上 下
3 / 56

3:筋肉育成には食事も大事

しおりを挟む

「よーし。じゃあ飯だぞー」


フィンは空きっ腹を撫でながら、大きなテーブルの椅子に座った。テーブルの上にはケリーの娘であるカーラが作ってくれた料理が並んでおり、どれもすごくいい匂いがしている。こんなに空腹感を強く感じるのは初めてかもしれない。フィンは子供の頃から食が細く、正直普段は空腹感を感じることが少ない。
さっきまでヘロヘロだったディルが美味しそうな料理を見るなり目を輝かせた。


「遠慮なく食べなよ。2人ともバリバリ食べ盛りでしょ」

「「ありがとうございます!」」

「筋肉を作るにはバランスのとれた食事が1番だぞ。しっかり食えよー」

「「はいっ!」」


鶏団子の入った卵スープに、豚肉と野菜の炒め、湯がいたささ身肉がたっぷりのサラダに豆のトマト煮込み、デザートにはケリーの手作りだというプリンまであった。どれもすごく美味しい。フィンは普段では考えられないくらい、がっついて食べた。それでもディルの半分くらいの量しか食べられなかったのだが。


「フィンは少食なの?」

「はい。マイキーさん。好き嫌いはないんですけど、量が食べられなくて」

「体質か?とはいえ、食べないと筋肉が育たないからな。少しずつでいいから、無理のない程度に食事の量も増やした方がいい。特に肉類や豆なんかを多めにとった方がいいかもな。あ、だからといって、そればっか食うのは止めろよ?何事もバランスが大事だからな」

「はい。師匠」

「師匠!俺、脂っこいのが少し苦手なんですけど、どうしたらいいですか?」

「あー……とりあえず鶏のささ身をメインにしたらいいんじゃないか?脂っぽくないし。あとは調理法を工夫するのが1番だな。少し濃いめの味付けだと脂身のある肉でも食いやすくなるだろ?照り焼きとか、しょうが焼きとか」

「なるほど」

「まぁ、いきなり無理をするのは身体に悪いし、何より続かないからな。筋肉をつけるのに必要なことは兎に角続けることだ」

「「はい!」」

「今日やった筋トレは家でもできるだろ?各々の回数は半分でいいから、毎日やるといい。走るのは毎日できたらそれがいいが、お前さん達、仕事も勉強もあるだろ?できないなら無理はしなくていい。まずはできることを続けるのが1番だ」

「「はい!」」


美味しい昼食をご馳走になってから、来週の土曜日にまた来ることを約束してディルムッドと花街にあるマイキーの家に行くというマイキーとコリンと一緒にケリー達の家を出た。
身体は疲れて重怠いが、気分はすごくいい。ケリーは本当に筋骨粒々といった感じで実に理想的な体型をしている。初めてやる筋トレは確かにキツかったが、ケリーの教え方やキツい時の励まし方が非常に上手くて、なんとか初回を無事に終えることができた。あとは毎日筋トレを継続していくだけだ。フィンはやる気に燃えていた。身体を思いっきり動かすのは存外気持ちがいいものでもあった。1番の問題は食事の量だが、毎日筋トレをして身体を動かしていたら自然と増えていきそうな気がする。今日も午後からは仕事があるが、仕事が終わったら早速夜に筋トレをやろう。確実に明日は筋肉痛になっているだろうが、それがなんだ。ムキムキマッチョになる為に必要な通過点だ。フィンは足取り軽く、自宅でもある本屋へと帰った。

仕事を終えたら、いつもフィンが食事を作る。父親はそんなに料理の味付けが上手くないし、弟はかなり大雑把で適当な料理しか作らない。自然とフィンが炊事担当になった。母親は月に1度、6日くらいしか家には帰らない。母親には父親以外に4人の夫がいて、各々の夫との間にも子供がいる。フィンの父親は母親の3番目の夫だ。異父兄弟は何人かいるが、1人しか顔を知らない。1つ年上の異父兄は、学校で何度か見かけていたが、1度も話しかけたことはないし、向こうからも話しかけてこなかった。
今日の昼食で食べさせてもらった豆のトマト煮込みがかなり美味しかったので、カーラにレシピを教えてもらった。早速それを作ってみて、あとは牛肉をピーマンと一緒に炒めたものと野菜たっぷりのコンソメスープ、貰い物の生ハムが残っていたので生ハムサラダを作った。

夕食を作り終えた頃、たまたま久しぶりに母親が帰って来た。父親がとても喜んで、一緒に夕食を食べることになった。
母親のアリーナはもう40歳が近いというのに、とても若々しくて美しい。今日もキレイに化粧をして、華やかな色合いのワンピースを着ている。
アリーナがニコニコ笑いながら、フィン達に話しかけてきた。


「フィン。フィル。最近はどう?」

「特に変わりはないよ。母さん」

「あら。そうなの?フィル。フィンは?」

「筋トレを始めたんだ。ゴリッゴリのムキムキマッチョになるよ」

「…………………………え?」


アリーナの笑顔が凍りついた。ぎぎぎっと音がしそうな程ぎこちない動きでアリーナが首を傾げた。


「………………まっちょ?」

「うん。バッキバキのマッチョになる」


フィンがニコッと笑ってそう言うと、アリーナが無表情になった。かと思えば、バンッと大きく音を立ててテーブルを強く叩いた。


「ダメよ!!そんなの!!」

「母さん?」

「折角美しく産んだのにマッチョになるだなんてっ!ありえないわっ!」

「母さん。僕は男だから別に美しくなくていいし」

「ダメよダメよっ!今のままが1番いいじゃないっ!」

「母さん。僕は今の自分が嫌いなんだよ。ほら、僕の腕見てよ。ガリガリで貧相なだけじゃない」

「いいじゃないの!ほっそりとしていて儚げで美しいわ!」

「母さん。僕は男なの。儚げとか全力でいらないから」

「私、嫌よ!私そっくりなフィンが見苦しいマッチョになるなんてっ!」

「母さん……」


アリーナは最終的に泣きだしてしまった。フィンは困って父親のドレイクを見た。ドレイクは肩を竦めて、とりあえずアリーナを慰め始めた。ドレイクはフィンが身体を鍛えることに賛成している。フィンが男にしかモテないことをよく知っているからだ。ドレイクとしてはフィンに女の子と結婚してほしいらしい。フィンの家の本屋はそんなに大きくはないが、カサンドラでは老舗の方で、跡継ぎの問題がある。
サンガレアの中央の街には男同士でも子供をつくることができる施設が存在するが、中央の街は遠いし、子供を1人つくるだけでも庶民の年収10年分くらいの費用が必要らしい。施設で子供をつくるなんて、単なる田舎の本屋の息子には逆立ちしたって無理な話だ。カサンドラにも男夫婦はそれなりにいるが、皆、子供がいないか、もしくは孤児院の子供を養子にしているらしい。最初から男しか愛せず、子供が欲しい男は中学校を卒業すると、大体中央の街に行く。その方がカサンドラにいるよりも、伴侶を得て子供をつくることができる可能性が高まるからだ。
フィンはそもそも男とどうこうなるなんて生理的に無理だ。ドレイクはそのことも知っている。女の子に『可愛い過ぎて無理』とフラれまくっているのも知っている。身体を鍛えて、それで少しでも女の子と縁ができたらいいと思っているようである。

アリーナが泣き出した為、何とも言えない雰囲気で夕食が終わった。フィンは片付けをして、自室に引き上げてから、今日教えてもらった筋トレを始めた。腕立て伏せから始まり、腹筋や背筋を鍛える動き、柔軟体操をしっかりやって、それなりに汗をかいたら今日のところはおしまいである。いきなりハードな内容をやっても続かないし、身体を壊してしまう。
フィンは風呂に入り、風呂上がりに少し温めた牛乳を飲んでから自室のベッドに潜り込んだ。冷たい牛乳を飲むと、フィンは高確率でお腹を下してしまう。温めたらそうでもないので、今後は毎晩筋トレ後に温めた牛乳を飲むつもりである。
身体はいつになく疲れている。ベッドに横になると、すぐに眠気が訪れた。フィンはその夜、ムキムキマッチョになって女の子にモテまくるという実に幸せな夢をみた。






ーーーーーー
翌朝。フィンの目覚めは快適とは程遠かった。すごくいい夢をみた気がするが、全身が痛い。筋肉痛である。正直ベッドから起き上がるのも辛いくらいだが、この痛みに堪えなければムキムキマッチョにはなれない。
フィンは歯を食いしばって気合いだけでなんとか起き上がり、ベッドの横の床で柔軟体操をしてから、着替えて朝食を作る為に台所へと向かった。
少しずつ食事の量を増やしていくためにも、メニューを工夫した方がいい気がする。魔導冷蔵庫の中身を見ながら、とりあえず牛乳は切らさずに、毎日飲むことを決めた。風呂上がりだけじゃなくて、朝にも飲もう。あとケリーがバナナもいいと言っていた。バナナは少し値段が高いが、必要経費と割りきるしかない。今度からお茶の時間のおやつは基本的にバナナ一択にする。
数千年前の土の神子が開発・普及させたので、サンガレアは調味料が豊富で、食文化がかなり豊かだ。売り物の本の中で、良さそうな料理本があれば買うのもありかもしれない。
兎に角、バランスよく量を食べる。これがフィンにとっては1番の課題だ。筋トレは確かにキツいが、同時に楽しいので多分続けられると思う。食事の量は無理しない程度に頑張っていくしかない。
フィンは気合いを入れてエプロンをつけ、朝食を作り始めた。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

蜂蜜とストーカー~本の虫である僕の結婚相手は元迷惑ファンだった~

清田いい鳥
BL
読書大好きユハニくん。魔術学園に入り、気の置けない友達ができ、ここまではとても順調だった。 しかし魔獣騎乗の授業で、まさかの高所恐怖症が発覚。歩くどころか乗るのも無理。何もかも無理。危うく落馬しかけたところをカーティス先輩に助けられたものの、このオレンジ頭がなんかしつこい。手紙はもう引き出しに入らない。花でお部屋が花畑に。けど、触れられても嫌じゃないのはなぜだろう。 プレゼント攻撃のことはさておき、先輩的には普通にアプローチしてたつもりが、なんか思ってたんと違う感じになって着地するまでのお話です。 『体育会系の魔法使い』のおまけ小説。付録です。サイドストーリーです。クリック者全員大サービスで(充分伝わっとるわ)。

目が覚めたら、カノジョの兄に迫られていた件

水野七緒
BL
ワケあってクラスメイトの女子と交際中の青野 行春(あおの ゆきはる)。そんな彼が、ある日あわや貞操の危機に。彼を襲ったのは星井夏樹(ほしい なつき)──まさかの、交際中のカノジョの「お兄さん」。だが、どうも様子がおかしくて── ※「目が覚めたら、妹の彼氏とつきあうことになっていた件」の続編(サイドストーリー)です。 ※前作を読まなくてもわかるように執筆するつもりですが、前作も読んでいただけると有り難いです。 ※エンドは1種類の予定ですが、2種類になるかもしれません。

処理中です...