち去りたい衝動にかられる。
「ふふっ。ちょっとした用事でチュルガに来てよかった。こんなことなら、この間来たときも此処を探せば良かったな。そうしたら、もっと早くに会えたのに」
「この近くに宿があるんだ。あ、でも、お前の家にも行ってみたいな。宿には何も用意してないけど、お前の家なら色々小道具があるんだろう?」
(嬉々として何ぬかしてんだ、コノヤロー!人を変態のように言うなっ!!)
「・・・・・・あのですね、マートル様・・・・・・」
「あ、それ遊び用の偽名だから。お前には特別に私の名前を呼ばせてあげるよ」
「シャリーだよ。シャリー・フォレット。シャリー、もしくは豚野郎って呼んでくれて構わない」
目の前の男、シャリー・フォレットは、そういって愉しそうな笑みを浮かべた。
休日の昼下がりである。
自分一人だけなら絶対に入らないような、良家の子女達が好んで利用する高級感あふれる洒落た喫茶店のテーブルについている。
田舎町とはいえ、人の出入りの多いチュルガには裕福な者達も其れなりにおり、周囲にはそんな者達がきらびやかな装いで思い思いにお茶と会話を楽しんでいた。
清潔ではあるけれど、些か草臥れた古着を身につけたアーチャは、明らかに浮いていた。
目の前には一人の小綺麗な顔立ちの男が座って優雅にお茶を飲んでいる。
鮮やかな明るい青色の質の良さそうな上着が目に眩しい。
「・・・・・・で、何か私にご用ですか?わざわざこのような店にまで入って」
その日、アーチャは久しぶりに一人で町に来ていた。休日を利用し、ヒューが溜まっている書類仕事をこなしているのを横目に、さくっと家事と庭の手入れを終えて、一人で町に繰り出したのだ。
昼食は一人で勝手にするだろう。
必要以上に話したりしないとはいえ、あの狭い家に一緒に暮らし、職場も同じとなれば中々一人になる機会などない。
テーブルの上に山の如く積まれた書類に果敢に取り組んでいるヒューを置いて、これ幸いと久しぶりに自由な一人だけの気儘な時間を過ごすのだ、と張り切って出掛けたのが運のつきであった。
良さそうな飲食店を物色している時に、今目の前にいる男に捕まった。
歩いている時にいきなり後ろから腕を捕まれ、抵抗する間もなく、問答無用でこの店に連れ込まれた。
「久しぶりに会うのに、随分つれない態度だな」
目の前でにこやかに微笑むその男は、娼婦時代の常連だった男だ。
「・・・・・・ちょっとした出張から戻ったらお前はいなくなっていた。まさか、こんな所で会うとはな」
「・・・・・・貴方がお店に来られなくなる直前に身請けの話をいただいたんですよ。あの店では慣例として、身請けの挨拶等は2週間前から行うものですから、貴方には告げることができませんでした」
「隠居した老人に身請けされたと聞いたが?」
「えぇ。ただ、彼が亡くなったものですから。王都から此方に引っ越してきました」
「・・・・・・そうか・・・・・・」
「えぇ」
「暫く会わないうちに、少し老けたな」
「お店はいつも薄暗いですし、女の顔は化粧で作るものですから若く見えていたのでしょう。今は年相応です」
「そうなのか」
「はい」
「だが、今のお前も悪くはない」
「・・・・・・それはどうも」
「今は何を?」
「小さな飲食店で働いています」
「一人なのか?」
「・・・・・・それは恋人か旦那がいるのか、という意味ですか?」
「当然だ」
「・・・・・・因みにそんなこと聞いてどうするんですか?」
「決まっているだろう?」
「・・・・・・と、言うと?」
「私のご主人様になってもらう」
「・・・・・・」
アーチャは俯き、普段これっぽっちも信じていない神に助けを求めた。
目の前の元常連の男は変態だった。
しかも質が悪いことに、うっかりアーチャが開発、もとい調教しちゃった男だった。
アーチャ自身に特殊な性癖はない。断じてない。
しかし、新規客であった目の前の男に、本当についうっかりな感じで、結果的に調教紛いなことをしてしまったのだ。
アーチャからしたら八つ当たりのようなものであったが、結果として、目の前の男は新しい世界への扉を開いてしまった。
元々そういう性的嗜好がないため、精神的に大いに疲労するが、金払いが良く、体力的には然程負担のかからなかったこの男は、当時のアーチャの中では上客の部類に入っていた。
(よりにもよって、何でこの変態と遭遇しちまったんだっ・・・・・・!!)
気付かれないように奥歯をギリギリと噛み締めていると、男が楽しそうに口を開いた。
「面倒な出張から戻って、すぐに会いに行ったのにお前はいなかった。王都中を暇さえあれば探していたのに、見つからなかった。半ば諦めていたのに、こんな所で見つかるなんて・・・・・・これはもう運命としか言いようがない」
「出張に行ってた間もお前がいなくなった後も、ずっとお前のことが忘れられなかった。」
「この私にあんなことをしたのはお前だけだ」
「私をこんな身体にしたのはお前だ。責任をとるのは当然のことだろう?」
まっ昼間の健全な喫茶店で話すにはギリギリアウトな感じの話題と目の前の男という存在に、頭が痛くなってくる。
楽しそうに目をキラキラさせて此方を見てくる男を見なかったフリをして、とっととこの場から立ち去りたい衝動にかられる。
「ふふっ。ちょっとした用事でチュルガに来てよかった。こんなことなら、この間来たときも此処を探せば良かったな。そうしたら、もっと早くに会えたのに」
「この近くに宿があるんだ。あ、でも、お前の家にも行ってみたいな。宿には何も用意してないけど、お前の家なら色々小道具があるんだろう?」
(嬉々として何ぬかしてんだ、コノヤロー!人を変態のように言うなっ!!)
「・・・・・・あのですね、マートル様・・・・・・」
「あ、それ遊び用の偽名だから。お前には特別に私の名前を呼ばせてあげるよ」
「シャリーだよ。シャリー・フォレット。シャリー、もしくは豚野郎って呼んでくれて構わない」
目の前の男、シャリー・フォレットは、そういって愉しそうな笑みを浮かべた。
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