夜の散歩

丸井まー(旧:まー)

文字の大きさ
上 下
6 / 59
第一部

夜の散歩

しおりを挟む
篤美は一人夜道を歩いていた。

仕事が終わり、いったん家に帰った後、夜の散歩へと繰り出したのである。
普段は通勤そのものがある意味夜の散歩状態ではあるが、この日は何か物足りなく感じ、荷物だけを部屋においてふらりと出掛けてみたのである。

青みがかった月が中天に差しかかる頃合いである。
今夜は満月であるから、カンテラも必要なく、青白い月明かりに照らされた道を歩く。
普段は街の方向にしか、歩みを進めないため、今夜は街の外、森の方向へと歩いていた。
右手に鬱蒼とした森があり、左手に畑が広がる道をただ歩く。


篤美は歩く事が好きだ。特に静かな夜は。
黙々と足を進めていくうちに、頭の中にある様々なことが消え去り、ただ無心になる。
その瞬間がたまらなく好きだ。

右足と左足を交互に前に出す単純作業。
歩みを邪魔するものなど何もなく、今夜は獣達の声も聞こえない。
ただ静寂だけが世界を支配していた。


体感時間的に1時間程、歩いただろうか。
ふと、森の中に目をやると、森の中が白い光を放っていた。

(なんだありゃ)

好奇心がむくむくと湧きあがり、夜の森に入る危険性など考えずに道を逸れて森へと入る。
ガサガサと下草をかき分け、木々の折り重なるような葉っぱに月光が遮られて視界の悪い中を時折顔や腕にあたる木の枝を除けながら進む。


5分ほど進むとひらけた所に出た。
その場所の様子は、幻想的としか言いようがなかった。

スズランのような形の、しかし花の大きさは水仙程ある白い花をつけた植物が、視界いっぱいに月の光を受け止め白く発光していた。


自分の身体がふるりと震えるのが分かった。
急速に目頭が熱くなったかと思ったら、ポタリポタリと顎を伝って涙が落ちた。

目の前の光景に、言葉にできない程の感動を覚えた。

元いた場所では、決して見ることができなかった光景。

その幻想的な様子にただ立ち尽くし、涙を流すことしかできなかった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

処理中です...