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2:アロルドの幸運

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 アロルドが目覚めると、目の前に控えめながら整った顔立ちをした青年の寝顔があった。アロルドは驚いて、目をぱちぱちさせながら、じっと青年の寝顔を見つめ、寝る前のことをぼんやりと思い出した。道端で、空腹と寒さでいよいよ死ぬかも……と思っていたら、温かい手で抱き上げられて、温かい家に入った。汚れていた身体を洗ってもらい、温かいミルクをたらふく飲んで寝落ちたのまでは、なんとなく覚えている。

 アロルドは、穏やかな寝息を立てている青年の寝顔をガン見した。卵型の輪郭に、優しそうな印象を抱く下がり気味の眉、鼻筋はすっと通っていて、微かに開いた唇は薄めで品がいい。赤茶色の髪は短く切りそろえてあり、寝姿でも清潔感を覚える。瞳の色は何色なのだろうか。現時点で既に、目の前の拾ってくれた青年は、アロルド好みの容姿をしている。

 アロルドは男しか愛せない。優しいおっとり系の、側にいるだけで癒されるような男がタイプである。アロルドは軍人なので、周りにはムッキムキの厳つい野郎しかいなかった。この国は同性愛に寛容ではないので、今まで誰にも男しか愛せないことを告げたことはない。

 アロルドが『救国の英雄』なんて大袈裟な呼び方をされるようになった戦争で一緒に戦場に立っていた魔女から言い寄られ、何度も何度も断っていたら、つい二週間前に、突然アロルドの家の自室に現れた魔女から魔法をかけられた。『あははっ! 情けない獣の姿で野垂れ死ぬといいわ!』と言って、魔女は去っていった。そこからが大変だった。

 アロルドは、下級貴族の家の生まれで、実家住まいだった。母が動物、特に犬が大嫌いなので、使用人に見つかった瞬間、首根っこを掴まれて、家の敷地から追い出された。小さくなった身体で必死に『俺だ! アロルドだ!』と叫んでみたが、口から出てきたのは、『きゃんきゃん!』という犬の鳴き声だけだった。それから、王都の街を彷徨い始めた。運が良ければ、魔女か魔法使いに見つけてもらって、魔法をといてくれるかもしれない。そんな都合のいいことにはならないと思いつつも、僅かな希望を頼りに、とにかく動き回った。水溜りの汚れた水を飲み、飲食店の裏にあるゴミ箱から残飯を漁り、なんとか二週間生き抜いてきたが、昨日、とうとう力尽きて、動けなくなった。地獄のような戦場をなんとか生き抜いてやったのに、こんなところで死ぬのかと絶望で泣きたくなったが、泣く体力すらなくなっていた。

 そんな時に、目の前の青年に拾われた。歳は20代半ばくらいだろうか。ぼんやりとした記憶しかないが、戦場で見かけたことがある気がする魔女を『姉さん』と呼んでいたのはうっすら覚えている。目の前の青年の名前が思い出せない。

 アロルドが青年の寝顔をガン見しながら、なんとか青年の名前を思い出そうと頑張っていると、青年が不明瞭な小さな声を上げて、ゆっくりと目を開けた。柔らかい茶色の瞳がアロルドを見た。少し垂れ目気味の優しい印象を抱く目が嬉しそうに細まり、やんわりとアロルドの背中を撫でてくれた。アロルドは、目覚めた青年を見た瞬間、ぎゅんっとテンションが上がった。ものすごく好みの容姿である。アロルドの理想形といっても過言ではないレベルで好みだ。寝起きだからか、少し掠れた柔らかい優しい声で話しかけられた。


「おはよう。コニー。君の名前が分からないから、君が人間の姿に戻るまでは、コニーって呼ばせてもらうね」

「わんっ! わんっ! (いいとも! 好きに呼んでくれ! 今日から俺はコニーだ!)」

「よかった。元気になったみたいだね。お腹空いてるでしょ? うーん。お肉はまだ早いかなぁ。一応、今朝まではミルクだけの方が無難かな? お肉食べたい?」

「わんっ! (肉!)」

「そっかー。姉さんに言ってみるね。あ、自己紹介してなかった。僕はデニスです。今年で24歳になります。姉さんの名前はアデラで、今年で32歳。2人とも独身だよ。僕の家族は、姉さんと、馬のシルビーと、雄牛のナーンと雌牛のリーン、それから鶏が三羽。ニーケとミーレとナーレ。あとは、野生の鹿とか兎がたまに遊びに来てくれるよ」


 おっとりと笑うデニスを、アロルドはうっとりと見つめた。柔らかい優しい話し方まで理想的だ。デニスの周りの空気だけが、なんだかぽかぽかしているような気がしてくる。

 起き上がってベッドから下りたデニスが、古ぼけた衣装箪笥から服を取り出し、寝間着から着替え始めた。紳士としては、ここは見るべきではないのだが、ついついがっつりデニスの着替えをガン見してしまう。デニスは中背中肉の身体つきをしていた。益々、好みである。是非とも優しく抱いて欲しい。アロルドは、若い頃から男に優しく抱かれたい願望がある。ちなみに、アロルドは現在37歳である。

 アロルドの理想どんぴしゃなデニスの生着替えを堪能すると、デニスに優しく抱き上げられた。デニスの温もりと清潔な石鹸の匂い混じりの体臭を直に感じて、アロルドのテンションは更に上がった。勝手に尻尾がぶんぶん動いてしまう。
 デニスに優しく背中を撫でてもらいながら、アロルドは、これはもしやアロルドにとって、うはうは生活になるかもしれないと、期待で胸を膨らませた。

 デニスが階下の風呂場の脱衣所にある洗面台で顔を洗うと、居間らしき部屋を通り過ぎ、台所へと入った。台所には、デニスとそっくりな髪色の柔和な顔立ちの魔女がいた。見覚えがあるから、おそらく戦争に参加していた魔女だろう。魔女がおっとりと笑って、口を開いた。


「あら。おはよう。デニス。コニーもおはよう。うん。随分と元気になっているようね」

「おはよう。姉さん。コニーはお肉が食べたいみたい。お肉を食べてもらっても大丈夫かな?」

「うーん。今朝までは、念のためミルクだけにしておきましょう。お昼には、柔らかく煮たお肉を食べてもらうわ」

「だって。コニー。お肉はお昼ご飯まで待っててね」

「わふっ(了解した)」

「姉さん。卵はもう分けてもらった?」

「えぇ。コニーが飲むミルクも搾ってあるわ」

「ありゃ。寝過ぎたかな。ありがとう。姉さん。明日は僕がやるよ」

「ふふっ。じゃあ、明日はお願いね。さ、朝ご飯もできているから、食べましょうか。デニス。今日はお店に昨日作った魔法薬を持って行ってくれる?」

「うん。分かった。コニー。朝ご飯だよ」

「わ、わふわふっ(な、なんて癒し系な姉弟なんだ……ここは理想郷なのか)」


 おっとり笑うデニスとアデラを交互に見上げ、アロルドは感動した。まだほんの短い時間しか此処にいないが、2人がとても優しくて温かい人だというのは、なんとなく分かる。アロルドの周囲にはいなかったタイプの人達だ。本当にこの家はアロルドの理想郷なのかもしれない。

 居間のテーブルの上に置かれた深皿に注がれた程よい温かさのミルクを飲みながら、アロルドは、穏やかな会話をしている2人をちらちら見て、ほわぁと胸の奥が温かくなるのを感じた。

 アロルドの実家は、冷めきった家だ。両親はそれぞれ愛人がいるし、二つ年上の兄とは折り合いが悪い。軍人になった時に実家を出ることも考えたが、使用人がいる生活は快適だし、一人暮らしは面倒そうで、結局実家でずっと暮らしていた。家族で一緒に食事をすることなんか、殆どない。一緒に食事をしたとしても、会話はない。デニスとアデラの様子を見ていると、とても仲がいいのが分かる。二人の周囲の空気も、この家の中の空気も、アロルドにとっては眩しいくらい温かい。

 アロルドは、デニスに拾ってもらえた幸運に深く感謝した。
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