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45:寂しい
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フィンが着れそうなズボンを何枚かと、ついでにシャツも何枚か選んだ。アマンダが頻繁に『お洒落しなさいよ』と服を渡してくるので、マイキーは結構衣裳持ちだ。とはいえ、ほぼ着ていないものの方が多いので、人にあげられるような状態のものが殆んどだ。大体決まった何枚かしか着ない。服の組み合わせを毎日考えるのが面倒で、ルーティーン化している。
フィンにも似合いそうなものがあってよかった。サイズはデザインを選べば少しだぼついていても問題ない。ついでに未使用のコートもあるので、フィンに試着をさせてみて、結構似合っていたからあげることにした。
「マイキーさん。本当にいいんですか?こんなにいっぱい」
「ん?いいよ。どれも殆んど着てないし。貰い物ばっかなんだけど、いっぱい貰っても結局いつも同じのしか着ないんだよね」
「そうなんですね」
「あ、折角だし小物もいる?ベルトもいっぱいあるよ。あと、俺が遊びで作った装飾品とか。ちゃんと男物だよ」
「じゃあ……見せてもらってもいいですか?」
「勿論」
なんだか恐縮した様子で、でもちょっと目をキラキラさせているフィンに笑いかけて、小物を突っ込んでいる箱を探してフィンに中身を見せた。マイキーが自分で使おうかと思って作ったり、単純に遊びたくて作った装飾品に興味を示したフィンは、熱心な様子で装飾品を見ている。何気なくフィンの耳を見ると、胡桃色の小さなピアスが着いている。マイキーが穴を開けて着けたものだ。そろそろ穴が落ち着いてきた頃合いではないだろうか。マイキーは、ふにっとフィンの耳に触れた。
「ふにゃっ!?」
「あ、ごめん。ビックリさせちゃった?ピアス最近どんな感じ?ある程度落ち着いてるなら別のやつも着けてみる?重くないやつなら多分もう大丈夫だよ」
「あ、はい。えっと、どんなのが似合うと思いますか?」
「んー……シンプルで落ち着いてる雰囲気のものが1番似合う気はするけど、ちょっと派手めのやつで冒険してみるのも面白そうだなぁ。どれがいいかな……」
マイキーはごそごそと箱の中をあさって、フィンに似合いそうなピアスを探し始めた。あれも、いやこれも……と、どんどん取り出して、近くに置いてある別の箱の上に並べていく。ピアスだけじゃなくて、ネックレス、ブレスレット、指輪にアンクレットも、フィンに似合いそうなものを次から次へと取り出して並べていると、フィンがマイキーに焦ったように声をかけた。
「マ、マイキーさん?」
「んー?」
「あの、まさかこれ全部じゃないですよね?勿論違いますよね?多過ぎですもんね?」
「えー?とりあえず試着だけでもしてみない?あ、これもいいな。……こっちのも……」
「マ、マジですか……これ、全部?」
最初のうちはキレイに並べていたが、数が増えすぎて、近くにある箱の上が装飾品で山のようになった。粗方箱の中身からフィンに似合いそうなものを物色し終えたマイキーは、ふ、と少し冷静になり、装飾品の山を見て、少し反省した。しまった。フィンに似合いそうなものを選ぶのが楽しすぎて、やり過ぎたかもしれない。チラッとフィンを見ると、ちょっと引きつった顔で装飾品の山を見ていた。流石に多過ぎたか。マイキーはポリポリと自分の頭を軽く掻いて、フィンに似合うものをより厳選する為に、今度は装飾品の山と向き合った。フィンは素晴らしく素材がいいのに、普段は着飾ることと殆んど無縁である。いい機会だ。フィンを思いっきり着飾らせてやろう。マイキーはフィンの悩みを聞くという当初の目的を忘れて、ちょっと引いているフィンに笑顔を向けた。だいたい厳選できた。さて。楽しい試着の時間だ。服を選んだ時には試着まではしていない。どうせだ。全身まるっと着替えさせて、ちょっとしたファッションショーでもやろうではないか。観客はマイキー1人だが十分だ。絶対に楽しい。
マイキーは、挨拶がてらアマンダが夕食と酒を運んでくるまで、フィンを着飾らせて遊んだ。
ーーーーーー
アマンダが運んできてくれた夕食を食べながら、マイキーはフィンに謝った。
「ごめんね、フィン。つい楽しすぎて。疲れただろ?」
「あ、いえ。大丈夫です」
「フィンって普段はあっさり落ち着いた格好してるから、着飾らせると楽しくてさ。あ、選んだやつは全部貰ってよ。ちゃんと数を絞ったし。どれもフィンにすごく似合うから」
「ありがとうございます。あの、すごい量ですけど、本当にいいんですか?」
「勿論いいよ。装飾品は単なる遊びとか、俺が使おうかと思って作ったやつだけだし。でもやっぱり似合う人に使ってもらうのが1番嬉しいからね」
「……ありがとうございます」
はにかんで笑うフィンの耳には胡桃色のピアスが光っている。ピアスも色々試してみたが、これが1番気に入ってるからと、最後の試着の後で着けていた。今フィンが着ている服は全てマイキーが所持していたものだ。フィンの白い手首を繊細な金細工のブレスレットが彩っている。デザインと細工にかなり拘ったマイキー渾身の作品の1つである。マートルに『めちゃくちゃいい出来だし、売れば?』と言われたが、自分の中では上出来すぎて、逆に売りたくなかったものだ。フィンにすごく似合っている。フィンが着けてくれるのであれば、大喜びで譲る。
マイキーは夕食を食べ終えた後、上機嫌で酒の瓶に手を伸ばした。
ごんっと派手な痛そうな音がした。マイキーは慌てて椅子から立ち上がって、向かい側に座っているフィンのすぐ側へ駆け寄った。
「フィン!?大丈夫!?」
フィンがいきなりテーブルに突っ伏した。頭から落下するような形で。慌ててテーブルに伏しているフィンの身体を起こすと、すぅすぅと穏やかな寝息が聞こえた。完全に寝ている。まだグラス1杯も飲みきっていない。マイキーはフィンの額を軽く撫でた。テーブルに強くぶつけた額がうっすら赤くなっている。冷やさなければたん瘤のなること間違いなしだ。そのくらいの勢いでフィンはテーブルに突っ伏した。
マイキーはフィンの腕を自分の肩に回させて、腰を支えて、無理矢理フィンを立ち上がらせた。結構重い。フィンの背はマイキーと然程変わらないくらいに伸びているし、まだマイキー程ではないが筋肉がしっかりついてきている。抱えあげようと思えば多分普通にできるが、正直ちょっとツラいので、そのままの状態ですぐ側のベッドに運び、フィンをベッドに寝かせてから、フィンが履いているショートブーツと溢れた酒で濡れてしまったズボンを脱がせた。新しいズボンを履かせて、フィンの額を冷やさなくては。マイキーが新しいズボンを取りに行こうとベッドの側から離れようとした時、突然手首を掴まれ、そのまま強く手首を引かれた。予想していなかったこともあり、マイキーはあっさりベッドに倒れこんでしまった。マイキーをベッドに引きずりこんだ犯人であるフィンはマイキーに全身で絡みつき、目を閉じたまま、にへーっと緩く笑って、また穏やかな寝息を立て始めた。フィンと一緒に寝るのは別にいいのだが、今はフィンの額を冷やさなくてはいけないし、フィンは下半身はパンツと靴下しか穿いていない。布団を被れば風邪は引かないだろうが、ズボンを穿かせてやらなければ可哀想だ。
フィンに声をかけて離れようとするが、離れようとすればするほど強くしがみつかれる。困った。暫くぎゅうぎゅうにくっついているフィンと格闘していたが、どうしようもないので諦めた。ものすごく動きにくい体勢でなんとか自分の靴を脱ぎ、フィンの身体を抱き締めながら、ずりずり少しずつベッドの上を移動して、身体の下敷きになっている掛け布団をずらして、またずりずり移動して、時間をかけてなんとかフィンの身体に毛布と掛け布団をかけることに成功した。フィンは殆んどマイキーに覆い被さるようにして寝ている。マイキーの服をしっかり握りしめているし、脚は完全に絡まっている。普通に重い。あと首筋にかかるフィンの寝息が擽ったい。フィンの目の下には隈がハッキリできていたから、余程眠れていなかったのだろう。結局フィンの悩みを聞き出すことができなかった。言いにくいことでも酒の力を借りたら言えるのではないかと思ったのだが、完全に失敗したようだ。起きたら聞いてみるか。
マイキーはチラッとテーブルの上を見た。瓶の半分も飲んでいない酒はアマンダがくれた上物だ。せめて瓶の栓をしに行きたいのだが、これは無理だろう。香りが飛んだりしないことを祈るしかない。
眠るフィンの体温が割と心地いい。とはいえ、殆んどマイキーの身体の上に乗られているので、重くてじわじわしんどくなってきた。マイキーはフィンの身体を抱き締めて、フィンごと横を向いた。フィンの腕を身体の下敷きにしないようにして、自分の腕はフィンの頭の下と腰のあたりに置いた。腕枕をしている腕は多分朝には痺れているだろうが、まぁいい。眠れていなかったらしいフィンの睡眠の方が大事だ。寝るにはまだ早い時間だ。酒も殆んど飲んでいないし、マイキーは眠くない。フィンの額を冷やしてやりたいのだが、離れられないので仕方がない。フィンが起きたら、塗り薬を貰ってこよう。
マイキーのすぐ目の前にフィンの顔がある。伏せられた睫毛が長い。あとかなり至近距離で見ても、ものすごく肌がキレイだ。毛穴を見つけられない。どれだけきめ細かい肌をしているのか。もういっそ呆れるレベルでフィンは美しい。肌も顔立ちも、そして心も。前を向いて歩き出せる強さがある。今は眠れない程悩んでいることがあるのだろうが、フィンならばその悩みを乗り越えて前に進んでいくのだろう。フィンの心は強くて、その強さが美しく、マイキーには少し眩しくて羨ましい。相変わらずマイキーの心は停滞したままだ。リンクに誰か紹介してほしいと頼んでみたが、『俺が俺の可愛い子ちゃんを紹介してやると本当に思ってる?』と言われた。人選を間違えた。次は別の友達に頼もう。
マイキーはなんとなくフィンの少し髪が伸びた後頭部を撫でた。じょりじょり感は今はなく、サラサラの短めの髪の感触が指に楽しい。
マイキーは自然と眠くなるまで、フィンの頭を撫でたりしながら、ぼんやりとしていた。
フィンの身体の温かさが心地いい。フィンからいい匂いもしている。多分練り香の匂いだと思う。
マイキーは物心つく前から『ジャスミン』に出入りしている。マイキーに限らず、アマンダの子供達は皆、父親が仕事の間は『ジャスミン』のアマンダの私室でまとめて面倒をみてもらっていた。専門の子守りをアマンダが雇っていたが、手が空いている娼夫や従業員に遊んでもらったりもしていた。特に娼夫達には可愛がってもらっていた。勿論健全な意味で。思春期を迎える頃になると、男同士のセックスの仕方などを娼夫達から口頭で教えられた。カーラが好きなマイキーには必要がない知識だ。しかし、花街で暮らす以上、マイキーが男に性的な意味で襲われる可能性はゼロではないし、自衛する為にも覚えておきなさいと、当時1番可愛がってくれていた古参の娼夫から教えられた。弟のマーリンのような美形なら兎も角、マイキーは本当に普通などこにでもいるような見た目だから襲われることなんてないと笑って断ったのだが、世の中には本当に様々な趣味嗜好の人間がいるのだと力説された。
マイキーを心身ともに愛してくれる人なんて本当にいるのだろうか。今この瞬間はフィンの温もりがあるが、フィンは強いから、また新たな恋を見つけるだろう。今みたいに、マイキーの側にずっとはいない。フィンが羨ましい。マイキーも前を向いて歩いていける強さが欲しい。
ふ、と可愛がってくれていた娼夫の言葉が頭の中に浮かんだ。
『男は寂しがり屋なんだよ。ただ精を吐き出したいだけじゃなくて、温もりを求めてここに来るんだ。俺達は温もりと安らぎを提供してんのさ』
確かに誰かとこうしてくっついているのは心地いい。フィンを抱き締めて、フィンの体温を感じていると、なんだか心が安らぐ。もういっそのこと顔馴染みの娼夫に相手をしてもらおうか。自分が男相手に勃起するかは分からないが、相手は玄人だ。どうにでもしてくれるだろう。1人はもう寂しい。仮初めでもいいから、誰かと想い合いたい。誰かと触れ合いたい。
穏やかな寝息を立てるフィンの身体を抱き締めながら、マイキーは小さく溜め息を吐いた。
フィンにも似合いそうなものがあってよかった。サイズはデザインを選べば少しだぼついていても問題ない。ついでに未使用のコートもあるので、フィンに試着をさせてみて、結構似合っていたからあげることにした。
「マイキーさん。本当にいいんですか?こんなにいっぱい」
「ん?いいよ。どれも殆んど着てないし。貰い物ばっかなんだけど、いっぱい貰っても結局いつも同じのしか着ないんだよね」
「そうなんですね」
「あ、折角だし小物もいる?ベルトもいっぱいあるよ。あと、俺が遊びで作った装飾品とか。ちゃんと男物だよ」
「じゃあ……見せてもらってもいいですか?」
「勿論」
なんだか恐縮した様子で、でもちょっと目をキラキラさせているフィンに笑いかけて、小物を突っ込んでいる箱を探してフィンに中身を見せた。マイキーが自分で使おうかと思って作ったり、単純に遊びたくて作った装飾品に興味を示したフィンは、熱心な様子で装飾品を見ている。何気なくフィンの耳を見ると、胡桃色の小さなピアスが着いている。マイキーが穴を開けて着けたものだ。そろそろ穴が落ち着いてきた頃合いではないだろうか。マイキーは、ふにっとフィンの耳に触れた。
「ふにゃっ!?」
「あ、ごめん。ビックリさせちゃった?ピアス最近どんな感じ?ある程度落ち着いてるなら別のやつも着けてみる?重くないやつなら多分もう大丈夫だよ」
「あ、はい。えっと、どんなのが似合うと思いますか?」
「んー……シンプルで落ち着いてる雰囲気のものが1番似合う気はするけど、ちょっと派手めのやつで冒険してみるのも面白そうだなぁ。どれがいいかな……」
マイキーはごそごそと箱の中をあさって、フィンに似合いそうなピアスを探し始めた。あれも、いやこれも……と、どんどん取り出して、近くに置いてある別の箱の上に並べていく。ピアスだけじゃなくて、ネックレス、ブレスレット、指輪にアンクレットも、フィンに似合いそうなものを次から次へと取り出して並べていると、フィンがマイキーに焦ったように声をかけた。
「マ、マイキーさん?」
「んー?」
「あの、まさかこれ全部じゃないですよね?勿論違いますよね?多過ぎですもんね?」
「えー?とりあえず試着だけでもしてみない?あ、これもいいな。……こっちのも……」
「マ、マジですか……これ、全部?」
最初のうちはキレイに並べていたが、数が増えすぎて、近くにある箱の上が装飾品で山のようになった。粗方箱の中身からフィンに似合いそうなものを物色し終えたマイキーは、ふ、と少し冷静になり、装飾品の山を見て、少し反省した。しまった。フィンに似合いそうなものを選ぶのが楽しすぎて、やり過ぎたかもしれない。チラッとフィンを見ると、ちょっと引きつった顔で装飾品の山を見ていた。流石に多過ぎたか。マイキーはポリポリと自分の頭を軽く掻いて、フィンに似合うものをより厳選する為に、今度は装飾品の山と向き合った。フィンは素晴らしく素材がいいのに、普段は着飾ることと殆んど無縁である。いい機会だ。フィンを思いっきり着飾らせてやろう。マイキーはフィンの悩みを聞くという当初の目的を忘れて、ちょっと引いているフィンに笑顔を向けた。だいたい厳選できた。さて。楽しい試着の時間だ。服を選んだ時には試着まではしていない。どうせだ。全身まるっと着替えさせて、ちょっとしたファッションショーでもやろうではないか。観客はマイキー1人だが十分だ。絶対に楽しい。
マイキーは、挨拶がてらアマンダが夕食と酒を運んでくるまで、フィンを着飾らせて遊んだ。
ーーーーーー
アマンダが運んできてくれた夕食を食べながら、マイキーはフィンに謝った。
「ごめんね、フィン。つい楽しすぎて。疲れただろ?」
「あ、いえ。大丈夫です」
「フィンって普段はあっさり落ち着いた格好してるから、着飾らせると楽しくてさ。あ、選んだやつは全部貰ってよ。ちゃんと数を絞ったし。どれもフィンにすごく似合うから」
「ありがとうございます。あの、すごい量ですけど、本当にいいんですか?」
「勿論いいよ。装飾品は単なる遊びとか、俺が使おうかと思って作ったやつだけだし。でもやっぱり似合う人に使ってもらうのが1番嬉しいからね」
「……ありがとうございます」
はにかんで笑うフィンの耳には胡桃色のピアスが光っている。ピアスも色々試してみたが、これが1番気に入ってるからと、最後の試着の後で着けていた。今フィンが着ている服は全てマイキーが所持していたものだ。フィンの白い手首を繊細な金細工のブレスレットが彩っている。デザインと細工にかなり拘ったマイキー渾身の作品の1つである。マートルに『めちゃくちゃいい出来だし、売れば?』と言われたが、自分の中では上出来すぎて、逆に売りたくなかったものだ。フィンにすごく似合っている。フィンが着けてくれるのであれば、大喜びで譲る。
マイキーは夕食を食べ終えた後、上機嫌で酒の瓶に手を伸ばした。
ごんっと派手な痛そうな音がした。マイキーは慌てて椅子から立ち上がって、向かい側に座っているフィンのすぐ側へ駆け寄った。
「フィン!?大丈夫!?」
フィンがいきなりテーブルに突っ伏した。頭から落下するような形で。慌ててテーブルに伏しているフィンの身体を起こすと、すぅすぅと穏やかな寝息が聞こえた。完全に寝ている。まだグラス1杯も飲みきっていない。マイキーはフィンの額を軽く撫でた。テーブルに強くぶつけた額がうっすら赤くなっている。冷やさなければたん瘤のなること間違いなしだ。そのくらいの勢いでフィンはテーブルに突っ伏した。
マイキーはフィンの腕を自分の肩に回させて、腰を支えて、無理矢理フィンを立ち上がらせた。結構重い。フィンの背はマイキーと然程変わらないくらいに伸びているし、まだマイキー程ではないが筋肉がしっかりついてきている。抱えあげようと思えば多分普通にできるが、正直ちょっとツラいので、そのままの状態ですぐ側のベッドに運び、フィンをベッドに寝かせてから、フィンが履いているショートブーツと溢れた酒で濡れてしまったズボンを脱がせた。新しいズボンを履かせて、フィンの額を冷やさなくては。マイキーが新しいズボンを取りに行こうとベッドの側から離れようとした時、突然手首を掴まれ、そのまま強く手首を引かれた。予想していなかったこともあり、マイキーはあっさりベッドに倒れこんでしまった。マイキーをベッドに引きずりこんだ犯人であるフィンはマイキーに全身で絡みつき、目を閉じたまま、にへーっと緩く笑って、また穏やかな寝息を立て始めた。フィンと一緒に寝るのは別にいいのだが、今はフィンの額を冷やさなくてはいけないし、フィンは下半身はパンツと靴下しか穿いていない。布団を被れば風邪は引かないだろうが、ズボンを穿かせてやらなければ可哀想だ。
フィンに声をかけて離れようとするが、離れようとすればするほど強くしがみつかれる。困った。暫くぎゅうぎゅうにくっついているフィンと格闘していたが、どうしようもないので諦めた。ものすごく動きにくい体勢でなんとか自分の靴を脱ぎ、フィンの身体を抱き締めながら、ずりずり少しずつベッドの上を移動して、身体の下敷きになっている掛け布団をずらして、またずりずり移動して、時間をかけてなんとかフィンの身体に毛布と掛け布団をかけることに成功した。フィンは殆んどマイキーに覆い被さるようにして寝ている。マイキーの服をしっかり握りしめているし、脚は完全に絡まっている。普通に重い。あと首筋にかかるフィンの寝息が擽ったい。フィンの目の下には隈がハッキリできていたから、余程眠れていなかったのだろう。結局フィンの悩みを聞き出すことができなかった。言いにくいことでも酒の力を借りたら言えるのではないかと思ったのだが、完全に失敗したようだ。起きたら聞いてみるか。
マイキーはチラッとテーブルの上を見た。瓶の半分も飲んでいない酒はアマンダがくれた上物だ。せめて瓶の栓をしに行きたいのだが、これは無理だろう。香りが飛んだりしないことを祈るしかない。
眠るフィンの体温が割と心地いい。とはいえ、殆んどマイキーの身体の上に乗られているので、重くてじわじわしんどくなってきた。マイキーはフィンの身体を抱き締めて、フィンごと横を向いた。フィンの腕を身体の下敷きにしないようにして、自分の腕はフィンの頭の下と腰のあたりに置いた。腕枕をしている腕は多分朝には痺れているだろうが、まぁいい。眠れていなかったらしいフィンの睡眠の方が大事だ。寝るにはまだ早い時間だ。酒も殆んど飲んでいないし、マイキーは眠くない。フィンの額を冷やしてやりたいのだが、離れられないので仕方がない。フィンが起きたら、塗り薬を貰ってこよう。
マイキーのすぐ目の前にフィンの顔がある。伏せられた睫毛が長い。あとかなり至近距離で見ても、ものすごく肌がキレイだ。毛穴を見つけられない。どれだけきめ細かい肌をしているのか。もういっそ呆れるレベルでフィンは美しい。肌も顔立ちも、そして心も。前を向いて歩き出せる強さがある。今は眠れない程悩んでいることがあるのだろうが、フィンならばその悩みを乗り越えて前に進んでいくのだろう。フィンの心は強くて、その強さが美しく、マイキーには少し眩しくて羨ましい。相変わらずマイキーの心は停滞したままだ。リンクに誰か紹介してほしいと頼んでみたが、『俺が俺の可愛い子ちゃんを紹介してやると本当に思ってる?』と言われた。人選を間違えた。次は別の友達に頼もう。
マイキーはなんとなくフィンの少し髪が伸びた後頭部を撫でた。じょりじょり感は今はなく、サラサラの短めの髪の感触が指に楽しい。
マイキーは自然と眠くなるまで、フィンの頭を撫でたりしながら、ぼんやりとしていた。
フィンの身体の温かさが心地いい。フィンからいい匂いもしている。多分練り香の匂いだと思う。
マイキーは物心つく前から『ジャスミン』に出入りしている。マイキーに限らず、アマンダの子供達は皆、父親が仕事の間は『ジャスミン』のアマンダの私室でまとめて面倒をみてもらっていた。専門の子守りをアマンダが雇っていたが、手が空いている娼夫や従業員に遊んでもらったりもしていた。特に娼夫達には可愛がってもらっていた。勿論健全な意味で。思春期を迎える頃になると、男同士のセックスの仕方などを娼夫達から口頭で教えられた。カーラが好きなマイキーには必要がない知識だ。しかし、花街で暮らす以上、マイキーが男に性的な意味で襲われる可能性はゼロではないし、自衛する為にも覚えておきなさいと、当時1番可愛がってくれていた古参の娼夫から教えられた。弟のマーリンのような美形なら兎も角、マイキーは本当に普通などこにでもいるような見た目だから襲われることなんてないと笑って断ったのだが、世の中には本当に様々な趣味嗜好の人間がいるのだと力説された。
マイキーを心身ともに愛してくれる人なんて本当にいるのだろうか。今この瞬間はフィンの温もりがあるが、フィンは強いから、また新たな恋を見つけるだろう。今みたいに、マイキーの側にずっとはいない。フィンが羨ましい。マイキーも前を向いて歩いていける強さが欲しい。
ふ、と可愛がってくれていた娼夫の言葉が頭の中に浮かんだ。
『男は寂しがり屋なんだよ。ただ精を吐き出したいだけじゃなくて、温もりを求めてここに来るんだ。俺達は温もりと安らぎを提供してんのさ』
確かに誰かとこうしてくっついているのは心地いい。フィンを抱き締めて、フィンの体温を感じていると、なんだか心が安らぐ。もういっそのこと顔馴染みの娼夫に相手をしてもらおうか。自分が男相手に勃起するかは分からないが、相手は玄人だ。どうにでもしてくれるだろう。1人はもう寂しい。仮初めでもいいから、誰かと想い合いたい。誰かと触れ合いたい。
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