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恋人編
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「アレックス!旅行に行こう!」
キュリオが家に入るなり、喜色満面の笑顔でそう言った。
もうそろそろ夏も近づいてきた頃である。あれから何度かキュリオの家にお邪魔して、キュリオの家族らと食事を共にしていた。家族公認の恋人となり、ちょっと怖いくらい順調である。
「旅行?」
「そう!今年さ、夏期休暇が10日くらい取れそうなんだ。王宮も夏期休暇ってあるだろ?休み合わせて旅行行こうよ!」
「どこに?」
「サンガレア!」
「……サンガレアには10日の休みじゃ行けないぞ。片道2週間はかかる」
「本家の邸の転移陣使えば一瞬!交通費いらず!」
キラキラ輝いていたキュリオの顔がちょっと曇った。
「あ、もしかして夏期休暇に予定あった?」
「いや、毎年飯食って寝てアナニーしてるだけ」
「じゃあ行こうよ!」
「んー……」
旅行か……。
キュリオと2人きりの旅行は正直かなり魅力的である。しかも行き先はサンガレア領だ。サンガレア領は昨年の長期出張先であった。そこを治める土の神子様と公爵家の方針で、同性愛にかなり寛容かつ開放的な土地柄だ。道で普通に男同士で手を繋いで歩いたり、キスしたりしているくらいだ。それでも誰も白い目で彼らを見たりしない。いっそ移住しようかと、ちょっと本気で考えちゃったりするほどサンガレア領は同性愛者に優しい。
サンガレアならキュリオと堂々と手を繋いで歩ける。普通なら王都から2週間は移動にかかる程距離が離れているから、一番知られたくない職場の人間にうっかり会うこともないだろう。王宮の夏期休暇は申請すれば最大1月取れるが、基本は10日だ。1月の休みじゃ、サンガレア旅行はできない。それこそ転移陣でも使わない限り。しかも、夏場はサンガレア領から来領を自粛するよう通達がされている。王都とはかなり気候が違い、夏場は相当蒸し暑い。観光客の熱中症等が相次いだ為、自粛を促すようになったらしい。つまり、知り合いに会う確率はほぼ無いに等しい。
そこまで考えて、アレックスは頷いた。
「行く」
「やった!」
キュリオが満面の笑みで抱きついてきて、そのままアレックスを抱えあげて、くるくる回り出した。そんなに嬉しいか。愛い奴め。
抱き上げられたまま、キュリオの髪をくしゃくしゃ撫でる。キュリオの頬を両手で包んでキスすると、回っていたキュリオが止まった。
「宿代は俺が出すし!」
「一緒に泊まるんだから折半だ」
「えぇー……」
「宿を探さなきゃな」
「あ、それは大丈夫。伝があるから」
「伝?」
「うん。アレックスは行く準備だけしてくれればいいよ」
「あぁ。あ、甚平とかは持ってる」
「あり?なんで?」
「去年の出張、サンガレア領だったから」
「あ、そうか。フィオナと一緒だったんだっけ」
「そう」
甚平とはサンガレア領独特の衣装の名前だ。夏に着るもので、元は土の神子様の故郷の民族衣装のようなものらしい。なんでも土の神子様の故郷とサンガレアの気候が多少似ているから普及させたとかなんとか。
キュリオはサンガレア生まれのサンガレア育ちで、王都国立高等学校入学の時に王都に来たそうだ。サンガレアの気候や街に慣れているキュリオに色々任せておけば大丈夫だろう。
まだ先の話で、その前に夏期休暇申請をしなければならないのに、もうワクワクしてきた。
アレックスはキュリオの顔中に何度もキスをした。
ーーーーーー
あっという間に夏本番。
いよいよ旅行当日がやってきた。
キュリオとの休みも無事合わせることができて、アレックスは旅行の日が近づくにつれて、楽しみ過ぎてずっとソワソワと落ち着かない日を過ごしていた。
朝早く目覚めて、昨夜からもう何度も確かめた荷物のチェックをする。
服よし。財布よし。出歩く時用の小さい肩掛け鞄よし。髭剃りその他細々した身の回りのものよし。
荷物が詰まってパンパンに膨らんだ大きな鞄を閉めていると、玄関の呼び鈴が鳴った。軽やかな足取りで玄関に向かう。玄関を開けると、いつもよりちょっと派手な柄のシャツを着たキュリオが立っていた。
「や!おはよー」
「おはよう」
「準備できてる?」
「あぁ」
「じゃあ行こうか」
「あぁ。鞄持ってくる」
「うん」
玄関先にキュリオを立たせたまま、部屋に戻り鞄を手にとってすぐに踵を返す。外に出て家の鍵をかけたら、上機嫌なキュリオと並んで歩き始めた。
「本家の邸まで、ちょっと歩くけど大丈夫?」
「問題ない」
さぁ、いよいよ旅行の始まりだ。
王都のサンガレア公爵家の邸は兎に角でかかった。キュリオがちょっと気後れするアレックスの手を引いて、普通に邸の敷地内に入り、呼び鈴を鳴らした。すぐに顔見知りの人が出てきた。上司であるリヒト薬師副局長だ。
「おはよう、ってあれ?アレックス君?」
「おはようリヒト君」
「……おはようございます」
「キュリオの恋人って、もしかしてアレックス君?」
「そう!」
「へぇ。まぁ入って」
「うん」
「お邪魔します」
リヒト薬師副局長は土の神子様の孫にあたる。多分会うだろうし、知られるだろうなぁとは思ったが、リヒト副局長は人の色恋沙汰をベラベラ他人に話すような人じゃないので大丈夫だ。……多分。一応念のため、職場の人間には内密にと頼んだら、快く了承してくれた。
リヒト副局長に案内されて、転移陣のある部屋に移動した。長期出張の時に見たことがある魔術陣が視界に入る。
「転移陣の準備はできてるよ。じゃあ2人とも、旅行楽しんでね」
「ありがと!」
「ありがとうございます」
にこやかな笑顔で見送ってくれるリヒト副局長にペコリと頭を下げた。転移陣起動までのカウントダウンが始まる。キュリオがアレックスの手をぎゅっと握った。アレックスも手を握り返した瞬間、転移陣が起動した。強い光に包まれる。思わず目を閉じて、次に目を開けた時にはサンガレア領にある聖地神殿(旧大神殿)の一室に立っていた。
同じ室内に黒髪の小柄な人物が1人いた。土の神子のマーサ様だ。にこやかな笑顔でこちらに近づいてきた。
「キュー君。おかえりー」
「ただいま。ばあ様」
「それとアレックス君も久しぶり。よく来たわね」
「お久しぶりでございます」
マーサとは長期出張の時に会ったことがある。何かと気遣ってくれて、とてもお世話になった。それでも尊い方を前にして、緊張する。アレックスはギクシャクとぎこちなくマーサに頭を下げた。
「話はキュー君から聞いてるから。サンガレアの夏を楽しんでいってね」
「はい。ありがとうございます」
「じゃあ、俺ら行くね。ばあ様」
「えぇ。いってらっしゃい」
「いってきまーす」
穏やかに笑って手を振るマーサ様に見送られて、聖地神殿の外に出た。途端に蒸し暑い空気に包まれる。小高い丘になっている聖地神殿から、下にサンガレアの街が見える。
キュリオが繋いだままの手を軽く振った。
「行こうか」
「あぁ」
2人だけで過ごす10日間の休暇が本格的に始まった。
キュリオが家に入るなり、喜色満面の笑顔でそう言った。
もうそろそろ夏も近づいてきた頃である。あれから何度かキュリオの家にお邪魔して、キュリオの家族らと食事を共にしていた。家族公認の恋人となり、ちょっと怖いくらい順調である。
「旅行?」
「そう!今年さ、夏期休暇が10日くらい取れそうなんだ。王宮も夏期休暇ってあるだろ?休み合わせて旅行行こうよ!」
「どこに?」
「サンガレア!」
「……サンガレアには10日の休みじゃ行けないぞ。片道2週間はかかる」
「本家の邸の転移陣使えば一瞬!交通費いらず!」
キラキラ輝いていたキュリオの顔がちょっと曇った。
「あ、もしかして夏期休暇に予定あった?」
「いや、毎年飯食って寝てアナニーしてるだけ」
「じゃあ行こうよ!」
「んー……」
旅行か……。
キュリオと2人きりの旅行は正直かなり魅力的である。しかも行き先はサンガレア領だ。サンガレア領は昨年の長期出張先であった。そこを治める土の神子様と公爵家の方針で、同性愛にかなり寛容かつ開放的な土地柄だ。道で普通に男同士で手を繋いで歩いたり、キスしたりしているくらいだ。それでも誰も白い目で彼らを見たりしない。いっそ移住しようかと、ちょっと本気で考えちゃったりするほどサンガレア領は同性愛者に優しい。
サンガレアならキュリオと堂々と手を繋いで歩ける。普通なら王都から2週間は移動にかかる程距離が離れているから、一番知られたくない職場の人間にうっかり会うこともないだろう。王宮の夏期休暇は申請すれば最大1月取れるが、基本は10日だ。1月の休みじゃ、サンガレア旅行はできない。それこそ転移陣でも使わない限り。しかも、夏場はサンガレア領から来領を自粛するよう通達がされている。王都とはかなり気候が違い、夏場は相当蒸し暑い。観光客の熱中症等が相次いだ為、自粛を促すようになったらしい。つまり、知り合いに会う確率はほぼ無いに等しい。
そこまで考えて、アレックスは頷いた。
「行く」
「やった!」
キュリオが満面の笑みで抱きついてきて、そのままアレックスを抱えあげて、くるくる回り出した。そんなに嬉しいか。愛い奴め。
抱き上げられたまま、キュリオの髪をくしゃくしゃ撫でる。キュリオの頬を両手で包んでキスすると、回っていたキュリオが止まった。
「宿代は俺が出すし!」
「一緒に泊まるんだから折半だ」
「えぇー……」
「宿を探さなきゃな」
「あ、それは大丈夫。伝があるから」
「伝?」
「うん。アレックスは行く準備だけしてくれればいいよ」
「あぁ。あ、甚平とかは持ってる」
「あり?なんで?」
「去年の出張、サンガレア領だったから」
「あ、そうか。フィオナと一緒だったんだっけ」
「そう」
甚平とはサンガレア領独特の衣装の名前だ。夏に着るもので、元は土の神子様の故郷の民族衣装のようなものらしい。なんでも土の神子様の故郷とサンガレアの気候が多少似ているから普及させたとかなんとか。
キュリオはサンガレア生まれのサンガレア育ちで、王都国立高等学校入学の時に王都に来たそうだ。サンガレアの気候や街に慣れているキュリオに色々任せておけば大丈夫だろう。
まだ先の話で、その前に夏期休暇申請をしなければならないのに、もうワクワクしてきた。
アレックスはキュリオの顔中に何度もキスをした。
ーーーーーー
あっという間に夏本番。
いよいよ旅行当日がやってきた。
キュリオとの休みも無事合わせることができて、アレックスは旅行の日が近づくにつれて、楽しみ過ぎてずっとソワソワと落ち着かない日を過ごしていた。
朝早く目覚めて、昨夜からもう何度も確かめた荷物のチェックをする。
服よし。財布よし。出歩く時用の小さい肩掛け鞄よし。髭剃りその他細々した身の回りのものよし。
荷物が詰まってパンパンに膨らんだ大きな鞄を閉めていると、玄関の呼び鈴が鳴った。軽やかな足取りで玄関に向かう。玄関を開けると、いつもよりちょっと派手な柄のシャツを着たキュリオが立っていた。
「や!おはよー」
「おはよう」
「準備できてる?」
「あぁ」
「じゃあ行こうか」
「あぁ。鞄持ってくる」
「うん」
玄関先にキュリオを立たせたまま、部屋に戻り鞄を手にとってすぐに踵を返す。外に出て家の鍵をかけたら、上機嫌なキュリオと並んで歩き始めた。
「本家の邸まで、ちょっと歩くけど大丈夫?」
「問題ない」
さぁ、いよいよ旅行の始まりだ。
王都のサンガレア公爵家の邸は兎に角でかかった。キュリオがちょっと気後れするアレックスの手を引いて、普通に邸の敷地内に入り、呼び鈴を鳴らした。すぐに顔見知りの人が出てきた。上司であるリヒト薬師副局長だ。
「おはよう、ってあれ?アレックス君?」
「おはようリヒト君」
「……おはようございます」
「キュリオの恋人って、もしかしてアレックス君?」
「そう!」
「へぇ。まぁ入って」
「うん」
「お邪魔します」
リヒト薬師副局長は土の神子様の孫にあたる。多分会うだろうし、知られるだろうなぁとは思ったが、リヒト副局長は人の色恋沙汰をベラベラ他人に話すような人じゃないので大丈夫だ。……多分。一応念のため、職場の人間には内密にと頼んだら、快く了承してくれた。
リヒト副局長に案内されて、転移陣のある部屋に移動した。長期出張の時に見たことがある魔術陣が視界に入る。
「転移陣の準備はできてるよ。じゃあ2人とも、旅行楽しんでね」
「ありがと!」
「ありがとうございます」
にこやかな笑顔で見送ってくれるリヒト副局長にペコリと頭を下げた。転移陣起動までのカウントダウンが始まる。キュリオがアレックスの手をぎゅっと握った。アレックスも手を握り返した瞬間、転移陣が起動した。強い光に包まれる。思わず目を閉じて、次に目を開けた時にはサンガレア領にある聖地神殿(旧大神殿)の一室に立っていた。
同じ室内に黒髪の小柄な人物が1人いた。土の神子のマーサ様だ。にこやかな笑顔でこちらに近づいてきた。
「キュー君。おかえりー」
「ただいま。ばあ様」
「それとアレックス君も久しぶり。よく来たわね」
「お久しぶりでございます」
マーサとは長期出張の時に会ったことがある。何かと気遣ってくれて、とてもお世話になった。それでも尊い方を前にして、緊張する。アレックスはギクシャクとぎこちなくマーサに頭を下げた。
「話はキュー君から聞いてるから。サンガレアの夏を楽しんでいってね」
「はい。ありがとうございます」
「じゃあ、俺ら行くね。ばあ様」
「えぇ。いってらっしゃい」
「いってきまーす」
穏やかに笑って手を振るマーサ様に見送られて、聖地神殿の外に出た。途端に蒸し暑い空気に包まれる。小高い丘になっている聖地神殿から、下にサンガレアの街が見える。
キュリオが繋いだままの手を軽く振った。
「行こうか」
「あぁ」
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