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11:暇な日

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フィンはカウンターで頬杖をついて、ぼんやりしていた。暇である。今日はやけに客が少ない。まぁ、こんな日もたまにはあるものだ。暇すぎて眠くなる。やらなきゃいけない事務仕事は終わっているし、売り物の本の整理や店内の掃除も、午前中に昔からの従業員であるナナイと終わらせてしまった。父ドレイクは今日は暇だからと、ナナイを連れて珈琲を飲みに馴染みの喫茶店に行っている。今、店にはフィンだけしかいない。話し相手もいないので、暇過ぎて、どうしても眠くなってしまう。フィンは大きな欠伸をした。眠い。いっそ眠気覚ましも兼ねて、カウンターの前の床で筋トレをしてやろうか。

もうフィル達の夏休みが終わって1ヶ月ちょいが経つ。少し前までひたすら暑かったが、少しずつ朝が涼しくなり、じわじわと秋の足音が聞こえてきている。ざっと半月後には1年で1番大きな祭りである秋の豊穣祭が行われる。街では既に準備が始まっており、街はどことなくざわついた雰囲気である。
フィンはひたすら仕事と筋トレに勤しんでいたので、夏を満喫するなんてことは特になかった。フィルは夏休み中も平日は課外講座で学校に通っていたが、それでも土日は店の手伝いをしたり、フィンと一緒にケリーの家に行って筋トレに参加したり、夏休み後半には何度かディルムッドとイーグルという特に仲がいい友達と遊んだりしていた。学生時代、夏休みは店の手伝いか家の中で勉強しかしていなかったフィンには眩しいくらい青春している感じがする。正直少し羨ましい。別に男が全員フィンに恋をしたり性欲を感じるなんて思ってはいない。普通に友達として仲良くしてくれるような男もいるであろうということはフィンにだって分かっている。でも、自分から友達をつくろうと、積極的に人と関わろうと踏み出す勇気がフィンにはない。元々引っ込み思案な性格なのだ。ケリーに弟子入りできたのだって、ぶっちゃけディルムッドのお陰と言っても過言ではない。ディルムッドがフィル経由でフィンもムキムキマッチョになりたがっていると知り、ケリーのことを教えてくれて、『フィン兄ちゃんも一緒に弟子入りしよー』と誘ってくれたのだ。
ディルムッドとイーグルはフィルの小学校低学年の頃からの友達で、たまに家にも遊びに来ていた。特にディルムッドは人懐っこいから、フィンのことを『フィン兄ちゃん』と呼んで、引っ込み思案で大人しかったフィンにもすぐに懐いた。イーグルもディルムッド程早くはなかったが、そう時間もかからず懐いてくれた。フィン的には2人は弟の友達であると同時に、可愛い弟分でもある。
ケリーへの弟子入りはディルムッドが一緒だったから、本当になんとかなった感じである。それでもフィンは未だかつてない程勇気を出した。女の子をデートに誘う時よりも勇気を出した。弟子入りを頼みに行く3日前から緊張でろくに眠れなかったし、当日は緊張し過ぎて胃が痛くて食事をとれなかった。断られたらどうしようと、ずっと不安を抱えていた。ケリーが弟子にしてくれて、本当によかった。あの時、精一杯の勇気を出して頑張ったことは、自分の17年の人生の中で、自分で自分を褒められる唯一のことかもしれない。そのくらいフィンにとっては勇気がいることだった。ケリー達家族も兄弟子的な存在であるマイキーも本当にいい人達だ。彼らと知り合えたことは、本当に幸運なことだと思う。筋トレを続けているうちに、少しずつだが確実に成果は出てきている。食べられる食事の量も増えてきたし、腕や脚も太くなってきた。嬉しいことに、身長も少しだが伸びた。ケリーが男は20歳過ぎても背が伸びる奴もいると言っていた。17歳のフィンはまだまだバリバリ成長期だから、運動をして、しっかり食事をとれば、背だって伸びるし、筋肉もつくと言ってくれた。実際、その通りだった。肌が弱いので肌が白いのは相変わらずだが、身体つきは少しずつ変化していっている。本当に嬉しくて堪らない。フィンはケリーには勿論、本当に自分を変えられるチャンスを掴ませてくれたディルムッドにとても感謝している。

そのディルムッドだが、夏休み後半から何度か手料理をフィン達に持ってきてくれた。本格的に料理の修行をしているので、自分が作ったものを誰かに食べてほしいみたいだ。そして感想が欲しいらしい。ディルムッドは典型的な褒められて伸びる子である。フィンとフィルはディルムッドから手料理を貰う度に、褒めつつも、ものすごく遠回しにやんわりダメ出しをするという実に難易度が高い任務をこなさねばならなくなった。ディルムッドの為にと、毎回、学生時代だってここまで頑張って文章を考えたことなんてないというレベルで、頑張って文章を考えまくって、ディルムッドの端末に感想を送っている。ただ美味しかったと手放しで褒めるだけではディルムッドの為にならないので、フィンは本当に頑張った。むしろフィンが褒めてもらいたいくらい頑張った。可愛くて、感謝ばかりを感じるディルムッドの為である。恩返しのつもりで頑張った。フィンが感想を端末で送ると、ディルムッドはすごく喜ぶ。なんだかこっちまで嬉しくなるレベルで喜ぶ。だから、フィンは何度だって頑張るのだ。ディルムッドは本当に可愛い弟分兼恩人兼大事な筋トレ仲間である。

フィンがカウンターでぼーっとしながら、大きな欠伸をしていると、カランカランと店の入り口のドアにつけているベルが鳴った。この音を聞くのは本日3度目である。どれだけ客が来ていないのかがよく分かるだろう。普段はもっと普通に忙しい。純粋に本を求めてくる客も多いが、ぶっちゃけフィン目当ての客もいる。それなりに客が訪れるのが日常なのだが、極々たまにこういう日がある。
頬杖をついたまま、視線だけ店の入り口に向けると、意外な人物がいた。マイキーである。フィンが知っている限り、マイキーがフィン達の店に来たことはない筈だ。ぽかんとマイキーを見ていると、マイキーと目が合った。
マイキーがいつものように穏やかに笑った。


「やぁ。フィル。こんにちは」

「こ、こんにちは。マイキーさん。……あ、今日は水曜日でしたね」

「うん。今日は休みなんだ。休みの日はたまに色んな本屋に行って、仕事の参考になりそうな図鑑とか画集を探してるんだよね」

「あ、なるほど……それなら、ちょうど4日前に新刊の図鑑が入荷しています」

「あ、そうなんだ」

「ご案内します」

「ありがと。助かるよ」

「いえ。こっちです」


フィンはカウンターから出て、マイキーを図鑑や画集が置いてあるコーナーに案内した。図鑑の新刊は5冊程あり、動物図鑑や植物図鑑、少し珍しい紋様図鑑というものもある。マイキーが紋様図鑑を手に取った。


「へぇ。面白いのがあるね」

「ちょっと珍しいんですけど、結構お値段が高いので、売れるかどうか微妙なところなんですよね。その図鑑」

「ん?俺が買うよ」

「えっ!」

「これ、すごい面白い。ほら、この紋様とか髪飾りに取り入れたら、すごく面白いのができそう」

「そうなんですか?」

「フィンは装飾品に興味ない?」

「あー……その、縁はないかなぁ、と思います」

「少しは興味を持った方がいいかもよ?女の子は大抵キレイな装飾品が好きだから。プレゼントでの装飾品の選び方が上手な男はモテるよ」

「装飾品図鑑って無かったかな」


フィンは図鑑コーナーを隅から隅まで見渡した。マイキーが可笑しそうに笑いながら、真剣に図鑑コーナーで装飾品図鑑を探すフィンの肩をポンと軽く叩いた。


「うちに一応あるよ。古いものだけど、芸術性が高いものから普段使いできるものまで幅広く載ってるやつ。子供の頃はそれ読んで色々勉強してたんだよね」

「へぇ!」

「よかったら見てみる?写真付きだから、眺めてるだけでも楽しいよ」

「いいんですか!?」

「うん。なんなら、うちの店の商品も眺めてみなよ。実物を見た方が分かりやすいし」

「ありがとうございます!」

「秋の豊穣祭で露天を出すから、それまでは結構忙しくてさ。豊穣祭が終わった後なら、水曜日ならいつでもいいよ」

「はいっ!……あ、マイキーさん。今、端末はお持ちですか?」

「ん?持ってるけど」

「その、よかったら連絡先を交換してもらえませんか?突然訪ねるのも何ですし」

「あー。まぁ、休みの日は買い物とかで出掛けてたりもするしね。ちょっと待って。端末出すから」

「あ!僕も端末とってきます!」


フィンはバタバタと走ってカウンターに戻り、カウンターの所に置いていた自分の端末を手に取って、すぐにマイキーの所に戻った。
端末を操作して、マイキーと連絡先を交換し合う。フィンにとっては、マイキーは安心して懐ける兄貴分である。マイキーは多分間違いなくカーラのことが好きだし、フィンを単なる弟分的な感じでしか見ていない。年上の異父兄弟は一応いるが、ほぼ面識はないし、母親が同じだからといって一緒に育った訳でもないのに親しさなんて感じない。実は、フィンは無条件に懐ける兄というものに憧れを感じていた。
マイキーは初対面の時から、なんとなく懐いても大丈夫な気がしていた。普通に可愛がってくれる年上のお兄さんという感じであった。実際、そんな感じである。マイキーと知り合ったのはほんの数ヶ月前だが、フィンは自分がマイキーに既に結構懐いている自覚がある。そのマイキーと端末の連絡先を交換できたのは素直に嬉しい。
マイキーは紋様図鑑を買って帰っていった。フィンはその日、学校から帰って来たフィルに不思議がられる程ご機嫌だった。


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