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野菜を洗い終えて、ナイルは1度部屋に戻り、服を着替えた。コーディネートしたのはディリオだ。深い緑の襟つきシャツに下は白いズボン。こちらで買った黒いコートを羽織る。既に着替えてナイルの部屋に来ていたディリオが、首を捻った。
「あと、なんか足りないんだよなー」
「これでいいだろ」
「いやいや。ちょっと待っててください」
ディリオが渋い赤のマフラーを片手に戻ってきた。そのまま赤いマフラーをディリオに巻かれる。数歩下がってナイルを上から下まで何度も見回したディリオが、満足げな顔をした。
「これでいいですよ。じゃあ行きましょうか」
「あぁ」
「今日は小さなお姫様がいるから、馬じゃなくて馬車で街まで行きますよ」
「分かった。デイジー様は?」
「待ちきれなくて、先に馬車乗り場にばあ様と行ってます」
「急ぐぞ」
「はーい」
コートの内ポケットに財布を入れたら、足早に部屋を出て、馬車乗り場へと急いだ。
乗り場のすぐ近くに、マーサ様と手を繋いだ可愛らしい赤いコートを着たデイジー様がいた。
「遅くなって、申し訳ありません」
「そんなに待ってないわよー」
「はんちょー」
デイジー様が勢いよく抱きついてきたので、両手で抱きとめる。そのままデイジー様と手を繋いで馬車に乗り込んだ。ディリオがナイルのすぐ隣に座り、デイジー様はナイルの膝の上に座った。ゆっくり馬車が動き始める。
「何食べるー?」
「あんまん!」
「いいねぇ。俺肉まん」
「あとね、あとね、くりーむぱんすきなの」
「市場の隣のパン屋さん?」
「うん」
「じゃあ、そこにも行こうか。俺は焼きそばパンとメンチカツサンドとコロッケサンド食いたい」
「はんちょーはー?なにがいいの?」
「えーと……おにぎり?」
先日、昼食の時に食べたのだ。朝のご飯が余ったから、と言ってマーサ様がおにぎりを作った。ナイルは初めて見るものだったから、お願いして昼食に食べさせせてもらい、あまりの美味さに感動した。炊いた米に塩をふって丸めているだけなのに、なんであんなに美味いんだろう。不思議だ。
「おにぎり専門店もありますよ。いなり寿司もオススメです」
「あたしねー、ばあさまのおいなりさんすきなの」
「俺も好きー」
「いなり寿司?」
「んー。説明するより食べた方が早いですよ。じゃあ、おにぎり専門店にも行きましょうか」
「あぁ」
話していると、あっという間に街の入り口に着いた。馬車から下りると、デイジー様の手がナイルの手に触れた。ナイルはデイジー様の小さな手を握って手を繋いだまま、デイジー様を挟んで、ディリオと並んで歩き始めた。
「じゃあ!まずは、あんまん肉まんカレーまんから行きますか!」
「いきますかー!」
デイジー様の要望で、デイジー様はナイルと繋いでいる手とは反対側の手は、ディリオの手と繋いでいる。
小さな持ち帰り専門の肉まん屋でナイルはあんまんなるものをデイジー様と半分こして食べ、パン屋に行き甘さ控えめのクリームパンをデイジー様とまた半分こ、その後おにぎり専門店に行っていなり寿司なるものを1つ食べた。既に腹半分といった感じである。今は市場で温かい茶と米でできた麺を肉や野菜と炒めたものを買い、近くの椅子に座って食べている。ディリオが買って食べているそれを、ナイルも一口だけもらった。温かい茶が美味い。ディリオは行く先々でかなりの量を買って食べている。底なしかこいつは。
「ディー君」
「んー?」
「お肉もたべたい」
「腸詰めとー、ケバブとー、串焼きとー、焼き鳥、どれがいい?」
「くしやきー!うしのがいい!」
「ん。じゃ、買ってくるから、班長と待ってな」
「はーい」
ディリオが席をたって、串焼きを買いにいった。市場には様々な料理を売る屋台がたくさんある。そこら中に美味そうな匂いがしている。気になる屋台もあるが、これからまだ店を回るようだし、まだ暫くサンガレアに滞在するのだから今日でなくてもいい。即興の串焼きの歌を歌うデイジー様と共にディリオが戻ってくるのを待つ。
「はんちょー」
「なんですか?」
「おしっこ」
マジか。慌てて周囲を見回した。わりと近くに公衆トイレがある。だが、小さいとはいえ女の子をナイルが連れていくのか?ていうか、4歳って自分で小便できるものなのか。
慌てていると、何本もの串焼きを両手に持ったディリオがこちらに歩いてくるのが見えた。ナイルはディリオを大声で呼んだ。
「ディリオ!」
「はーい」
「おしっこ!」
「行ってきてくださいよ。トイレはそっちです」
「俺じゃねぇ!デイジー様だ!」
「あ、なんだ。行くぞー。デイジー」
「でるー」
「マジか。ちょっと我慢。ちょっと我慢」
ディリオが串焼きを麺の入っていた皿に置くと、デイジー様を抱っこして小走りでトイレに向かった。ナイルはほっと息をついた。
それから何店舗か回って、ナイルもデイジー様も色んな料理をディリオから一口ずつもらって食べた。腹がだいぶいっぱいになっている。
「そろそろ休憩ってことで、風呂にでも入りますか?」
「風呂?」
「公衆浴場。班長まだ行ってないでしょ?街には温泉施設がいっぱいあるんですよ。サンガレアは温泉地なんで」
「デイジー様は?」
「一緒に入りますよ」
「……女の子だぞ?」
「うちの領地の決まりでは、6歳以下の子供は女湯にも男湯にもどっちにも入れるんですよ」
「ふーん」
「あ、もしかして班長ってば。小さい女の子にムラムラしちゃう人ですかー?」
「お前の頭髪眉毛含めた全身の毛を毟る」
「冗談ですよ」
「俺は本気だ」
「さぁー!温泉にいきましょー!!」
「いきましょー!」
据わった目でディリオを見るナイルに、ディリオは誤魔化すように、わざとらしく楽しげな声を上げて、デイジー様の手を引いた。ナイルもデイジー様と手を繋いでいるので、自然とディリオについていくことになる。2人と手を繋いだままスキップをしている元気なデイジー様と共に、近くの公衆浴場に入り、温泉に浸かった。だいぶデカい湯船には他にも何人も浸かっていた。なんとなくデイジー様を膝にのせたディリオの近くに座って温泉に浸かる。デイジー様以外にも小さな子供が数人いた。子供達のはしゃぐ声を聞きながら、身体が温もるまでゆっくりと温泉を楽しんだ。
風呂上がりに温かい甘酒なるものを飲んだ。生姜がきいていて、くどくない甘さが美味い。腹の中からポカポカしてくる。甘いものが苦手だというディリオは熱い茶を飲んでいる。くどくはないが、口の中が甘いので、ディリオから茶を一口もらった。
「ディーくん。ぜんざいたべたい」
「おー。いいぞー。俺は醤油団子にするわ」
デイジー様のリクエストで公衆浴場から少し歩いた所にある甘味屋に入り、子供用の大きさのぜんざいとかいうものを更にナイルとデイジー様で半分こにする。ディリオは串に刺さった団子とかいうのを何本も食べていた。甘い柔らかい豆と米の粉末でできているという白玉は美味かった。濃い目の茶にも合う。
「2人ともいい加減満腹だろうし、あと1軒だけ行って帰りますかねー。何か食べたいものあります?」
「特に思いつかない」
「ケーキ!ママの!」
「お、マールの店か。まだ行ったことないんだよな、俺」
「パパがこーひーいれるのよ」
「ふむん。じゃあ、最後はそこに行きますか」
「やったー!」
席を立って会計してから、店の外に出る。マール様のケーキ屋兼喫茶店『ロイマール』は大通りを領館方面に歩いた所にあった。2階建ての建物で、1階は喫茶店、2階は住居らしい。
店のドアを開けると、殆どの席が埋まっていた。
「いらっしゃーい。ってあれ?ディーじゃん」
「よっ。おつかれー」
「ママ!」
「おや。デイジーちゃんも一緒?どうしたのー?」
「たべあるきしてるの!」
「ありゃ。悪いね、ディー。ナイルさんも」
「いいよー。俺がしたかっただけだもん」
「デイジーちゃん。いっぱい食べた?」
「うん!」
「何食べたか、夜にママに教えてね」
「いいよ!」
カウンター越しに話す親子は微笑ましいが、ナイルはマール様を見て少し驚いた。写真で顔を見たことがあり、かなり美形なのは知っていたが、とにかく背が高い。ディリオよりも高く、多分リチャード様やミーシャ様と同じくらい身長がある。これだけ背が高いと既製品の服は着れないのではないだろうか。
「ディー。デイジーちゃんの分まで出してくれてたんだろ?お礼にケーキと珈琲ご馳走するよ」
「ん?いいのか?」
「いいよー。好きなの何個でも選んで」
「1個でいいよ。もうだいぶ腹一杯だから」
「えー。甘いものは別腹じゃない?」
「甘いものは俺食えないし。デイジーと班長だけで食いきってもらわなきゃいけないの」
「あー。ナイルさん、ちょー少食なんだっけ?」
「そうなのよ」
「じゃあ、ナイルさん。お好きなケーキ選んでください」
「ありがとうございます」
ナイルはガラスケースの中に並べられているケーキを見た。どれも繊細で可愛らしい見た目をしている。ケーキなんて殆ど食べたことがないので、どれを選べばいいのか分からない。デイジー様に投げるか、と考えたところで、チョコレートケーキが目に入った。
チョコレートは好きだ。母が子供の頃、父にバレないように、たまにこっそり食べさせてくれていた。そういえば、左遷されてからチョコレートを口にしていない。
「……チョコレートのやつ、いいですか?」
「はーい。チョコレートね。珈琲と一緒に席に持ってくから、座って待っててね」
「はい」
笑顔のマール様に促されて、店の奥の方の小さなテーブルに移動する。椅子に座ると、然程待たずに口髭を生やして眼鏡をかけた、中々に男前な男が珈琲とケーキを運んできた。マール様の伴侶のロイ様だ。
「パパ!」
「お待たせしました。娘を食べ歩きに連れて行ってくださったそうで。ありがとうございます」
「いえいえー。俺が行きたかったんで」
「デイジー。いい子にしてたか?」
「してたよ!」
「デイジー。いい子でしたよー」
「そうですか」
ロイ様は穏やかに微笑んで、ごゆっくり、と下がっていった。また店のドアが開いて客が入ってきたから忙しいのだろう。チョコレートケーキも珈琲も抜群に美味かった。
もうすぐ夕方だ。
ナイル達は満腹の腹をかかえて、領館へと戻った。
「あと、なんか足りないんだよなー」
「これでいいだろ」
「いやいや。ちょっと待っててください」
ディリオが渋い赤のマフラーを片手に戻ってきた。そのまま赤いマフラーをディリオに巻かれる。数歩下がってナイルを上から下まで何度も見回したディリオが、満足げな顔をした。
「これでいいですよ。じゃあ行きましょうか」
「あぁ」
「今日は小さなお姫様がいるから、馬じゃなくて馬車で街まで行きますよ」
「分かった。デイジー様は?」
「待ちきれなくて、先に馬車乗り場にばあ様と行ってます」
「急ぐぞ」
「はーい」
コートの内ポケットに財布を入れたら、足早に部屋を出て、馬車乗り場へと急いだ。
乗り場のすぐ近くに、マーサ様と手を繋いだ可愛らしい赤いコートを着たデイジー様がいた。
「遅くなって、申し訳ありません」
「そんなに待ってないわよー」
「はんちょー」
デイジー様が勢いよく抱きついてきたので、両手で抱きとめる。そのままデイジー様と手を繋いで馬車に乗り込んだ。ディリオがナイルのすぐ隣に座り、デイジー様はナイルの膝の上に座った。ゆっくり馬車が動き始める。
「何食べるー?」
「あんまん!」
「いいねぇ。俺肉まん」
「あとね、あとね、くりーむぱんすきなの」
「市場の隣のパン屋さん?」
「うん」
「じゃあ、そこにも行こうか。俺は焼きそばパンとメンチカツサンドとコロッケサンド食いたい」
「はんちょーはー?なにがいいの?」
「えーと……おにぎり?」
先日、昼食の時に食べたのだ。朝のご飯が余ったから、と言ってマーサ様がおにぎりを作った。ナイルは初めて見るものだったから、お願いして昼食に食べさせせてもらい、あまりの美味さに感動した。炊いた米に塩をふって丸めているだけなのに、なんであんなに美味いんだろう。不思議だ。
「おにぎり専門店もありますよ。いなり寿司もオススメです」
「あたしねー、ばあさまのおいなりさんすきなの」
「俺も好きー」
「いなり寿司?」
「んー。説明するより食べた方が早いですよ。じゃあ、おにぎり専門店にも行きましょうか」
「あぁ」
話していると、あっという間に街の入り口に着いた。馬車から下りると、デイジー様の手がナイルの手に触れた。ナイルはデイジー様の小さな手を握って手を繋いだまま、デイジー様を挟んで、ディリオと並んで歩き始めた。
「じゃあ!まずは、あんまん肉まんカレーまんから行きますか!」
「いきますかー!」
デイジー様の要望で、デイジー様はナイルと繋いでいる手とは反対側の手は、ディリオの手と繋いでいる。
小さな持ち帰り専門の肉まん屋でナイルはあんまんなるものをデイジー様と半分こして食べ、パン屋に行き甘さ控えめのクリームパンをデイジー様とまた半分こ、その後おにぎり専門店に行っていなり寿司なるものを1つ食べた。既に腹半分といった感じである。今は市場で温かい茶と米でできた麺を肉や野菜と炒めたものを買い、近くの椅子に座って食べている。ディリオが買って食べているそれを、ナイルも一口だけもらった。温かい茶が美味い。ディリオは行く先々でかなりの量を買って食べている。底なしかこいつは。
「ディー君」
「んー?」
「お肉もたべたい」
「腸詰めとー、ケバブとー、串焼きとー、焼き鳥、どれがいい?」
「くしやきー!うしのがいい!」
「ん。じゃ、買ってくるから、班長と待ってな」
「はーい」
ディリオが席をたって、串焼きを買いにいった。市場には様々な料理を売る屋台がたくさんある。そこら中に美味そうな匂いがしている。気になる屋台もあるが、これからまだ店を回るようだし、まだ暫くサンガレアに滞在するのだから今日でなくてもいい。即興の串焼きの歌を歌うデイジー様と共にディリオが戻ってくるのを待つ。
「はんちょー」
「なんですか?」
「おしっこ」
マジか。慌てて周囲を見回した。わりと近くに公衆トイレがある。だが、小さいとはいえ女の子をナイルが連れていくのか?ていうか、4歳って自分で小便できるものなのか。
慌てていると、何本もの串焼きを両手に持ったディリオがこちらに歩いてくるのが見えた。ナイルはディリオを大声で呼んだ。
「ディリオ!」
「はーい」
「おしっこ!」
「行ってきてくださいよ。トイレはそっちです」
「俺じゃねぇ!デイジー様だ!」
「あ、なんだ。行くぞー。デイジー」
「でるー」
「マジか。ちょっと我慢。ちょっと我慢」
ディリオが串焼きを麺の入っていた皿に置くと、デイジー様を抱っこして小走りでトイレに向かった。ナイルはほっと息をついた。
それから何店舗か回って、ナイルもデイジー様も色んな料理をディリオから一口ずつもらって食べた。腹がだいぶいっぱいになっている。
「そろそろ休憩ってことで、風呂にでも入りますか?」
「風呂?」
「公衆浴場。班長まだ行ってないでしょ?街には温泉施設がいっぱいあるんですよ。サンガレアは温泉地なんで」
「デイジー様は?」
「一緒に入りますよ」
「……女の子だぞ?」
「うちの領地の決まりでは、6歳以下の子供は女湯にも男湯にもどっちにも入れるんですよ」
「ふーん」
「あ、もしかして班長ってば。小さい女の子にムラムラしちゃう人ですかー?」
「お前の頭髪眉毛含めた全身の毛を毟る」
「冗談ですよ」
「俺は本気だ」
「さぁー!温泉にいきましょー!!」
「いきましょー!」
据わった目でディリオを見るナイルに、ディリオは誤魔化すように、わざとらしく楽しげな声を上げて、デイジー様の手を引いた。ナイルもデイジー様と手を繋いでいるので、自然とディリオについていくことになる。2人と手を繋いだままスキップをしている元気なデイジー様と共に、近くの公衆浴場に入り、温泉に浸かった。だいぶデカい湯船には他にも何人も浸かっていた。なんとなくデイジー様を膝にのせたディリオの近くに座って温泉に浸かる。デイジー様以外にも小さな子供が数人いた。子供達のはしゃぐ声を聞きながら、身体が温もるまでゆっくりと温泉を楽しんだ。
風呂上がりに温かい甘酒なるものを飲んだ。生姜がきいていて、くどくない甘さが美味い。腹の中からポカポカしてくる。甘いものが苦手だというディリオは熱い茶を飲んでいる。くどくはないが、口の中が甘いので、ディリオから茶を一口もらった。
「ディーくん。ぜんざいたべたい」
「おー。いいぞー。俺は醤油団子にするわ」
デイジー様のリクエストで公衆浴場から少し歩いた所にある甘味屋に入り、子供用の大きさのぜんざいとかいうものを更にナイルとデイジー様で半分こにする。ディリオは串に刺さった団子とかいうのを何本も食べていた。甘い柔らかい豆と米の粉末でできているという白玉は美味かった。濃い目の茶にも合う。
「2人ともいい加減満腹だろうし、あと1軒だけ行って帰りますかねー。何か食べたいものあります?」
「特に思いつかない」
「ケーキ!ママの!」
「お、マールの店か。まだ行ったことないんだよな、俺」
「パパがこーひーいれるのよ」
「ふむん。じゃあ、最後はそこに行きますか」
「やったー!」
席を立って会計してから、店の外に出る。マール様のケーキ屋兼喫茶店『ロイマール』は大通りを領館方面に歩いた所にあった。2階建ての建物で、1階は喫茶店、2階は住居らしい。
店のドアを開けると、殆どの席が埋まっていた。
「いらっしゃーい。ってあれ?ディーじゃん」
「よっ。おつかれー」
「ママ!」
「おや。デイジーちゃんも一緒?どうしたのー?」
「たべあるきしてるの!」
「ありゃ。悪いね、ディー。ナイルさんも」
「いいよー。俺がしたかっただけだもん」
「デイジーちゃん。いっぱい食べた?」
「うん!」
「何食べたか、夜にママに教えてね」
「いいよ!」
カウンター越しに話す親子は微笑ましいが、ナイルはマール様を見て少し驚いた。写真で顔を見たことがあり、かなり美形なのは知っていたが、とにかく背が高い。ディリオよりも高く、多分リチャード様やミーシャ様と同じくらい身長がある。これだけ背が高いと既製品の服は着れないのではないだろうか。
「ディー。デイジーちゃんの分まで出してくれてたんだろ?お礼にケーキと珈琲ご馳走するよ」
「ん?いいのか?」
「いいよー。好きなの何個でも選んで」
「1個でいいよ。もうだいぶ腹一杯だから」
「えー。甘いものは別腹じゃない?」
「甘いものは俺食えないし。デイジーと班長だけで食いきってもらわなきゃいけないの」
「あー。ナイルさん、ちょー少食なんだっけ?」
「そうなのよ」
「じゃあ、ナイルさん。お好きなケーキ選んでください」
「ありがとうございます」
ナイルはガラスケースの中に並べられているケーキを見た。どれも繊細で可愛らしい見た目をしている。ケーキなんて殆ど食べたことがないので、どれを選べばいいのか分からない。デイジー様に投げるか、と考えたところで、チョコレートケーキが目に入った。
チョコレートは好きだ。母が子供の頃、父にバレないように、たまにこっそり食べさせてくれていた。そういえば、左遷されてからチョコレートを口にしていない。
「……チョコレートのやつ、いいですか?」
「はーい。チョコレートね。珈琲と一緒に席に持ってくから、座って待っててね」
「はい」
笑顔のマール様に促されて、店の奥の方の小さなテーブルに移動する。椅子に座ると、然程待たずに口髭を生やして眼鏡をかけた、中々に男前な男が珈琲とケーキを運んできた。マール様の伴侶のロイ様だ。
「パパ!」
「お待たせしました。娘を食べ歩きに連れて行ってくださったそうで。ありがとうございます」
「いえいえー。俺が行きたかったんで」
「デイジー。いい子にしてたか?」
「してたよ!」
「デイジー。いい子でしたよー」
「そうですか」
ロイ様は穏やかに微笑んで、ごゆっくり、と下がっていった。また店のドアが開いて客が入ってきたから忙しいのだろう。チョコレートケーキも珈琲も抜群に美味かった。
もうすぐ夕方だ。
ナイル達は満腹の腹をかかえて、領館へと戻った。
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