離婚したからパパ活しちゃうおっさんのお話

丸井まー(旧:まー)

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9:本当の『自由』へ(サリオ)

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プルートはサリオと手を繋いで、連れ込み宿を出た。結局、朝が近くなる時間まで、だらだらと2人で遊んでいた。おじさんに徹夜はキツいのである。サリオと2人揃って欠伸を連発しながら、サリオの提案で、花街を出て、中央広場へと向かった。

中央広場には、早朝にも関わらず、多くの屋台が軒を連ねていた。早朝から昼前まで営業する朝食向けの屋台がある。ちゃんと食べるスペースもあるから、プルートも独身の時は、此処で朝食を食べてから、仕事に行ったりしていた。
サリオが眠そうな顔で、プルートの手を引いた。


「俺、トマト粥買ってくる。おじさんは何食べる?」

「僕も粥がいいなぁ。卵粥かな。屋台で食べるのって、独身時代以来だなぁ。懐かしい」

「ん?おじさん、結婚してるの?」

「いや。春頃に離婚した」

「あ、なんだ。他人のものに手を出しちゃったのかと思った」

「今は独身だよ。恋人もいないし。『パパ活』して遊んでるだけ」

「ふーん」


粥を売っている屋台に行き、木の器に注がれた粥を受け取り、食べる専用スペースへと移動する。独身時代にいつも食べていた優しい味わいの卵粥が、美味しくて、懐かしい。あの頃はまだ、プルートは自由だった。今も自由になっているが。好きなものを食べ、好きなことをして、仕事を頑張って、毎日が大変でも、充実した日々を送っていた。それが、結婚した途端、変わった。最初のうちは家事を分担してやっていたが、そのうち元旦那は疲れているからと何もやらなくなった。セックスはする癖に。見かねたプルートが代わりにやったのが悪かったのだろう。1年もしないうちに、家事はプルートが全部やるようになっていた。子供が生まれてからもずっとそうで、プルートの自由な時間は殆ど無かった。
懐かしい卵粥の味に、なんとなく昔のことや以前の暮らしの事を思い出していると、先に食べ終えたサリオが珈琲を買ってきてくれていた。


「ありがとう。サリー」

「いーえ。ついでに揚げ砂糖も買ってきたけど、いる?」

「いただくよ。ふふっ。揚げ砂糖も随分と久しぶりに食べるなぁ。息子が小さかった頃以来かも」


プルートは笑みを浮かべて、揚げ砂糖という揚げ菓子をサリオから一つ貰い、食べた。揚げ砂糖は丸いドーナツみたいな揚げ菓子で、砂糖がまぶしてあり、しっかり甘い。珈琲ととてもよく合う。
懐かしくて美味しい朝食を食べた後、一度プルートの家に行きたいとサリオに言った。ミーミを仲良しの老夫婦の家に預けに行く為だ。
サリオはきょとんとした後、小首を傾げて少し考え、ニッと笑って口を開いた。


「それなら、ミーミも一緒にデートすればよくない?俺も猫大好きだし。猫と一緒に入れる喫茶店とか知ってるよ。俺」

「え?猫ちゃんと一緒に入れる喫茶店なんてあるのかい?」

「あるよ。猫だけじゃなくて犬とか、ペットと一緒にご飯を食べられる喫茶店があるんだ。ちゃんと動物用のメニューもあるし」

「是非とも教えていただきたい」

「あはは。おじさん、目がガチ過ぎ。じゃあ、おじさんの家に行こう。あと、ついでにちょっと寝かせて。満腹になったら、めちゃくちゃ眠い」

「僕も眠い。徹夜がキツい歳なんだよねぇ」

「どんまい。おじさん」


プルートはサリオと手を繋いで、自宅へと帰った。プルートが家に帰ると、ミーミはまだ眠っていた。寝るのが好きな子なのである。ミーミのご飯を急いで準備すると、ご飯の匂いにつられてか、ミーミが起きた。
プルートはミーミにサリオを紹介した。人懐っこい子なので、ミーミは挨拶するように、サリオに向かって、みゃあと泣き、その後でご飯を食べ始めた。
サリオがミーミを眺めながら、小さく笑った。


「可愛い。まだ子猫?」

「うん。もう半年もすれば大人になるけど、元々身体が小さい種類の猫ちゃんだから、そんなに大きくはならないよ」

「毛色が可愛いね。薄い赤茶色で」

「だろう?うちのミーミは可愛いんだよ」

「あははっ!親馬鹿だね。まぁでも、実際すっごく可愛い。……俺の家も昔猫を飼ってたんだよね。白に茶色のブチ猫で、ミーミ程美人さんじゃなかったけど、愛嬌があって可愛かった。鳴き声がおっさんみたいでさ。『ぶにぁっ』ってすっごい野太い声出してたんだよね。一昨年、老衰で死んじゃったけど」

「大好きだったんだね。その子の事」

「うん。俺の兄弟みたいなもんで、俺の初めての友達だった。いつも一緒に寝てたもん」

「そっか……名前は?」

「ブーサ。顔が不細工だからって、親父が勝手につけたんだ。酷くない?」

「わぁ。そりゃ酷いな」

「でもブーサ本人は気に入っちゃって、他の名前を呼んでも反応しないんだ。結局ブーサになったよ」

「ははっ。……ブーサは幸せに逝ったんだろうね。君みたいな優しい家族がいて」

「そうだといいなぁ」

「きっとそうだよ」

「うん」


ミーミがご飯を食べ終え、毛づくろいを始めると、プルートは手早く後片付けをして、寝室にミーミと遊んでいるサリオを誘って、2人と1匹でベッドに上がった。サリオは横になるなり、すとんと寝落ちた。サリオの寝顔は少し幼く見えて、なんだか可愛かった。プルートはミーミを撫でてから、自分も寝るべく、静かに目を閉じた。

昼前に起きて、身支度を整えたら、ミーミも連れて家を出た。ミーミはいつもの定位置であるプルートの肩の上だ。サリオの案内で、ペットと一緒に食事ができるという喫茶店を目指す。


「おじさん。ご飯食べたら、本屋に行っていい?取り寄せしてた図鑑を引き取りに行きたいんだよね」

「いいよ。僕も冬籠り用の本を買いたい」

「おじさんも冬籠り派?」

「勿論。年明け数日の街なんて、人が多過ぎて、出かける気も起きないよ」

「あははっ!だよねぇ」


中央の街は、聖地神殿の丘の麓にある。神から遣わされた土の神子がいるという聖地神殿を詣でる為に、年末年始は観光客が押し寄せる。観光客向け以外の店は、年明け7日まではどこも店を閉めるので、中央の街の住人は、買いだめをして、人が多過ぎる年明け7日間を家に篭って過ごす者が多い。年末年始は家族で過ごすのが一般的だ。そういえば、息子のバレットは今年はどうするのだろうか。彼氏と同棲中だから、多分彼氏と過ごすのだろう。1人で過ごす年末年始は随分と久しぶりだ。ミーミがいるから寂しくないし、久方ぶりにのんびり過ごせる気がする。

ペットも一緒で大丈夫な喫茶店で食事を取ると、ミーミを肩に乗せ、サリオと手を繋いで、今度は本屋へと向かった。
年末年始用にと、プルートも本を10冊近く買い、取り寄せをしていた図鑑を買ったサリオと一緒に本屋を出る。サリオは上機嫌で、図鑑が入った紙袋を両手で抱きしめている。


「これ、ずっと欲しかったんだ。やっと手に入った!」

「図鑑のようだけど、なんの図鑑?」

「色んな紋様や模様の図鑑。装飾品を作るのに使うんだ。家にはあるけど、親父のだし、自分専用のが欲しかったんだ。親父はケチだから、滅多に見せてくれないし」

「そうなんだ。もしかして、それが欲しくて『パパ活』やってるのかい?」

「それもある。聞いて驚け。これ1冊20万ちょい」

「たっか!!え?図鑑なのに?」

「絶版してるし、そもそも出版数が少なくて、出回ってる冊数がガチでめちゃめちゃ少ないんだよ。これも古本だよ。あそこの本屋、古本も扱ってるから。1年待ちで、やっと入荷したんだ」

「あー。なるほど。希少本なんだ」

「そう!昨日の夜の分のお金を先に貰ったのも、これが早く買いたかったから。ふふっ。これでいっぱい面白いのが作れそう」

「装飾品を作るのが大好きなんだね」

「うん。『パパ活』の時は基本的に外してるけど、普段はピアスじゃらじゃら着けてるよ」

「へぇ。いや、耳にいっぱい穴があるから、ピアス着けるんだろうなぁとは思ってたけど。全部で何個開いてるの?」

「15」

「多いな!?そんなに着けて、耳が重くならないのかい?」

「えー。慣れかなぁ。別に気にしたことないし」

「ふーん。ちなみに、君の作品って売ってる?」

「まぁ、一応。親父の合格点が出たやつだけだけどね」

「見たい」

「えー。まだそんなに上手くないんだよ。俺」

「上手い下手ってよく分からないけど、今の君にしか作れないものもあるだろう?きっとこれから、君の感性も技術もどんどん磨かれていく。今の君じゃなきゃ作れないものもあると思うんだ。それが見てみたいんだけど、駄目かな?」


プルートの言葉に、サリオがきょとんとした後、照れ臭そうな顔で自分の頭をガシガシ掻いて、ニッと笑った。


「そんなこと初めて言われた。うちの商品を卸してる店と、うちの工房、どっちがいい?うちの工房だと、もれなく親父がいるけど」

「お父さんって何歳?」

「42」

「わぁ。同い年だぁ。……うん。かなり見てみたいけど、工房は諦めるよ。お父さんと鉢合わせしたら気まずいどころじゃないからね」

「そんなもん?」

「うん。お店の方に案内してくれる?」

「いいよ」


はにかんだ笑顔で、サリオがプルートの手を握った。サリオが作った装飾品を売っている店は、こぢんまりとした上品な雰囲気の装飾品店だった。主に上流階級向けの店らしい。
サリオの作品は、とてもシンプルなデザインの、淡いピンク色の宝石がついたピアスだった。素人目にも、シンプルなデザインであるが故に宝石の魅力が引き立つ、とても美しいものだと分かる。ほぁーと、プルートはピアスを眺めながら、感嘆の溜め息を吐いた。


「すごいね。本当に美しい。サリーの手には魔法でもかかってるのかい?」

「あははっ!何それ。そんなんじゃないよ。これは今のところの俺の一番の自信作。親父も一発で合格くれたんだ」

「いや本当にすごいよ。語彙力が無くて申し訳ないんだけど、本当にすごくキレイだ」

「へへっ。ありがと。……あ、ねぇ。おじさん」

「ん?」

「うちの家にちょっと来ない?うちは工房と家が別の場所にあるんだよね。今の時間なら、親父もいないだろうし」

「いいの?僕が行っても」

「むしろ来て欲しいかな」

「じゃあ、お邪魔させてもらうよ」


プルートはご機嫌なサリオと装飾品店を出ると、サリオの案内で、下町と呼ばれる地区に向かった。下町は職人街と呼ばれる地区のすぐ側にある。職人や職人の卵が多く住んでいる地区だ。
サリオの家は、少し古ぼけた集合住宅の1階だった。父親と二人暮らしだというサリオの家は、まぁ中々に散らかっていた。プルートはキレイ好きだから、いつでも家の中はキレイな状態を保つようにしているが、男の二人暮らしなんて、普通こんなもんだろうというような散らかり具合だった。

通されたサリオの部屋も、ごちゃごちゃと散らかり放題だった。サリオに勧められてプルートがベッドに腰掛けると、サリオがいくつも積んである木の箱の中から何かを探し始めた。4つ目の箱の中に目当てのものが入っていたのか、サリオが『見つけたー!』と大きく叫んで、いそいそとプルートのすぐ隣に座った。
サリオがプルートの右腕を掴み、ブレスレットを着けた。細い金色のブレスレットは、繊細な細かい模様が施されている。


「サリー?」

「あ、やっぱり。おじさんに似合うね。あげるよ。それ」

「はいっ!?えっと、これ、もしかして金だったりしないよね?」

「金だよ?」

「そんな高価なもの貰えないよ!?」

「貰ってよ。それ、親父には不合格くらったけど、俺のお気に入りなやつなんだ。どうせ売り物にはできないし、おじさんに似合うから貰って」

「うーー……そういうことなら、ありがたく貰います。……すごくキレイだね。何で売り物にできないのか分かんないんだけど」

「彫りが甘いって親父に言われたんだよねー」

「めちゃめちゃ細かい彫りなんだけど」

「親父から見ても、まぁぶっちゃけ俺から見ても、まだまだなんだよね」

「えぇ……」

「でも、模様はすごく気に入っててさ。親父からは模様もダメ出しされたけど」

「こんなにキレイなのに?」

「うちが卸してる店は、上流階級向けだからさ。こういう模様は受けないのよ」

「はぁー。なるほど。サリー。ありがとう。大切にするよ。……ふふっ。ブレスレットなんて、数十年ぶりかも。若い頃には着けたりしてたけど」

「最近は着けてないの?」

「うーん。別れた旦那と付き合い始めてから着けなくなったなぁ。元旦那が好きじゃなかったんだよね。『チャラチャラしてて、なんか嫌』って」

「おじさん。そいつと別れて正解。つーか、何でそんな男と結婚したのさ」

「……好きだったからかなぁ。その時は」

「そんなもん?」

「そんなもん。まっ、別れて正解ってのは、僕も思ってるけどね」


プルートはへらっと笑って、ブレスレットが着いた右腕を目の前に持ち上げ、じっくりと金色に光るブレスレットを眺め、ゆるく口角を上げた。本当にキレイなブレスレットだ。自分に似あっているかは分からないが、随分と久しぶりに着ける装飾品にテンションが上がる。
あっ、と隣に座るサリオが声を上げた。プルートがサリオの方を見ると、サリオがにまっと笑った。


「ついでに、ピアスデビューしちゃう?離婚記念に」

「あっは!いいね!でも、僕にピアスは似合うかな」

「似合うものを見繕うに決まってるだろ。ちょっと待ってて。初めてのピアスは重くない方がいいから、良さげなのを探してみる」

「うん」

「穴を開ける専用の針はあるから、俺が開けてあげるよ」

「よろしく。あんまり痛くしないでもらえると嬉しいな」

「耳朶はそんなに痛くないよ。軟骨の辺りはくっそ痛いけど」

「そうなんだ」


プルートは生まれて初めて耳朶に穴を開け、ピアスを着けた。サリオが選んでくれたピアスは、小さな淡い緑色の宝石がついたものだった。『おじさんのイメージに合う色を選んだよ』と、サリオが笑っていた。

プルートはサリオと連絡先を交換して、何度か戯れるようなキスをしてから、サリオと別れて、ミーミを肩に乗せて自宅へと帰った。

間違いなく、プルートが払った『パパ活』の代金よりも、サリオに貰ったものの値段の方が高い。ブレスレットもピアスも売り物にならないやつだからと、タダで貰ってしまった。
プルートは初めてのピアスと、久しぶりのブレスレットに、とてもテンションが上がっていた。誰かに見せびらかしたい気分だ。
プルートは帰り道にあったケーキ屋でケーキを買うと、仲良しの老夫婦の家に行き、二人にピアスとブレスレットを見せた。2人とも、『よく似合ってる』と褒めてくれた。
プルートは嬉しくて、その日の夜は、なんだかそわそわして、中々寝つけなかった。
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