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15:新しい年の始まり
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マイキーは笑顔で常連客をカウンターから見送った。店内にはまだ他に数人の客がいる。父マートルは客に売り物の装飾品の説明を求められて、陳列棚の前で客の男と話している。次の客がカウンターにやってきたので、マイキーは接客用の笑顔を浮かべて応対し始めた。
今日は年明けである。一般的に年越しや年明けは家で家族でゆっくり過ごすものだ。普通の店は年明けから7日間は休みになる。しかし、花街や花街にあるマイキー達の店にとっては、年末年始は書き入れ時である。
カサンドラは中央の街に比べたら田舎だが、この近辺ではそこそこ大きな街である。近隣の小さな町からの出稼ぎの男も多く、花街で年越しを過ごす男や、新年を迎えてめでたいからと少し奮発して花街の娼館で遊ぶ男が増える。新年の祝いとして馴染みの娼夫に装飾品を買っていく客が多いし、普段よりも高額な商品が売れるので、マイキー達の店は年末年始が1年のうちで1番忙しい。年明け5日くらいまでは本当に休む暇もろくにない。年越し2日前から年明け5日までは、いつもよりもかなり遅い時間帯まで店を開けているので、この期間のマイキー達の睡眠時間はほぼ毎日3時間も寝れたら御の字という感じである。店を開けている時間が長い上に客が通常よりも多く、更に装飾品の細かな調整なども依頼される。客の要望に応えなければいけないので、基本的に装飾品のちょっとした修正や細かな調整の期日は翌日の午前中である。客が多くて店を閉めた後にしか工房で作業ができないので、場合によっては、徹夜で昼間に接客をするなんてこともよくある。ちなみにこの時期の閉店時間は午前3時である。普段は午後11時には閉めている。そんな時間まで開けていても、閉店間際まで客足が途絶えないのが年末年始だ。この時期の売上はかなりのものだが、正直若干辛いものがある。年明け7日を過ぎれば大体通常通りになるので、マイキー達の店は毎年7日から3日間休むことにしている。いつも死んだように眠っていたら、気づいたら3日間の休みが終わっている。
食事は大量に作り置きしておいたものを魔導レンジで温めて、交代で各々5分程でガッと食べる。午後のお茶なんて優雅なものはない。兎に角、本当に忙しいのだ。客が僅かに途切れた隙に、毎年母アマンダが差し入れてくれる日保ちのする焼き菓子を摘まむので精一杯だ。
そろそろ日付がまた変わろうとする時間になった。漸く、客足が少し途絶えてくれた。店の前の通りは大勢の男達で賑わっているから、きっとまたすぐに新たな客が入ってくる。有難いことだが、できれば少しでも休憩したい。水分補給をする暇も中々ないのに、客に求められれば装飾品の説明をしたりと、ずっと喋りっぱなしなのだ。
喉が酷く乾いている。マイキーはマートルと共にカウンターの中に入り、アマンダが大量に差し入れてくれた瓶入りの林檎ジュースを1本手に取って、一息で飲み干した。籠に入れて置いておいた焼き菓子を1つ口に放り込み、2本目の瓶を手に取った。もぐもぐ焼き菓子を咀嚼して、林檎ジュースで流し込む。マイキーはふぅ、と小さく息を吐いた。空になった瓶を床の邪魔にならない所に置いて、ズボンのポケットに入れっぱなしの端末を取り出して、操作する。たまに常連客から急ぎの仕事の依頼がきていたりする。接客をしている間は端末を弄れないので、こういう僅かな隙間時間には必ず端末をチェックしなければならない。
幸い、今は客からの依頼の連絡はきていなかった。その代わり、フィンとディルムッドから写真つきの文章が届いていた。彼らとは去年の夏前からケリーの所で一緒にケリーに鍛えられている。マイキーからすれば、弟弟子のようなものだ。
フィンから届いた方を先に見ると、美しい朝日が昇る瞬間の写真と共に、新年を祝う言葉と『お疲れ様です。ご無理はなさらないでください』という労りの言葉があった。前に会った時に年末年始が1番忙しく、ろくに休む暇もないと愚痴ったことを覚えていたのだろう。新年最初の朝日を見たことがないと言ったことも。
カサンドラでは、新年最初の朝日を見に行く者が多い。農業が盛んな土地なので、今年もよい太陽の恵みを得られますようにという願掛けの意味合いがあるそうだ。マイキーは子供の頃から1度も新年最初の朝日を見に行ったことがない。小さい頃はマートルも当時生きていた祖父も忙しかったし、1人でも朝日が昇る前の時間に出歩けるような歳になる頃には店を手伝うようになっていた。子供の頃は、学校の友達が話す普通の家庭の年越しや年明けの祝いが羨ましくて仕方がなかった。マイキーの家は忙しすぎて、年越しや新年の祝いなんてやらない。豪華なご馳走も用意しない。兎に角手早く食べられることを重視した、いつもより手抜きのものばかりを食べている。アマンダが毎年焼き菓子を差し入れてくれるが、新年の祝い菓子などではなく、本当に短時間での補給の為のものだ。アマンダ自身も忙しいので、いつもアマンダの店の従業員が運んでくる。この時期にアマンダの顔を見たことなどない。アマンダは妖艶な色気がある美しい女だ。顔は普通で、穏やかそうな見た目のわりに口が悪くて一言余計なことが多いマートルが、何故、当時16歳だったアマンダと結婚できたのかが本気で謎な程、我が母ながら美しい。マイキーは父方の祖父にそっくりだと言われる。弟のマーリンはどちらかと言えばアマンダに似たので中々に美男子だ。マイキーとマーリンが並んでいても兄弟とは思われない程、顔は似ていない。まだ小学生だった頃に、アマンダがボソッと『息子じゃなかったら、うちの店で働かせるのに』と呟いていた程度には、マーリンは整った顔立ちをしている。ちなみに、その発言をたまたま聞いてしまったマイキーは暫くアマンダにマーリンを会わせなかった。
フィンから送られてきた朝日の写真は本当によく撮れている。マイキーは思わず頬を緩めた。とても優しい子だ。少し面白い方向に変わっているが、本当に素直でいい子である。フィンの恋愛相談にのってやったことがあるが、その後はどうなったのだろうか。相談を受けたすぐ後から忙しくなったので、その後どうなっているのかは聞いていない。タイミングを見計らってデートに誘うと意気込んでいたが、上手くいったのだろうか。フィンは見た目は少女のようだが、あれで意外と負けず嫌いで、かなりの努力家だ。ほんの数ヵ月で、身体つきがかなり変わってきている。折れそうな程細かった手足はしっかりしてきているし、初対面の時よりも身長が伸びていると思う。まだ17歳だ。きっとこれからどんどん成長していくだろう。フィンの恋がうまくいくといい。素直で優しくて気配りのできる子だから、相手の女性もきっとフィンを好きになる。マイキーは目を細めて、美しい朝日の写真を暫く眺めていた。
ちなみに、ディルムッドからも新年の祝いの言葉と共に、朝日を背後に撮った写真が送られてきていた。朝日を背後に、フィンの弟フィルも含めた友達3人で変な顔をした上で、かなりおかしなポーズを決めているものが。あまりにも馬鹿過ぎるノリの写真に、マイキーは思わず吹き出し、笑いながらマートルにもその写真を見せた。マートルも『こいつら馬鹿だなぁ』と楽しそうに笑った。正直、心身ともに疲れが溜まってきている。ディルムッドのアホな写真で一笑いしたことで、少し気が紛れた。なんだか、またもう少し頑張れそうな気がする。
マイキーは可愛い弟弟子達の心遣いに感謝しながら、端末をズボンのポケットに戻して、店へと入ってきた新たな客へ接客用の笑顔を向けた。
ーーーーーーー
ケリーはケビンの父ガーナも含めた家族全員で、新年最初の朝日を見る為に街の高台に来ていた。普段は静かな街の高台は、朝日を見ようと集まった大勢の人で賑わっている。ケリーはコリンと手を繋いで歩きながら、初めてのカサンドラでの年越しの事を思い出していた。軍人であることに疲れきって領軍を辞め、ずっと来てみたかったカサンドラの街まで旅をして、パーシーとカーラと出会った。それまで、新年を誰かと祝うなんてことをしたことがなかった。ケリーは、あの時パーシーとカーラと手を繋いで初めて見た朝日の美しさを今でも鮮明に思い出せる。あの時はパーシーとまだ9歳だったカーラと3人だけだった。今では随分と家族が増えた。本当に幸せなことだと思う。ケリーはすぐ隣を歩くライナーを抱っこしたパーシーの顔をチラッと見た。パーシーは順調に老けてきているが、同時に年々魅力的になっている。ケリーはなんとなく、ふっと小さく笑った。
ケリー達が足を止めて暗い夜空を見上げていると、じわじわ空の色が変わり始めた。朝日が昇る。ケリーは美しい日の出を眺めてから、まずはパーシーの頬にキスをして、それからカーラとケビン、孫達の頬に順番にキスをした。
また新しい年が始まる。今年の朝日も最高に美しかった。きっといい1年になる。
ケリーは笑顔でパーシーの腰に腕を回して、もう1度、穏やかに笑うパーシーの頬にキスをした。
朝日が殆んど昇ったので、そろそろ帰ろうかという時にディルムッドと遭遇した。フィンの弟フィルと同じ年頃の丸刈りの男の子が一緒である。新年の祝いの言葉と共に、写真を撮ってほしいと頼まれたので、ケリーは快く引き受けた。
そして新年早々、14歳の少年達の悪ノリに馬鹿笑いする羽目になった。完全にアホな顔でアホなポーズを決める3人を、笑いながら端末で写真を撮ってやった。
「お前さん達、アホだなぁ」
「はっはっは!楽しんだもん勝ちですよ!師匠!」
「はははっ!」
「よし。マイキーさんに送っとこ」
「僕も兄ちゃんに送っとこ」
「そういや、フィル。フィンは来てないのか?」
「あー……兄ちゃん、人が多いところ嫌いなんですよ。元々そんなに好きじゃなかったんですけど、3年前に人混みの中で痴漢にあっちゃって。今じゃ秋の豊穣祭の時も新年の朝日の時もずっと家に引きこもってます」
「そいつはまた気の毒な」
「我が兄ながら、そこら辺の美少女より美少女なんで」
「まぁなぁ。とはいえ、最近背が伸びてきたし、結構筋肉もついてきたよな」
「ですよね!師匠!フィン兄ちゃんも頑張ってるし!」
「お前さんもな。今年もこの調子で頑張れよ。順調に筋肉が育ってきてるからな」
「はいっ!今年こそは師匠ばりのムキムキマッチョになります!」
「はははっ。まぁ、頑張れ」
ケリーは可愛い弟子とその友達と別れて、今度こそ家に帰ることにした。コリンが眠そうなのでおんぶしてやると、コリンはすぐにケリーの背中で寝息を立て始めた。いつまでこうやって孫をおんぶしてやれるのか。孫の成長は嬉しくもあり、少し寂しくもある。孫が大きくなるということは、自分も歳をとるということだ。しかし、例えいくつになっても、パーシーやカーラ達家族が隣で笑っていてくれたら、それだけで十二分過ぎる程幸せだ。
ケリーはまだ軽い孫の重みと温かさを愛おしく思いながら、家族皆の家へと向けて、のんびり歩いた。
ーーーーーー
フィンはなんとか無事に地上に降りることができた。自分では結構筋力がついたと思っていたのだが、1番上までは無理で、結局途中までしか登れなかった。それでも去年の倍は高い所まで登れた。フィンはすっかり明るくなった大きな木の根元にコロンと寝転がった。
ここは街の外で、そこそこ街から離れた場所だ。大きな木が1本だけぽつんと立っている。ここを見つけたのは本当にたまたまだ。3年前の秋の豊穣祭で痴漢の被害にあった。人混みの中で、当時既にイボ痔を患っていたフィンの尻をがっつり揉まれた上に、アナルをズボンの上からぐりぐりされた。ガチ泣きする程痛かったし、気持ち悪くて仕方がなかった。フィンは1人で泣きながら人混みを無理矢理抜け出し、人がいない方へと滅茶苦茶に走って、気づけば街の外にいた。街に戻らなければいけないとは思うが、戻りたくなどなかった。そのまま道なりに街とは反対方向へとぼとぼ歩いている時に、遠目に大きな木が見えた。なんとなく、フィンは大きな木を目指して歩いた。木の根元について、頭上を見上げれば、本当に大きな木で、かなり古くから生えているものだと分かった。周りに人は誰一人としていない。フィンはふと思い立って、頑張ってその木によじ登り、時間をかけて1番地面から近い太い枝まで登った。正直、フィンがやっとの思いで登った枝はそんなに高いわけじゃない。それでも、枝に跨がって見る景色は、フィンにはとても新鮮に映った。
それからその木はフィンの秘密の隠れ場所になった。フィルにだって教えていない。この木から朝日がキレイに見えると気づいたのは、去年のことだった。
フィンは新年最初の朝日の写真を撮る為に、1人でこっそり街を抜け出して、ここまで来た。去年よりも高い枝に登ることができた上に、ちょうど枝や葉っぱが写らない角度で朝日を撮ることができた。我ながら、いい写真を撮ることができたと思う。フィンは満足いく写真を眺めて、マイキーの端末に新年の祝いの言葉と共に送った。前に会った時に、マイキーは新年の朝日を見たことがないと言っていたから。今仕事が修羅場な兄弟子へのちょっとした美しい光景のお裾分けである。美しい朝日の写真で、マイキーの気持ちが少しでも安らぐといい。
フィンは大きな木の下で、たった1人、新しい年の幸福を願った。
今日は年明けである。一般的に年越しや年明けは家で家族でゆっくり過ごすものだ。普通の店は年明けから7日間は休みになる。しかし、花街や花街にあるマイキー達の店にとっては、年末年始は書き入れ時である。
カサンドラは中央の街に比べたら田舎だが、この近辺ではそこそこ大きな街である。近隣の小さな町からの出稼ぎの男も多く、花街で年越しを過ごす男や、新年を迎えてめでたいからと少し奮発して花街の娼館で遊ぶ男が増える。新年の祝いとして馴染みの娼夫に装飾品を買っていく客が多いし、普段よりも高額な商品が売れるので、マイキー達の店は年末年始が1年のうちで1番忙しい。年明け5日くらいまでは本当に休む暇もろくにない。年越し2日前から年明け5日までは、いつもよりもかなり遅い時間帯まで店を開けているので、この期間のマイキー達の睡眠時間はほぼ毎日3時間も寝れたら御の字という感じである。店を開けている時間が長い上に客が通常よりも多く、更に装飾品の細かな調整なども依頼される。客の要望に応えなければいけないので、基本的に装飾品のちょっとした修正や細かな調整の期日は翌日の午前中である。客が多くて店を閉めた後にしか工房で作業ができないので、場合によっては、徹夜で昼間に接客をするなんてこともよくある。ちなみにこの時期の閉店時間は午前3時である。普段は午後11時には閉めている。そんな時間まで開けていても、閉店間際まで客足が途絶えないのが年末年始だ。この時期の売上はかなりのものだが、正直若干辛いものがある。年明け7日を過ぎれば大体通常通りになるので、マイキー達の店は毎年7日から3日間休むことにしている。いつも死んだように眠っていたら、気づいたら3日間の休みが終わっている。
食事は大量に作り置きしておいたものを魔導レンジで温めて、交代で各々5分程でガッと食べる。午後のお茶なんて優雅なものはない。兎に角、本当に忙しいのだ。客が僅かに途切れた隙に、毎年母アマンダが差し入れてくれる日保ちのする焼き菓子を摘まむので精一杯だ。
そろそろ日付がまた変わろうとする時間になった。漸く、客足が少し途絶えてくれた。店の前の通りは大勢の男達で賑わっているから、きっとまたすぐに新たな客が入ってくる。有難いことだが、できれば少しでも休憩したい。水分補給をする暇も中々ないのに、客に求められれば装飾品の説明をしたりと、ずっと喋りっぱなしなのだ。
喉が酷く乾いている。マイキーはマートルと共にカウンターの中に入り、アマンダが大量に差し入れてくれた瓶入りの林檎ジュースを1本手に取って、一息で飲み干した。籠に入れて置いておいた焼き菓子を1つ口に放り込み、2本目の瓶を手に取った。もぐもぐ焼き菓子を咀嚼して、林檎ジュースで流し込む。マイキーはふぅ、と小さく息を吐いた。空になった瓶を床の邪魔にならない所に置いて、ズボンのポケットに入れっぱなしの端末を取り出して、操作する。たまに常連客から急ぎの仕事の依頼がきていたりする。接客をしている間は端末を弄れないので、こういう僅かな隙間時間には必ず端末をチェックしなければならない。
幸い、今は客からの依頼の連絡はきていなかった。その代わり、フィンとディルムッドから写真つきの文章が届いていた。彼らとは去年の夏前からケリーの所で一緒にケリーに鍛えられている。マイキーからすれば、弟弟子のようなものだ。
フィンから届いた方を先に見ると、美しい朝日が昇る瞬間の写真と共に、新年を祝う言葉と『お疲れ様です。ご無理はなさらないでください』という労りの言葉があった。前に会った時に年末年始が1番忙しく、ろくに休む暇もないと愚痴ったことを覚えていたのだろう。新年最初の朝日を見たことがないと言ったことも。
カサンドラでは、新年最初の朝日を見に行く者が多い。農業が盛んな土地なので、今年もよい太陽の恵みを得られますようにという願掛けの意味合いがあるそうだ。マイキーは子供の頃から1度も新年最初の朝日を見に行ったことがない。小さい頃はマートルも当時生きていた祖父も忙しかったし、1人でも朝日が昇る前の時間に出歩けるような歳になる頃には店を手伝うようになっていた。子供の頃は、学校の友達が話す普通の家庭の年越しや年明けの祝いが羨ましくて仕方がなかった。マイキーの家は忙しすぎて、年越しや新年の祝いなんてやらない。豪華なご馳走も用意しない。兎に角手早く食べられることを重視した、いつもより手抜きのものばかりを食べている。アマンダが毎年焼き菓子を差し入れてくれるが、新年の祝い菓子などではなく、本当に短時間での補給の為のものだ。アマンダ自身も忙しいので、いつもアマンダの店の従業員が運んでくる。この時期にアマンダの顔を見たことなどない。アマンダは妖艶な色気がある美しい女だ。顔は普通で、穏やかそうな見た目のわりに口が悪くて一言余計なことが多いマートルが、何故、当時16歳だったアマンダと結婚できたのかが本気で謎な程、我が母ながら美しい。マイキーは父方の祖父にそっくりだと言われる。弟のマーリンはどちらかと言えばアマンダに似たので中々に美男子だ。マイキーとマーリンが並んでいても兄弟とは思われない程、顔は似ていない。まだ小学生だった頃に、アマンダがボソッと『息子じゃなかったら、うちの店で働かせるのに』と呟いていた程度には、マーリンは整った顔立ちをしている。ちなみに、その発言をたまたま聞いてしまったマイキーは暫くアマンダにマーリンを会わせなかった。
フィンから送られてきた朝日の写真は本当によく撮れている。マイキーは思わず頬を緩めた。とても優しい子だ。少し面白い方向に変わっているが、本当に素直でいい子である。フィンの恋愛相談にのってやったことがあるが、その後はどうなったのだろうか。相談を受けたすぐ後から忙しくなったので、その後どうなっているのかは聞いていない。タイミングを見計らってデートに誘うと意気込んでいたが、上手くいったのだろうか。フィンは見た目は少女のようだが、あれで意外と負けず嫌いで、かなりの努力家だ。ほんの数ヵ月で、身体つきがかなり変わってきている。折れそうな程細かった手足はしっかりしてきているし、初対面の時よりも身長が伸びていると思う。まだ17歳だ。きっとこれからどんどん成長していくだろう。フィンの恋がうまくいくといい。素直で優しくて気配りのできる子だから、相手の女性もきっとフィンを好きになる。マイキーは目を細めて、美しい朝日の写真を暫く眺めていた。
ちなみに、ディルムッドからも新年の祝いの言葉と共に、朝日を背後に撮った写真が送られてきていた。朝日を背後に、フィンの弟フィルも含めた友達3人で変な顔をした上で、かなりおかしなポーズを決めているものが。あまりにも馬鹿過ぎるノリの写真に、マイキーは思わず吹き出し、笑いながらマートルにもその写真を見せた。マートルも『こいつら馬鹿だなぁ』と楽しそうに笑った。正直、心身ともに疲れが溜まってきている。ディルムッドのアホな写真で一笑いしたことで、少し気が紛れた。なんだか、またもう少し頑張れそうな気がする。
マイキーは可愛い弟弟子達の心遣いに感謝しながら、端末をズボンのポケットに戻して、店へと入ってきた新たな客へ接客用の笑顔を向けた。
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ケリーはケビンの父ガーナも含めた家族全員で、新年最初の朝日を見る為に街の高台に来ていた。普段は静かな街の高台は、朝日を見ようと集まった大勢の人で賑わっている。ケリーはコリンと手を繋いで歩きながら、初めてのカサンドラでの年越しの事を思い出していた。軍人であることに疲れきって領軍を辞め、ずっと来てみたかったカサンドラの街まで旅をして、パーシーとカーラと出会った。それまで、新年を誰かと祝うなんてことをしたことがなかった。ケリーは、あの時パーシーとカーラと手を繋いで初めて見た朝日の美しさを今でも鮮明に思い出せる。あの時はパーシーとまだ9歳だったカーラと3人だけだった。今では随分と家族が増えた。本当に幸せなことだと思う。ケリーはすぐ隣を歩くライナーを抱っこしたパーシーの顔をチラッと見た。パーシーは順調に老けてきているが、同時に年々魅力的になっている。ケリーはなんとなく、ふっと小さく笑った。
ケリー達が足を止めて暗い夜空を見上げていると、じわじわ空の色が変わり始めた。朝日が昇る。ケリーは美しい日の出を眺めてから、まずはパーシーの頬にキスをして、それからカーラとケビン、孫達の頬に順番にキスをした。
また新しい年が始まる。今年の朝日も最高に美しかった。きっといい1年になる。
ケリーは笑顔でパーシーの腰に腕を回して、もう1度、穏やかに笑うパーシーの頬にキスをした。
朝日が殆んど昇ったので、そろそろ帰ろうかという時にディルムッドと遭遇した。フィンの弟フィルと同じ年頃の丸刈りの男の子が一緒である。新年の祝いの言葉と共に、写真を撮ってほしいと頼まれたので、ケリーは快く引き受けた。
そして新年早々、14歳の少年達の悪ノリに馬鹿笑いする羽目になった。完全にアホな顔でアホなポーズを決める3人を、笑いながら端末で写真を撮ってやった。
「お前さん達、アホだなぁ」
「はっはっは!楽しんだもん勝ちですよ!師匠!」
「はははっ!」
「よし。マイキーさんに送っとこ」
「僕も兄ちゃんに送っとこ」
「そういや、フィル。フィンは来てないのか?」
「あー……兄ちゃん、人が多いところ嫌いなんですよ。元々そんなに好きじゃなかったんですけど、3年前に人混みの中で痴漢にあっちゃって。今じゃ秋の豊穣祭の時も新年の朝日の時もずっと家に引きこもってます」
「そいつはまた気の毒な」
「我が兄ながら、そこら辺の美少女より美少女なんで」
「まぁなぁ。とはいえ、最近背が伸びてきたし、結構筋肉もついてきたよな」
「ですよね!師匠!フィン兄ちゃんも頑張ってるし!」
「お前さんもな。今年もこの調子で頑張れよ。順調に筋肉が育ってきてるからな」
「はいっ!今年こそは師匠ばりのムキムキマッチョになります!」
「はははっ。まぁ、頑張れ」
ケリーは可愛い弟子とその友達と別れて、今度こそ家に帰ることにした。コリンが眠そうなのでおんぶしてやると、コリンはすぐにケリーの背中で寝息を立て始めた。いつまでこうやって孫をおんぶしてやれるのか。孫の成長は嬉しくもあり、少し寂しくもある。孫が大きくなるということは、自分も歳をとるということだ。しかし、例えいくつになっても、パーシーやカーラ達家族が隣で笑っていてくれたら、それだけで十二分過ぎる程幸せだ。
ケリーはまだ軽い孫の重みと温かさを愛おしく思いながら、家族皆の家へと向けて、のんびり歩いた。
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フィンはなんとか無事に地上に降りることができた。自分では結構筋力がついたと思っていたのだが、1番上までは無理で、結局途中までしか登れなかった。それでも去年の倍は高い所まで登れた。フィンはすっかり明るくなった大きな木の根元にコロンと寝転がった。
ここは街の外で、そこそこ街から離れた場所だ。大きな木が1本だけぽつんと立っている。ここを見つけたのは本当にたまたまだ。3年前の秋の豊穣祭で痴漢の被害にあった。人混みの中で、当時既にイボ痔を患っていたフィンの尻をがっつり揉まれた上に、アナルをズボンの上からぐりぐりされた。ガチ泣きする程痛かったし、気持ち悪くて仕方がなかった。フィンは1人で泣きながら人混みを無理矢理抜け出し、人がいない方へと滅茶苦茶に走って、気づけば街の外にいた。街に戻らなければいけないとは思うが、戻りたくなどなかった。そのまま道なりに街とは反対方向へとぼとぼ歩いている時に、遠目に大きな木が見えた。なんとなく、フィンは大きな木を目指して歩いた。木の根元について、頭上を見上げれば、本当に大きな木で、かなり古くから生えているものだと分かった。周りに人は誰一人としていない。フィンはふと思い立って、頑張ってその木によじ登り、時間をかけて1番地面から近い太い枝まで登った。正直、フィンがやっとの思いで登った枝はそんなに高いわけじゃない。それでも、枝に跨がって見る景色は、フィンにはとても新鮮に映った。
それからその木はフィンの秘密の隠れ場所になった。フィルにだって教えていない。この木から朝日がキレイに見えると気づいたのは、去年のことだった。
フィンは新年最初の朝日の写真を撮る為に、1人でこっそり街を抜け出して、ここまで来た。去年よりも高い枝に登ることができた上に、ちょうど枝や葉っぱが写らない角度で朝日を撮ることができた。我ながら、いい写真を撮ることができたと思う。フィンは満足いく写真を眺めて、マイキーの端末に新年の祝いの言葉と共に送った。前に会った時に、マイキーは新年の朝日を見たことがないと言っていたから。今仕事が修羅場な兄弟子へのちょっとした美しい光景のお裾分けである。美しい朝日の写真で、マイキーの気持ちが少しでも安らぐといい。
フィンは大きな木の下で、たった1人、新しい年の幸福を願った。
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