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喫煙所でシガーキスを

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ピーターは屋外にある喫煙所でのんびり煙草をふかしていた。ピーターの職場は小さな美術館で、完全屋内禁煙である。美術品の展示や保管している所は当然のことなのだが、以前は吸えていた事務室でも吸えなくなった。前任の館長は愛煙家だったので、事務員のピーターも自分の机で煙草を吸っていた。
しかし、前館長が定年退職し、後任となった新館長は嫌煙家で、館長になると同時に屋内全面禁煙を宣言した。20人程の職員のうち、喫煙者はピーターを含めて2人。誰も反対しなかったので、ピーターは裏口から少し離れた場所に決められた喫煙所 (屋根なし)で携帯灰皿を片手に煙草を吸うことになった。

ピーターは半分に減った煙草を咥え、深く煙を吸い込んだ。煙草の苦味が口内に広がり、慣れた香りが鼻腔を擽る。ふーっと細く長く煙を吐き出していると、裏口のドアが開いた。
同僚であるダナンがドアから出てきた。
ダナンが丸い眼鏡をかけた人の良さそうな顔に穏やかな笑みを浮かべ、片手を上げた。

ダナンは美術品の修繕や管理をしている。とても物静かな男で、以前は殆んど話したことがなかったが、屋外喫煙所で顔を合わせることが増えると、自然と会話するようになった。
ピーターも片手を上げて軽く振り、シャツのポケットから煙草の箱を取り出しながら近寄ってくるダナンにライターを投げた。
ダナンはライターを持っていないことが多い。頻繁にうっかり忘れる。以前は自分の机の引き出しにライターを入れていたので火に困らなかったが、ライターを持ち歩く習慣がなかった為、未だにライターを忘れがちである。
ライターを受け取ったダナンが、ピーターの横に立った。


「お疲れ。ピーター」

「そっちもお疲れさん」

「今日は晴れててよかったよ」

「昨日は土砂降りで強制禁煙だったもんな」

「せめて軒下ならいいのに」

「館長は煙草が嫌いだからな。裏口の近くは嫌なんじゃないか?」

「肩身が狭くて嫌だね」

「全くだ」


ダナンが煙草を咥え、火をつけ吸い始めた。
ピーターは吸い終わりそうな煙草を缶の携帯灰皿に押し付けて火を消し、携帯灰皿に吸い殻を放り込んでから、胸ポケットから煙草の箱を取り出し、2本目の煙草を咥えた。
ダナンからライターを受け取り、火をつけようとするが、タイミングが悪いことに、ライターのオイルが切れた。


「マジかよ」

「あ、僕使いきっちゃった?ごめん」

「んー。しゃあねぇ。予備は机の中だし。火、貸してくれ」

「ん?ん」


ダナンがピーターに1歩近づき、煙草を指で挟んで口に咥えたまま顔を近づけてきた。ピーターも煙草を咥えたまま指で挟んで煙草を固定し、ダナンに顔を近づける。
煙草の先を、火がついているダナンの煙草の先に触れさせる。そのまま、すぅと息を吸い込み、自分の煙草に火をうつした。煙草に向けていた視線を何気なくダナンの顔に向けると、ダナンが目元を笑みの形にした。ダナンの目尻に笑い皺ができる。
ピーターは煙草の煙を吐き出しながら、囁いた。


「夜、空いてる?」

「ははっ。予約が入ってる」

「お。残念」

「ずっと予約が入ってる」

「ん?恋人できちゃった?」

「今からできるんだよ」


ダナンが笑ってピーターが咥えている煙草を指先で摘まみ、唇から引きついて、ピーターの唇に唇で触れた。
苦くて美味しいキスをしたダナンを予約している者は、どうやら自分のようである。
ピーターは苦笑してダナンの腰に片手を回して引き寄せた。

(おしまい)
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