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第一部
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どれほどの時間が経ったかは分からないが、感じていた彼女の震えも嗚咽もおさまりつつあった。
アリアの顔を押し付けていた篤美の肩は冷たく湿っていたが、甘える様にすり寄る彼女の身体は温かかった。
落ち着いた頃合いを見計らってそっと彼女の身体を離す。俯いた彼女の顔を覗き込めば、目と鼻が真っ赤になり頬に涙の跡があった。
彼女の顔を指で優しく擦りながら静かに声をかける。
「……落ち着いた?」
「……はい」
「ん。辛いことを話してくれてありがとう」
「いえ、こちらこそ……あの、すいません」
恥いるように顔を俯かせるアリアの頬を両手で包んで顔を上げさせる。
「ご飯、食べようか」
わざとそれまでのシリアスな空気を吹き飛ばすようにニカッと笑いかけると、一瞬虚をつかれたような顔をして脱力したように眉を八の字に下げた。
「……はい」
アリアが鼻声で応えると、篤美はニッと笑って身の置き場がない様な顔でもじもじとスカートを弄っていたヒューを見た。
「家に帰ってご飯にするよ。あいつらにそう言ってきて」
「はい!」
弾かれたようにヒューがバタバタとカーテンの向こうに消えた。
家に帰ってご飯を食べるのは篤美の中では決定事項であるが、家に帰っても調理前の材料しかないし、騎士団連中とてアリアの事情が聞きたいだろう。
ウィルならばこちらの意向を汲んで、夕飯を届けてくれるだろう。(多分)
そうしないうちにヒューとケディが顔を覗かせた。
「話が終わったって?」
「あぁ、後で詳しく話すよ。飯は家に持ってきてちょうだい。このまま家まで連れてくから。アンタみたいなごっつい厳つい髭が一緒だと落ちかないだろうしね」
「厳ついのは否定せんが、ちと傷つくぜ」
「ぬかせ。あぁ、アリアさん。このむっさい髭は騎士団の副団長様だよ。見た目こんなだけど取って食うってことはないから、多分」
「……言い放題だな、おい。ディリア騎士団副団長ケディ・イザークだ。アンタのことは後からこいつから聞いても構わないか?」
「……ア、アリア・バークレーです。ご、ご迷惑をおかけしてすいません」
突然現れた厳つい髭熊に萎縮して固まっていたアリアが顔を引きつらせながらか細い声で応えた。
気のせいでなく明らかにベットの上で可能な限り後ろに身を引いている。十中八九ケディが怖いのだろう。
何せでかいし、ごついし、むさいし、髭だし、顔が怖い。
(仕方がないとはいえ、もちっと人当たりのいいのをよこしてくれりゃいいものを)
「他のは?」
「ウィルたちは食事を用意しに行きました。家に持ってきてくれるらしいので、先に戻ってましょう。先生は自室に戻りました」
「あいよ。じゃあ、行こうかね。ヒュー、荷物持って。ケディ、アンタはどうする?」
「俺は今日はこっちに詰めとく。ウィルとバルトを行かせるぞ」
「ん~、了解。じゃあアリアさん、行こうか。立てるかい?」
「あ、はい」
ベットのアリアに手を貸して立たせる。少しふらついたが、特に問題なさそうだ。さすが魔術といったところか。
もしかしなくてもアリアよりも篤美の方が疲労が激しいだろう。可能ならバルトに回復魔法とやらをかけて欲しいくらいだ。
「はーい、行くぞー。案内よろしくー」
支えるときに握ったアリアの手をそのまま引くように歩き始める。
ケディがさっさと歩き始めたので遅れないようについていく。前回同様歩幅の違いに考慮がない歩みだ。奴は絶対に女にもてないと確信が持てた。
篤美一人なら構わないが、今は他にも女子供がいる。仕方がなく前をさっさと歩くケディに声をかける。
「おーい。こちとら女子供なんですけどー。歩幅が違うんですけどー。歩くの速すぎるんですけどー」
厭味たらしくわざと語尾を伸ばして言うと、今気づいたって顔をして立ち止まって振り返った。
「あー……わりぃ」
「いーえー」
気まずそうに頭をかく髭熊を篤美の斜め後ろを歩いていたヒューがおかしそうにクスクス笑う。
バツが悪そうな顔で進行方向を向いて再び歩き始める。
今度は先ほどよりもゆったりで、篤美はアリアと繋いだ手を軽く振りながら後ろをついていった。
‐‐‐‐‐‐‐
騎士団長の執務室にある扉を通って篤美の家に戻ってきた。
不思議そうな顔で目をパチクリさせているアリアに企業秘密故他言無用と言い聞かせてケディが戻っていった。
女二人に子供一人とはいえ、たいして広くもない風呂場は明らかに人数オーバーである。まだ少し呆然としているアリアの手を引いて居間(兼寝室兼食堂)に案内して椅子に座らせる。
「さてと。ご飯が来るまでお茶でも飲んでますか」
「お湯沸かしてきます」
「お、じゃあお願い。あぁ、アリアさん。ご飯持ってきてくれる子も一緒に食べることになるかもしれないけど大丈夫?嫌なら追い返すけど」
言葉の最後をおどける様に告げると、はっと正気に戻るように瞬いた後、大丈夫という答えがあった。
ヒューが台所でごそごそする音を聞きながら、こちらはこちらで人数分の椅子を出して並べる。
これだけの人数は久しいかもしれない。ウィルとバルトが来たら狭くなるなぁ、と思いながら全員座れるように椅子を配置する。
アリアも椅子から立ちあがって手伝ってくれたため、すぐに作業が終わった。
「よーし。後はご飯が届くだけね。あ、アリアさんってお酒飲める?」
「えっと……飲んだことないです……」
「あら、そうなの?試しに飲んでみる?酒を飲んで憂さ晴らしできんのは大人の特権よ。飲んで酔って叫んですっきり!酒は憂さを晴らす箒みたいなもんよ」
篤美がニカッと笑うと、つられるようにアリアも微笑んだ。
「……じゃあ、いただいてもいいですか?」
「勿論!お酒につきあってくれる人がいなかったから嬉しいわ」
「お酒、好きなんですか?」
「お酒と煙草があればどこでだって生きていけるくらいにはね」
おどけて肩をすくめると、クスクスと控えめにアリアが笑った。
アリアの顔を押し付けていた篤美の肩は冷たく湿っていたが、甘える様にすり寄る彼女の身体は温かかった。
落ち着いた頃合いを見計らってそっと彼女の身体を離す。俯いた彼女の顔を覗き込めば、目と鼻が真っ赤になり頬に涙の跡があった。
彼女の顔を指で優しく擦りながら静かに声をかける。
「……落ち着いた?」
「……はい」
「ん。辛いことを話してくれてありがとう」
「いえ、こちらこそ……あの、すいません」
恥いるように顔を俯かせるアリアの頬を両手で包んで顔を上げさせる。
「ご飯、食べようか」
わざとそれまでのシリアスな空気を吹き飛ばすようにニカッと笑いかけると、一瞬虚をつかれたような顔をして脱力したように眉を八の字に下げた。
「……はい」
アリアが鼻声で応えると、篤美はニッと笑って身の置き場がない様な顔でもじもじとスカートを弄っていたヒューを見た。
「家に帰ってご飯にするよ。あいつらにそう言ってきて」
「はい!」
弾かれたようにヒューがバタバタとカーテンの向こうに消えた。
家に帰ってご飯を食べるのは篤美の中では決定事項であるが、家に帰っても調理前の材料しかないし、騎士団連中とてアリアの事情が聞きたいだろう。
ウィルならばこちらの意向を汲んで、夕飯を届けてくれるだろう。(多分)
そうしないうちにヒューとケディが顔を覗かせた。
「話が終わったって?」
「あぁ、後で詳しく話すよ。飯は家に持ってきてちょうだい。このまま家まで連れてくから。アンタみたいなごっつい厳つい髭が一緒だと落ちかないだろうしね」
「厳ついのは否定せんが、ちと傷つくぜ」
「ぬかせ。あぁ、アリアさん。このむっさい髭は騎士団の副団長様だよ。見た目こんなだけど取って食うってことはないから、多分」
「……言い放題だな、おい。ディリア騎士団副団長ケディ・イザークだ。アンタのことは後からこいつから聞いても構わないか?」
「……ア、アリア・バークレーです。ご、ご迷惑をおかけしてすいません」
突然現れた厳つい髭熊に萎縮して固まっていたアリアが顔を引きつらせながらか細い声で応えた。
気のせいでなく明らかにベットの上で可能な限り後ろに身を引いている。十中八九ケディが怖いのだろう。
何せでかいし、ごついし、むさいし、髭だし、顔が怖い。
(仕方がないとはいえ、もちっと人当たりのいいのをよこしてくれりゃいいものを)
「他のは?」
「ウィルたちは食事を用意しに行きました。家に持ってきてくれるらしいので、先に戻ってましょう。先生は自室に戻りました」
「あいよ。じゃあ、行こうかね。ヒュー、荷物持って。ケディ、アンタはどうする?」
「俺は今日はこっちに詰めとく。ウィルとバルトを行かせるぞ」
「ん~、了解。じゃあアリアさん、行こうか。立てるかい?」
「あ、はい」
ベットのアリアに手を貸して立たせる。少しふらついたが、特に問題なさそうだ。さすが魔術といったところか。
もしかしなくてもアリアよりも篤美の方が疲労が激しいだろう。可能ならバルトに回復魔法とやらをかけて欲しいくらいだ。
「はーい、行くぞー。案内よろしくー」
支えるときに握ったアリアの手をそのまま引くように歩き始める。
ケディがさっさと歩き始めたので遅れないようについていく。前回同様歩幅の違いに考慮がない歩みだ。奴は絶対に女にもてないと確信が持てた。
篤美一人なら構わないが、今は他にも女子供がいる。仕方がなく前をさっさと歩くケディに声をかける。
「おーい。こちとら女子供なんですけどー。歩幅が違うんですけどー。歩くの速すぎるんですけどー」
厭味たらしくわざと語尾を伸ばして言うと、今気づいたって顔をして立ち止まって振り返った。
「あー……わりぃ」
「いーえー」
気まずそうに頭をかく髭熊を篤美の斜め後ろを歩いていたヒューがおかしそうにクスクス笑う。
バツが悪そうな顔で進行方向を向いて再び歩き始める。
今度は先ほどよりもゆったりで、篤美はアリアと繋いだ手を軽く振りながら後ろをついていった。
‐‐‐‐‐‐‐
騎士団長の執務室にある扉を通って篤美の家に戻ってきた。
不思議そうな顔で目をパチクリさせているアリアに企業秘密故他言無用と言い聞かせてケディが戻っていった。
女二人に子供一人とはいえ、たいして広くもない風呂場は明らかに人数オーバーである。まだ少し呆然としているアリアの手を引いて居間(兼寝室兼食堂)に案内して椅子に座らせる。
「さてと。ご飯が来るまでお茶でも飲んでますか」
「お湯沸かしてきます」
「お、じゃあお願い。あぁ、アリアさん。ご飯持ってきてくれる子も一緒に食べることになるかもしれないけど大丈夫?嫌なら追い返すけど」
言葉の最後をおどける様に告げると、はっと正気に戻るように瞬いた後、大丈夫という答えがあった。
ヒューが台所でごそごそする音を聞きながら、こちらはこちらで人数分の椅子を出して並べる。
これだけの人数は久しいかもしれない。ウィルとバルトが来たら狭くなるなぁ、と思いながら全員座れるように椅子を配置する。
アリアも椅子から立ちあがって手伝ってくれたため、すぐに作業が終わった。
「よーし。後はご飯が届くだけね。あ、アリアさんってお酒飲める?」
「えっと……飲んだことないです……」
「あら、そうなの?試しに飲んでみる?酒を飲んで憂さ晴らしできんのは大人の特権よ。飲んで酔って叫んですっきり!酒は憂さを晴らす箒みたいなもんよ」
篤美がニカッと笑うと、つられるようにアリアも微笑んだ。
「……じゃあ、いただいてもいいですか?」
「勿論!お酒につきあってくれる人がいなかったから嬉しいわ」
「お酒、好きなんですか?」
「お酒と煙草があればどこでだって生きていけるくらいにはね」
おどけて肩をすくめると、クスクスと控えめにアリアが笑った。
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