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45:墓前への誓い

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アルフレッドは、朝食を終えると、バージルとセドリックを連れて街外れの丘の上にある霊園へと向かった。生前父が好きだった酒を土産に持ってきている。アルフレッドの実家はキザンナの街の外れの方に位置しており、霊園がある丘は近い。柔らかい秋の風に頬を撫でられながら、アルフレッドはセドリックを抱っこして、のんびりと歩いた。

父の墓はキレイに掃除がしてあった。昨日、オリビアが掃除をしたのだろう。真新しい花も供えてある。父の墓前でバージルとセドリックを紹介してから、セドリックをバージルに受け渡し、バージルには先に帰ってもらった。
アルフレッドはバージルの姿が見えなくなると、父の墓前に座り、ズボンのポケットから煙草の箱とオイルライターを取り出した。鞄に入れていたコップを2つ取り出し、酒を注いでから、1つは父の墓の前に置いた。煙草を1本取り出して口に咥え、火をつける。深く煙草の煙を吸い込めば、頭がくらりとした。久しぶりの煙草の苦い味に、アルフレッドはゆるく口角を上げ、コップを手に取り、酒を一口飲んだ。煙草は父が好んで吸っていた銘柄だ。父に煙草を教えてもらった時から、アルフレッドもずっとこればかりを吸っていた。一口吸った火のついた煙草も墓の前の石の上に置き、アルフレッドはもう1本煙草を取り出して、火をつけた。


「親父。長く顔を見せなくてわりぃ。聞いてくれよ。俺にも家族ができたわ。バージルは堅物クソ真面目むっつり野郎なんだ。かなり口煩くてよ。まぁ、性格は合わねぇわ。セドリックは見ただろ?俺の息子、めちゃくちゃ可愛いだろ。俺が産んだんだぜ。信じられるか?」


クックッと小さく笑って、アルフレッドはちびりとまた酒を飲んだ。


「親父。今は休職してるけど、すぐにまた仕事に復帰する。浄化の仕事は俺がやると決めたことだ。セドリックには寂しい思いをさせるかもしれねぇけど、絶対に辞めたくねぇ。一昨年に浄化課の課長になったんだ。すげぇだろ。周りに支えられてなんとかやってる。現場に出ることの方が多いんだ。身体がついていかない歳になるまでは、ずっと現場に出て浄化をするつもりだ。バージルは白銀騎士団の騎士でさ。騎士としては、すげぇ優秀なんだよ。信用も信頼もしてる。セドリックを育てるのも、あいつとなら、まぁなんとかなるんじゃねぇかな。堅物クソ真面目野郎だし。……あいつさ、俺とセドリックの為に自分の親を捨てたんだ。まぁ、あいつにとっては、そんなにいい親じゃなかったみてぇだけど。でもよ、家族と縁を切るって相当の覚悟がいるんじゃねぇかな。俺は親に恵まれてたから、そう思うのかもしれねぇけど。あいつの家族は俺達だけだ。セドリックはいつか巣立つ。そうなったら、あいつの側にいてやれるのは俺だけだ。親父。バージルは覚悟を決めた。俺も覚悟を決める。世間の奴らに何を言われてもブレねぇ。俺は俺の家族を守る。見ていてくれ。親父が誇りに思えるような生き方をしてやるよ。仕事も、家族も、どっちも大事にしてみせる。どっちかなんて俺には選べない。俺は親父の息子だ。俺ならできる」


アルフレッドは煙草を咥えて、深く煙を吸い込み、細く長く煙を吐き出してから、右の口角だけを上げて笑った。


「親父。俺の家族の話を聞いてくれ」


アルフレッドは父の墓に向かって、女の身体になった時から今までの、長い話を始めた。





------
バージルは1人にしてくれというアルフレッドの言葉に素直に従い、セドリックを連れてアルフレッドの実家に帰った。セドリックは途中で寝てしまった。家に帰ると、オリビアとミディアが居間で珈琲を飲んでいた。オリビアがやんわりと微笑んで、バージル達を出迎えた。


「おかえりなさい。バージルさん」

「ただいま戻りました」

「あら。セドリックは寝ちゃったの?」

「えぇ。アルフレッドはまだ墓にいます」

「そう。アンディーに話したいことがあるんでしょうね。あの子、お父さんっ子だったし」


バージルが居間に置いてくれていた赤ん坊用のベッドにセドリックを寝かせると、ミディアがバージルの分の珈琲を淹れて持ってきてくれた。ソファーに座り、ミディアに礼の言葉を言って珈琲を一口飲んだ。ミディアがじっとバージルを見ていることに気づいたので、バージルはミディアを真っ直ぐに見返した。


「ねぇ。バージル。お兄ちゃんとずっと一緒にいる気なの?」

「あぁ。家族だから」

「そう。お兄ちゃんって、めちゃくちゃだらしなくてズボラじゃない。いいわけ?」

「今更だ。もう気にもならない。ズボラ極まりないが、アルフレッドは料理が上手い。セドリックも、いつも食事が楽しそうだ」

「そうね。お父さんといつも一緒にご飯を作ってたもの。あたしは作るよりも食べる方が好きだったわ。2人でね、いつもお喋りしながらご飯を作ってたのよ。お兄ちゃんが浄化魔法の勉強を始めてからは、いつも魔法の話ばっかりしてたわ。あたしも浄化魔法の適性があるけど、正直興味がなかったのよね。お父さんが怪我をして歩けなくなったのって、瘴気の浄化の仕事のせいだし。お兄ちゃんが浄化課に就職する時にね、あたし止めたのよ。『取り返しがつかないような怪我をしたらどうするのよ』って。そしたら、お兄ちゃんなんて言ったと思う?『だから何だ。俺は俺の成すべきことを成すだけだ』って」

「アルフレッドらしいな」

「馬鹿よね。男って本当に馬鹿。そりゃあ、瘴気の浄化は誰かがやらなくちゃいけないことなんでしょうけど、何もお兄ちゃんがしなくてもいいじゃない。危ない目にあうかもしれないのに。心配するこっちの身にもなってほしいわ」

「アルフレッドも、浄化課の者達も、俺達白銀騎士団が全力で守る。絶対はない。それでも、力を尽くしている」

「あたしに言わせれば、貴方も馬鹿よ。わざわざ自分から危ないことをしてるんだもの。……バージル。これだけは忘れないで。お兄ちゃんのことも、貴方のことも、心配している人がいるのよ。確かに必要なことなのかもしれない。誰かが絶対にやらなくちゃいけないことなのかもしれない。でもね、ただ心配して待ってることしかできない家族が確かにいるのよ。残された家族は、ただ無事を祈ることしかできないの。結構しんどいのよ?大事な家族が傷ついて、痛い思いをしてるかもしれないって。もしかしたら死ぬような目にあってるかもしれないって。そう思っちゃうのよ」

「………」

「貴方達は貴方達が決めた道を行けばいいわ。でも、忘れないで。貴方達を心配してる人がいるって。あたしも、母さんも、いつも心配してる。貴方のこともよ。貴方もあたし達の家族になったんだもの。仕事を頑張るのはいいわ。でも、できるだけ怪我はしないで。無事に帰って来て。たまにでいいから、こっちに来て顔を見せて。少しは安心させてよね」

「……ありがとう。ミディアさん」

「ミディアでいいわ。義弟だけど、お兄ちゃんの伴侶だし。好き放題言って悪かったわね」

「いや……本当にありがたい」

「そろそろ帰るわ。お昼ご飯を作らなきゃ。明日は晴れたら一緒にピクニックに行きましょう。うちの子供達が楽しみにしてるの。お兄ちゃんが帰ってきたら言っといてよ。『お弁当よろしく』って」

「あぁ。帰るなら送って行こう」

「いいわ。近くだもの。ゆっくりしてなさいよ。じゃあね。母さん。バージル。また明日」

「えぇ。気をつけて帰りなさいね。ミディア」

「ミディア。また明日」


ミディアが右の口角だけを上げて笑った。顔立ちはあまり似ていないが、笑い方がアルフレッドとそっくりだ。ミディアを見送った後でオリビアに聞けば、ミディアは父親似らしい。ズボラなところは似ず、とてもキレイ好きなんだとか。『貴方と気が合うんじゃないかしら』と、オリビアが笑っていた。

アルフレッドが帰って来て、昼食を作ってくれた。材料はミディアが持ってきてくれたらしい。バージルがオリビアと一緒に片づけをしてから、4人で買い出しに出掛けた。大荷物を抱えて家に帰ってから、バージルは1人で出かけた。
霊園へ行き、アルフレッドの父の墓前に腰を下ろし、バージルは墓に向かって深く頭を下げた。


「アルフレッドの家族であることを許してください。アルフレッドもセドリックも、俺の全てをかけて守ります。俺の大事な家族です。一緒に幸せでいたい。……もう少ししたら、アルフレッドが復職します。俺と一緒の任務になることは少ないかもしれません。アルフレッドを守ることに手を貸してください。一緒でなければ守れないこともある。アルフレッドを見守ってやってください。……お義父さん」


バージルは顔を上げて、アルフレッドの父の墓に刻まれた名前を真っすぐに見つめた。『アンディー・カーター』。アルフレッドは彼に育てられた。オリビアは病院で働いていたので、子育ては殆どアンディーがしていたそうだ。アンディーは口が悪くてズボラなところもあったが、アルフレッドにとっては、ずっと格好いい父親だったらしい。アルフレッド本人から少しだけ聞いたことがある。『親父みてぇになりたかった』と。
ふと、バージルも、セドリックにとって格好いい父親になれるだろうかと思った。自分の父は正直尊敬できなくなった。アルフレッドは亡くなった今でもアンディーを尊敬して、慕っているようである。そんな父親に自分もなりたい。オリビアから、アンディーがどんなに素敵な夫だったか、惚気まじりの話を聞いたことがある。自分もそうなれるだろうか。
バージルは気合を入れるように、自分の頬をぴしゃりと強く両手で叩いた。なりたいのであれば、なればいい。バージルが空回りしそうになったら、きっとアルフレッドが呆れた顔で止めてくれる。
バージルはもう一度アンディーの墓に深く頭を下げ、立ち上がった。家へと帰るバージルの背中を押すように、強く風が吹いた。
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