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27:女という立場

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ディルムッドは俯きがちに背中を丸めてとぼとぼ歩いていた。学校から途中まで一緒に帰っていたイーグルとは少し前に別れた。それまではシャンと伸ばしていた背筋は、イーグルと別れた途端に自然と丸くなった。

この前の日曜日に見てしまったのだ。ミッシェルが同級生らしき男と腕を組んで歩いているところを。たまたま急遽店の営業を休まざるを得なくなり、下拵えをしてしまった食材が勿体無いので自宅で調理をして、出来上がった大量の料理を配り歩いている時だった。イーグルにお裾分けをした後、母ミミンの別の旦那の家に行く途中の道で見かけた。ミッシェルと男はすごく親密そうで、腕を組んでピッタリ寄り添って歩いていた。すごくショックだった。手を繋いだりはまだできていないし、告白もしていないのでミッシェルとはまだ恋人じゃない。それでも3回も図書館デートをしていたし、そろそろ告白しようと思っていた。翌日、学校で放課後にさりげなーくミッシェルに聞いてみたら、『デートしていただけです』と普通に笑って言われた。
結婚したらディルムッドはその相手だけだが、相手には他にも旦那がいる。ディルムッドだけを見て愛してくれるわけではない。何だか、その事を改めて現実として突きつけられた気がした。何ヵ月もミッシェルとデートをして恋人になろうと地道に頑張っていた分、現実がしんどい。たとえミッシェルと恋人になって結婚しても、ミッシェルは確実にディルムッド以外に恋人や旦那をつくる。それが分かってしまったから、すごくショックだし、同時になんだか萎えてしまった。

いつもだったらイーグルとフィルに泣きついて慰めてもらうところだが、2人にはまだ言えない。イーグルは親が本当に離婚するっぽくて、本人は普段通り過ごしているつもりらしいが、時折すごく疲れた顔や寂しそうな目をしている時がある。フィルは今療養中のフィンの代わりに慣れない家事を毎日やっていて疲れている。イーグルのことがすごく心配だし、唯でさえ進学組で就職組より授業時間も宿題も多いのに慣れない家事までしているフィルも心配だ。2人に泣きつくのは色々落ち着いてからだ。ディルムッドも割としんどいが、特にイーグルの方が心配で、何かしてやれないかと悩んでいる。イーグルはちょっとした愚痴は言うが、ガチの泣き言は言わない。もっとディルムッドを頼ってくれてもいいのに、と思うが、普段ディルムッドの方ががっつりイーグルを頼りにしまくっているので、もしかしたらできないのかもしれない。自分が情けなさ過ぎて凹む。大事な友達がしんどい時に助けになってやれないなんて。それとなーく、何かイーグルの助けになれないだろうか。
ディルムッドはミッシェルのこととイーグルのことで、ここ数日、頭を悩ませていた。

家の近くまで来た所で、背後から大きな声で名前を呼ばれた。振り返れば、少し離れた所をミミンが野菜を山盛りに積んだ手押し車を押しながら、こちらへ向けてよたよた歩いてくる。そういえば、今日はミミンが来る日だ。ディルムッドはミミンの所へ走って向かった。ディルムッドが駆け寄ると、ミミンが足を止めて手押し車から手を離した。重かったのか、腕をぷるぷる振っている。


「母さん。おかえり」

「ただいまー。ディル」

「俺が運ぶよ。今日はすごい多いね」

「おねがーい。ついに手押し車用意されちゃったわよー。両手で袋を持って運ぶより確かに楽だけど、こんだけ乗っけてたら重いわよー」

「こんなに貰っていいの?」

「いいのよ。こないだブリアードとディルがおかずをいっぱいくれたでしょ?そのお礼ですって。デザートにくれたディル特製お重プリンもすっごく喜んでたわ。ガレッドとアンナが取り合いして喧嘩しちゃうくらい食いついてたわよー。あ、空のお重はあたしの鞄に入ってるわ」

「うん。喜んでもらえてよかったー。ガレッド兄ちゃんとアンナは元気?あとニックさん」

「3人とも元気よー。ガレッドも仕事に慣れてきたし、アンナも小学校が楽しいみたいだわ。お友達もできて、あたしが行ってる間にも家に遊びに来てくれたわ」

「へぇー。よかったね。アンナも今年で1年生って早いねー。こないだ生まれたばっかな気がするのに」

「本当よー。ディルも来年には成人だし。あたしも年食う筈よねー」

「母さんはまだ若いでしょ」

「えー。あたし、もう35よー。化粧で誤魔化してるけど、たまに現実を見たくなくなるわぁ……」

「あははっ」


ミミンが自分の腕をもみもみしながら、じーっとディルムッドを上から下まで眺めた。


「母さん?」

「ディルったら、少し会わないうちにまた逞しくなったんじゃない?ね。ね。ちょっとお腹見せてよ。あ、腕も見たいわ!なんならもういっそのことパンツいっちょになってよ!今!」

「ここ往来ですけどっ!?」

「いいじゃなーい!ちょっとだけ!ちょっとだけ!」

「やだよ!せめて帰ってからにして!」

「えぇーー!!ぶーー!ディルのケチんぼー!」

「息子が領軍に通報されてもいいわけ!?」

「その時はポージングしてたら大丈夫じゃない?で、あたしが『キレてる!キレてる!』って、ヒューヒュー言えば誤魔化せるわよ」

「絶対嫌ですぅ!!」

「えぇーーーー!」

「もう!帰るよ!母さん!」

「はぁーい。あ、帰ったら筋肉見せてね。うふふふっ。どんだけ成長してるか、楽しみだわぁ!」

「……うん」


いつと通りニコニコ楽しそうに笑うミミンに、何だか脱力してしまった。ディルムッドはゆるく笑って、手押し車の取っ手を握り、重い手押し車を押しながら、ミミンと喋りつつ、一緒に家へと帰った。

帰宅すると、本当にディルムッドはパンツ1枚の姿にされた。ディルムッドの身体を見たミミンのテンションは爆上がりした。『上腕二頭筋!いいわよ!』『大胸筋もいい感じ!素敵な雄っぱいへの道は近いわ!』『広背筋もすってきー!』『三角筋!三角筋!』『下腿三頭筋いいわよー!育ってるわよー!』と、ペタペタディルムッドの身体を触りながら、ミミンがすごく楽しそうに褒めてくれた。褒めてくれるのは素直に嬉しいが、『お尻の筋肉も見たーい』とパンツまで脱がそうとするのは止めてほしい。ブリアードに助けを求めて、ギリギリなんとかパンツは死守した。

やっとテンションが落ち着いたミミンと居間で取り込んだ洗濯物を畳んでいる。ミミンが来た日はいつもブリアードが1人で夕食を作る。マクラーレンはディルムッド達が帰る少し前に遊びに行っていて、まだ帰ってきていない。
ミミンがブリアードのシャツを畳みながら、口を開いた。


「ねぇ。ディル」

「なに?母さん」

「貴方、悩んでることあるでしょ。さっき、背中丸まってたもの」

「…………」


ディルムッドは少し悩んで、ポツポツとミッシェルのことやイーグルのことをミミンに話した。話し終える頃には洗濯物を畳み終わっていた。
ミミンとソファーに隣り合って座ると、ミミンがディルムッドの頭をわしゃわしゃと撫でた。


「んーー。イーグルのことは、貴方がイーグルの為にしたいと思うことをしなさいよ。今はただ側にいるだけでもいいと思うわ。そのうち、イーグルが話したくなったら、愚痴なり泣き言なり話してくれるわよ」

「……うん」

「ミッシェルちゃんは……気持ちが萎えてるなら、すっぱり切り捨てちゃうのもアリよ。女の子は他にいくらでもいるんだし」

「んー……でもさぁ、他の子でもさ、結婚したら他にも旦那いるじゃん。まぁ、しょうがないって割り切るしかないのは分かってんだけどさぁ。学生のうちから複数の男と同時期にデートするって、ちょっと酷くない?」

「まぁ、誠実ではないわね」

「だよねぇ……」

「その子、もしかしたら少し焦ってるのかもね」

「何を?」

「女の子は16~20歳の間に結婚するのが普通でしょ。中学生になったら、結婚相手探すのに必死になるものだもの」

「えー。でもまだあの子、今年で14じゃん」

「焦る子は焦るのよ。少しでも若いうちにいい結婚相手を見つけなきゃって思う子は多いもの」

「はぁー?そんなもんなの?」

「そんなもんよ。……あたしね、中学生までは本気で小学校の先生になりたいって思ってたの」

「そうなの?」

「えぇ。でもねー、おばあちゃんとひいおばあちゃんに猛反対されちゃってさー。『女は中学校を卒業したら結婚するのが普通だ。女に学なんていらないし、働くなんてみっともない。女は結婚して子供を産むのが1番の幸せだ』って言われてね」

「えぇ……マジで?」

「マジで。おじいちゃんはこっそり応援してくれててね。『奨学金制度もあるし、どうしても少しだけになるが高等学校に通う間の生活費の援助もしてやれる』って言ってくれたのよ。ほら。うちのおばあちゃんって農家の一人娘じゃない?おじいちゃんは入り婿だから、家での立場が弱かったのよ。家で絶対的権力をもってるおばあちゃんには表だって逆らえないけど、あたしのこと、影でこっそり応援してくれてたの。だから、あたし中学生の頃は勉強漬けの毎日だったわ。成績も結構いい方だったのよ?でもねー、どぉーーーしても苦手な教科があって、それが足を引っ張っちゃって。高等学校の入学試験にはなんとか合格できたんだけど、奨学金の試験には落ちちゃったのよ」

「おぅ……」

「……学校でね、友達からも言われてたの。『どうせ結婚したら仕事は辞めるのに、何でわざわざ高等学校に行ってまで学校の先生になりたいの?』とか『そんなに勉強するなんて本当に変わってるよね』とか。産休とか育休制度もあるって言ってもね、ダメなのよ。『自分の子供をほったらかして仕事するの?』って。何を言われても気にしないようにしてたけど、奨学金の試験に落ちちゃったこともあって、なんかね、心が完全に折れちゃったのよね」

「…………」

「『女の敵は女』っていうけど、本当にそうなのよ。『普通』じゃない女は、女から攻撃されるの。その、ミッシェルちゃんって子も、『普通の女』でいたいだけなのかもしれないわね。結婚して、子供を産んで、何人も旦那を持って、って。女として『普通』に生きてたら、誰からも傷つけられないもの」

「…………なんか、やだね」

「そうね……まぁ、あたしは小さい頃からの夢を諦めることになったけど、ブリアード達と結婚したのは全然後悔してないわ。3人とも優しいし、貴方達っていう大事な宝物もできたしね。ふふっ。もし、あたしが小学校の先生になってたら、貴方生まれてなかったかもよ?」

「ははっ。それはやだな。俺、父さんと母さんの子供でよかったって思うもん」

「あら。ふふふっ。嬉しいこと言ってくれるじゃなーい」


ミミンが本当に嬉しそう笑って、わしゃわしゃと両手でディルムッドの頭を撫で回した。ディルムッドも笑って、やーめーてーよー、と言いつつ、されるがままになった。ミミンの優しい手に何だかすごく慰められた。

その夜。ディルムッドはベッドに寝転がって、ぼんやり天井を見上げながら考えていた。
ミミンの話を聞いて、ミッシェルも色々頑張っているだけなんだろうな、って思えた。それでもディルムッドは傷ついたし、萎えた心はそのままだ。女の子には女の子の立場がある。それはなんとなく理解した。しかし、自分だけをちゃんと見てほしいと思ってしまう自分もいる。
はぁ……と溜め息を吐いて、ディルムッドは頭から布団を被った。
ミッシェルのことはもういい。何ヵ月も好きだと思っていたけど、気持ちが萎えてしまったし。それよりもイーグルのことだ。イーグルの為に何かできないだろうか。少しのことでもいいから、イーグルの心を慰めたい。
ディルムッドはなんとなく、布団の中で端末を弄った。そういえば、放課後にケリーから連絡がきていた。ピッツァパーティのお誘いだった。即答で行きます!と返事をしたが、イーグルも連れていけないだろうか。双子の弟達も一緒に。
なんだか少しいい思いつきな気がする。賑やかなパーティで彼らの気も少しは紛れるんじゃないだろうか。
ディルムッドは布団から顔を出して、壁にある時計を見てから、ケリーの端末に連絡した。ケリーがいいと言ってくれたら、明日早速学校でイーグルを誘おう。イーグルに本当に楽しく笑ってほしい。イーグルが好きだと言っていたお重プリンを量産して持っていくのもアリだ。
ディルムッドはミッシェルのことは頭の片隅に押しやり、イーグルのことだけを考えた。


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