筋肉と共にある青春

丸井まー(旧:まー)

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37:お洒落とピアス

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フィンは朝早くから何度も鏡の前で全身チェックを行っていた。今日は待ちに待った秋の豊穣祭だ。
髪が伸びていたので、数日前にリンクの店に行って切ってきた。服も新しいものを買った。いつもは無地か小さなワンポイントの襟つきの長袖シャツしか買わないが、今回は勇気を出して柄物を買ってみた。深い緑と淡い青の不思議な模様で、割と落ち着いている雰囲気だが、地味過ぎる感じではない。襟繰りが広く、鎖骨や肩の近くまで露出している。全体的にゆったりとしたシルエットで、袖は七分くらいだ。自分ではそれなりに似合っていると思う。ズボンも全体的にゆったりとしていて裾だけ絞ってある黒の七分丈のものを買った。靴はスッキリとした感じの濃い目の茶色の編み上げのショートブーツを買ってみた。いつもより格段に露出が多いが、日焼け止めをしっかり塗っておけば大丈夫だ。そんなに汗をかく時期でもない。シャツもズボンも店の店員に似合っていると言ってもらえたし、フィルにも一応見てもらったら、『似合ってるよ』と言ってもらえた。髪を整髪料で整えて、ズボンのポケットに財布と端末、家の鍵を入れてある。準備は1時間前に済んでいるのだが、そわそわと落ち着かなく、何度もおかしくないか鏡でチェックしてしまう。ネックレスとかブレスレットとか、何か装飾品も買った方が良かっただろうか。お洒落に疎い自覚があるフィンでさえ、もうちょっと何かアクセントになるような小物があった方がいいのでは、と思ってしまう。当日の朝に後悔しても遅いのだが。マイキーはお洒落だから、隣に立っても変じゃないようにと頑張ってみた。フィンは鏡を見ながら、自分の耳たぶに触れた。マイキーはいつもピアスをしている。大体シンプルな小さなリングピアスが多いが、たまに色のある石つきのピアスをしていたりする。ピアスはマイキーにすごく似合っていると思う。ブレスレットやネックレスなども然り気無く上手く使いこなしていて、いつもお洒落だ。ピアス穴を開けるのって痛いのだろうか。正直ちょっと気になる。いっそ開けてみようか。どうやって開けるのだろうか。針?普通の縫い針で開けられるものなのだろうか。マイキーに聞けば分かるだろうから、今日マイキーに聞いてみよう。
こんなにも秋の豊穣祭が楽しみで仕方がないのは初めてかもしれない。小さい頃から人が多いところは苦手だったし、痴漢にあってからは秋の豊穣祭には行っていない。いつも家に1人で引きこもっていた。でもマイキーと一緒なら大丈夫だ。自分の家の本屋で接客はしているし、露天の手伝いも大丈夫だと思う。マイキーから露天の手伝いを頼まれた時は本当に嬉しかった。フィンばかりがマイキーの世話になっていて、何も返せないな、と少し心苦しく思っていたのだ。マイキーの為に何かできることが嬉しい。
そわそわしながら何度も何度も鏡を見て、呆れた顔をしたフィルに『そろそろ時間だよ』と言われて、フィンはフィルと一緒に家を出た。フィルはディルムッドとイーグルと一緒に祭りに行くらしい。途中まで一緒に歩いて、2人が住んでいるイーグルの家に行くというフィルと別れて、フィンは花街を目指した。マイキーの店に行き、露天の売り物などの荷物を一緒に広場に運んで、露天の準備をするのだ。すごくワクワクする。楽しみで堪らない。マイキーは今日のフィンを見て、どんな反応をするのだろうか。『似合う』と言ってくれるだろうか。フィンはワクワクドキドキしながら、軽い足取りでマイキーの自宅兼店へと歩いていった。

マイキーの店の前に着くと、店の明かりがついていて、ドアノブを掴むと鍵が開いていた。静かにドアを開けて店の中に入ると、奥のカウンターでマイキーが売り物を大きな箱に積めていた。フィンはドキドキしながらマイキーに声をかけた。


「お、おはようございます」

「あ、おはよう。フィン。ごめんね、朝早くから」

「いいえ!全然大丈夫です!今日はよろしくお願いします!」

「こっちこそ、よろしくね。……今日の服いいね。似合ってるよ」


じっとフィンの上から下まで眺めたマイキーが、にっと笑ってくれた。舞い上がりそうな程嬉しい。なんだか頬が熱くなる。マイキーがふらっと店の商品棚の方に歩いていった。なんとなくマイキーを視線で追っていると、装飾品片手にマイキーが戻ってきた。首にシンプルなデザインの黒い飾りがついたネックレスを着けられ、手首には茶色い皮のシンプルなデザインのブレスレットを着けられた。マイキーが1歩下がって、またフィンを上から下まで眺めて、うん、と頷いた。


「完璧。それあげるよ。似合ってるし。フィンはじゃらじゃらした派手なやつより、シンプルな落ち着いたものの方が似合うね」

「あ、ありがとうございます!あの、でも、いいんですか?」

「ん?いいよいいよ。無理言って頼んだのはこっちだし。今日のお給料のおまけってことで」

「……ありがとうございます」


フィンはそっとネックレスを撫でた。マイキーが似合うと言ってくれたのなら、自分に似合っているのだろう。嬉しくて、どうしても顔がにやけてしまう。マイキーが1歩フィンに近づいて、フィンの耳たぶに触れた。剣胼胝のある硬い指に耳を撫でられて、なんだかゾクゾクした。全然不快ではないし、マイキーに触れられて素直に嬉しいのだが、なんだか変なむずむず感がある。マイキーに耳たぶをふにふにされた。


「フィンはピアス穴ないもんなぁ。似合いそうなピアスもあるんだけど」

「あの、穴を開けるって、痛いんですか?」

「いや?全然。ちょっとチクッてするくらい。痛いのが嫌なら感覚がなくなるまで冷やせばいいだけだし」

「すぐにできるんですか?」

「うん。冷やすのに時間は多少かかるけど、穴を開けるのは一瞬。普通の針でもいいけど、専用の針の方がキレイに開けられるよ」

「……あの、今、開けてもらったりとか……あ!別に冷やさなくてもいいです!多少痛くても我慢できますし!」

「え?開けていいの?」

「は、はいっ!」

「んー……じゃあ開けてみる?初めてのピアスは軽くてシンプルなやつの方がいいから、飾りが銀の玉のやつと色付きの石、どっちがいい?色は何種類もあるよ。好きな色選んでよ」

「どんな色が似合うか分かりません……」

「好きな色は?」

「え、なんだろ……」


好きな色を聞かれて、フィンは首を傾げた。ふっと何気なくマイキーの瞳を見た。マイキーの瞳は胡桃色のような優しい色をしている。マイキーもフィンも土の民だ。土の民は茶髪茶眼なのだが、マイキーが持つ茶色とフィンが持つ茶色は違う。フィンの瞳は煉瓦みたいな色をしている。


「……胡桃色っぽい優しめの茶色の石ってありますか」

「茶色?見てみようか」

「はい」


マイキーが店の商品棚から箱を持ってきた。シンプルな小さな色つきの石だけがついたピアスが何十種類も箱に入っていた。マイキーが茶系統のピアスが並んでいるところを指差した。


「茶色はこの辺り。茶色ってあんま人気ないけど、いいの?胡桃色なら多分これが1番近いかな?」

「はいっ!それがいいですっ!」


マイキーの瞳の色に近い茶色の石があった。フィンは目を輝かせた。胡桃色のピアスを取り出して箱を商品棚に片付けてから、針を持ってくるというマイキーをその場で見送った。フィンの掌には小さな胡桃色の石がついたピアスがある。どうしよう。すごくワクワクドキドキする。何故なのか自分でも分からない程、気分が高揚している。
専用の針を持ってきたマイキーに早速ピアス穴を開けてもらった。想像していたよりも痛くはない。開けたばかりの穴の血を拭いて消毒をしてから、じんじん熱を持つような感覚がする耳に早速胡桃色のピアスを着けてもらった。自分の耳に触れると、当然ながらピアスの感触がする。嬉しくて顔がにやけてしまう。店内に置いてある小さな鏡を覗き込むと、自分の耳に胡桃色のピアスが着いている。マイキーの色だ。何故だろう。嬉しすぎて、本当にどうにかなってしまいそうだ。

フィンは上機嫌のまま、マイキーの準備を手伝い、2人で手分けして重い荷物を露天を開く予定の場所まで運び、露天の準備をした。開店準備が整うと、すぐに1人目の客がやって来た。商品説明はマイキーが、会計や装飾品を袋に入れるのはフィンがやる。フィンはご機嫌なまま、マイキーの隣に座って、やって来た客に笑顔を振り撒いた。






ーーーーーー
日が落ちる頃に露天の店仕舞いをして、随分と軽くなった荷物を持ってマイキーの店へと戻った。店のカウンターに荷物を置いたマイキーが、フィンの頭をわしゃわしゃ撫でた。


「お疲れ様。今日は本当に助かったよ。例年よりかなり売れたし。売り上げ見たら、父さんが驚くな」

「よかったです。……すごく楽しかったです」

「そう?忙しかったから疲れたんじゃない?」

「いえ!全然大丈夫です!」

「疲れてないなら、祭り会場に戻って晩ご飯がてら酒でも飲む?疲れてるなら俺の家でもいいけど」


フィンはマイキーに頭を撫でられながら少し考えた。マイキーと祭りを楽しむのは最高な気がする。でも、人が多い祭り会場に行くよりも、なんとなく、マイキーと2人きりで夕食や酒を楽しみたいとも思う。フィンは少しだけ悩んで決めた。


「えっと、できたらここがいいです。あ!晩ご飯は僕が作りますっ!」

「そう?じゃあ一緒に作ろうか。母さんから貰った上物の酒もあるし。2人で飲んじゃおうよ。父さんはどうせ今夜は帰ってこないし。仕事放り出して母さんとイチャイチャしまくってんだから、俺達だけで飲みきっちゃおう」

「はいっ!」


マートルには少し悪い気もするが、マイキーと2人で美味しい酒を飲めるのが素直に嬉しい。フィンは売れ残りの商品を片付けるマイキーを手伝い、一緒に2階の自宅へ上がって、手を洗ってから台所でマイキーと一緒に夕食と酒のツマミを作った。2人で作った簡単なほうれん草と鶏肉のシチューを食べて、その後は風呂を借りた。マイキーが服を貸してくれたので、風呂上がりにマイキーの服を着る。マイキーの服はフィンには少し大きい。なんだか胸のあたりがむずむずする。何故だろう。フィンは疑問に思ったが、特に気にせず、居間にいるマイキーの元へと戻った。今夜はマイキーの家にお泊まりだ。秋の豊穣祭の翌日はフィンの家の本屋もマイキーの店も休みだ。気兼ねなく楽しむことができる。またフィンと一緒に寝てくれないだろうか。マイキーにくっついて寝ると、すごく気持ちが落ち着いた。マイキーにピッタリくっついて、マイキーの体温と匂い、しっかりとした身体を感じながら寝たい。
フィンは何故か高鳴る胸を押さえながら、酒を飲む準備をしているマイキーの隣に座った。
夜はまだまだ始まったばかりである。


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