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3:筋肉育成には食事も大事
しおりを挟む「よーし。じゃあ飯だぞー」
フィンは空きっ腹を撫でながら、大きなテーブルの椅子に座った。テーブルの上にはケリーの娘であるカーラが作ってくれた料理が並んでおり、どれもすごくいい匂いがしている。こんなに空腹感を強く感じるのは初めてかもしれない。フィンは子供の頃から食が細く、正直普段は空腹感を感じることが少ない。
さっきまでヘロヘロだったディルが美味しそうな料理を見るなり目を輝かせた。
「遠慮なく食べなよ。2人ともバリバリ食べ盛りでしょ」
「「ありがとうございます!」」
「筋肉を作るにはバランスのとれた食事が1番だぞ。しっかり食えよー」
「「はいっ!」」
鶏団子の入った卵スープに、豚肉と野菜の炒め、湯がいたささ身肉がたっぷりのサラダに豆のトマト煮込み、デザートにはケリーの手作りだというプリンまであった。どれもすごく美味しい。フィンは普段では考えられないくらい、がっついて食べた。それでもディルの半分くらいの量しか食べられなかったのだが。
「フィンは少食なの?」
「はい。マイキーさん。好き嫌いはないんですけど、量が食べられなくて」
「体質か?とはいえ、食べないと筋肉が育たないからな。少しずつでいいから、無理のない程度に食事の量も増やした方がいい。特に肉類や豆なんかを多めにとった方がいいかもな。あ、だからといって、そればっか食うのは止めろよ?何事もバランスが大事だからな」
「はい。師匠」
「師匠!俺、脂っこいのが少し苦手なんですけど、どうしたらいいですか?」
「あー……とりあえず鶏のささ身をメインにしたらいいんじゃないか?脂っぽくないし。あとは調理法を工夫するのが1番だな。少し濃いめの味付けだと脂身のある肉でも食いやすくなるだろ?照り焼きとか、しょうが焼きとか」
「なるほど」
「まぁ、いきなり無理をするのは身体に悪いし、何より続かないからな。筋肉をつけるのに必要なことは兎に角続けることだ」
「「はい!」」
「今日やった筋トレは家でもできるだろ?各々の回数は半分でいいから、毎日やるといい。走るのは毎日できたらそれがいいが、お前さん達、仕事も勉強もあるだろ?できないなら無理はしなくていい。まずはできることを続けるのが1番だ」
「「はい!」」
美味しい昼食をご馳走になってから、来週の土曜日にまた来ることを約束してディルムッドと花街にあるマイキーの家に行くというマイキーとコリンと一緒にケリー達の家を出た。
身体は疲れて重怠いが、気分はすごくいい。ケリーは本当に筋骨粒々といった感じで実に理想的な体型をしている。初めてやる筋トレは確かにキツかったが、ケリーの教え方やキツい時の励まし方が非常に上手くて、なんとか初回を無事に終えることができた。あとは毎日筋トレを継続していくだけだ。フィンはやる気に燃えていた。身体を思いっきり動かすのは存外気持ちがいいものでもあった。1番の問題は食事の量だが、毎日筋トレをして身体を動かしていたら自然と増えていきそうな気がする。今日も午後からは仕事があるが、仕事が終わったら早速夜に筋トレをやろう。確実に明日は筋肉痛になっているだろうが、それがなんだ。ムキムキマッチョになる為に必要な通過点だ。フィンは足取り軽く、自宅でもある本屋へと帰った。
仕事を終えたら、いつもフィンが食事を作る。父親はそんなに料理の味付けが上手くないし、弟はかなり大雑把で適当な料理しか作らない。自然とフィンが炊事担当になった。母親は月に1度、6日くらいしか家には帰らない。母親には父親以外に4人の夫がいて、各々の夫との間にも子供がいる。フィンの父親は母親の3番目の夫だ。異父兄弟は何人かいるが、1人しか顔を知らない。1つ年上の異父兄は、学校で何度か見かけていたが、1度も話しかけたことはないし、向こうからも話しかけてこなかった。
今日の昼食で食べさせてもらった豆のトマト煮込みがかなり美味しかったので、カーラにレシピを教えてもらった。早速それを作ってみて、あとは牛肉をピーマンと一緒に炒めたものと野菜たっぷりのコンソメスープ、貰い物の生ハムが残っていたので生ハムサラダを作った。
夕食を作り終えた頃、たまたま久しぶりに母親が帰って来た。父親がとても喜んで、一緒に夕食を食べることになった。
母親のアリーナはもう40歳が近いというのに、とても若々しくて美しい。今日もキレイに化粧をして、華やかな色合いのワンピースを着ている。
アリーナがニコニコ笑いながら、フィン達に話しかけてきた。
「フィン。フィル。最近はどう?」
「特に変わりはないよ。母さん」
「あら。そうなの?フィル。フィンは?」
「筋トレを始めたんだ。ゴリッゴリのムキムキマッチョになるよ」
「…………………………え?」
アリーナの笑顔が凍りついた。ぎぎぎっと音がしそうな程ぎこちない動きでアリーナが首を傾げた。
「………………まっちょ?」
「うん。バッキバキのマッチョになる」
フィンがニコッと笑ってそう言うと、アリーナが無表情になった。かと思えば、バンッと大きく音を立ててテーブルを強く叩いた。
「ダメよ!!そんなの!!」
「母さん?」
「折角美しく産んだのにマッチョになるだなんてっ!ありえないわっ!」
「母さん。僕は男だから別に美しくなくていいし」
「ダメよダメよっ!今のままが1番いいじゃないっ!」
「母さん。僕は今の自分が嫌いなんだよ。ほら、僕の腕見てよ。ガリガリで貧相なだけじゃない」
「いいじゃないの!ほっそりとしていて儚げで美しいわ!」
「母さん。僕は男なの。儚げとか全力でいらないから」
「私、嫌よ!私そっくりなフィンが見苦しいマッチョになるなんてっ!」
「母さん……」
アリーナは最終的に泣きだしてしまった。フィンは困って父親のドレイクを見た。ドレイクは肩を竦めて、とりあえずアリーナを慰め始めた。ドレイクはフィンが身体を鍛えることに賛成している。フィンが男にしかモテないことをよく知っているからだ。ドレイクとしてはフィンに女の子と結婚してほしいらしい。フィンの家の本屋はそんなに大きくはないが、カサンドラでは老舗の方で、跡継ぎの問題がある。
サンガレアの中央の街には男同士でも子供をつくることができる施設が存在するが、中央の街は遠いし、子供を1人つくるだけでも庶民の年収10年分くらいの費用が必要らしい。施設で子供をつくるなんて、単なる田舎の本屋の息子には逆立ちしたって無理な話だ。カサンドラにも男夫婦はそれなりにいるが、皆、子供がいないか、もしくは孤児院の子供を養子にしているらしい。最初から男しか愛せず、子供が欲しい男は中学校を卒業すると、大体中央の街に行く。その方がカサンドラにいるよりも、伴侶を得て子供をつくることができる可能性が高まるからだ。
フィンはそもそも男とどうこうなるなんて生理的に無理だ。ドレイクはそのことも知っている。女の子に『可愛い過ぎて無理』とフラれまくっているのも知っている。身体を鍛えて、それで少しでも女の子と縁ができたらいいと思っているようである。
アリーナが泣き出した為、何とも言えない雰囲気で夕食が終わった。フィンは片付けをして、自室に引き上げてから、今日教えてもらった筋トレを始めた。腕立て伏せから始まり、腹筋や背筋を鍛える動き、柔軟体操をしっかりやって、それなりに汗をかいたら今日のところはおしまいである。いきなりハードな内容をやっても続かないし、身体を壊してしまう。
フィンは風呂に入り、風呂上がりに少し温めた牛乳を飲んでから自室のベッドに潜り込んだ。冷たい牛乳を飲むと、フィンは高確率でお腹を下してしまう。温めたらそうでもないので、今後は毎晩筋トレ後に温めた牛乳を飲むつもりである。
身体はいつになく疲れている。ベッドに横になると、すぐに眠気が訪れた。フィンはその夜、ムキムキマッチョになって女の子にモテまくるという実に幸せな夢をみた。
ーーーーーー
翌朝。フィンの目覚めは快適とは程遠かった。すごくいい夢をみた気がするが、全身が痛い。筋肉痛である。正直ベッドから起き上がるのも辛いくらいだが、この痛みに堪えなければムキムキマッチョにはなれない。
フィンは歯を食いしばって気合いだけでなんとか起き上がり、ベッドの横の床で柔軟体操をしてから、着替えて朝食を作る為に台所へと向かった。
少しずつ食事の量を増やしていくためにも、メニューを工夫した方がいい気がする。魔導冷蔵庫の中身を見ながら、とりあえず牛乳は切らさずに、毎日飲むことを決めた。風呂上がりだけじゃなくて、朝にも飲もう。あとケリーがバナナもいいと言っていた。バナナは少し値段が高いが、必要経費と割りきるしかない。今度からお茶の時間のおやつは基本的にバナナ一択にする。
数千年前の土の神子が開発・普及させたので、サンガレアは調味料が豊富で、食文化がかなり豊かだ。売り物の本の中で、良さそうな料理本があれば買うのもありかもしれない。
兎に角、バランスよく量を食べる。これがフィンにとっては1番の課題だ。筋トレは確かにキツいが、同時に楽しいので多分続けられると思う。食事の量は無理しない程度に頑張っていくしかない。
フィンは気合いを入れてエプロンをつけ、朝食を作り始めた。
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