筋肉と共にある青春

丸井まー(旧:まー)

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48:朝日を共に

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フィンは年越し当日の朝。本当に意外な程スッキリとした気分で目覚めた。いよいよ明日の朝にマイキーへ想いを告げるというのに、拍子抜けする程緊張していない。フィンのことだから、きっと数日前から緊張して眠れなくなるのではないかと思っていた。しかし、そんなことはなかった。マイキーを思い浮かべながら日課と化したオナニーをしたら、普通にいつも通り朝までぐっすりである。オナニー効果なのだろうか。よく分からない。不思議と緊張していない自分に、起き上がってベッドの上に座ったまま首を傾げた。何故だろう。心がとても凪いでいる。溢れんばかりのマイキーへの想いは全然変わらない。マイキーとの関係が明日の朝には変わるというのに、不思議と落ち着いていた。もしかしたら、とことん開き直っているからかもしれない。マイキーにプロポーズを断られても、フィンはマイキーを諦める気がない。諦めてなんてやらない。どこまでもマイキーを追いかけて、想い続けて、なんなら泣き落とししてやろうと考えている。マイキーのことを思えば、断られたらすっぱり諦めるのが1番いいのだろうが、もはやフィンのマイキーへの想いは、素直に諦められるような可愛らしいレベルではない。どろどろの独占欲は常に胸に巣食っているし、カーラに嫉妬だってしている。そんな自分でもいいと1度開き直ってしまえば、後はひたすらマイキーを口説き落として愛するだけである。マイキーを逃がしてやる気はない。マイキーをデロデロに甘やかして、マイキーに甘やかしてもらって、マイキーをフィンなしでは生きられないようにしてやりたい。我ながら正直どうかと思うが、そこも含めて諸々開き直った。
フィンは大きく伸びをしてから、着替え始めた。何はともあれ、日課の筋トレをしよう。年越しと年明けのご馳走の下拵えはしているので、仕上げをしてしまわなければ。行楽用のお重に詰めて、マイキーと一緒に食べる予定である。年越しや年明けの日のご馳走を食べたことがないマイキーにとっては、初めてのご馳走である。今年は例年をはるかに越えて気合いが入っている。マイキーの笑顔が見たい。
フィンはベッドの横で柔軟体操をしてから、軽い走り込みをするために家から出た。筋トレが終わった後の算段を頭の中で考えながら、いつも通り走り出した。







ーーーーーーー
マイキーはずっとソワソワと落ち着かない数日を過ごし、漸く年越しの日を迎えた。花街は書き入れ時で賑わっており、娼館の手伝いをしているマイキーもそれなりに忙しかった。それでも例年程の疲れは感じないし、今回の年越しは初めてのんびりと過ごせる。フィンと2人で朝日が見える穴場へと行き、ゆっくり酒を飲みながら朝日が昇るのを待つ。写真であれだけ美しかったのだ。本物はもっとずっと美しいだろう。期待で胸が膨らんで、マイキーはマートルやアマンダ達が呆れる程上機嫌なまま、酒と軽いツマミが入った鞄を片手に『ジャスミン』を出た。

フィンの自宅に行き、大きな鞄を持ったフィンと合流した。フィンはマイキーがあげたカーキ色のコートを着て、黒いマフラーを巻いていた。フィンの耳には左右で合わせて5つのピアスが着いている。前回マイキーが間借りしている部屋で飲んだ時に、追加で3つピアス穴を開けたのだ。他のピアスも着けたいが、胡桃色のピアスを外したくないと言うので、じゃあ追加で開けようということになった。4つだと数字が微妙なので、右に3つ、左に2つになるようにピアス穴をマイキーが開けた。最初に開けたピアス穴にはマイキーが作ったリングピアスが着いている。小さめのシンプルなものだが、リングの両サイドに繊細な細かい模様を彫っている。かなり苦心して作ったマイキーの自信作の1つだ。新たに開けた穴には胡桃色の石のピアスと、温かみのある優しい色合いの赤い石のピアスが1つ着いている。この色はフィンに頼まれて、マイキーが選んだ。フィンは寒色系の色の服をよく着ているので、小さなピアスは暖色系の方がアクセントになる。並んでいる胡桃色のピアスとの相性も悪くない。あと、なんとなくだが、フィンのイメージに近い色な気がした。見た目はとても華やかだが、芯が強く、優しくて、とても温かい。
フィンが嬉しそうに微笑んで、マイキーの手袋を着けた手をやんわり握った。フィンは本当に背が伸びた。今では目線が殆んど変わらない。おそらく成長期が少し遅い方だったのだろう。もしかしたらマイキーの背を抜くかもしれない。


「行きましょうか。割と歩きますけど、いいですか?」

「勿論。案内よろしく」

「はいっ!」


なんとなく握られた手を離す気が起きなくて、マイキーはフィンと手を繋いだまま街の外方面へフィンと共に歩きだした。夕暮れの年越しの街は花街に比べると格段に静かだ。それでも荷物を抱えた家族連れが歩いていたり、家の玄関先で飾りを飾っている者達がいる。花街とは全然違う、穏やかな賑やかさがすごく新鮮である。玄関飾りはあちこちの店や家々に飾られている。初めて見る光景に、マイキーは年甲斐もなく目を輝かせた。


「フィン。玄関飾りって家によって違うんだね。彼処の家、フィンの家のと全然違う」

「はい。僕の家のは毎年僕が作ってるんです。子供の頃は祖父と一緒に作ってました。お店にも売ってますから、買ってきた玄関飾りを飾るお家も多いみたいです」

「あれ、フィンが作ったの?本当に器用だね」

「毎年同じものを作るので。慣れです」


フィンが照れたように頬を少し赤らめて笑った。のんびり手を繋いだまま歩いていき、街の外へと出た。街の外は当然のように人通りがない。どんどん暗くなっていく道をフィンと共に歩いていく。野外と聞いていたので、一応小さめの魔導ランプは持ってきている。フィンは迷いなく足を進めている。何処まで行くのだろうか。結構街から離れた所で、フィンが道から離れた方角を指差した。


「あそこに大きな木があるんです。登って枝に座れちゃうくらい大きいんですよ。去年はあの木の真ん中くらいの枝に座って写真を撮りました」

「木の上で?しまった。酒は止めといた方が良かったかな?」

「ちょっとなら大丈夫ですよ。今から晩ご飯を兼ねて少し飲んで、それからはお茶を飲んでいれば朝方にはお酒が抜けますよ。朝日が昇った後でまた飲んでもいいですし」

「それもそうか」

「行きましょう」

「うん」


もう完全に暗くなっている。マイキーはあまり夜目がきく方ではない。普段から夜こそ明るく賑やかな花街での暮らしに慣れているからだろう。本当の夜の暗さというものに慣れていない。フィンと手を繋いでいてよかった。街の外は暗すぎて、すぐ隣を歩くフィンの顔ですら、よく見えない。ぼんやりと月明かりはあるが、月に薄い雲がかかっていて、光源としては頼りにならない。夜目がきく者なら十分な明るさなのだろうが、マイキーには正直キツい。少し怖い。フィンには言えないが、正直街の外のあまりの暗さにビビっている。つい、フィンと繋いでいる手に少し力を入れてしまった。フィンが同じような力で握り返してくれる。なんだか、それだけでほっと安心する。
フィンに手を引かれるように歩いて、フィンが立ち止まったので、マイキーも足を止めた。


「魔導ランプを取り出しますね。ちょっと手を離します」

「あ、俺も出すよ」


フィンがマイキーの手から手を離した。何故か、不思議な寂しさを感じる。マイキーはフィンと繋いでいた手をにぎにぎして、気を取り直して自分の鞄から魔導ランプを取り出した。魔導ランプのスイッチを入れると、ほうと周囲が明るく照らされる。魔導ランプの明かりにマイキーは小さく安堵の息を吐いた。フィンが持ってきていたのは、マイキーのものよりも大きな魔導ランプだ。かなり光源が広く、指向性も変えられるらしい。フィンが数歩歩いて、魔導ランプを持つ腕を高く上げて振り返った。魔導ランプに照らされて、かなり太い幹があることが分かる。上を見れば、1番上が分からない程の高さもある。
フィンが嬉しそうに微笑んだ。


「ね。すごく大きいでしょう?」

「すごいね。こんなに大きい木は初めて見た」

「朝日が昇る時間まで、木の下で年越しの祝いをしましょう。たっくさん!ご馳走を作ってきたんです!」

「おぉ!!すごいね、フィン!ありがとう!」

「えへへっ」


マイキーはフィンに近寄って、フィンの前に立つと、荷物を地面に置いてから、フィンの身体をぎゅうっと抱き締めた。嬉しすぎて、他に表現が思いつかなかったのだ。フィンの頭を撫でるだけじゃ、マイキーの今の喜びは伝えきれない。マイキーはぎゅうぎゅうと強くフィンを抱き締めて、終いにはフィンを抱き上げて、その場でくるくる回った。耳元にフィンの楽しそうな笑い声が響く。マイキーも笑いながら、気が済むまでフィンを抱き締めていた。

マイキーが少し落ち着いてから、マイキーにとっては生まれて初めての年越しの祝いである。行楽用の敷布を敷いた上に、フィンが行楽用の3段お重を置き、広げた。取り皿と箸も渡してくれたので、マイキーはお礼を言って受け取った。マイキーもアマンダから貰った軽めの酒の瓶を出した。頑丈だが洒落た彫り物がしてある木のカップも一緒に。酒を木のカップに半分だけ注いで、2人で乾杯をした。酒は今はカップ半分だけだ。朝日が昇るまで、まだまだ時間があるとはいえ、木に登るのだ。朝日が昇りきった後に新年の祝いで飲めばいい。マイキーはフィンからご馳走の解説をしてもらいながら、上機嫌で箸を動かし続けた。

新年用は別にあるというので、年越しのご馳走は2人で食べきってしまった。今は食べ終えた行楽用のお重を片付けて、2人で行楽用の敷布の上に並んでくっついて寝転がっている。移動の途中にあった薄雲は今はなく、月や星が信じられないくらい明るく輝いている。こんなにキレイな夜空を見るのは生まれて初めてだ。身体の上にはフィンが持ってきていた毛布がかかっている。1枚の毛布を2人で使っているので、ぴったりくっついているフィンの体温がじんわり伝わってきて温かい。フィンととりとめのない話をダラダラしながら星を眺めた。フィンは星を見るのも好きらしい。たまに1人でこっそり家を抜け出して、ここへ来て星を眺めたり、木に登ったり、新年以外でも朝日を見たりしていたそうだ。


「……ここを見つけてから、泣く時は、いつもここに来てました」

「……1人で?」

「はい。フィルも知らないんです。教えたのはマイキーさんが初めてです」

「いいの?俺にも教えて」

「マイキーさんならいいんです」


首をフィンに向けると、フィンもこちらを向いていた。頭元に魔導ランプを置いているので、フィンの穏やかな笑顔がよく見える。少し大人びたような笑顔に、何故だかドキッとした。
フィンは目覚まし時計まで持ってきていた。行楽用の敷布に2人揃ってくっついて俯せに寝転がって、魔導ランプの明かりで目覚まし時計を見ながらカウントダウンをし、日付が変わった瞬間におめでとうと言いながら、笑って抱き締めあった。新年を迎えるカウントダウンも生まれて初めてだ。何とも感慨深い。新鮮で楽しくて、マイキーはフィンと抱き締めあいながら、ずっとクスクス笑っていた。朝日が昇る大体2時間前まで仮眠することになった。完全に酒を抜いておく為である。毛布を1枚しか持ってこれなかったので、当然のように2人でくっついて寝る。マイキーがフィンを腕枕しようと腕を伸ばす前に、フィンがマイキーの頭の下に腕を伸ばしておいて、マイキーの腰にも反対側の腕を回して腰を引き寄せられ、抱き締められた。普段とは反対である。フィンが至近距離で小さく囁いた。


「寒くないですか?」

「いや?割と平気」


不思議と落ち着く。最初にフィンと寝た時はこんなだっただろうかと小さく疑問に思いながらも、マイキーはフィンの体温の心地よさに抗えず、フィンに抱き締められたまま眠った。

目覚まし時計の喧しい音で目覚めた後は、いよいよ木に登る。実は木登りなんてしたことがない。長年のケリーからの指導と筋トレのお陰で筋肉はそれなりに育っているが、そもそもマイキーは運動音痴なのだ。楽しみでもあるが、正直不安もある。
先に慣れているフィンが登り、座れるレベルの太い枝から念のための命綱と魔導ランプを垂らしてくれることになった。先に木登りのコツを聞いてから、魔導ランプを腰にロープでくくりつけたフィンがするすると登っていくのを見守った。木の上からフィンがマイキーに声をかけ、命綱とロープをつけた魔導ランプをするすると下ろしてくれた。命綱を自分の腰に巻きつけて、しっかりと結び、魔導ランプの明かりを頼りに木の幹の凸凹に手や足をかけて登っていく。フィンはするする登っていたが、やってみると結構難しい。ちょっとヒヤッとする瞬間もあったが、なんとか無事にフィンがいる太い木の枝まで登れた。割とキツかったし正直怖かった。下りる時のことは今は考えたくない。


「ここ、大体この木の半分くらいの高さなんです。去年はここで写真を撮ってて。もっと上に登りますか?」

「いや、ここで十分だよ」


マイキーは太い枝に跨がって、太い幹に背を預けた。マイキーが抱き締めるような形でフィンがマイキーのすぐ前に座っている。フィンがマイキーが朝日側である前に座った方がいいのでは?と言ったが、枝が太く長いとはいえ、マイキーよりも体重が軽いフィンが前の方がいい。正直木の上という初めての高所にビビっているというのもある。少しでも安定感のある場所がいい。フィンの身体に腕を回して、ゆるく抱き締めるようにフィンの腹の辺りで自分の手首を自分で掴んでいると、フィンがマイキーの手に触れた。優しく包み込むようにマイキーの手をフィンがきゅっと握った。


「マイキーさん。ほら、ちょっとずつ空の色が変わってきてます」

「あ、本当だ」

「端末の準備しましょうか」

「あ、写真はフィンが撮ってよ。俺かなり下手くそでさ」

「はいっ!」


半分嘘である。写真を撮るのは確かに上手ではないが、正直フィンの身体から手を離すのが怖いのだ。端末を構えたフィンと共に、じわじわと色が変わっていく空を見つめる。少しずつ朝日が昇り始めた。複雑な色合いのグラデーションが言葉にならない程美しい。マイキーは思わず感嘆の溜め息を吐いた。本当にキレイだ。太陽が完全に地上へと顔を出すと、前を向いて写真を撮っていたフィンが顔だけで振り返った。


「キレイでしょう?」

「……うん」


本当にキレイだ。初めて見る朝日も、嬉しそうに誇らしげに笑っているフィンも。なんだか眩しすぎて、マイキーは目を細めた。フィンが穏やかな顔で口を開いた。


「マイキーさん」

「ん?」

「貴方が好きです。僕と結婚してください。残りの一生、ずっと側にいさせてください」

「うん」


マイキーは何故だか反射的に頷いてしまった。顔だけで振り返っているフィンの目が朝日のようにキラキラと輝いた。あぁ、キレイだなぁ。暢気にそう思いながら、マイキーはフィンからの触れるだけの優しいキスを受け入れた。


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