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30:夜のお散歩とお茶会

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 夕食後。アロルドは、アデラに見送られて、デニスと一緒に森へ散歩に出かけた。2人の周囲には、アデラが魔法で出したほわほわ優しく光る球体がいくつもあるので、暗い森の中でも問題なく歩ける。

 デニスがアロルドを見上げて、おっとり笑った。


「コニー。手を繋ぎませんか?」

「あ、あぁ!」


 今の自分に尻尾があったら、全力でぶんぶん振りまくっていると思う。デニスから夜の散歩に誘われたのも嬉しいし、デニスと手を繋げるのも嬉しい。まるでデートみたいで、すごくドキドキする。
 アロルドは、デニスのほっそりとした手をやんわりと握った。2人で手を繋いで、森の中に入る。


「多分、月下花が咲いてるんですよねー。見に行きます?」

「月下花?」

「夜に咲く花なんです。種を魔法薬に使ったりするので、姉さんがいい感じの所に植えてるんですよ」

「なるほど」

「いっぱい咲いてると、白い絨毯みたいでキレイですよー」

「ははっ。それは是非見てみたい」


 月の光の下で咲く花の絨毯なんて、なんてロマンチックなのだろう。アロルドは、デニスの手の感触に胸をときめかせつつ、のんびり他愛のないお喋りをしながら歩いて、森の奥の方へと進んだ。
 森の中を歩いているのに、不思議と虫も獣も寄ってこない。アロルドは不思議に思って、デニスに問いかけた。


「デニス。虫も獣も近寄ってくる気配がないのだが」

「あ、それ姉さんの魔法です。この光る球体って、光るだけじゃなくて、虫除けと獣除けも兼ねてるんですよ」

「なるほど。魔法とは便利なものだな」

「なんでもできるわけじゃないらしいけど、魔法を使えない人からしたら、すごく便利ですよねー。コニー。コニーは魔法が使えたら、何がしたいですか?」

「そうだな……空を飛んでみたいな。魔法使いは箒に乗って空を飛ぶだろう? 気持ちよさそうで、少し羨ましい」

「それは確かに―。子供の頃、姉さんに一度だけ一緒に箒に乗せて飛んでもらったんですけど、初めて空から見たキレイな街並みがすごく素敵でした」

「ははっ。それは得難い経験だ。デニスは、もし魔法が使えたら、何がしたいんだ?」

「そうですねぇ。動物とお喋りがしたいですね。そうしたら、子犬のコニーともお喋りできますし」

「ふむ……そういう魔法はないのだろうか」

「さぁ? 姉さんがその魔法を知ってたら、もう使ってると思うし、どうなんでしょうね?」

「あぁ。言われてみればそうだな」


 デニスと喋りながら森の中を歩いていると、開けた場所に出た。白い丸い花弁の花が月明かりに照らされていて、なんだか花自体が淡く光っているような、幻想的な光景である。アロルドは、思わず感嘆の溜め息を吐いた。


「本当にすごくキレイだ」

「ですよね。ちょうど満開でよかったです」

「世の中には、こんなに美しい景色があるんだな」

「そうですね。僕達が知らないだけで、きっと世界には沢山のキレイなものがありそうです」


 おっとり笑うデニスの横顔を見て、アロルドは、ここにもキレイなものがいると思った。デニスはキレイだ。容姿は地味な方だが、その心根が美しい。アロルドは、なんだかデニスが眩しく思えて、目を細めた。
 デニスがアロルドを見上げて、おっとりと笑った。


「コニーと一緒に見られて嬉しいです」

「……俺も嬉しい。デニス。ありがとう。こんなに素敵な景色を見せてくれて」

「へへっ。来年も一緒に見ましょうね」

「……あぁ!」


 来年の今頃もデニスと一緒にいられる保証はないが、アロルドはデニスの言葉が嬉しくて、おっとり笑うデニスが愛おしくて、胸の奥がぎゅーっとなった。
 2人で他愛のないお喋りをしながら家に帰ると、アデラがお茶会の準備をしてくれていた。


「おかえりなさい。お散歩はどうだった?」

「月下花が満開だったよ」

「見事な光景だった」

「あら。それはよかった。ふふっ。じゃあ、お茶会をしましょうか。コニーと一緒に採りに行った木苺のジャムをチーズケーキにかけて食べましょう」

「あの時の! 自分でも採れたらよかったんだが、アデラ殿が収穫しているのを見ているのも新鮮で楽しかった」

「コニー。お天気次第ですけど、来年は一緒に採りに行きましょうね」

「あぁ。本当に楽しみだ」


 来年の約束ができることが本当に嬉しい。来年の今頃もこの家にいられると決まっているわけではないのだが、来年も一緒にいたいと思ってもらえることが何よりも嬉しい。
 アロルドは機嫌よく、デニスと並んで椅子に座り、アデラが差し出してくれた紅茶を一口飲んでから、木苺のジャムがかかったチーズケーキを食べ始めた。濃厚なチーズケーキに、甘酸っぱい爽やかな木苺のジャムが抜群に合う。素直に美味しい。甘いものとはあまり縁がなかったが、これは店で出しても相当売れる代物ではないだろうか。
 アロルドが素直にそう言うと、アデラが照れくさそうな顔をして、デニスが誇らしそうな顔をした。


「ね。姉さんのケーキは美味しいでしょ?」

「最高だな。いくらでも食えそうだ」

「あらあら。照れちゃうわ。ふふっ。まだあるから、好きなだけ食べてくださいな」

「あ、コニー。口元にジャムがついてます」

「む。恥ずかしいな」

「ちょっと待ってくださいねー」


 デニスが親指の腹で、優しくアロルドの口元を拭った。そのまま、デニスがぺろっとアロルドの口元を拭った指を舐めた。アロルドは、ぼっと顔が熱くなるのを感じた。今、なんかすごいことをされた気がする。普通、男の口元を拭った指を舐めるか。デニスにとっては、アロルドが人間の姿でも、愛犬と変わらないのだろうか。
 アロルドが驚いて固まっていると、デニスがアロルドをじっと見て、こてんと首を傾げた。何その仕草可愛い。


「あ、すいません。嫌でした?」

「いっ、嫌ではないがっ!?」

「あ、よかったー。口休めのしょっぱいのもありますよー。ついでに作ったチーズクラッカー」

「持ってきましょうね。甘いのとしょっぱいのって無限に食べちゃうから危険だけど、たまにはね」


 アデラが椅子から立ち上がり、台所の方に向かった。デニスと2人きりである。デニスが身体を寄せ、アロルドの耳元で囁いた。


「時間に余裕があれば、今夜もしません? 舐め合いっこ」

「……あ、あぁ」

「やった」


 嬉しそうに無邪気に笑うデニスが可愛くて堪らないが、おっさんの心臓にはちょっと悪い。アロルドの心臓は、どんどこ激しく高鳴っている。顔が熱くて堪らない。平常心を取り戻そうとケーキを食べようとするが、ケーキは食べ終えてしまっていた。
 落ち着かないアロルドに、デニスがフォークで掬い取ったケーキを差し出してきた。


「コニー。はい、あーん」

「……あーん」

「ふふー。美味しいでしょ? 姉さんがお代わりも持ってきてくれますよ」

「あ、あぁ……本当に美味しい」


 アロルドの心臓が口から出ちゃいそうな気がする程激しく高鳴った。デニスから『はい、あーん』をされてしまった。『はい、あーん』である。嬉し過ぎて、幸せ過ぎて、もう本当に天に召されてもいい。デニスは愛犬に食べさせたくらいのものなのだろうが、アロルドはいっそ泣きたくなる程嬉しかった。

 アデラがチーズケーキのお代わりとチーズクラッカーを持ってきてくれた。熱くて堪らない顔が少しでも赤くなっていないといい。
 半刻程、のんびりお茶会を楽しんだ。ケーキもクラッカーも美味しかったし、おっとりと楽しそうな2人と他愛のないお喋りをするのが本当に楽しかった。

 アロルドは、デニスと一緒にお茶会の後片付けをすると、デニスに手を握られて、デニスの部屋に向かった。
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