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34:ちゅんちゅん

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深く沈み込んでいた意識がふわぁと上昇していく感じがして、フィンは小さく身動ぎした。くっついている温かい何かにすり寄ると、とても落ち着く。再び意識が沈みそうになるが、ぼんやりと、起きて朝ご飯を作らなきゃ、と思って、フィンは渋々目を開けた。目の前には黒い布があった。静かに上下している。少し視線をずらすと、肌の色っぽいのが見えた。フィンは一気に覚醒した。
くっついていた何かから、おそるおそる少しだけ身体を離して、少し視線を上げると、マイキーの気持ち良さそうな寝顔が見えた。お互い向かい合って横向きで寝ていた。がっつりくっついて。フィンはそっと無意識に握りしめていたマイキーの背中側のタンクトップの布から手を離した。脚も絡めてしまっている。おそらくフィンから絡めたっぽい。脚を離したらマイキーを起こしてしまうだろうか。
一応着衣を確認すると、お互い昨夜着ていた服のままだ。酒臭いし、煙草臭い。マイキーもフィンも煙草は吸わないが、昨夜初めて行ったバーで隣の客が吸っていたので臭いが移ったのだろう。
どうしよう。動けない。昨夜の記憶はバッチリある。マイキーに深夜に家に迎えに来てもらって、一緒に花街にあるマイキーの家の近くのバーに行った。初めて飲むカクテルやブランデーなどを次から次へと飲んで、フィンはめそめそ泣きながらマイキーにフラれたことやフラれた今でもまだ彼女が好きなことを話し、その後更に飲んだことがない酒を飲んで、今度はひたすら笑い転げた。足がふらついて真っ直ぐ歩けない程酒を飲んで、結局マイキーに支えられながらマイキーの自宅に行き、マイキーのベッドに勝手にダイブしたところまでは覚えている。間違いなくそこで寝落ちた。頭がじんわり痛い。あと少しだけ吐き気がする。二日酔いというやつだろうか。
マイキーにくっついたのは間違いなくフィンの方からだ。フィンは子供の頃、祖父や父ドレイク、フィルと寝る時は必ず相手にくっついて寝ていた。癖のようなものである。1人で寝る時も抱き枕がないと眠れない。もしかしたら、酔っぱらった上に寝ぼけて、マイキーに一緒に寝ることをせがんだのかもしれない。ベッドにダイブしてからの記憶がないので定かではないが、その可能性が高い気がする。フィルが10歳になるくらいまでは頻繁にフィルと一緒に寝ていたのだが、今でもドレイクの晩酌に付き合った時にはフィルと一緒に寝ている。正確に言うと、フィンが勝手にフィルのベッドに潜り込んでいる。酒臭いし暑いと毎回フィルから文句を言われているが、フィンは酔うとどうしても1人で寝たくなくなる質だ。それをマイキー相手にも発動してしまったらしい。
やってしまった感が半端じゃない。めちゃくちゃ酔って泣いて何故か笑い転げた上に、一緒に寝ることを強要してしまった。多分。なんともマイキーに申し訳ないことをしてしまった。とりあえずマイキーが起きたら土下座しよう。
マイキーが『んー……』と小さな声を出しながら、フィンの腰のあたりに置いていた腕に力を入れて、少しだけ離れたフィンの身体を引き寄せた。フィンの鼻先がマイキーの逞しい胸筋を包むタンクトップに埋まる。酒臭いし、煙草臭いし、マイキーの汗の匂いがする。フィンも多分同じような匂いがしている筈である。酒と煙草の匂いは兎も角、マイキーの汗の匂いは然程気にならない。少なくとも不快ではない。くっついたところから感じるマイキーの体温に妙に気分が落ち着いて、再び眠くなってしまう。すぅすぅと聞こえる小さなマイキーの寝息も眠さに拍車をかけてくる。フィンはそぅーっと再びマイキーの背中に腕を回した。自分からぴったりとマイキーにくっつくと、すごく落ち着く。フィンは目を閉じて、また眠りに落ちた。








ーーーーーー
マイキーが目覚めると、自分の腕の中にフィンがいた。フィンはマイキーの胸元に顔を埋めて、穏やかな寝息を立てている。帰ってすぐに部屋の空調をつけたが、かなり暑い。それでも、なんとなく離れる気が起きなかった。フィンを起こさないように、静かにフィンの後頭部を撫でると、じょりっとした短い髪の毛の感触がする。このじょりじょり感が割と癖になる。フィンから酒と煙草と汗の匂いがする。フィンが起きたら、とりあえずお互いシャワーを浴びよう。マイキーも今かなり臭い筈だ。フィンにはマイキーの服を貸せばいい。パンツは確か最近買ったばかりの未使用のものがあった筈だ。フィンには少し大きいかもしれないが、パンツがないよりマシだろう。

昨夜、フラれたフィンを慰める為に一緒に馴染みのバーに行って、酒を飲みつつフィンの話を聞いた。ぐずぐす鼻を鳴らして泣きながら『彼女がまだ好きなんです』と言うフィンの頭を撫でて、何度も追加の酒を頼んだ。フィンがすごく努力していたのを知っているだけあって、本当に残念に思う。ちゃんとした断る理由もあったのだが、それ以外にフィンの顔が理由でもあった。なんとも下らない理由だ。どうせ老いれば皆皺くちゃの年寄りになるだけなのに。顔なんかよりフィンの中身を見ろよ、と、なんだかフィンをフッた女に対して腹が立った。泣いているフィンに何杯も飲ませていると、そのうちフィンが泣き止んで、今度はケラケラ笑いだした。どうも本来は笑い上戸らしい。本当に些細な事で楽しそうに笑い転げるので、見ていて面白かった。トイレに行くのに真っ直ぐ歩けなかったので、トイレの個室の前まで付き添って、会計をしてから店を出た。前半は慰める為、後半は酔ったフィンが面白すぎて、つい飲ませ過ぎた。マイキーもそれなりに飲んでいたし、フィンの自宅まで連れて帰るのは少し大変なので、マイキーの自宅に連れて帰った。自分のベッドにフィンを寝かせて、マイキーは居間のソファーで寝ようと思っていた。しかし、フィンが小さな子供のように、『いっしょにねるぅ』とせがんで、くっついてきたので、まぁいいか、とマイキーもフィンと一緒に自分のベッドに横になった。ぴったりとくっついてくるフィンの体温が暑いが、少しでも身体を離そうとすると益々強くしがみついてくるので、すぐに諦めた。マイキーもそれなりに酒を飲んでいて眠い。空調は低めに設定してあるし、暑いからタオルケットすら身体にかけていない。くっついて寝ても熱中症にはならないだろう。マイキーはフィンとくっついたまま、そのまま普通に寝た。

フィンが脚をがっつり絡めているので、フィンが起きないと動けない。気持ち良さそうに寝ているので、起こすのは可哀想だ。普段は家事をするので朝寝坊なんてできないだろうし、たまにはのんびり気が済むまで寝かせてやりたい。とはいえ、目覚めた時から少し気になっていることがある。マイキーの股関のあたりに固いものが当たっている。間違いなくフィンの朝勃ちしたペニスだろう。マイキー自身も朝勃ちで緩くペニスが勃起しているので、他人のことは言えないのだが、やはり少しだけ気になる。小さな子供の頃はマートルや弟のマーリンと一緒に寝ていたが、流石に10歳を越えると一緒に寝ることはなくなった。そういえば、誰かと一緒に寝るなんて15年以上ぶりかもしれない。他人の朝勃ちしたペニスの感触を感じるのは初めてなのだが、相手がフィンだからか、不思議と不快ではない。気にはなるが、10代だもんな、そりゃ元気だよな、くらいにしか思わない。ちょっとだけ微笑ましさすら感じている。
フィンが少し身動ぎして、なんだか股関がより密着した。お互いちゃんとズボンを穿いているので、別に直接生のペニスが当たる訳ではないが、あんまり股間をくっつけられると少しだけ居心地が悪い。フィンは体格の割にペニスが大きい。初めてケリーの家の風呂場で見た時は少し驚いた。ぶっちゃけマイキーのペニスより大きい。ちょっと羨ましい。マイキーだって人並みの大きさはあるのだが、フィンは巨根と言ってもいい大きさである。大きければいいというものではないらしいが、男としては大きい方が格好いいと思ってしまう。当然ながら、勃起すると更に大きくなる。ゴリゴリ当たっているフィンのペニスの大きさに、すげー、とマイキーは暢気に思った。

目覚めたフィンは、股間を膨らませたまま何故かベッドの上で土下座してきた。どうやらマイキーに迷惑をかけたと思っているらしい。全然迷惑だなんて思っていない。わしゃわしゃと寝癖がついているフィンの頭を撫で回してから、マイキーはフィンのテント状態の股間を指差した。


「とりあえずトイレに行っておいでよ。服を貸すから、その後はシャワーね」

「……?……わぁぁぁぁぁっ!?」


自分が朝勃ちしていることに気づいてなかったのか、フィンの顔が一瞬で真っ赤になり、慌てて自分の股間を両手で押さえた。恥ずかしいらしく、涙目になっている。なんとも微笑ましい。笑ったらフィンに悪いので、笑いを堪えて、マイキーはもう一度『トイレに行っといで』と言って、慌てて股間を押さえたままトイレへと走っていくフィンを見送った。フィンがあんまりにも慌てていたから、その様子がどうしても可笑しくて、フィンが部屋から出ていくと、つい吹き出してしまった。なんとも可愛らしい。

トイレから出てきた後も、シャワーを浴びてマイキーが作った朝食兼昼食を食べている間も、フィンの顔はずっと赤かった。余程恥ずかしかったのだろうか。健康な男なら朝勃ちするのは普通のことなのに。フィンは少し前まで性知識がかなり薄かったので、そのせいだろうか。
マイキーはフィンと一緒に食事の後片付けをして、まだ頬がうっすら赤いフィンの頭をわしゃわしゃ撫で回した。


「そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに。男なら朝勃ちくらい普通でしょ」

「う、そ、そうかもしれないんですけど……」

「俺も普通に朝勃ちしてたけど」

「へぁっ!?」


気づいていなかったのか、フィンが変な声を上げて、驚いた顔をした。チラッとフィンがマイキーの股間に視線を向けたので、マイキーはまたわしゃわしゃフィンの頭を撫で回して、フィンの視線を自分の股間から離させた。フィン程立派なものはついていないので、自分の股間を見られるのはなんとなく気まずい。

フィンに貸したマイキーの半袖シャツと短パンは、少しフィンには大きかった。だぼっとしてしまっている。日焼け止めを持ってきていなかったフィンは日が落ちるまでマイキーの家にいることになった。『帰っても大丈夫です』とフィンは言ったが、日焼け止めを塗らないとフィンは日焼けして痛い思いをすることになる。折角イボ痔が治って、日常的にあった痛みとサヨナラできたのだ。できるだけフィンに痛い思いはしてほしくない。
フィンに洗濯を手伝ってもらったり、一緒にのんびり珈琲を飲んだり、工房から道具を持ってきて一緒に簡単な装飾品を作ったりして夕方まで過ごし、一緒に夕食を作って食べて、完全に日が落ちてからフィンを家に送り届けた。

フィンの家の玄関先で、『ありがとうございました。……お陰でちゃんと切り替えられそうです』と穏やかに笑うフィンの頭を、マイキーはまたわしゃわしゃと撫で回した。フィンは強い。頭と心を切り替えて、先へと進もうとしている。マイキーの心はずっと停滞したままだ。カーラにフラれたのに、まだカーラだけを想っている。このままじゃいけない、と思うのに、どうしても切り替えられない。
フィンの家からの帰り道、マイキーは歩きながら、ぼんやり明るい月を見上げた。
そろそろマイキーもカーラへの想いを捨てて、先に進むべきなのだろうか。一生独身でいいと思っていた。しかし、誰かと一緒に同じベッドで目覚めて、一緒に食事をとって、一緒にのんびりとした時間を過ごして、というものは存外心地いいものだった。
マイキーは小さな溜め息を吐いた。誰かと過ごす夜を1度経験してしまうと、どうにも1人は寂しい。自分の腕の中にすっぽりおさまっていたフィンの温もりを思い出して、益々寂しさが大きくなる。カーラがマイキーに振り向くことはない。カーラと一緒に夜を過ごすことなどあり得ない。
本当に、そろそろカーラへの想いを捨てるべきなのかもしれない。そうじゃないと、この先一生、先へは進めない。フィンと過ごして、なんだかマイキーも先に進みたいと思った。
新しい恋ができないだろうか。リンクに誰か紹介してもらおうか。マイキーはぼんやりそんなことを思いながら、自宅へと帰った。


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