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13:恋の季節

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フィンには最近好きな女性がいる。間違いなく年上なので、女の子ではなく女性である。20代前半くらいで、いつもまだよちよち歩きの可愛い男の子と一緒だ。既婚者なのは確実である。少し垂れ目で、おっとりした感じの顔立ちで、ほんのりふくよかな身体つきの癒しオーラが出ているような雰囲気の素敵な女性である。ここ最近店に訪れるようになった客で、秋の豊穣祭の少し前くらいから週に1度くらいの頻度で店にやって来る。いつも子供用の絵本を1冊と、多分自分用の料理の本や女性に人気な恋愛小説などを1冊買って帰る。子供に話しかける落ち着いた少し低めの優しい声が、ずっと聞いていたい程耳に心地いい。見た目も雰囲気も仕草も声も子供に向ける優しい眼差しも、何もかもが魅力的な女性である。
フィンは最初は可愛らしい親子だな、くらいにしか思っていなかった。ある日、フィンがカウンターから出て本を数冊持って本棚の間を移動している時に彼女に話しかけられた。今、女性の間で爆発的に流行っている恋愛小説シリーズの最新刊がないかを聞かれた。ちょうど売り切れていたので、フィンが在庫がないことを謝り、少し時間はかかるが取り寄せをすることが可能なことを告げると、彼女は華がほころぶように嬉しそうに笑った。カウンターに行って、取り寄せの手続きをしてから彼女は帰って行った。帰る前に『とても親切に接客をしてくれて、ありがとうございます』と優しい笑顔でそう告げて。たったそれだけの事だったのだが、フィンは彼女のことを好きになってしまった。本の取り寄せの紙に名前を書いてもらったので、名前は知っている。『ミディア・トレーズ』。名前まで素敵である。フィンは彼女が店に来るのを楽しみに待つようになった。何回か前の会計の時に思いきって話しかけてみて、それから会計の時にだけ、ほんの少し話すようになった。天気の話や子供の話、本の話など、当たり障りのない世間話程度だが、フィンにとっては本当に舞い上がる程嬉しいのだ。柔らかそうな彼女の手を握ってみたいし、もっと彼女と色んな話をしてみたい。フィンは彼女をデートに誘うと決意した。






ーーーーーー
季節はもうすっかり冬である。年末も近づきつつあり、朝晩が冷え込むので水仕事が少し辛くなってきた。フィンは最初の頃は夜だけだった筋トレを、秋の豊穣祭の少し前から、起床の時間を早めて朝にもするようになった。冷え性の気があり、去年までは冬場は手足が冷たくて特に朝の家事がキツかったが、今年は筋肉が増えたからか、例年ほどの辛さを感じない。
去年買った冬物の服が腕のあたりがキツくなり、ズボンも少し短くなっていたので、冬のはじめの頃に新しく服を買い直した。お財布的にはそれなりに打撃を受けたが、素直に嬉しい。最近、少し膝が痛むことがあるので、もしかしたら成長痛というやつかもしれない。

今日は水曜日である。フィンは今日はドレイクにお願いして休みをもらった。早朝に筋トレをしてから朝食を作り、朝食が終わると手早く片付けと洗濯を済ませてから、マイキーの家がある花街へと向かった。
人生の先輩であり、フィンにとっては頼れる兄貴的存在であるマイキーに恋愛相談をする為である。マイキーには数日前に端末で連絡をして、約束を取りつけてある。フィンは学生時代は当たって砕けろなノリで女の子をデートに誘っては断られていた。しかし、今回は今までとは違い、彼女との結婚を考える程、真剣に恋をしている。当たって砕けるのは嫌だ。マイキーは結婚はしていない。しかし、毎週土日にマイキーの店は街の広場で露天を開いていて、日曜日はいつもマイキーが露天の店番をしているので女の子や大人の女性と接する機会が多い。きっとフィンには思いつかないような素晴らしいアドバイスをくれることだろう。フィンは手土産のマドレーヌを片手に、マイキーの家へと軽やかな足取りで向かった。

花街にあるマイキーの店兼家である『装飾品専門店ニカインド』の前についた。店の入り口のドアに呼び鈴などはないので、店の前で端末を使ってマイキーに連絡をする。
マイキーの家に来るのは5度目だ。最初はスイカを貰い、2回目は借りていた皿と袋を返しに来て、その後2回は秋の豊穣祭の後に装飾品図鑑やマイキー達が作った売り物の装飾品を見せてもらう為に訪れた。フィンの母アリーナはいつもピアスやネックレスなどを身につけているが、ぶっちゃけ興味がなかったので、アリーナがいつもどんなものを使っているのか、まるで覚えていない。
一口に装飾品と言っても、種類が多い。髪に着けるもの、耳に着けるもの、首に着けるもの、指や手首、腕に着けたり、足首に着けるものまである。そんなに着けてどうするのだろう。邪魔にしかならないのに、とフィンは思うのだが、そういう問題ではないのだろう。多分。
マイキーに解説をしてもらって、一応どんなものがあるのかは、なんとなく理解した。髪飾りだけでも何種類もあり、全てデザインや使い方が違う。値段もピンキリで、小学生のお小遣いで気軽に買えるものから、フィンの年収3年分くらいのものまで。フィンの常識ではあり得ない金額に驚いた。今1番店で高いものは、かなり貴重で状態がいい宝石をふんだんに使った繊細な細工の豪奢な首飾りで、普段は店内には置いていないそうだ。それはそうだろう。そんな馬鹿みたいに高額なものを普通に店の棚に置ける訳がない。本当にそんな高額のものが売れるのかと信じられないが、これが極たまにだが売れるらしい。マイキーが知っている中で今までに売れた1番高額なものは、マイキーの曾祖父が作った髪飾りで、なんとお値段ざっとフィンの年収7年分。芸術品としても非常に価値のある代物で、他所の領地の貴族が買っていったらしい。凄まじい世界である。

店の入り口の前で待っていると、すぐにマイキーが店のドアを開けてくれた。


「こんにちは!マイキーさん」

「こんにちは。入りなよ。珈琲を淹れるよ。ちょうど一昨日、美味しい珈琲豆を母さんから貰ったんだ。珈琲大丈夫だったよね?」

「ありがとうございます!珈琲は好きです。あ、これ、よかったら食べてください。マドレーヌなんですけど」

「お。ありがとう。悪いね。折角だから一緒に食べようか」

「はい!」


笑顔を浮かべたマイキーにマドレーヌが入った袋を手渡し、マイキーと共に店に入って、カウンターの奥の急な階段を上がって家に入った。
台所のテーブルの所の椅子に座って、マイキーが淹れてくれた珈琲を飲む。マイキーがクッションを貸してくれたので、尻が楽だ。今はイボ痔がかなり良くなっているのだが、だからこそできるだけ尻に負担をかけたくないのでありがたい。マイキーが淹れてくれた珈琲は確かに香りがすごく良くて美味しい。ミルクは入れなくても平気だが、砂糖を少し入れないとフィンは珈琲を飲めないので、角砂糖を3つ入れさせてもらった。マイキーも珈琲には砂糖を入れる派らしく、珈琲用の角砂糖が常備してあるそうだ。近所のお菓子屋さんで買ってきたマドレーヌはマイキーの口に合ったらしく、マイキーはとても美味しそうに食べて、店の場所や名前を聞いてきた。沢山買ってきたので、マイキーの父親の分を残して、後は2人で各々いくつも美味しい珈琲片手にマドレーヌを食べる。


「それで、俺に相談したいことって?」

「あー……その。実は……好きな女性がいまして……」

「おや」

「将来的に結婚を考えるくらい僕は真剣なんですけど、どうデートに誘ったらいいかなって悩んでて。学生の頃は当たって砕けろなノリで女の子をデートに誘っては本当に毎回砕けてたんです。でも今回は砕けたくなくて……少しでもアドバイスをもらえないかな、と思いまして」

「なるほどね。んー。デートの誘い方はアドバイスできるか微妙だけど、プレゼントの方はアドバイスできるよ。どんな感じの女性なの?」

「えっと、20代前半くらいで、まだよちよち歩きの小さいお子さんがいます。少し垂れ目でおっとりした感じの、優しくて癒し系なすごく魅力的な女性です」

「んー……じゃあ、いきなり高めのプレゼントは止めておいた方がいいかもね。まぁ、その人の性格や金銭感覚にもよるけど、初めてのプレゼントであんまり高いものを贈ると恐縮して引かれる可能性があるし。装飾品なら普段使いもできるようなデザインと値段のものの方が無難かな。向こうも受け取りやすいし、使いやすいからね」

「なるほど」

「デートの誘いなぁ……ぶっちゃけ、俺、デートってしたことがないんだよね。花街に住んでるから、娼夫と客のデートはよく見かけるんだけど」

「カーラさんとデートしたことないんですか?」

「…………俺、そんなに分かりやすいかな?」

「あ、やー……なんとなく、そうかなって」

「そっかー……カーラともないよ。ていうか、去年プロポーズしてフラれてるんだよね。俺」

「……そ、その……すいません……」

「いいよいいよ。ごめんね、なんか。まぁ、俺のことは気にせずに。フィンのデートのことを考えようか」

「あ、はい。お願いします」


マイキーは真剣にフィンとデートの誘い方やデートでのエスコートの仕方を考えてくれた。マイキー自身はデートをしたことがないが、フィンより長く生きている分、色んな恋人や夫婦を見てきているし、仕事で20代の女性とも接することが多い。フィンには全然思いつかなかった目から鱗なアドバイスをいくつももらえた。
更には1階の店舗に下りて、初デートで彼女へプレゼントする装飾品を一緒に選んでくれた。彼女の普段の服装の雰囲気などをフィンから聞いて、少し控えめな華やかさだが、繊細な細工が可愛らしいネックレスを勧めてくれた。お洒落や装飾品のことはよく分からないが、落ち着いた雰囲気の可愛らしさが彼女に似合うと思い、それを買わせてもらった。財布にそんなにお金を入れていなかったのだが、後払いでいいと言ってくれたし、ありがたいことに値引きもしてくれた。弟弟子割りと言って、悪戯っぽく笑うマイキーに、フィンは嬉しくてにっこり笑ってお礼を言った。

マイキーのお陰で、何だか今回は本当にうまくいきそうな気がする。
フィンはマイキーが丁寧に包装してくれたネックレスを大事に持って、上機嫌で家へと帰った。


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