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10:息子と過ごす年末年始
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年末年始の休暇に入った日の夜。
息子のバレットが大荷物を持って、突然プルートの家にやって来た。プルートは突然やって来たバレットに驚きながらも、バレットを家の中に入れた。
ミーミの姿を見ると、バレットがぶえっくしょんと大きなくしゃみをした。バレットは猫アレルギーの気がある。猫に接触すると、くしゃみが出る。
プルートはバレットと自分の分のお茶を淹れ、念の為買っておいていた折りたたみ式の椅子に座った。バレットは一人用のソファーに座り、ずずっと鼻を啜った。
「バレット。来てくれたのは嬉しいけど、どうしたんだ?急に」
「彼氏が今日から実家に帰ったんだよ。俺も連れて行ってって言ったけど、駄目だって。まだ早いからってさ」
「はぁ!?」
「1人で年末年始過ごすの嫌だし、父さんのとこで過ごそうと思って。そこのにゃんこ以外で同居人はいるの?」
「いないよ。ミーミだけ」
「親父の方はもう再婚してるし。クソ親父の所には行きたくないから、悪いけど年末年始の休みの間だけ泊めて」
「あぁ。あいつ再婚したんだ。ふーん。まぁいいよ。どうせ僕も1人で家に篭もる予定だったし。明日から冬籠り用の買い出しをするから、手伝ってよ」
「うん。勿論。既に買い込んでた分は全部持ってきた」
「お。助かるよ。何があるか確認していい?」
「うん。父さんのことだから、買い物リストを作ってるだろ?リスト見ながら、買うものを改めて決めようよ」
「うん。あ、ベッドが一つしかないんだけど」
「一緒に寝るからいいよ。俺は気にしない」
「じゃあ、いいか。僕も別に構わないし」
プルートはお茶を飲み終えると、早速バレットが持ってきた大量の荷物を出して、既に作ってあった買い物リストを見ながら、バレットと2人で買い物リストの修正を行った。
風呂に入ってから、一緒にベッドに上がって布団に潜り込むと、バレットが子供の頃のように、プルートにくっついてきた。
「父さん。ピアス開けたんだ。いいね。似合ってる」
「ありがとう。気に入ってるんだ」
「ふーん。……父さん。俺、キリートと別れるかも」
「なんで?あんなに熱を上げてただろう?」
「同棲し始めてさ、めちゃくちゃ喧嘩が増えてきてんの。キリートは料理人じゃん?わざわざ魔術研究所の食堂に転職してくれたけどさ、食堂勤務は長生き手続き対象外じゃない。俺はやっと好きな魔術研究ができるようになって。俺がやりたいと思ってることは、多分、長生き手続きをしないとできないことなんだよ。それに、今回の事もそうだけど、キリートとどんどん意見が合わなくなってきて。俺さ、結婚も考えてたんだよ。でも、なんかね、時間が経つにつれ、どんどん気持ちが冷めていくんだ。……なんか最近、キリートといるとしんどい」
「うん。別れろ」
「わぁ。きっぱり」
「お前の事だから、どうせⅠ人で我慢して溜めこんで、溜め込みきれなくなって爆発させてたんだろ?そんな男とは別れなさい。お前が苦しい思いをするだけだぞ」
「……そうかな」
「そうだよ。1人で我慢しちゃうのは僕に似ちゃったのかねぇ。……僕はさ、あのクソ野郎と結婚してから、ずっと『自由』じゃなかった。いや、もしかしたら、付き合ってた頃からかも。あいつの好みに合わせてさ、装飾品を着けなくなったり、服だって、あいつ好みのものを着たり、僕だって働いてるのに、家事は全部僕がしてたし。『自由』も『僕らしさ』ってものも、多分無くなってたかな」
「……俺をつくって後悔してる?」
「それはない」
「わぁ。またきっぱり」
「バレットは僕の宝さ。独り立ちした今でもね。まぁ、もう1人の父親がアレってのは、なんだか申し訳ないけどね」
「……父さん」
「ん?」
「ありがと」
「うん」
「年末年始の休みが終わったら、別れるわ。付き合って3年は経つ上に同棲してるのに家族に紹介もしてくれないなんて、あり得ないし。それに、僕は魔術の研究がやりたくて、必死で頑張ってきた。だから、足枷にしかならない男は捨てる」
「それでいいよ。バレット。恋は何度だってできるんだ。生きている限りね」
「父さんは恋してんの?」
「恋はしてないかな」
「そのピアスは自分で買ったやつ?」
「いや。貰ったやつ」
「恋人じゃないの?」
「違うよ。遊び相手」
「……もしや……父さん。『パパ活』やってたり……?」
「……ははっ」
「マッジか!!父さん、『パパ活』やってんの!?」
「いやぁ、ハマっちゃった」
「えー!えぇーー!!うわぁ、予想外過ぎて反応に困るわ」
「いやね、僕って離婚したクソ野郎しか知らなかったんだよ」
「え?マジで?父さん、若い頃は絶対モテてただろ?他に恋人いなかったの?」
「僕は奥手だったし、若い頃は引っ込み思案でね。ぐいぐいこられるとなんか怖くて、いつも断ってた。その結果、あのクソ野郎が僕の初めての相手になった訳」
「へぇー。親のセックス事情は正直聞きたくないけど、あえて聞くよ。あのクソ親父ってどうだったの?」
「最初は痛いだけだったなぁ。慣れるのに時間がかかって。後ろで気持ちよくなれるようになるまでは、セックスが嫌いだった」
「うわぁ……ほんと、何でそんな男と結婚しちゃったのさ」
「愛していたからかなぁ。何故か」
「そんで、今は若い子と楽しんでるの?」
「うん。いやぁ、若いっていいよね。皆、可愛いし。……なんかねぇ、この歳で初めて本当に自由になれた気がするよ。僕の生まれた家は、両親は役所勤めでお堅い家だったから、遊ぶって事自体、殆どしたことが無かったしね。子供の頃は、ずっと勉強ばっかりやってた。本は好きに読ませてくれてたけど、友達と遊びに出かけたりとか、あんまりしたことが無いなぁ」
「……父さんは今の方が幸せ?」
「……どうかな。バレットを育ててる時も、すごく大変ではあったけど、それでも小さな幸せがいっぱいあったからなぁ。お前が少しずつ大きくなっていくのが、本当に嬉しくて、楽しくて。クソ野郎のことはともかく、お前に関することだけは、僕は幸せだったよ」
「……そっか」
「バレット」
「なに」
「自分を抑え込んで、我慢して、苦しい思いをするような相手とは別れなさい。お前が自由でいられる相手と恋をしなさい。その方が、きっと幸せになれる」
「……うん」
「さ。そろそろ寝ようか。明日は1日買い物祭りだよ」
「うん。おやすみ。父さん」
「おやすみ。バレット」
プルートは随分と久しぶりに、バレットを抱きしめて眠った。
------
バレットと2人で数日かけて手分けして買い出しをして、ついでに家の大掃除もして、年越しの日を迎えた。バレットはミーミが近づくとどうしてもくしゃみが出てしまうが、本人は気にしていないし、ミーミもバレットを嫌がる様子がないので、そこは安心している。
バレットは、独立前にプルートが改めて家事を叩き込んだので、きっちり家事の全てができる。バレットが小さな頃から、お手伝いはさせていたが、独立をするならと、就職が決まってから、短期間集中特訓をした。バレットは半泣きでプルートの扱きについてきて、見事に家事を全て習得した。そんなバレットと2人で家事を分担しつつ、新年の祝いのご馳走を2人で作り、のんびりと新年を迎え、プルートはご機嫌に上等なワインを楽しんでいた。バレットは甘い果実酒を飲んでいる。
長時間かけて煮込んでトロトロジューシーな美味しい肉を食べながら、ほろ酔いのバレットが口を開いた。
「ねぇねぇ。父さん」
「んー?」
「父さんはさぁ、子供の頃の夢とかあったの?」
「なんだ?急に」
「いやぁ?ふと思ってさ。父さんってさ、クソ親父を捨てて、第二の人生歩んでるわけじゃん。なんかこう……やりたいこととかないの?『パパ活』で遊ぶ以外で」
「えー……?」
プルートは少し酔いが回った頭でぼんやりと考えた。『パパ活』は本当にすごく楽しい。若い子とのセックスもだが、夢と希望に満ちた未来ある若人の輝きを見るのが楽しい。
プルートはぼんわりと、あることを思い出した。
「……小説家」
「ん?」
「子供の頃、小説家になりたかったんだ。僕」
「じゃあ、なれば?」
「ははっ。なろうと思ってなれるものじゃないよ。僕には文才がない」
「何か書いたことがあるの?」
「ないよ。小学生の頃、憧れてたってだけ」
「何も書いたことがないのに、何で文才が無いって分かるのさ」
「そりゃあ……僕は凡人だからさ。親の言うとおりに勉強して、就職して、働いて。仕事の方はまぁ多少は出世したけど、しがない中間管理職だし。昔は美人だって言われてたけど、今じゃ頭が薄いおじさんだ。特別なものなんて何も持ってない僕が、小説なんて書ける訳がない」
「じゃあ、書いてみてよ」
「バレット?」
「一度、書いてみたらいい。どんなものでもいいから、好きなものを書いてみなよ。『夢』って聞かれて一番初めに思いついたのが小説家なら、きっとそれが父さんにとって、大事な夢だったんだよ。父さんが小学生の頃って、もう何十年も昔の話だろ?それを覚えてるってことは、それだけ大事な夢だったんだよ。父さんにとっては」
「そう……なのかな?」
「そうだよ。父さんはさ、俺が魔術師になりたいって言った時、反対しなかったじゃん。親父は『人並みよりちょっと魔力が多いくらいじゃ無理だ』って、すぐに否定したのに」
「あの発言は本当にクソだよなぁ。今思い返しても。僕は、バレットに自分が望む道を進んで欲しかっただけだよ。お前なら自分で幸せを掴みとれると思ってる。どれだけ辛くても踏ん張れると信じてる。実際、バレットは誰よりも努力をしただろう?高等学校の同級生に魔力の少なさを馬鹿にされても、歯を食いしばって頑張ってた。まぁ、たまに彼氏とはっちゃけてたけど、それも青春の一つだし。結果として、魔術研究所に勤める魔術師になった。お前はお前の力で自分の夢を勝ち取って、今も前に進み続けている。……僕にはお前が眩しいくらいだ。バレット。お前は僕の宝物で、僕の誇りだよ」
「……ありがと。父さん。……父さんがさ、すごい応援してくれたし、いっぱい色んな面で手助けしてくれたから、今の俺があるんだ。だからさ、なんていうか、今度は俺が父さんが父さんらしく生きられる手助けがしたいんだよ」
「バレット……」
「やりたいことをやるのに、夢を追いかけるのに、年齢なんて関係ないだろ?だからさ、父さん。父さんはもう自由なんだから、好きなことを好きなようにやりなよ」
「……うん」
「小説、書けたら読ませてよ。2人目の読者になってあげるからさ」
「2人目?1人目は?」
「そりゃあ、書いた本人の父さんでしょ。難しいことなんてないよ。多分。一番最初の読者である父さんが楽しいものを書いたらいいだけだよ。きっと」
「なるほど……バレット」
「ん?」
「やっぱり僕はお前を誇りに思うよ」
「……へへっ」
バレットが照れたように笑って、果実酒が半分残っているグラスを差し出してきた。プルートは笑みを浮かべて、ワイングラスをカチンと軽くバレットのグラスにぶつけた。
バレットの言うように、プルートはもう本当に『自由』だ。何をしたって、誰もプルートのことを否定して抑えつけたりしない。
今にして思えば、ずっと大部分を誰かの意思に従って生きてきた。子供の頃は親の意思、アーサムと付き合い始めてからはアーサムの意思に。自分自身がどうしてもやりたいことを探すことさえ、プルートはしてこなかった。今までしてこなかったのなら、これからしていけばいい。バレットが言った通り、プルートにとっての最初の夢が小説家になることだったのなら、まずは小説を書いてみよう。たとえ、出版できるようなものが書けなくても、自分が楽しめれば、それでいい。小説を書いてみて、自分の中で、何かが違うと思えば、別の何かを探せばいい。今のプルートには、それができる。
プルートは、大きく立派になったバレットを眩しく見つめた。生まれた頃はあんなに小さくて頼りなかったのに、今ではプルートのこれからの人生の手助けをしてくれようとしている。
プルートはどうしようもなく嬉しくて、ワイングラスを持ったまま、ローテーブルの上に身を乗り出して、バレットを抱きしめた。
「バレット」
「うん」
「ありがとう」
「うん」
ご馳走をたらふく食べて、美味しいお酒を飲み終えたら、早速何か書いてみよう。紙とペンさえあればいい。あとは、プルートが楽しいことを考えて、それを書いていけばいい。
プルートはバレットの頬にキスをして、ワクワクする心のままに声を上げて笑った。
息子のバレットが大荷物を持って、突然プルートの家にやって来た。プルートは突然やって来たバレットに驚きながらも、バレットを家の中に入れた。
ミーミの姿を見ると、バレットがぶえっくしょんと大きなくしゃみをした。バレットは猫アレルギーの気がある。猫に接触すると、くしゃみが出る。
プルートはバレットと自分の分のお茶を淹れ、念の為買っておいていた折りたたみ式の椅子に座った。バレットは一人用のソファーに座り、ずずっと鼻を啜った。
「バレット。来てくれたのは嬉しいけど、どうしたんだ?急に」
「彼氏が今日から実家に帰ったんだよ。俺も連れて行ってって言ったけど、駄目だって。まだ早いからってさ」
「はぁ!?」
「1人で年末年始過ごすの嫌だし、父さんのとこで過ごそうと思って。そこのにゃんこ以外で同居人はいるの?」
「いないよ。ミーミだけ」
「親父の方はもう再婚してるし。クソ親父の所には行きたくないから、悪いけど年末年始の休みの間だけ泊めて」
「あぁ。あいつ再婚したんだ。ふーん。まぁいいよ。どうせ僕も1人で家に篭もる予定だったし。明日から冬籠り用の買い出しをするから、手伝ってよ」
「うん。勿論。既に買い込んでた分は全部持ってきた」
「お。助かるよ。何があるか確認していい?」
「うん。父さんのことだから、買い物リストを作ってるだろ?リスト見ながら、買うものを改めて決めようよ」
「うん。あ、ベッドが一つしかないんだけど」
「一緒に寝るからいいよ。俺は気にしない」
「じゃあ、いいか。僕も別に構わないし」
プルートはお茶を飲み終えると、早速バレットが持ってきた大量の荷物を出して、既に作ってあった買い物リストを見ながら、バレットと2人で買い物リストの修正を行った。
風呂に入ってから、一緒にベッドに上がって布団に潜り込むと、バレットが子供の頃のように、プルートにくっついてきた。
「父さん。ピアス開けたんだ。いいね。似合ってる」
「ありがとう。気に入ってるんだ」
「ふーん。……父さん。俺、キリートと別れるかも」
「なんで?あんなに熱を上げてただろう?」
「同棲し始めてさ、めちゃくちゃ喧嘩が増えてきてんの。キリートは料理人じゃん?わざわざ魔術研究所の食堂に転職してくれたけどさ、食堂勤務は長生き手続き対象外じゃない。俺はやっと好きな魔術研究ができるようになって。俺がやりたいと思ってることは、多分、長生き手続きをしないとできないことなんだよ。それに、今回の事もそうだけど、キリートとどんどん意見が合わなくなってきて。俺さ、結婚も考えてたんだよ。でも、なんかね、時間が経つにつれ、どんどん気持ちが冷めていくんだ。……なんか最近、キリートといるとしんどい」
「うん。別れろ」
「わぁ。きっぱり」
「お前の事だから、どうせⅠ人で我慢して溜めこんで、溜め込みきれなくなって爆発させてたんだろ?そんな男とは別れなさい。お前が苦しい思いをするだけだぞ」
「……そうかな」
「そうだよ。1人で我慢しちゃうのは僕に似ちゃったのかねぇ。……僕はさ、あのクソ野郎と結婚してから、ずっと『自由』じゃなかった。いや、もしかしたら、付き合ってた頃からかも。あいつの好みに合わせてさ、装飾品を着けなくなったり、服だって、あいつ好みのものを着たり、僕だって働いてるのに、家事は全部僕がしてたし。『自由』も『僕らしさ』ってものも、多分無くなってたかな」
「……俺をつくって後悔してる?」
「それはない」
「わぁ。またきっぱり」
「バレットは僕の宝さ。独り立ちした今でもね。まぁ、もう1人の父親がアレってのは、なんだか申し訳ないけどね」
「……父さん」
「ん?」
「ありがと」
「うん」
「年末年始の休みが終わったら、別れるわ。付き合って3年は経つ上に同棲してるのに家族に紹介もしてくれないなんて、あり得ないし。それに、僕は魔術の研究がやりたくて、必死で頑張ってきた。だから、足枷にしかならない男は捨てる」
「それでいいよ。バレット。恋は何度だってできるんだ。生きている限りね」
「父さんは恋してんの?」
「恋はしてないかな」
「そのピアスは自分で買ったやつ?」
「いや。貰ったやつ」
「恋人じゃないの?」
「違うよ。遊び相手」
「……もしや……父さん。『パパ活』やってたり……?」
「……ははっ」
「マッジか!!父さん、『パパ活』やってんの!?」
「いやぁ、ハマっちゃった」
「えー!えぇーー!!うわぁ、予想外過ぎて反応に困るわ」
「いやね、僕って離婚したクソ野郎しか知らなかったんだよ」
「え?マジで?父さん、若い頃は絶対モテてただろ?他に恋人いなかったの?」
「僕は奥手だったし、若い頃は引っ込み思案でね。ぐいぐいこられるとなんか怖くて、いつも断ってた。その結果、あのクソ野郎が僕の初めての相手になった訳」
「へぇー。親のセックス事情は正直聞きたくないけど、あえて聞くよ。あのクソ親父ってどうだったの?」
「最初は痛いだけだったなぁ。慣れるのに時間がかかって。後ろで気持ちよくなれるようになるまでは、セックスが嫌いだった」
「うわぁ……ほんと、何でそんな男と結婚しちゃったのさ」
「愛していたからかなぁ。何故か」
「そんで、今は若い子と楽しんでるの?」
「うん。いやぁ、若いっていいよね。皆、可愛いし。……なんかねぇ、この歳で初めて本当に自由になれた気がするよ。僕の生まれた家は、両親は役所勤めでお堅い家だったから、遊ぶって事自体、殆どしたことが無かったしね。子供の頃は、ずっと勉強ばっかりやってた。本は好きに読ませてくれてたけど、友達と遊びに出かけたりとか、あんまりしたことが無いなぁ」
「……父さんは今の方が幸せ?」
「……どうかな。バレットを育ててる時も、すごく大変ではあったけど、それでも小さな幸せがいっぱいあったからなぁ。お前が少しずつ大きくなっていくのが、本当に嬉しくて、楽しくて。クソ野郎のことはともかく、お前に関することだけは、僕は幸せだったよ」
「……そっか」
「バレット」
「なに」
「自分を抑え込んで、我慢して、苦しい思いをするような相手とは別れなさい。お前が自由でいられる相手と恋をしなさい。その方が、きっと幸せになれる」
「……うん」
「さ。そろそろ寝ようか。明日は1日買い物祭りだよ」
「うん。おやすみ。父さん」
「おやすみ。バレット」
プルートは随分と久しぶりに、バレットを抱きしめて眠った。
------
バレットと2人で数日かけて手分けして買い出しをして、ついでに家の大掃除もして、年越しの日を迎えた。バレットはミーミが近づくとどうしてもくしゃみが出てしまうが、本人は気にしていないし、ミーミもバレットを嫌がる様子がないので、そこは安心している。
バレットは、独立前にプルートが改めて家事を叩き込んだので、きっちり家事の全てができる。バレットが小さな頃から、お手伝いはさせていたが、独立をするならと、就職が決まってから、短期間集中特訓をした。バレットは半泣きでプルートの扱きについてきて、見事に家事を全て習得した。そんなバレットと2人で家事を分担しつつ、新年の祝いのご馳走を2人で作り、のんびりと新年を迎え、プルートはご機嫌に上等なワインを楽しんでいた。バレットは甘い果実酒を飲んでいる。
長時間かけて煮込んでトロトロジューシーな美味しい肉を食べながら、ほろ酔いのバレットが口を開いた。
「ねぇねぇ。父さん」
「んー?」
「父さんはさぁ、子供の頃の夢とかあったの?」
「なんだ?急に」
「いやぁ?ふと思ってさ。父さんってさ、クソ親父を捨てて、第二の人生歩んでるわけじゃん。なんかこう……やりたいこととかないの?『パパ活』で遊ぶ以外で」
「えー……?」
プルートは少し酔いが回った頭でぼんやりと考えた。『パパ活』は本当にすごく楽しい。若い子とのセックスもだが、夢と希望に満ちた未来ある若人の輝きを見るのが楽しい。
プルートはぼんわりと、あることを思い出した。
「……小説家」
「ん?」
「子供の頃、小説家になりたかったんだ。僕」
「じゃあ、なれば?」
「ははっ。なろうと思ってなれるものじゃないよ。僕には文才がない」
「何か書いたことがあるの?」
「ないよ。小学生の頃、憧れてたってだけ」
「何も書いたことがないのに、何で文才が無いって分かるのさ」
「そりゃあ……僕は凡人だからさ。親の言うとおりに勉強して、就職して、働いて。仕事の方はまぁ多少は出世したけど、しがない中間管理職だし。昔は美人だって言われてたけど、今じゃ頭が薄いおじさんだ。特別なものなんて何も持ってない僕が、小説なんて書ける訳がない」
「じゃあ、書いてみてよ」
「バレット?」
「一度、書いてみたらいい。どんなものでもいいから、好きなものを書いてみなよ。『夢』って聞かれて一番初めに思いついたのが小説家なら、きっとそれが父さんにとって、大事な夢だったんだよ。父さんが小学生の頃って、もう何十年も昔の話だろ?それを覚えてるってことは、それだけ大事な夢だったんだよ。父さんにとっては」
「そう……なのかな?」
「そうだよ。父さんはさ、俺が魔術師になりたいって言った時、反対しなかったじゃん。親父は『人並みよりちょっと魔力が多いくらいじゃ無理だ』って、すぐに否定したのに」
「あの発言は本当にクソだよなぁ。今思い返しても。僕は、バレットに自分が望む道を進んで欲しかっただけだよ。お前なら自分で幸せを掴みとれると思ってる。どれだけ辛くても踏ん張れると信じてる。実際、バレットは誰よりも努力をしただろう?高等学校の同級生に魔力の少なさを馬鹿にされても、歯を食いしばって頑張ってた。まぁ、たまに彼氏とはっちゃけてたけど、それも青春の一つだし。結果として、魔術研究所に勤める魔術師になった。お前はお前の力で自分の夢を勝ち取って、今も前に進み続けている。……僕にはお前が眩しいくらいだ。バレット。お前は僕の宝物で、僕の誇りだよ」
「……ありがと。父さん。……父さんがさ、すごい応援してくれたし、いっぱい色んな面で手助けしてくれたから、今の俺があるんだ。だからさ、なんていうか、今度は俺が父さんが父さんらしく生きられる手助けがしたいんだよ」
「バレット……」
「やりたいことをやるのに、夢を追いかけるのに、年齢なんて関係ないだろ?だからさ、父さん。父さんはもう自由なんだから、好きなことを好きなようにやりなよ」
「……うん」
「小説、書けたら読ませてよ。2人目の読者になってあげるからさ」
「2人目?1人目は?」
「そりゃあ、書いた本人の父さんでしょ。難しいことなんてないよ。多分。一番最初の読者である父さんが楽しいものを書いたらいいだけだよ。きっと」
「なるほど……バレット」
「ん?」
「やっぱり僕はお前を誇りに思うよ」
「……へへっ」
バレットが照れたように笑って、果実酒が半分残っているグラスを差し出してきた。プルートは笑みを浮かべて、ワイングラスをカチンと軽くバレットのグラスにぶつけた。
バレットの言うように、プルートはもう本当に『自由』だ。何をしたって、誰もプルートのことを否定して抑えつけたりしない。
今にして思えば、ずっと大部分を誰かの意思に従って生きてきた。子供の頃は親の意思、アーサムと付き合い始めてからはアーサムの意思に。自分自身がどうしてもやりたいことを探すことさえ、プルートはしてこなかった。今までしてこなかったのなら、これからしていけばいい。バレットが言った通り、プルートにとっての最初の夢が小説家になることだったのなら、まずは小説を書いてみよう。たとえ、出版できるようなものが書けなくても、自分が楽しめれば、それでいい。小説を書いてみて、自分の中で、何かが違うと思えば、別の何かを探せばいい。今のプルートには、それができる。
プルートは、大きく立派になったバレットを眩しく見つめた。生まれた頃はあんなに小さくて頼りなかったのに、今ではプルートのこれからの人生の手助けをしてくれようとしている。
プルートはどうしようもなく嬉しくて、ワイングラスを持ったまま、ローテーブルの上に身を乗り出して、バレットを抱きしめた。
「バレット」
「うん」
「ありがとう」
「うん」
ご馳走をたらふく食べて、美味しいお酒を飲み終えたら、早速何か書いてみよう。紙とペンさえあればいい。あとは、プルートが楽しいことを考えて、それを書いていけばいい。
プルートはバレットの頬にキスをして、ワクワクする心のままに声を上げて笑った。
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