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43:会いたい。でも、会いたくない。なのに会っちゃった

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フィンがなんとなくマイキーへの想いを自覚して、数日が経った。その間に1度ケリーの家でマイキーに会ったが、どんな顔をすればいいのか分からず、かなり挙動不審な態度をとってしまった。不思議そうにしていたマイキーにはなんとも申し訳ない。
フィンは店のカウンターで常連客を見送ってから、小さく溜め息を吐いた。明日は定休日だ。相変わらず、あんまり眠れていない。明日は午前中にハルクに会いに行って、午後からは昼寝でもしよう。いい加減身体がキツくなってきた。最近のフィンの顔色の悪さと目の下の隈に、家族もナナイも心配している。そろそろ本当になんとかしなければならない。勃起をしたら、いっそオナニーとやらをしてみればいいのだろうが、どうしても躊躇してしまう。経験したことがない感覚が少し怖いのと、マイキーに申し訳ないのとで、どうにも踏ん切りがつかない。

マイキーは今日休みの筈だ。何をしているのだろうか。会いたい。でも、会いたくない。気まずいし、マイキーはフィンか初めて会った時から既にカーラが好きだった。カーラのことが好きなマイキーを見たくない。フィンだけを見てほしいと、どうしても思ってしまう。なんだか胸が苦しい。今まで、好きだと思う女の子ができても、こんなに苦しくなることはなかった。胸の辺りがふわふわ温かくなって、それだけだった。こんなに胸が締め付けられるような苦しさは初めてだ。これが本気の恋なのだろうか。恋ってもっと、甘くてふわふわしていて優しいものだと思っていたのに。なんとなく自覚してから日が経つにつれ、なんだかどんどんマイキーを独り占めしたいという思いが大きくなっていく。マイキーの裸を直接見て、触れて、剣胼胝のある固い手を握って、マイキーを抱き締めて、いっそ閉じ込めてしまいたい。優しい色合いの瞳にフィンだけを映してほしい。我ながら、思考回路がおかしいというか、怖い気がする。本気の恋をしたら、皆こうなるのだろうか。マイキーもカーラに対して、そう思っているのだろうか。……嫌だな、と思う。マイキーがカーラを含めて他人を見るのが嫌だ。マイキーが誰かを想うのが嫌だ。誰かに触れるのも嫌だ。フィンだけを見て、フィンだけに触れて、フィンだけを想ってほしい。そう思ってしまう自分が怖い。まるで独占欲の塊じゃないか。どうしてもカーラが羨ましく思えて仕方がない。マイキーに想われているのに、マイキーの手を取らないカーラが傲慢に思えてしまう。カーラが妬ましい。フィンは凹んだ。カーラはすごくいい人だ。芯が強く、優しくて、ケビンと子供達とケリー達家族をすごく愛して大事にしている。フィンのことも気にかけてくれているし、本当にお世話になっているのに、そんなことを思ってしまう自分はなんて醜いのだろうか。こんなことなら、本気の恋なんてしたくなかった。単なる兄弟子として慕っていたかった。自分の身勝手さや醜さばかりが目について、どんどん自分を嫌いになっていく。
フィンはカウンターに本を手にやってきた客の対応をしながら、目を伏せて、誰にも聞こえない程小さな小さな溜め息を吐いた。

午後のお茶の時間が近づいてくると、客が少なくなってきた。ドレイクと交代して家でお茶を飲んで休憩してきたフィンは、店のカウンターへと戻る為に、カウンターの奥にある家へと繋がっているドアから店へと戻った。ふとカウンターを見れば、ドレイクがマイキーとカウンター越しに話していた。フィンはピシッとその場で固まった。どうしよう。どんな顔をすればいい。前はどう接していたんだっけ。全然思い出せない。マイキーはまだカウンターの奥のドア近くにいるフィンに気づいていないのか、ドレイクと穏やかに笑いながら話している。ドレイクじゃなくて、フィンを見てほしい。フィンが大好きな笑顔はフィンだけに見せてほしい。どろどろとしたものが胸の中に広がっていく。あぁ。こんな自分、嫌だ。気持ちが悪い。
フィンは目を伏せて、楽しそうに笑っているマイキーとドレイクを視界から外した。カウンターに行かなくてはいけない。マイキーの顔を近くで見て、話がしたい。会いたいと思っていたマイキーがいる。でも、会いたくない。なのに、会ってしまった。フィンがその場から動くことを躊躇していると、マイキーがフィンに気づいた。マイキーが笑顔で小さく手を振ってきたので、フィンはおずおずとカウンターのマイキーとドレイクに近づいた。
マイキーがフィンの大好きな穏やかな笑顔で話しかけてきた。


「こんにちは。フィン」

「こっ、こんにちは。マイキーさん」

「こないだ随分と顔色が悪かったし、大丈夫かな?って様子を見に来たんだけど。今日もよくないね。病院は行った?」

「い、いえ……その、ここ最近ちょっと眠りが浅いだけなので……」

「寝れないの?」

「ま、まぁ……その、あんまり……」

「んー。それはよくないね」

「だっ、大丈夫ですっ!本当っ、全然、大丈夫なんでっ!」

「マイキーさん、フィンと酒でも飲んでやってくれませんか?」

「父さん!?」


ドレイクがいきなりそんなことを言い出した。フィンは驚いて目を剥いた。マイキーが普通に笑顔で頷いた。


「勿論。誘おうかなって思ってたんです。悩み事があれば聞こうかな、と。話を聞くだけしかできないでしょうけど」

「ありがとうございます。フィンは友達がいないものですから……親の僕には話したくないこともあるでしょうし。フィンの話を聞いていただけると助かります」

「明日は定休日でしたよね。今夜、フィンと飲みに行ってもいいですか?」

「勿論です。よろしくお願いいたします」

「はい」


フィンを置いてけぼりにして、何やらドレイクとマイキーの間で話がまとまってしまった。マイキーと一緒に酒を飲めるのは素直に嬉しい。マイキーと酒を飲んでいる間は、フィンがマイキーを独占できる。でも、どうしよう。酒に酔って、ポロっと好きだと言ってしまったり、自分がマイキーに襲いかかってしまったら、本当に最悪だ。特に後者だったら、もういっそ首をくくるしかない。嬉しい。でも不安が大きい。
どうしよう、どうしようと、目を泳がせているフィンをマイキーが見て、ポンッとフィンの頭に温かくて大きな手をのせた。やんわり優しく頭を撫でられる。


「夜にまた迎えに来るよ。バーと、俺が間借りしてる部屋、どっちがいい?」

「間借り?」


フィンはきょとんとマイキーの顔を見た。間借りしてる部屋とはどういうことだろうか。引っ越したのだろうか。疑問に思ったフィンは、さっきまでのドロドロとした複雑な感情を忘れて、真っ直ぐマイキーを見た。


「父さんがついに階段から落ちちゃってさ。いい加減本気で危ないからってことで改築することになったんだ」

「えぇっ!?マートルさん大丈夫なんですかっ!?」

「手首を捻って、膝の骨に少しヒビが入っただけで元気だよ。頭も打ってないし。ピンピンしてる」

「あ、それなら良かったです……」

「今は母さんの店の空き部屋を借りてるんだ。父さんは母さんの部屋に居座ってるけどね」

「そうなんですね」

「ぶっちゃけ娼館だし、バーにしとく?」

「え、あ、や……マ、マイキーさんの部屋がいいです!」

「そう?じゃあ、何時くらいに迎えに来たらいいかな」

「えっと……」

「フィン。マイキーさんさえよければ、一緒に夕食も食べておいで。僕とフィルも近くの店に食べに行くから。フィルの気分転換になるだろう」

「え、あ、うん」

「じゃあ、閉店時間頃にまた来るね」

「あ、はい。お願いします……」

「閉店まで頑張って」


マイキーは笑ってフィンの頭をぽんぽんと軽く叩いて、優しく撫でてから、ドレイクに軽く頭を下げて帰っていった。どうしよう。嬉しい。マイキーに頭を撫でてもらえた。今夜は2人で夕食を食べてマイキーの部屋で2人で酒を飲むことになってしまった。咄嗟にマイキーの部屋でと言ってしまった。完全に自分の欲望に逆らえなかった結果である。だって、2人きりでマイキーを独占したかったから。でも、不安だ。マイキーに何か変なことを言ったり、変なことをしてしまったら、本当にどうしよう。
真っ赤な顔で1人であわあわしているフィンを、ドレイクがチラッと見て、なにやら納得したような顔で頷いた。


「……まぁ、いいか」

「父さん?」

「ん?何でもないよ。今日は早めに上がっていい。準備があるだろう」

「あ、うん。ありがとう」


フィンの頭の中は、仕事上がりにマイキーと会うことでいっぱいになった。どうしよう。どの服を着ていこう。シャワーを浴びた方がいいのかな。この間買ったばかりの練り香をつけてみようか。マイキーが好きな匂いだといいのだけど。もしかして、また泊まりになるのだろうか。下着も一応持っていった方がいいかな。
フィンはここ暫くの悩みが完全に頭の中から消えてしまった。不安はあるが、それ以上に嬉しくて堪らない。フィンは舞い上がるような気分で、接客の合間に残っていた事務仕事を最速で終わらせた。
あぁ。どうしよう。今からドキドキする。マイキーに早く会いたい。会いたくないとか思っていたのに、今は1秒でも早く会いたくて堪らない。我ながら相当情緒不安定な気がする。落ち込んでいたくせに、今はこんなにも胸が高鳴って、いっそ走り出してしまいたい程テンションが上がっている。
フィンはそわそわしながら、勤務中に何度もチラチラ時計を見て、マイキーが迎えに来てくれるのを待ちきれない思いで過ごした。


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