夜の散歩

丸井まー(旧:まー)

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第一部

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酒での失敗というものは呑みなれない或いは呑み方を知らない若い時分にはよくあることだ。
泣いたり吐いたり叫びだしたりくだを巻いたりなんてのは序の口で、うっかり記憶をどこぞに落としてきたり、気がつけば変なところで寝ていたり(空の浴槽の中とか家のトイレの中とか)、うっかり同性やその場にいる人間とキスして後から自己嫌悪で頭を抱えたり、果ては目が覚めたら隣に裸で寝ている誰かがいたり。
残念ながら翌日に記憶が残っている場合は二日酔いの頭を抱えてのたうち回りたくなるようなことをしてしまうのが酔っ払い、むしろ酒に呑まれた人間である。

篤美も歳を重ねるにつれ酒の失敗は少なくなっていったが、特に大学時代の酒の失敗は伝説級のものも含めて大小多数ある。

大学時代は平日休日関係なく誰かの家で飲み明かすなんてことはざらにあった。自分に合った呑み方を知らなかった当時は注がれるままに飲み干し、勧められた酒は断らずにまた飲み干し、ひたすら呑み倒した。元々はあまり酒に強い方ではなかったが、仲の良かった先輩が「酒は呑んで吐いて強くなれ!」という感じの人だったのでガンガン呑みまくり、今ではそこそこ酒に強くなった。

今にして思えば随分無茶な呑み方をしていたものだ。昨今の大学生は篤美が大学生だった頃のような呑み方はしないらしい.
篤美が大学に通っていた時分は呑めなくても呑め!という風潮が強かったが、今はそんなことを言うと白い目で見られ、強引に呑ませようとするとすぐに問題になる。
時流というものなのだろう。昨今の若者に対して色々と思うところがないわけではないが、ここでそれを語るまい。

話がいまいち見えないかもしれないかもしれないが何が言いたいかというと、酒の失敗はよくあるよね、ということだ。







--------

窓から明るい日差しがそそぎ明るい室内の中、頭を抱えるようにテーブルに突っ伏す女が二人いた。
周りにはいくつもの空瓶が乱立し、換気をしても未だ消えない飲み会後独特の臭いが室内に立ちこめていた。呆れたような様子を隠さない少女がパタパタと空瓶や食べ散らかされた食器類を運ぶために台所と居間を何度も往復している。
テーブルや床に落ちていた物を全て片づけると、とても淑女とは言い難い低い唸り声をあげる二人の女の前に冷たい水を入れたコップを差し出した。


「はい、どうぞ。もう!二人とも呑み過ぎですよ」

「……うあぁぁぁ……呑み過ぎたぁ……」

「……あ、たま……痛い……」

「これ飲んだら少しはすっきりしますから」


差し出されたコップを有り難く受け取り、冷たい水を一気に飲み干すと、二日酔いの耐えがたい頭痛・吐き気が少しはマシになったような気がした。
大きく息を吐き出すと自分の息の酒臭さが鼻につき、完全に自業自得ながら不快さに鼻の頭に皺を寄せた。
横を見ると、アリアも同様に青白い顔で酒臭い溜息を吐きだしていた。


「とりあえず二人ともお風呂に入って酒を抜いてきて下さいよ。今日は仕事前にウィルが来ることになってるんですから」

「……あー、だったわね……アリアちゃん、お先にどーぞー。着替えは適当に使っていいから」

「……はい……お借りします……」


ふらふらと風呂場に向かうアリアを見送ると、篤美は再びテーブルに突っ伏した。


「……はぁぁ……しんど……前はこの程度の酒、翌朝には抜けてたのになぁ……歳かねぇ」

「あれだけ呑んだら二日酔いにもなりますよ。二人でどれだけ呑んだと思っているんですか」

「いや、だってアリアちゃんが意外とイケる口だったから、つい……」

「つい……じゃありませんよ。もう!買いだめしてた家のお酒を一本残らず飲み干して。挙句に酔って俺に絡んでくるし!」

「……あー……うん。ごめん。記憶がかなりおぼろげで……ぶっちゃけ覚えてない」


ヒューが心底呆れたように溜息を吐いた。
その間も朝食の支度をしたり、ベットのシーツを剥がしたりとパタパタと篤美の周りを動き回っている。


「朝ご飯はどうしますか?」

「あー、私はいいわぁ。今固形物を口にしたら逆流する」

「……分かりました。ウィルが来たら二日酔いに効く薬を作ってもらいますから」

「おんやぁ?……あの子、そんなもん作れんの?」

「えぇ。ウィルの母親直伝らしいんですが、かなり効きますよ」

「へぇ。あの子のお袋さんは薬師なのかい?」

「いえ。ウィルの実家は代々食堂兼宿屋を営んでますよ。夜は勿論お酒も出しますし、二日酔いの泊まり客相手に出すために、昔から実家で作ってるんだそうで」

「え、あの子貴族じゃないの?あんたの乳兄弟じゃなかったっけ」

「えぇ、まぁ。俺は母親が平民で、ウィルの母親とは親友だったらしいです。その縁で俺の乳母になってくれたらしいですよ」

「へぇ……ってそんなこと軽々しくバラしていいわけ?」

「何がです?」

「王族なのに母親が平民とか。貴族社会のこの国じゃ、色々問題視されるんじゃないの?」

「まぁ、それなりに。けれど皆知っていることですから、今更隠す必要は全くありませんので」

「ふーん。そういうもんなの」

「はい」


元いた世界も含めて王族というものにはスキャンダルが付き物だ。
イギリス王家なんかは実に分かりやすい例だろう。篤美はそういったスキャンダルを週刊誌やゴシップ雑誌で読むことを好んでいた。
あまり良い趣味ではないが、有名人や上流階級の下世話なスキャンダルは何時の時代も庶民のいい娯楽なのである。
チラリと見えたヒューの複雑そうな生い立ちは、篤美の好奇心や野次馬根性を疼かせた。
が、今の篤美の体調では、正直、話を根掘り葉掘り聞きだす気力が湧かない。仮に話を聞いたとしても、右から左に流れて、脳味噌には情報が残りそうになかった。


(……ぬぅ……二日酔いでさえなければ……)


普段通り、いや、若干呆れているような表情のヒューをテーブルに突っ伏した状態でチラッと見上げる。
その表情からは、自分の生い立ちについて、どう考えているのかを読みとることはできない。
ヒューと関わるようになって幾日か経つが、ある意味初めてヒュルト・マクゴナル・トゥーラという人物に対して興味を持った。ゴシップ的な意味でだが。


「私のことはいいから朝飯食べな。彼女もあの様子じゃ多分無理でしょ」

「確かにそうですね。じゃあ、そうします」


ヒューは風呂場の方にチラッと視線をやり、幼い顔に苦笑を浮かべながら頷いた。
そのまま台所に向かう背中をなんとなしに見送り、突っ伏すのに組んでいた腕をだらりと両脇に下げ、片頬をピタリとテーブルにくっつける。
少々ざらりとした木の感触が頬に触れる。
視線の先には、こぼれた酒の赤い染みがいくつかあった。
特に何かでコーティングされていない、素朴な木製のテーブルだ。日本酒や焼酎のような透明ではない、赤ワインの様な果実酒の染みは多分今更拭いても落ちないだろう。

風呂から上がったアリアと台所にいるヒューの話す声が聞こえる。
篤美は大きく息を吐いた後、よいしょ、と声を出して椅子から立ちあがった。
何はともあれ、ひとまず酒を抜こう。



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