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第一部
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ヒューは色恋とはほぼ無縁といっても過言ではない男だった。
顔もそれなりに整っており、出自が少々複雑とはいえ、王家の血をひき、完全実力主義の騎士団において総長を勤めていた程の剣の腕前の持ち主でもあ る。
当然ながらモテる。
気性の荒い者も多い騎士団を束ねているにしては、 本人自身は穏やかな性格をしており、職務に就いている時以外は、気さくで人好きのする、実に好青年なのである。
身分・出自・容姿・性格
どれもが恋人・結婚相手として求める条件を限りなく満たしているともいえよう。 モテないわけがないのである。
しかし、ヒューに恋人ができたことは、一度もなかった。
幼少期より、兎に角剣を振るうことが好きで、暇さえあれば剣術の稽古に明け暮れ、それ以外は幼なじみ達と遊んだり、勉強したりと、年の近い少女や淑女達の熱い視線に気づくことすらなく、年頃になって周囲が年相応の遊びをし出すようになっても、恐 ろしく健全極まりない生活をしていた。
結婚の話も当然なかった訳ではないが、騎士として の職務と剣の修行が第一と、全て断っていた。
要は、基本的に剣や職務のことしか頭にない剣術バ カな男なのである。
ご婦人方に愛を告げられようと、周囲の者に見合いを勧められようと、剣しか愛せぬ男だという評判が城や騎士団に浸透してからは、そういったことすらなくなっていた。
新しい妃殿下が来るまでは。
妃殿下の行動も思いも、色恋になんら興味関心がなく、むしろ、仕事や剣の稽古の時間が減るため邪魔にしかならないと思っていたヒューにとっては迷惑以外の何ものでもなかった。 妃殿下の境遇自体には同情もするが、立場上、それを露骨に表す訳にもいかないし、 そもそも、其れと此れとは全く別問題だ。
散々付きまとわれ、職務の邪魔をされ、生き甲斐で ある剣の稽古の時間も削られ、挙げ句の降格左遷で、今では次期国王に命まで狙われている。
騎士となってからは自らの職に誇りを持ち、国と王と民のために必死で働いてきた。 しかし騎士として人として不名誉な死に方をするくらいなら、と自害を考えたことがないわけではない。
それを実行に移さなかったのは大事な者達が周囲にいたからだ。此れまでずっと共に学び、遊び、職務に励んできた仲間達が自分を守ろうとして くれている。
その者達の思いに応え、例えどんな目に遭おうとも、騎士として誇りを持って生き抜こうと自分自身と自らの剣に誓った。
そう。
例え、敵の魔術により子供の姿となり、スカート履いていても。
そして、現在必要に迫られ、成り行きで働くことになった店の店主の孫息子に求婚されたとしてもだ。
------
アーチャの小さな家にある唯一の部屋は、今、どんよりとした空気に満ちていた。
小さな身体からよくぞここまで、といっそ感心する程、暗い空気を放っている者がいるからだ。
店から帰る途中も一言も口を開かず、出迎えたケディとウィルが思わず引くほど、重々しい空気を背負っていた。
そんなヒューとは対称的に、面白くって仕方がないと顔に書いてある様なアーチャに、二人は訝しげな顔を隠しもしなかった。
「で?」
「ん?」
「何があったんだ、一体」
「ヒューがあそこまで落ち込んでるのって、何があったんですか?もしかして、何か壊したりやらかしたりしたんですか?」
家に入るなり、窓際で自分の寝袋にくるまって丸く なったヒューに聞こえないような小声で、二人が訝しそうにアーチャに聞いてきた。
心配なのか、ウィルはチラチラとヒューの様子を 伺っている。
「いやなに、大したことはないよ」
「ただ、ガディさんの孫息子に嫁になれと言われた だけ・・・・・・だ・・・・・・っはっはっはっはっはっ・・・・・・」
ずっと我慢していた笑いが瞬間吹き出した。 二人はポカンとしている。
笑い声が家中に響きだした途端、室内の空気の重々しさが増した。発生源は言わずもがな、である。
それから暫くの間、部屋にアーチャの笑い声だけが響くという、奇妙な状況が続いた。
顔もそれなりに整っており、出自が少々複雑とはいえ、王家の血をひき、完全実力主義の騎士団において総長を勤めていた程の剣の腕前の持ち主でもあ る。
当然ながらモテる。
気性の荒い者も多い騎士団を束ねているにしては、 本人自身は穏やかな性格をしており、職務に就いている時以外は、気さくで人好きのする、実に好青年なのである。
身分・出自・容姿・性格
どれもが恋人・結婚相手として求める条件を限りなく満たしているともいえよう。 モテないわけがないのである。
しかし、ヒューに恋人ができたことは、一度もなかった。
幼少期より、兎に角剣を振るうことが好きで、暇さえあれば剣術の稽古に明け暮れ、それ以外は幼なじみ達と遊んだり、勉強したりと、年の近い少女や淑女達の熱い視線に気づくことすらなく、年頃になって周囲が年相応の遊びをし出すようになっても、恐 ろしく健全極まりない生活をしていた。
結婚の話も当然なかった訳ではないが、騎士として の職務と剣の修行が第一と、全て断っていた。
要は、基本的に剣や職務のことしか頭にない剣術バ カな男なのである。
ご婦人方に愛を告げられようと、周囲の者に見合いを勧められようと、剣しか愛せぬ男だという評判が城や騎士団に浸透してからは、そういったことすらなくなっていた。
新しい妃殿下が来るまでは。
妃殿下の行動も思いも、色恋になんら興味関心がなく、むしろ、仕事や剣の稽古の時間が減るため邪魔にしかならないと思っていたヒューにとっては迷惑以外の何ものでもなかった。 妃殿下の境遇自体には同情もするが、立場上、それを露骨に表す訳にもいかないし、 そもそも、其れと此れとは全く別問題だ。
散々付きまとわれ、職務の邪魔をされ、生き甲斐で ある剣の稽古の時間も削られ、挙げ句の降格左遷で、今では次期国王に命まで狙われている。
騎士となってからは自らの職に誇りを持ち、国と王と民のために必死で働いてきた。 しかし騎士として人として不名誉な死に方をするくらいなら、と自害を考えたことがないわけではない。
それを実行に移さなかったのは大事な者達が周囲にいたからだ。此れまでずっと共に学び、遊び、職務に励んできた仲間達が自分を守ろうとして くれている。
その者達の思いに応え、例えどんな目に遭おうとも、騎士として誇りを持って生き抜こうと自分自身と自らの剣に誓った。
そう。
例え、敵の魔術により子供の姿となり、スカート履いていても。
そして、現在必要に迫られ、成り行きで働くことになった店の店主の孫息子に求婚されたとしてもだ。
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アーチャの小さな家にある唯一の部屋は、今、どんよりとした空気に満ちていた。
小さな身体からよくぞここまで、といっそ感心する程、暗い空気を放っている者がいるからだ。
店から帰る途中も一言も口を開かず、出迎えたケディとウィルが思わず引くほど、重々しい空気を背負っていた。
そんなヒューとは対称的に、面白くって仕方がないと顔に書いてある様なアーチャに、二人は訝しげな顔を隠しもしなかった。
「で?」
「ん?」
「何があったんだ、一体」
「ヒューがあそこまで落ち込んでるのって、何があったんですか?もしかして、何か壊したりやらかしたりしたんですか?」
家に入るなり、窓際で自分の寝袋にくるまって丸く なったヒューに聞こえないような小声で、二人が訝しそうにアーチャに聞いてきた。
心配なのか、ウィルはチラチラとヒューの様子を 伺っている。
「いやなに、大したことはないよ」
「ただ、ガディさんの孫息子に嫁になれと言われた だけ・・・・・・だ・・・・・・っはっはっはっはっはっ・・・・・・」
ずっと我慢していた笑いが瞬間吹き出した。 二人はポカンとしている。
笑い声が家中に響きだした途端、室内の空気の重々しさが増した。発生源は言わずもがな、である。
それから暫くの間、部屋にアーチャの笑い声だけが響くという、奇妙な状況が続いた。
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