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10:祖父達の家へ

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夏休みも残すところあと4日である。
定食屋の定休日である今日は、家族で祖父や叔父達が暮らす家に行くことになった。

ディルムッドの祖父バーナードはまだ52歳と若いが、4年前に出掛けた先で階段から落ち、右足の膝をかなり酷く損傷してしまった。リハビリの甲斐もあって日常生活はそこまで問題はないが、歩くのには杖がいるし、厨房には立てなくなった。バーナードはディルムッドの父親ブリアードに店を継がせ、自分は引退した。厨房に立てなくなった事がショック過ぎて、すっかり塞ぎこんでいたバーナードは叔父の家に移り住んだ。叔父のムリーニアはブリアードの5つ年下の弟で、小さなバーを経営している。当時、まだ1歳だった従兄弟のニーケを抱えて、育児と仕事でかなり苦労をしていた。叔母は積極的に子育てをするタイプではなかったみたいで、殆んど叔父が1人でニーケの面倒をみていた。それを知っていたブリアードが、バーナードにムリーニアの家に住んでニーケの世話を手伝ってやることを提案した。
バーナードは、ニーケを抱っこして歩くこともろくにできないと最初は渋っていたが、久しぶりに顔を見せたムリーニアの窶れた顔を見て、ムリーニア達と同居することを決めた。幼いニーケの為にと、それまで以上に膝のリハビリを頑張るようになった。そのお陰で今ではかなり膝がよくなっている。手がかかる年頃のニーケの世話を1人でしなくてもよくなったお陰で、ムリーニアもかなり助かっているようだ。

ムリーニアの家に着くと、ブリアードが玄関の呼び鈴を押した。すぐに中から返事があり、バーナードが玄関のドアを開けてくれた。


「よぉ。親父。元気か?」

「こんにちはー!じいちゃん!」

「こんにちは!じいちゃん!」

「おぉ。お前らか。入れよ。茶を淹れよう」


バーナードが笑顔を浮かべて、ディルムッド達を家の中に招き入れた。居間に行くと、今年で5歳になるニーケが積み木をして遊んでいた。


「あ!おじちゃん!ディル兄ちゃん!マー兄ちゃん!遊んでっ!」

「いいよー」

「こら。ニーケ。その前に挨拶はどうした」

「えっとね、こんにちは!」

「「こんにちは!」」

「遊ぶ前にお茶を飲むぞ。積み木は1度片付けてこい」

「えぇー」

「ニーケ。ディルが美味しいおやつを作ってるよ」

「おやつ!たべる!」

「じゃあ積み木を片付けて手を洗っておいで」

「うん!わかった!おじちゃん!」


ニーケがガチャガチャ音をさせながら、積み木用の箱に積み木を片付け始めた。


「現金なやつめ。ディルがおやつを作ってくれたのか?」

「うん!ふっふっふ……じいちゃん、ちょっとビックリするかもね!」

「ほう?」

「ディルが少し前に面白いものを作ってさ。親父にも食べてもらおうと思って」

「そりゃ楽しみだ。お茶と珈琲、どっちがいい?」

「じいちゃん。俺、珈琲がいいー」

「俺も」

「俺はお茶がいい。珈琲苦いじゃん」

「マクラーレンとニーケ以外は珈琲な。座って待ってろ。皿はいるか?スプーンとかフォークは?」

「スプーンがあればいいかな。でかいやつがいい」

「分かった。少し待ってろ」

「じいちゃん。手伝うよ」

「俺もー」

「おう。じゃあ頼む。あ、マーはニーケの相手をしててくれるか?おっと、その前に。お前達も手を洗ってこい」

「「はーい」」


ディルムッド達は風呂場の脱衣場にある洗面台に行き、先に手を洗っていたニーケと合流して、代わる代わる手を洗った。


「ニーケ。父さんはどうした?」

「とうさんねー、お買い物ー」

「あぁ。入れ違いになったのか」

「ニーケ。じいちゃん達がお茶淹れてくれるまで居間でお喋りしとこ」

「うん」


マクラーレンがニーケと手を繋いで居間へ歩き出したので、ディルムッドもブリアードと一緒にバーナードがいる台所へと向かった。
台所では既にバーナードがやかんでお湯を沸かしながら、珈琲豆をミルで挽いていた。珈琲のいい香りがする。


「じいちゃん。おまたせー」

「おーう」

「親父。カップを出すぞ」

「ニーケ用のは、そこの棚のちっこいのな。ひよこ模様のやつ。ちょっと前に買ったばっかでな。気に入ってんだよ」

「分かった」

「ディル。お湯が沸いたら先にチビッ子達のお茶を淹れてくれ。じいちゃんは珈琲淹れるから」

「はぁーい」


ディルムッドは戸棚から茶葉が入った容器とポットを取り出して、お茶を淹れる準備をした。魔導コンロの前でお湯が沸くのを待っていると、珈琲豆を挽き終えたバーナードがディルムッドをしげしげと見た。


「ディル。また背が伸びたか?」

「そうかな?あ、でも。そういやズボンがちょっと短くなった」

「まだ14だろ?どこまで伸びるんだろうな」

「さぁ?」

「お前は死んだばあちゃんに似たんだろうな。あいつは女にしてはかなり背が高かった」

「ばあちゃんの記憶、あんまないんだよね」

「そりゃそうだろ。お袋が死んだのはディルがまだ4歳の時だしな」

「ちょっとでもヒールが高い靴を履くと俺より背が高くなるから嫌だって言ってよ。いつもぺたんこの靴ばっか履いてたな。……若い頃はよ、背が高くて、ほっそりしてて、中々の美人でな。結婚相手の競争率が高かった」

「へぇー。じいちゃんはその競争を勝ち抜いて、ばあちゃんの心を射止めたの?」

「おうよ。胃袋をがっちり掴んでやったぜ」

「すっげぇな。じいちゃん」

「ディル。女を惚れさせるには胃袋を掴むのが1番だぞ」

「マジか!!筋肉じゃないの!?」

「筋肉も大事だ。お前はちと細すぎるぞ……って、ん?お前、太ったか?いや、前よりちょっと筋肉ついてないか?」

「へっへー!わっかるー?俺ね、今筋トレやってんの!見てよ、この力瘤!」

「おぉう!?小学校の運動会の度に行きたくないって泣いてた運動嫌いのお前がかっ!?」

「泣いてたのは3年生までだし」

「3年生でも十分情けないわ」

「むぅ……」

「何にせよ、いいことだな。頑張るんだぞ。料理人は体力と筋力がものを言うんだ」

「舌とか手先じゃないんだ」

「どんだけ舌が良くて、手先が器用でも、一日中包丁使って重い鍋をふるう体力と筋力がなければ糞の役にも立たんだろ」

「ごもっとも!」

「親父。昔、宿屋やってたとこ覚えてるか?中央の街側の入り口方面の、街中に馬小屋があるとこ」

「ん?……あぁ。そういや昔あったな。あれだろ?もう随分と前に死んだが、めちゃくちゃ背が高くて、すげぇ料理が上手かったおっさんがやってた所。息子は確か、資料館勤めの学者先生だろ?」

「そうそう。そこの息子の伴侶が元軍人さんでな。ケリーさんって言うんだが、彼が身体の鍛え方を指導してくれてるんだよ。俺は会ったのは1度だけだけど、中々にできた人だったよ。マクラーレンの友達のじいちゃんでもあるんだ」

「師匠はすっっっげぇ格好いいよー。ムッキムキだし!」

「そうか。そいつはいい縁を得られたな。その縁を大事にするんだぞ」

「うん!」

「毎日、俺と一緒に筋トレしてるし、夏休みに入ってからは走ってもいるんだよ」

「おー。頑張ってるじゃねぇか」

「えっへへー」

「経理の勉強以外は適当でいいから、今はそっちを頑張れよ。経理の勉強は店を継ぐには必須だからな。うちみたいな小さな店じゃ専門家を雇う金なんざねぇし。経理の勉強だけはきっちりやれ。あとは卒業さえできりゃいい」

「はーい」


話しながら、お茶と珈琲を淹れ、居間に移動した。ディルムッドは保冷バッグに入れていた1段のお重を取り出して、バーナードに渡した。


「ふっふっふー。じいちゃん開けてみてよ」

「おう……って、スポンジだけじゃねぇか。それもみっちり。何だこりゃ」

「スプーンで掬ってどうぞ!」

「んー?お、下はプリンか?ふむ……んっ!?うめぇな、こりゃ!」

「でっしょー!」

「プリンが固めで濃厚で、苦味が少し強いカラメルソースとバランスがちょうどいい具合だ。薄いスポンジ生地にカラメルソースが染みて、しっとりしてるし、プリンとの食感の違いが面白れぇ」

「面白いだろ?ディルが考えたんだ。これ、今度うちの定食のデザートに加えようかと思っててさ。しっかり一晩冷やした方が味が馴染んで旨いから、ディルに前の日の夜に作ってもらって、翌日に出そうかと考えてるんだよ。勿論、切り分けて。これで作っても小さめに切ったら、それなりの数になるし、1口デザートみたいなノリで添えたらいいんじゃないかと思ってさ」

「いいな。やってみるといい。ディル。でかしたぞ」

「えっへへー」

「これでうちの店も安泰だな。あとは嫁さんを見つけるだけだ。ディル。そろそろ彼女の1人や2人くらいいるんだろ?」

「……ムキムキマッチョになったら1人や2人どころか1ダースくらいできるし……」

「何だ。まだ彼女の1人もいないのか」

「うぐぅ……」

「ま、そっちもぼちぼち頑張れよ。女の胃袋掴む為にも、料理の腕も磨いとけ」

「……がんばりまーす」


ニーケにも、暫くしてから買い物から帰って来たムリーニアにもディルムッドが考案して作ったお重プリン~スポンジのせ~は好評だった。
筋トレは着実に成果が出てきているし、料理の方も最近なんだか前より楽しく感じている。
その日はディルムッドがムリーニアの家で夕食を作り、皆で食べた。バーナードからガンガン指導とダメ出しをされたが、それでも上手くできていることは褒めてもらえた。
また遊びに来ることを約束してから、ディルムッド達は帰路についた。夕食の時にバーナードやブリアード達が酒を飲んで盛り上がり、もうすっかり暗くなっている。月明かりに照らされた道を3人でのんびり家へと歩いた。

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