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あっという間に年越しが近づいてきた。
日に日に公爵家の方々は忙しくなってきているようで、毎日バタバタしている。ナイルも手伝えることは手伝いつつ、合間にのんびり過ごしていた。
年越しも間近に迫ったある晩。
マーサ様が夕食の真っ最中に突然叫んだ。
「疲れたっ!!!」
「マーサ。年越しや新年のイベントはまだだぞ」
「準備で疲れたー!お酒飲みたいっ!」
「新年迎えたら、ありえないくらい飲むだろ。お前」
「今飲みたい」
「飲みに行くか?マーサ」
「行きましょう!親父殿!飲まずにやってられるかぁ!!」
お疲れで若干ご乱心なマーサ様は飲みに行くことにしたようだ。素揚げした野菜を三杯酢につけたものをモグモグしていたナイルをマーサ様がビシッと指差した。
「ナイル君!貴方も行くわよっ!」
「あ、はい」
「今夜はとことん飲むわよ!」
「ばあ様ー。俺も行くー」
「いいわよー」
「どこに行くの?」
「ムキムキ愉快なおねにいさんの店」
なんだそれ。
マーサ様の言葉に微妙に不穏なものを感じながら、晩飯を終えて片付けると、マーサ様を筆頭とする酒好きの面子とディリオ、ナイルは夜の街へと繰り出した。
ーーーーーー
賑やかな花街通りを劇場方面へと向かって歩いた先に目的の店があった。こ洒落た雰囲気の店構えだが、表の看板にでかでかと『ムキムキ愉快なおねにいさんが接客中!』と書かれている。……ムキムキ愉快なおねにいさんって何だ。
マーサ様達に続いて店に入ると、威勢のいい、いらっしゃいませー!、という野太い声が耳に入る。マッチョな男達がピチピチのドレスに身を包んでいた。化粧もしている。
「…………」
なんだここ。地獄か。
唖然としつつ、ドン引きしているナイルに構わず、マーサ様達がソファー席に座った。ディリオに促されてナイルもソファーに座る。
すぐに長い茶髪の上腕二頭筋が素晴らしい派手なドレスを着た男がやってきた。
「いらっしゃーい。マーサ様方」
「やっほー。とりあえず、じゃんじゃんお酒持ってきてー」
「いつものでよろしいですかぁ?」
「うん」
「ばあ様。ツマミ頼んでいい?」
「いいわよー。好きなの頼みなさい。今夜は私の奢りだから」
「やったー」
ディリオがメニュー表片手に、いくつも料理を注文する。お前夕食をたらふく食ったばっかだろ。呆れていると、注文を終えたディリオがナイルを見た。
「ここ、ばあ様がオーナーしてる店なんですよ。酒と料理の種類が豊富で、味もいいうえに良心的な値段だから人気なんですよ」
「……へぇ」
マーサ様はなんでこんな奇抜かつ意味不明な店を作ったのだろうか。とりあえずムキムキ愉快なおねにいさんとやらはいらないと思う。
何人かのムキムキなドレス姿の男達が酒を持ってきた。酒を注いで乾杯して酒盛りが始まった。
ーーーーーー
ナイルは酒をひたすら飲んでいた。ムキムキ愉快なおねにいさん達の存在には少し慣れた。ムキムキ愉快なおねにいさん達は接客上手で、でしゃばらない程度に話を盛り上げたり、酒のお代わりを注いでくれたり、煙草に火をつけてくれたりと細やかな気配りをしてくれる。これでピチピチのドレスを着ておらず、化粧もせずに、野太い声で女言葉を話さなければ、もっといいのに。
「はんちょー!飲んでますー!?」
酒が入って、かなり愉快なことになっているディリオがナイルの肩を抱いた。ウザイ。そしてキモい。
ディリオは何故か今女装していた。ムキムキ愉快なおねにいさんにドレスを借りて、化粧もしている。化粧をしているディリオの顔は見慣れているナイルでも驚く程美しい。……が。
「離れろ」
「やぁですよぉ!」
「うるせぇ。きめぇ」
「はんちょー。ひーどーいー!アタシってば、こんなに美しいのにっ!」
「ムダ毛全部処理してから出直せ馬鹿野郎」
ディリオはムダ毛を一切処理していなかった。剥き出しの腕には腕毛が、腕を上げる度に脇毛が、胸元のあいたドレスからは胸毛が、スリットの入ったスカートからは足の脛毛がガッツリ見えている。かなり見苦しい。
「えー!だってぇ、剃ったら生え揃うまでチクチクジョリジョリするじゃないですかぁ」
「知るか。いっそ抜いてしまえ」
「やだぁ!アタシ自分の胸毛が気に入ってるしぃ」
気に入ってるのかよ。
ほら、ふさふさー、と自分の胸毛を触らせようとするディリオの顔面を全力で鷲掴んだ。ギリギリとディリオの米神あたりにある指に力を入れる。
「いたいいたいいたいいたいっ!」
「う・ぜ・ぇ!」
「はんちょー!ひっどい!」
「うるせぇ」
ディリオの顔から手を離すと、また酒を口に含んだ。ディリオはすぐ隣でひどいっ!と顔を両手で覆って泣き真似をしている。ウザい。
「はんちょー!前立腺って気持ちいいのでありますかっ!?」
「大声で何言ってんだてめぇ!」
「えー!だってぇ。ディーちゃん、ちょー気になるしぃ」
「きめぇ」
「どーなんですかー?気持ちいいの?気持ちいいの?」
「はいはい。きもちいーきもちいー」
ゆさゆさとナイルの肩を揺さぶる酔っぱらいが面倒になってきたので、適当に返事する。酒を飲むと暴れると言っていたが、実際のところは酒を飲んでもディリオは暴れはしない。ただ面倒くさくなるだけだった。酒に弱くてすぐに寝るから、暴れるということにしているらしい。確かにディリオ程美しければ、酔わせて寝させて不埒な真似をしようとする輩がうじゃうじゃいるだろう。1度、軍法会議にかけられた程派手に暴れたのはわざとだったそうだ。
「えー!いいなぁ!アタシもしたーい!」
「勝手にしてろ。そして痔になれ」
「もぉ!はんちょー。ひーどーいー!痔って地味に痛くてツラいんですからねぇ!」
「あっそ」
酒がなくなったナイルのグラスにディリオが酒を注ぐ。ディリオはウザいが酒はとびきり美味い。ディリオがナイルに寄りかかってきた。重いしウザい。唐突に耳元に規則正しい呼吸が聞こえる。ディリオの顔を見ると、寝ていた。どんだけ自由なんだお前。
眠った酔っ払いをそのままに、盛り上がり続けるマーサ様達の会話を聞きながら、朝方近くまで美味い酒を飲んだ。
日に日に公爵家の方々は忙しくなってきているようで、毎日バタバタしている。ナイルも手伝えることは手伝いつつ、合間にのんびり過ごしていた。
年越しも間近に迫ったある晩。
マーサ様が夕食の真っ最中に突然叫んだ。
「疲れたっ!!!」
「マーサ。年越しや新年のイベントはまだだぞ」
「準備で疲れたー!お酒飲みたいっ!」
「新年迎えたら、ありえないくらい飲むだろ。お前」
「今飲みたい」
「飲みに行くか?マーサ」
「行きましょう!親父殿!飲まずにやってられるかぁ!!」
お疲れで若干ご乱心なマーサ様は飲みに行くことにしたようだ。素揚げした野菜を三杯酢につけたものをモグモグしていたナイルをマーサ様がビシッと指差した。
「ナイル君!貴方も行くわよっ!」
「あ、はい」
「今夜はとことん飲むわよ!」
「ばあ様ー。俺も行くー」
「いいわよー」
「どこに行くの?」
「ムキムキ愉快なおねにいさんの店」
なんだそれ。
マーサ様の言葉に微妙に不穏なものを感じながら、晩飯を終えて片付けると、マーサ様を筆頭とする酒好きの面子とディリオ、ナイルは夜の街へと繰り出した。
ーーーーーー
賑やかな花街通りを劇場方面へと向かって歩いた先に目的の店があった。こ洒落た雰囲気の店構えだが、表の看板にでかでかと『ムキムキ愉快なおねにいさんが接客中!』と書かれている。……ムキムキ愉快なおねにいさんって何だ。
マーサ様達に続いて店に入ると、威勢のいい、いらっしゃいませー!、という野太い声が耳に入る。マッチョな男達がピチピチのドレスに身を包んでいた。化粧もしている。
「…………」
なんだここ。地獄か。
唖然としつつ、ドン引きしているナイルに構わず、マーサ様達がソファー席に座った。ディリオに促されてナイルもソファーに座る。
すぐに長い茶髪の上腕二頭筋が素晴らしい派手なドレスを着た男がやってきた。
「いらっしゃーい。マーサ様方」
「やっほー。とりあえず、じゃんじゃんお酒持ってきてー」
「いつものでよろしいですかぁ?」
「うん」
「ばあ様。ツマミ頼んでいい?」
「いいわよー。好きなの頼みなさい。今夜は私の奢りだから」
「やったー」
ディリオがメニュー表片手に、いくつも料理を注文する。お前夕食をたらふく食ったばっかだろ。呆れていると、注文を終えたディリオがナイルを見た。
「ここ、ばあ様がオーナーしてる店なんですよ。酒と料理の種類が豊富で、味もいいうえに良心的な値段だから人気なんですよ」
「……へぇ」
マーサ様はなんでこんな奇抜かつ意味不明な店を作ったのだろうか。とりあえずムキムキ愉快なおねにいさんとやらはいらないと思う。
何人かのムキムキなドレス姿の男達が酒を持ってきた。酒を注いで乾杯して酒盛りが始まった。
ーーーーーー
ナイルは酒をひたすら飲んでいた。ムキムキ愉快なおねにいさん達の存在には少し慣れた。ムキムキ愉快なおねにいさん達は接客上手で、でしゃばらない程度に話を盛り上げたり、酒のお代わりを注いでくれたり、煙草に火をつけてくれたりと細やかな気配りをしてくれる。これでピチピチのドレスを着ておらず、化粧もせずに、野太い声で女言葉を話さなければ、もっといいのに。
「はんちょー!飲んでますー!?」
酒が入って、かなり愉快なことになっているディリオがナイルの肩を抱いた。ウザイ。そしてキモい。
ディリオは何故か今女装していた。ムキムキ愉快なおねにいさんにドレスを借りて、化粧もしている。化粧をしているディリオの顔は見慣れているナイルでも驚く程美しい。……が。
「離れろ」
「やぁですよぉ!」
「うるせぇ。きめぇ」
「はんちょー。ひーどーいー!アタシってば、こんなに美しいのにっ!」
「ムダ毛全部処理してから出直せ馬鹿野郎」
ディリオはムダ毛を一切処理していなかった。剥き出しの腕には腕毛が、腕を上げる度に脇毛が、胸元のあいたドレスからは胸毛が、スリットの入ったスカートからは足の脛毛がガッツリ見えている。かなり見苦しい。
「えー!だってぇ、剃ったら生え揃うまでチクチクジョリジョリするじゃないですかぁ」
「知るか。いっそ抜いてしまえ」
「やだぁ!アタシ自分の胸毛が気に入ってるしぃ」
気に入ってるのかよ。
ほら、ふさふさー、と自分の胸毛を触らせようとするディリオの顔面を全力で鷲掴んだ。ギリギリとディリオの米神あたりにある指に力を入れる。
「いたいいたいいたいいたいっ!」
「う・ぜ・ぇ!」
「はんちょー!ひっどい!」
「うるせぇ」
ディリオの顔から手を離すと、また酒を口に含んだ。ディリオはすぐ隣でひどいっ!と顔を両手で覆って泣き真似をしている。ウザい。
「はんちょー!前立腺って気持ちいいのでありますかっ!?」
「大声で何言ってんだてめぇ!」
「えー!だってぇ。ディーちゃん、ちょー気になるしぃ」
「きめぇ」
「どーなんですかー?気持ちいいの?気持ちいいの?」
「はいはい。きもちいーきもちいー」
ゆさゆさとナイルの肩を揺さぶる酔っぱらいが面倒になってきたので、適当に返事する。酒を飲むと暴れると言っていたが、実際のところは酒を飲んでもディリオは暴れはしない。ただ面倒くさくなるだけだった。酒に弱くてすぐに寝るから、暴れるということにしているらしい。確かにディリオ程美しければ、酔わせて寝させて不埒な真似をしようとする輩がうじゃうじゃいるだろう。1度、軍法会議にかけられた程派手に暴れたのはわざとだったそうだ。
「えー!いいなぁ!アタシもしたーい!」
「勝手にしてろ。そして痔になれ」
「もぉ!はんちょー。ひーどーいー!痔って地味に痛くてツラいんですからねぇ!」
「あっそ」
酒がなくなったナイルのグラスにディリオが酒を注ぐ。ディリオはウザいが酒はとびきり美味い。ディリオがナイルに寄りかかってきた。重いしウザい。唐突に耳元に規則正しい呼吸が聞こえる。ディリオの顔を見ると、寝ていた。どんだけ自由なんだお前。
眠った酔っ払いをそのままに、盛り上がり続けるマーサ様達の会話を聞きながら、朝方近くまで美味い酒を飲んだ。
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