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6:温かい子

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 アベルは、マチューと一緒に、自宅の台所で、夕食を作っていた。今夜のメニューは、白身魚のワイン蒸しと野菜たっぷりのスープ、買ってきた胡桃パンである。デザートに苺もある。白身魚に合うワインも買ってある。
 2人でお喋りしながら、料理を完成させると、居間のテーブルに料理を盛った皿を運んだ。ワイングラスにワインを注いだら、夕食の始まりである。
 アベルは、香草がいい感じに仕事をしている美味しい白身魚をもぐもぐと咀嚼して、キリッと辛口の爽やかなワインを飲んだ。


「美味しーい。今日の魚は大当たりだなぁ」

「ですねぇ。朝市に行けたら、多分もっと新鮮なものが手に入るんでしょうけど、仕事の日に朝市に行くのは厳しいですよね」

「まぁねぇ。あ、最近、イカを食べてないなぁ。バター焼きが好きなんだよね」

「僕も久しく食べてないですね。明後日の休みの日に、早起きして朝市に行ってみますか?」

「うん。はっはっは! セックスできない鬱憤を、美味しいもの食べて晴らしてやるんだぁ!!」

「太らないように程々にしときましょうね。教授の歳で太ると、痩せるのが大変ですよ」

「あ、太るのは確かに嫌かも。僕の美意識に反するな」


 アベルが、マチューと夕食を共にするようになって、一週間が経つ。他人に自分の生活空間に入られるのは嫌いなのだが、マチューは台所と居間にしか入らないし、普段、職場で殆ど一緒に過ごしているからか、そこまで忌避感は無い。マチューがさり気なく気遣ってくれているというのも大きい気がする。マチューは若いのに、他人との距離感の掴み方が絶妙に上手い。ここまで入り込まれたら嫌だと思うところまでは、入ってこない。
 夕食は、殆ど1人でずっと食べてきた。家にいると、当然会話をする相手もおらず、それを気楽だと思っていたが、マチューと他愛もないお喋りをしながら、一緒に夕食を作って食べるのは、存外悪くない。
 夕食後は、必ずちょっとだけマチューと握手をする。マチューの骨ばった温かい手に、ぶっちゃけムラッとするが、ぐっと堪えている。目の前に美味しいご馳走がいるのに、食べられないのは、中々にストレスだが、悲しいかな、加齢に伴い、セックスの相手としての自身の需要が無くなりつつあるという現実がある。マチューの言うとおり、セックスをしないでもストレスを感じずに済むのなら、それがいい気もする。ということで、現在、マチュー提案の『脱! 尻軽大作戦!!』を実行中である。

 今日も一緒に後片付けをした後、マチューとお喋りしながら、少しの時間、握手をして、帰っていくマチューを玄関先で見送った。
 家の中の明かりはついているのに、マチューがいなくなった途端、家の中が、しんと静まりかえり、ぼんやりと暗くなった気がする。
 アベルは、なんとなく、マチューと握手をした手を見下ろして、にぎにぎと手を開いたり閉じたりした。マチューの温かい手の感触はまだ残っている。でも、それもすぐに無くなるだろう。ふと、アベルの胸の中に、冷たい風が吹いた。これは、寂しさと呼ぶものだろう。

 アベルは、ガシガシと頭を掻いた。どうやら自分は、マチューの言うとおり、寂しがり屋で人恋しいらしい。今すぐにセックスがしたい。誰かの熱と快感に溺れて、この胸の中の寂しさを埋めてしまいたい。
 アベルは、溜め息を吐きながら、書斎へと移動した。男専門のバーに行っても、多分、今夜も無駄足になる。余計、ストレスが溜まるだけだ。それだったら、個人研究を進めた方がマシである。
 アベルは、夜更けまで書斎に籠り、黙々と1人、個人研究に勤しんだ。




ーーーーーーー
 マチューと一緒に夕食をとり、握手をするようになって一ヶ月。
 マチューが一緒にいる時は、寂しさなんか感じないが、マチューが帰ると、途端に言い様のない寂しさと漠然とした不安に襲われるようになってきた。
 何度か、馴染みのバーに男漁りに行ったが、見事に全滅で、とてもストレスが溜まっているし、性欲も溜まっている。玩具を使って一人遊びをしても、虚しいだけで、全然満足できない。

 アベルは、なんとなく疲れが溜まっている感じがする重い身体で、いつも通り、マチューと夕食を作った。
 夕食後、マチューと一緒に後片付けをしてから、いつも通り、マチューと並んでソファーに座り、握手をする。マチューの温かい手を握ると、なんとなく、ほっとする。
 マチューが、握手した手をゆるく上下に振りながら、口を開いた。



「教授。なんか最近めちゃくちゃ元気ないですね」

「あーー。まぁ、ストレスがねぇ。ははは……バーに行っても連敗続きなのが、なんか割と堪えてるかも……」

「あんなに男を食いまくってたのにですか?」

「どうもねー、界隈で、僕が誰とでも寝る尻軽野郎だって噂が広まってるみたいでねー。いやまぁ、事実なんだけど。本気の恋人を探してる人には倦厭されるし、一夜の遊び相手を探してる人はさぁ、やっぱ若い子がいいんだよねぇ……老け専の子を探すのも、中々大変だし。歳はとりたくないなぁ。どんどん魅力がすり減っていって、僕のセックスの相手としての需要が無くなっていくんだ。なんか、最近は、僕自身の自信も無くなってきてる感……」

「重症じゃないですか! もう! そういう事は、もうちょい早く言ってください! そこまで追い詰める為に『脱! 尻軽大作戦!!』を始めた訳じゃないですよ!!」

「あー、ははは……いやぁ、いい歳して情けないじゃない」

「んーーーー。何か、更なる対策を考えましょう」

「マチュー君は優しいなぁ」

「そうでもないです。僕が優しいと感じるのは、教授が優しいからですよ。僕は聖人君子じゃありませんからね。優しい人には優しくしたいし、嫌な人には近づきません」

「君は若いのに人間ができてるなぁ」

「尻軽なところはともかく、優しい人に育ててもらいましたので。あ、親の話じゃないですからね」

「あーー。君のご両親との関係、まだそんなによくない感じ?」

「悪くはないですけど、良くもないです。何度も魔力暴走を起こす面倒な僕を育ててくれた恩は感じてますし、下の兄弟の面倒みるのに実家に住んでましたけど、下の子達も手がかからなくなって、僕は実家にいらないなって思ったんで、独り暮らしを始めました。……教授に魔力コントロールを指導してもらえるようになって、上手く自分の魔力と付き合えるようになるまでの、親の僕を疎む視線は忘れられないです。多分、一生」

「そっかー。まぁ、親子だからって、無理に仲良しこよしする必要はないよ。僕だって、ほぼ没交渉だしね」

「はい。……って、話が逸れてます。教授のストレス発散の話です。今の教授はストレスを溜め込み過ぎなので、なんとか発散しないと」

「ついでに性欲も暴走しそうだよ」


 握手した手をにぎにぎしながら、マチューが何か考えるように、上を見上げた。暫く待っていると、マチューが、アベルを見て、口を開いた。


「じゃあ、僕とハグしてみますか」

「マジか」

「寂しいのと人恋しいのが、多分、ストレスの大元にあるかと思うので、スキンシップをちょっと増やしてみましょう」

「マジか」

「マジです。うりゃ」

「うおっ!?」


 すぐ隣に座っているマチューが、握手していた手を離し、むぎゅっとアベルに抱きついてきた。
 途端に、マチューの温かい体温に包まれ、ふわっと清潔な石鹸の匂いが鼻を擽った。アベルは、急速にムラムラムラムラし始めた。


「マチュー君。ヤバい。ちんこ勃ちそう」

「そこは我慢です。あれです。学園長の禿頭でも思い浮かべてください」

「……より元気になっちゃったね!」

「なんで!?」

「禿げてる人ってさ、性欲強いらしいんだよねぇ。学園長は、ちんこは普通サイズだけど、ねちっこいセックスしてくれそう。あ、ヤバい。本当にヤバい。ちんこ勃っちゃった」

「学園長の禿頭で勃起するって、どんだけですか!?」

「僕は美醜には拘らない主義だものーー!! ちんこのデカさには拘るけどーー!! デカちんの君に抱きしめられてるんだぞー! そりゃ勃起するわーー!!」

「開き直った!? なんとか萎えさせてください!」

「あ、無理。ほんと無理。うぉぉぉぉ! 頑張れ僕の自制心ーー!!」

「頑張れ頑張れ!!」

「なんか! なんか萎えること言って!」

「えーと、えーと、あ、姪っ子ちゃんの顔を思い浮かべてみるとか」

「それだ!! えーと、最後に会ったの何年前だっけ……うーん、うーん……」


 アベルは、一生懸命、まだよちよち歩きだった姪っ子を頭に思い浮かべた。まだマチューに抱きしめられた状態である。アベルもちゃっかりマチューの背中に腕を回しちゃってる。ムラムラムラムラして仕方がないが、マチューを襲う気は毛頭ない。
 アベルは、なんとか頑張って、幼くて可愛い姪っ子や甥っ子達を思い浮かべて、勃起しちゃったペニスを萎えさせた。

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