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10:女装男と淫乱男の新たな関係
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夏の雲1つない気持ちがいい青空が広がる日。
キャシーとハボックは街の神殿で2人だけで結婚式を挙げた。参列者が誰もいない、静かな祭壇のある部屋で年老いた神官から祝福されるだけの質素なものだった。キャシーは白いドレスに身を包んでいた。袖のない裾の長いもので、太腿の半ばまではタイトで、そこからふんわりとドレープが広がっている美しいドレスだ。胸元には華やかな薔薇の花が白い糸で刺繍されている。以前ハボックが話していた、華やかな花嫁衣裳である。ハボックが街で腕がいいと評判のお針子に頼んで作ってもらった。神官1人に見守られてハボックと誓いのキスを交わした。キャシーは元々ハボックよりも背が高いし、今はヒールが高い靴を履いているので、白い礼服を着たハボックに合わせて少し屈んでキスをした。キスをするとハボックがとても幸せそうに笑ったので、キャシーも一緒になって微笑んだ。
結婚式をしてくれた神官にお礼を言って、ハボックと手を繋いで神殿の祭壇のある部屋から出ると、驚いたことにそこにケリー・パーシー夫婦とカーラ、ケリー達の結婚パーティーで見たことがある男の子がいた。確か名前はケビンだっただろうか。背はカーラよりも頭半分ほど低いが、中々に将来有望な整った顔立ちをしている。
キャシー達の姿を見ると、ケリーとカーラが目を輝かせて、驚いて目を丸くしているキャシーに近寄ってきた。ハボックと繋いでいない方の手を小さなカーラの手に包み込まれる。カーラはキラキラと目を輝かせて、キャシーを見上げた。
「おぉ!キャシーちゃん、すげぇ!キレイだね」
「おー!見事なもんだなぁ」
「ケリーちゃん。カーラちゃん。どうしたのぉ?なんでここにいるのぉ?」
「前に言っただろ?キャシーちゃんが結婚する時は祝いに駆け付けるって。おめでとう、キャシーちゃん。ハボック先生。キャシーちゃん、そのドレス似合うなぁ」
「……まぁまぁ!ありがとう!ケリーちゃん!カーラちゃん!」
「おめでとう、キャシーちゃん。ハボック先生、よかったね。キャシーちゃんと結婚できて。これからはずっと一緒だ」
「ありがとう。カーラさん」
「ハボック先生おめでとう。キャシーちゃんもおめでとう」
「ありがとう。ケビン君」
「ありがとぉ。わざわざ来てくれてぇ。嬉しいわぁ」
「おめでとうございます。お2人のこれからの幸せをお祈りします。よかったら中庭で写真を撮りませんか?折角ですから」
「ありがとうございます。パーシーさん。お願いします。行こうか、キンブリー」
「えぇ」
キャシーはハボックと顔を見合わせて笑った。誰からも祝福されることのない結婚になると思い込んでいただけに、祝いに駆けつけてくれたケリー達の気持ちが嬉しくて堪らない。ハボックと、それからカーラと手を繋いで神殿の中庭に移動する。
「キャシーちゃんって本当はキンブリーって名前なの?」
「えぇ、そうよぉ。今じゃハボックくらいしか呼ばないけどねぇ」
「ふーん。じゃあ僕はこれからもキャシーちゃんのことはキャシーちゃんって呼ぶね。ハボック先生だけの特別な呼び方なんでしょ」
「……そう、なるのかしらぁ」
「多分そうなんじゃないの?」
「ふふっ。そうかもねぇ」
なんだかカーラの言葉がくすぐったい。キャシーはクスクス笑いながら、上機嫌にカーラと繋いでいる手を振って歩いた。カーラはいつもと違い、今日は可愛らしいワンピースを着ている。夏らしい爽やかな色合いの青い袖なしのワンピースだ。髪も編み込んで結い上げており、白と緑のバレッタがよく似合っている。中庭へと歩きながらカーラと話す。
「カーラちゃんの今日のワンピース素敵ねぇ」
「親父に選んでもらった」
「まぁ。よく似合っているわぁ。ケリーちゃんはカーラちゃんに似合うものを見つけるのが上手ねぇ」
「へへっ」
「さっき気づいたんだけどぉ、カーラちゃん、もしかして口紅つけてるぅ?」
「そう。化粧は僕まだ上手くできないから口紅だけ。キャシーちゃんに選んでもらったやつ。折角だしさ」
「あらぁ。ふふっ。その色、本当にカーラちゃんに似合ってるわぁ」
「ありがと。口紅つけるのに4回失敗してさ。結局親父にやってもらったんだけどね。口紅って意外と難しいよ。なんかずれたり、べったりになってキャシーちゃんみたいに上手くできない」
「ふふふっ。慣れよぉ。お料理もそうでしょ?何事も経験が大事なのよぉ」
「ふーん。キャシーちゃん化粧のテスト前に化粧教えてよ。僕テストに合格できる気がしない。料理教室が終わっちゃったからさー。中々会えないけど」
「あらぁ。テストまであるのぉ?いいわよぉ。なんならケリーちゃんと一緒に遊びにいらっしゃいなぁ。あ、家は郊外にあるから1人じゃダメよぉ。カーラちゃんの家から結構遠いしぃ、必ず保護者と一緒にねぇ」
「やった!絶対行くっ!遠いなら、なんならアニーに乗って行くよ。親父の馬。目が優しくて可愛いんだ」
「ふふふっ。是非いらっしゃいなぁ。あ、端末の連絡先交換しとくぅ?」
「する。今日のキャシーちゃんの写真も送んなきゃだし」
「ふふっ。ありがとぉ」
「ちょっと勿体ないね。今日のキャシーちゃん、すごくキレイなのに。皆見れなくて。まぁ、僕達で独占って少し気分がいいけどさ」
「ふふっ……あっはははは!」
カーラのちょっと意外な言葉に笑いが止まらない。本当に可愛い子だ。おべっかではなく、本当に素直に思ったことを口にしているだけ、というのが分かり、なんだかくすぐったくて堪らない。こんなにストレートに褒められたり、化粧を教えてとねだられたり、今までなかった。隣でカーラとの会話を聞いているハボックもなんだか嬉しそうな雰囲気である。
中庭に着いて、まずはキャシーとハボックの写真を撮ってもらった。緑色が鮮やかな植木をバックに何枚も端末や撮影機で撮ってもらう。カーラが一緒に撮りたいとねだるので、キャシーとカーラの2人でも写真を撮った。折角だから俺も、と言い出したケリーとも写真を撮る。結構な枚数の写真を撮った後、カーラがパーシーに持たせていた可愛らしい柄の紙袋をキャシーとハボックに渡してきた。
「はい。お祝い。皆で作ったんだ」
「まぁまぁ!ありがとぉ!」
「見てもいいかな?」
「どうぞ」
ハボックと2人で紙袋を覗き込むと、そこには繊細な模様が施された小さな木のベンチに座る2つの犬のぬいぐるみが入っていた。1つは礼服のような白いズボンを穿いており、もう1つは花嫁衣裳のような白いスカートを穿いている。
「あらぁ!すっごく可愛い!!」
「椅子はケビン君で、ぬいぐるみがカーラさん?カーラさん裁縫嫌いじゃなかった?」
「そう。正確に言うと、ぬいぐるみ自体は買ったんだ。キャシーちゃんに聞いたのが最後の授業の時だったから、多少時間があったけど、ぬいぐるみは難易度高すぎて一応挑戦したけど無理だったから。ケビンがベンチで、ぬいぐるみの服は僕と親父。まぁ、難しいところは父さんにやってもらったんだけど。ちっちゃいハボック先生とキャシーちゃんだよ」
「ははっ。ありがとうございます」
「大事に飾るわぁ!」
キャシーは嬉しくてカーラを抱きしめた。ついでだと、ケビンも抱きしめ、ケリーとも軽いハグをした。ハボックは笑顔でパーシーと握手を交わしていた。カーラと、ついでにケリーとも端末の連絡先を交換してから、笑顔で祝いに駆けつけてくれた彼らと別れた。神殿の控室でドレスから普通の私服に着替えて、ドレスが入ったキレイな箱を抱えてハボックと共に神殿を出た。
「まさかカーラさん達が来てくれるとは思ってなかったね」
「えぇ。素敵な贈り物ももらっちゃったしねぇ」
「ふふっ。カーラさんに化粧を教えるんでしょ?」
「えぇ!遊びに来てくれるのが楽しみだわぁ」
「よかったね、キンブリー。ふふっ。僕達の結婚を祝福してくれる人だっていたじゃない。それも何人も」
「……そうねぇ」
嬉しそうにそう言って笑うハボックを見ていると、もしかして自分は気にしすぎだったのかしらぁ、と思ってしまう。
ハボックは職場の人に結婚するとだけ言って、詳細は言っていない。キャシーが止めたからだ。キャシーも職場には結婚することは言っても、相手がハボックだとは言っていない。ハボックが好奇の目に晒されるのは嫌なので、あまりハボックの結婚相手がキャシーだと知られないようにした。ケリーとカーラには夏に結婚式をするということだけ、こっそり最後の料理教室の授業の後で教えた。その時に相手はハボックだと察したのだろう。ケリーもカーラもむやみに人に言いふらす方じゃない。家族のパーシーとカーラの親友ケビンにだけ言って、きっとプレゼントの協力を仰いだのだろう。ケビンもパーシーもキャシーとはほぼ関りがないが、笑顔で祝福してくれた。カーラとケリーが本当に信頼している者だけ連れてきてくれた感じである。多分ケリーあたりが色々察してくれたのかもしれない。
ハボックは今後キャシーの家に住む。もう引っ越しは3日前に終わっている。家はキャシーの家に住むが、籍はキャシーがハボックの籍に入った。仕事柄、ハボックの姓が変わるのは何かと面倒じゃないかなぁ、と思ったからだ。ハボックはキャシーの姓に入りたがったが、そこはキャシーが説得した。
2人で結婚を決めた2週間後に、ハボックの両親へは挨拶に行った。ハボックの父親は黙って頷き、母親はヒステリックに叫んで結婚を反対した。キャシーを罵り始めた母親を、ハボックの父親は一喝して止めた。ハボックの父親のことは昔から知っているが、どちらかといえば物静かな方で、大きな声を出すところなんて見たことがなかった。ハボックの母親に言われたことよりも、ハボックの父親が大きな声を出したことに驚いてしまい、キャシーは目をぱちくりさせたまま、ハボックに連れられてハボックの実家を出た。ハボックは実家を出る前に、両親に没交渉宣言をしてから出た。ハボックはキャシーが悪く言われたのが本当に腹立たしかったらしい。キャシーはこーっそりハボックの端末でハボックの父親の連絡先を調べ、自分の端末からハボックの父親に連絡をとった。ハボックの父親からは『妻がすまない。幸せになってくれ。ハボックを頼む』と返事が来た。ハボックの父親はハボックの幸せを願っているらしい。だから結婚を急かしていたのかもしれない。結婚=幸せではないだろうが、少なくとも、キャシーはハボックと結婚して一緒に暮らせて、ずっとハボックの側にいられるのが1番の幸せだ。
キャシーはパーシーに撮ってもらった結婚式の後の写真をハボックの父親に送った。2人だけのものと、カーラ達と一緒に撮ったものを。『祝福してくれる人がいました』と一文添えて。ハボックの父親からは『当然だろう。結婚おめでとう』と返事が返ってきた。キャシーは端末を見つめて、ふふっと笑った。
カーラ達の夏休み中に、本当にカーラ達がキャシー達の家に遊びに来てくれた。ケリーがカーラとケビンを連れて、初めて挑戦したという林檎のパイを手土産に。キャシーは嬉しくて、ハボックと顔を見合わせて笑った。
カーラ達との親交はその後も続き、カーラがケビンと結婚して、子供を産んでお母さんになっても続いている。子供を連れて時々遊びに来てくれるので、その時は普段は2人だけで静かな家がとても賑やかなことになる。カーラの子供達もキャシーにもハボックにもよく懐いてくれている。
キャシーはハボックと共に、軒下のベンチに座っていた。2人とももうすぐ50歳になる。お互い老けたが、まだまだ元気だ。ハボックに買ってもらった可愛いワンピースを着て、キャシーは珈琲を美味しそうに飲むハボックに声をかけた。
「ねぇ、ハボック」
「なんだい?キンブリー」
「幸せねぇ」
「うん。幸せだ。ねぇ、キンブリー。僕が定年退職したらさ、退職金で店を開かない?」
「え?」
「キンブリーが料理を作って、僕が接客するの。いいと思わない?」
「ふふっ。素敵ぃ!いいわねぇ」
「小さい店なら2人で切り盛りできるでしょ」
「そうねぇ。じゃあ頑張らなきゃねぇ。それまでの貯金とか」
「ふふっ。一緒なら何だってできるよ」
「ふふっ。そうねぇ」
ハボックと将来の話ができることが嬉しい。本当にハボックと2人なら何でもできそうな気がする。キャシーは楽しそうに、いつか開く店の話をするハボックの唇に、優しくキスをした。
家の中の窓辺から、ピッタリ寄り添う2人を、同じように寄り添った犬のぬいぐるみ達が見つめていた。
<完>
キャシーとハボックは街の神殿で2人だけで結婚式を挙げた。参列者が誰もいない、静かな祭壇のある部屋で年老いた神官から祝福されるだけの質素なものだった。キャシーは白いドレスに身を包んでいた。袖のない裾の長いもので、太腿の半ばまではタイトで、そこからふんわりとドレープが広がっている美しいドレスだ。胸元には華やかな薔薇の花が白い糸で刺繍されている。以前ハボックが話していた、華やかな花嫁衣裳である。ハボックが街で腕がいいと評判のお針子に頼んで作ってもらった。神官1人に見守られてハボックと誓いのキスを交わした。キャシーは元々ハボックよりも背が高いし、今はヒールが高い靴を履いているので、白い礼服を着たハボックに合わせて少し屈んでキスをした。キスをするとハボックがとても幸せそうに笑ったので、キャシーも一緒になって微笑んだ。
結婚式をしてくれた神官にお礼を言って、ハボックと手を繋いで神殿の祭壇のある部屋から出ると、驚いたことにそこにケリー・パーシー夫婦とカーラ、ケリー達の結婚パーティーで見たことがある男の子がいた。確か名前はケビンだっただろうか。背はカーラよりも頭半分ほど低いが、中々に将来有望な整った顔立ちをしている。
キャシー達の姿を見ると、ケリーとカーラが目を輝かせて、驚いて目を丸くしているキャシーに近寄ってきた。ハボックと繋いでいない方の手を小さなカーラの手に包み込まれる。カーラはキラキラと目を輝かせて、キャシーを見上げた。
「おぉ!キャシーちゃん、すげぇ!キレイだね」
「おー!見事なもんだなぁ」
「ケリーちゃん。カーラちゃん。どうしたのぉ?なんでここにいるのぉ?」
「前に言っただろ?キャシーちゃんが結婚する時は祝いに駆け付けるって。おめでとう、キャシーちゃん。ハボック先生。キャシーちゃん、そのドレス似合うなぁ」
「……まぁまぁ!ありがとう!ケリーちゃん!カーラちゃん!」
「おめでとう、キャシーちゃん。ハボック先生、よかったね。キャシーちゃんと結婚できて。これからはずっと一緒だ」
「ありがとう。カーラさん」
「ハボック先生おめでとう。キャシーちゃんもおめでとう」
「ありがとう。ケビン君」
「ありがとぉ。わざわざ来てくれてぇ。嬉しいわぁ」
「おめでとうございます。お2人のこれからの幸せをお祈りします。よかったら中庭で写真を撮りませんか?折角ですから」
「ありがとうございます。パーシーさん。お願いします。行こうか、キンブリー」
「えぇ」
キャシーはハボックと顔を見合わせて笑った。誰からも祝福されることのない結婚になると思い込んでいただけに、祝いに駆けつけてくれたケリー達の気持ちが嬉しくて堪らない。ハボックと、それからカーラと手を繋いで神殿の中庭に移動する。
「キャシーちゃんって本当はキンブリーって名前なの?」
「えぇ、そうよぉ。今じゃハボックくらいしか呼ばないけどねぇ」
「ふーん。じゃあ僕はこれからもキャシーちゃんのことはキャシーちゃんって呼ぶね。ハボック先生だけの特別な呼び方なんでしょ」
「……そう、なるのかしらぁ」
「多分そうなんじゃないの?」
「ふふっ。そうかもねぇ」
なんだかカーラの言葉がくすぐったい。キャシーはクスクス笑いながら、上機嫌にカーラと繋いでいる手を振って歩いた。カーラはいつもと違い、今日は可愛らしいワンピースを着ている。夏らしい爽やかな色合いの青い袖なしのワンピースだ。髪も編み込んで結い上げており、白と緑のバレッタがよく似合っている。中庭へと歩きながらカーラと話す。
「カーラちゃんの今日のワンピース素敵ねぇ」
「親父に選んでもらった」
「まぁ。よく似合っているわぁ。ケリーちゃんはカーラちゃんに似合うものを見つけるのが上手ねぇ」
「へへっ」
「さっき気づいたんだけどぉ、カーラちゃん、もしかして口紅つけてるぅ?」
「そう。化粧は僕まだ上手くできないから口紅だけ。キャシーちゃんに選んでもらったやつ。折角だしさ」
「あらぁ。ふふっ。その色、本当にカーラちゃんに似合ってるわぁ」
「ありがと。口紅つけるのに4回失敗してさ。結局親父にやってもらったんだけどね。口紅って意外と難しいよ。なんかずれたり、べったりになってキャシーちゃんみたいに上手くできない」
「ふふふっ。慣れよぉ。お料理もそうでしょ?何事も経験が大事なのよぉ」
「ふーん。キャシーちゃん化粧のテスト前に化粧教えてよ。僕テストに合格できる気がしない。料理教室が終わっちゃったからさー。中々会えないけど」
「あらぁ。テストまであるのぉ?いいわよぉ。なんならケリーちゃんと一緒に遊びにいらっしゃいなぁ。あ、家は郊外にあるから1人じゃダメよぉ。カーラちゃんの家から結構遠いしぃ、必ず保護者と一緒にねぇ」
「やった!絶対行くっ!遠いなら、なんならアニーに乗って行くよ。親父の馬。目が優しくて可愛いんだ」
「ふふふっ。是非いらっしゃいなぁ。あ、端末の連絡先交換しとくぅ?」
「する。今日のキャシーちゃんの写真も送んなきゃだし」
「ふふっ。ありがとぉ」
「ちょっと勿体ないね。今日のキャシーちゃん、すごくキレイなのに。皆見れなくて。まぁ、僕達で独占って少し気分がいいけどさ」
「ふふっ……あっはははは!」
カーラのちょっと意外な言葉に笑いが止まらない。本当に可愛い子だ。おべっかではなく、本当に素直に思ったことを口にしているだけ、というのが分かり、なんだかくすぐったくて堪らない。こんなにストレートに褒められたり、化粧を教えてとねだられたり、今までなかった。隣でカーラとの会話を聞いているハボックもなんだか嬉しそうな雰囲気である。
中庭に着いて、まずはキャシーとハボックの写真を撮ってもらった。緑色が鮮やかな植木をバックに何枚も端末や撮影機で撮ってもらう。カーラが一緒に撮りたいとねだるので、キャシーとカーラの2人でも写真を撮った。折角だから俺も、と言い出したケリーとも写真を撮る。結構な枚数の写真を撮った後、カーラがパーシーに持たせていた可愛らしい柄の紙袋をキャシーとハボックに渡してきた。
「はい。お祝い。皆で作ったんだ」
「まぁまぁ!ありがとぉ!」
「見てもいいかな?」
「どうぞ」
ハボックと2人で紙袋を覗き込むと、そこには繊細な模様が施された小さな木のベンチに座る2つの犬のぬいぐるみが入っていた。1つは礼服のような白いズボンを穿いており、もう1つは花嫁衣裳のような白いスカートを穿いている。
「あらぁ!すっごく可愛い!!」
「椅子はケビン君で、ぬいぐるみがカーラさん?カーラさん裁縫嫌いじゃなかった?」
「そう。正確に言うと、ぬいぐるみ自体は買ったんだ。キャシーちゃんに聞いたのが最後の授業の時だったから、多少時間があったけど、ぬいぐるみは難易度高すぎて一応挑戦したけど無理だったから。ケビンがベンチで、ぬいぐるみの服は僕と親父。まぁ、難しいところは父さんにやってもらったんだけど。ちっちゃいハボック先生とキャシーちゃんだよ」
「ははっ。ありがとうございます」
「大事に飾るわぁ!」
キャシーは嬉しくてカーラを抱きしめた。ついでだと、ケビンも抱きしめ、ケリーとも軽いハグをした。ハボックは笑顔でパーシーと握手を交わしていた。カーラと、ついでにケリーとも端末の連絡先を交換してから、笑顔で祝いに駆けつけてくれた彼らと別れた。神殿の控室でドレスから普通の私服に着替えて、ドレスが入ったキレイな箱を抱えてハボックと共に神殿を出た。
「まさかカーラさん達が来てくれるとは思ってなかったね」
「えぇ。素敵な贈り物ももらっちゃったしねぇ」
「ふふっ。カーラさんに化粧を教えるんでしょ?」
「えぇ!遊びに来てくれるのが楽しみだわぁ」
「よかったね、キンブリー。ふふっ。僕達の結婚を祝福してくれる人だっていたじゃない。それも何人も」
「……そうねぇ」
嬉しそうにそう言って笑うハボックを見ていると、もしかして自分は気にしすぎだったのかしらぁ、と思ってしまう。
ハボックは職場の人に結婚するとだけ言って、詳細は言っていない。キャシーが止めたからだ。キャシーも職場には結婚することは言っても、相手がハボックだとは言っていない。ハボックが好奇の目に晒されるのは嫌なので、あまりハボックの結婚相手がキャシーだと知られないようにした。ケリーとカーラには夏に結婚式をするということだけ、こっそり最後の料理教室の授業の後で教えた。その時に相手はハボックだと察したのだろう。ケリーもカーラもむやみに人に言いふらす方じゃない。家族のパーシーとカーラの親友ケビンにだけ言って、きっとプレゼントの協力を仰いだのだろう。ケビンもパーシーもキャシーとはほぼ関りがないが、笑顔で祝福してくれた。カーラとケリーが本当に信頼している者だけ連れてきてくれた感じである。多分ケリーあたりが色々察してくれたのかもしれない。
ハボックは今後キャシーの家に住む。もう引っ越しは3日前に終わっている。家はキャシーの家に住むが、籍はキャシーがハボックの籍に入った。仕事柄、ハボックの姓が変わるのは何かと面倒じゃないかなぁ、と思ったからだ。ハボックはキャシーの姓に入りたがったが、そこはキャシーが説得した。
2人で結婚を決めた2週間後に、ハボックの両親へは挨拶に行った。ハボックの父親は黙って頷き、母親はヒステリックに叫んで結婚を反対した。キャシーを罵り始めた母親を、ハボックの父親は一喝して止めた。ハボックの父親のことは昔から知っているが、どちらかといえば物静かな方で、大きな声を出すところなんて見たことがなかった。ハボックの母親に言われたことよりも、ハボックの父親が大きな声を出したことに驚いてしまい、キャシーは目をぱちくりさせたまま、ハボックに連れられてハボックの実家を出た。ハボックは実家を出る前に、両親に没交渉宣言をしてから出た。ハボックはキャシーが悪く言われたのが本当に腹立たしかったらしい。キャシーはこーっそりハボックの端末でハボックの父親の連絡先を調べ、自分の端末からハボックの父親に連絡をとった。ハボックの父親からは『妻がすまない。幸せになってくれ。ハボックを頼む』と返事が来た。ハボックの父親はハボックの幸せを願っているらしい。だから結婚を急かしていたのかもしれない。結婚=幸せではないだろうが、少なくとも、キャシーはハボックと結婚して一緒に暮らせて、ずっとハボックの側にいられるのが1番の幸せだ。
キャシーはパーシーに撮ってもらった結婚式の後の写真をハボックの父親に送った。2人だけのものと、カーラ達と一緒に撮ったものを。『祝福してくれる人がいました』と一文添えて。ハボックの父親からは『当然だろう。結婚おめでとう』と返事が返ってきた。キャシーは端末を見つめて、ふふっと笑った。
カーラ達の夏休み中に、本当にカーラ達がキャシー達の家に遊びに来てくれた。ケリーがカーラとケビンを連れて、初めて挑戦したという林檎のパイを手土産に。キャシーは嬉しくて、ハボックと顔を見合わせて笑った。
カーラ達との親交はその後も続き、カーラがケビンと結婚して、子供を産んでお母さんになっても続いている。子供を連れて時々遊びに来てくれるので、その時は普段は2人だけで静かな家がとても賑やかなことになる。カーラの子供達もキャシーにもハボックにもよく懐いてくれている。
キャシーはハボックと共に、軒下のベンチに座っていた。2人とももうすぐ50歳になる。お互い老けたが、まだまだ元気だ。ハボックに買ってもらった可愛いワンピースを着て、キャシーは珈琲を美味しそうに飲むハボックに声をかけた。
「ねぇ、ハボック」
「なんだい?キンブリー」
「幸せねぇ」
「うん。幸せだ。ねぇ、キンブリー。僕が定年退職したらさ、退職金で店を開かない?」
「え?」
「キンブリーが料理を作って、僕が接客するの。いいと思わない?」
「ふふっ。素敵ぃ!いいわねぇ」
「小さい店なら2人で切り盛りできるでしょ」
「そうねぇ。じゃあ頑張らなきゃねぇ。それまでの貯金とか」
「ふふっ。一緒なら何だってできるよ」
「ふふっ。そうねぇ」
ハボックと将来の話ができることが嬉しい。本当にハボックと2人なら何でもできそうな気がする。キャシーは楽しそうに、いつか開く店の話をするハボックの唇に、優しくキスをした。
家の中の窓辺から、ピッタリ寄り添う2人を、同じように寄り添った犬のぬいぐるみ達が見つめていた。
<完>
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ハボックもキャシーちゃんも可愛くてとても好きになりました。特にキャシーちゃんの温かさが素敵で、ふたりに幸せになってほしいとしみじみと感じていた為、読み終えた時には嬉し涙がほろりと零れておりました。ふたりのこれからも続いていく幸せに思いを馳せ、またいちから読みたくなりました。もう一度ふたりの時間に触れてきます✨素敵なお話をありがとうございます。
感想をありがとうございますっ!!
本当に嬉しいです!!
とても素敵な嬉しいお言葉をいただけて、感無量であります!!(泣)
本当に!全力で!ありがとうございますっ!!
二人だけの幸せの形を二人でつくっていく……そんな風に描けていたら嬉しいです!
嬉し過ぎて語彙力が死んでおり、気の利いたことが書けなくて申し訳ないです!(滝汗)
お読み下さり、本当にありがとうございました!!