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1:疲れた中年男の離婚
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プルート・ビーバーは大きな溜め息を吐いた。
またである。伴侶であるアーサムは、仕事の時はどうかは知らないが、家ではだらしなく、洗濯に出す服はシャツもズボンもパンツも靴下も全部裏返しのままで、なんならズボンや靴下は中途半端に丸まったままだ。アーサムと結婚をして、今年で24年目である。アーサムのだらしなさに慣れてはいるが、何年経ってもイラッとするものはイラッとする。定期的に水虫になる為、アーサムの靴下は基本的に臭い。洗濯していないアーサムの靴下は正直触りたくないが、裏返って丸まったまま洗濯をするのは嫌だ。今日もプルートはアーサムの臭い靴下を含めた全ての服を全部表に変えてから、魔導洗濯機に突っ込んだ。アーサムの靴下を触ったら、即座に手を石鹸でしつこいくらい洗う。アーサムの水虫がうつったら本気で嫌だ。
1度目の洗濯をしていると、今年で17歳になる一人息子のバレットが欠伸をしながらシーツを丸めて持ってきた。パンツすら穿いておらず、身体の所々にキスマークがついている。昨夜、彼氏が来ていたようで、夜中にギシギシあんあん煩かった。息子の喘ぎ声なんて正直聞きたくないが、今はアーサムと寝室を分けており、プルートが使っている部屋はバレットの部屋の隣なので、どうしても聞きたくない音がバッチリ聞こえてくる。
「おはよー。父さん。これもお願い」
「……バレット。服を着ろ。あと頼むから防音結界を張ってくれ」
「面倒じゃん」
「じゃあ彼氏の家でヤれ。独り暮らししてるんだろ」
「あいつの家、安い集合住宅だから壁薄いんだよね」
「僕の部屋が隣なんだから、うちでヤっても一緒だろ」
「まぁ、いいじゃん。俺は別に気にしないし」
「少しは気にしろ」
「シーツよろしくー。風呂入ってくる。今日、学校だし」
「…………はぁ……」
プルートは大きな溜め息を吐いて、風呂場に消えるバレットを見送った。
プルートは、土の宗主国サンガレア領の通称・中央の街で暮らしている。
中央の街は、土の神から遣わされるという異世界から訪れる土の神子を戴く聖地神殿がある丘の麓にある、サンガレア領で1番大きな街だ。
この世は男女比が平等ではなく、6:4で男の方が多い。当然溢れる男が出てくるので、土の宗主国では複婚や同性婚が認められている。王都とサンガレアには男同士で子供をつくることができる施設があり、特にサンガレアは同性愛に寛容な土地柄なので、男同士の恋人達や男夫婦が多い。他の領地では、自然に子供ができない男夫婦は忌避され、白眼視されることの方が多い。
神の恩恵が色濃い土の宗主国の王族は500年、神子は1000年の時を生きる。故に、王族に仕える者やサンガレアの公的機関に勤める者は通称・長生き手続きと呼ばれるものを受けることができる。長生き手続きを行うと、神殿にて神より祝福を受け、その時点から肉体が老化することなく生き続けることができるようになる。手続きを放棄すると、そこから普通に肉体が歳をとっていく。
プルートは街の役所で働いている。伴侶であるアーサムは領軍で働く軍人だ。2人の出会いは、所謂合コンというやつで、役所と領軍合同の男専門だけが参加できるというパーティーで知り合った。
プルートは、当時は淡い茶色の髪と瞳をした儚げ美人だと言われていた。今は頭髪が儚げになってきているが。アーサムは濃い茶髪と明るい色合いの茶目で、筋肉ムキムキの快活な男前だった。今では微妙に下っ腹が出てるが。
2人はパーティーで知り合い、何度かデートをして、アーサムから告白されて恋人になり、その3年後に結婚をした。5年程2人だけの暮らしを楽しんだ後、長生き手続きをやめ、子供をつくった。
プルートは長生き手続きをしていた時期も含めたら、役所で働いてもう60年は過ぎている。25歳の時に長生き手続きをしたので、今の肉体年齢は42歳になる。40を越えた頃から、じわじわと前髪が後退し始めた悩める中年の男になった。
バレットが生まれてからは本当に怒涛の日々だった。プルートもアーサムも長生き手続きをしている身内はおらず、数少ない身内は皆高齢で、子育てでは頼れなかった。アーサムはバレットが生まれた少し前に出世した事もあり、育児休暇を取ることができず、結局、プルートが1人で育児休暇を取り、1人で子育てをした。初めての子育てで身近に頼れる相手がおらず、領地が行っている子育てサポートを利用しまくっていたが、それでも大変だった。バレットが3歳になると、バレットを保育所へ通わせ、自分も復職した。専業主夫は自分には向いていないと、育児休暇中に思ったからだ。ずーっと休みらしい休みがないのだ。息をつく間がないのだ。家事と育児に休みなどない。
アーサムは仕事が忙しくて疲れているからと、殆ど家事も育児も手伝わなかった。何度、捨ててやろうかと思ったことか。子供を望んだのは、アーサムも一緒だったのに。バレットが片親になるのは可哀想だと思って、プルートは、ぐっと我慢をしていた。必死で慣れない子育てを頑張っていたプルートに、やれ家の中が汚いだの、やれ今夜はこのおかずの気分じゃないだのと、文句ばかりを垂れ流していたアーサムに、今はもう欠片も愛情なんて抱いていない。
寝室は、バレットが3歳くらいまでよく夜泣きしていたから分けるようになった。セックスなんて、もう10年くらいしていない。バレットは可愛い可愛い我が子だが、最近はお年頃になり、プルートの悩みは色々と尽きない。
洗濯物を干したら、急いで仕事に行く準備をしなくてはいけない。バレットが大きくなって手がかからなくなったが、それでも毎日が朝から晩までバタバタで、中々のんびりすることもできない。
プルートは、日々の生活に疲れていた。
疲れた中年であるプルートの癒やしの時間は、仕事の昼休み時間だけだ。役所の中庭に住んでいる猫ちゃんと仲良しになり、ミーミと名付けた猫ちゃんと一緒に弁当を食べるのが日課になっている。ミーミには、ちゃんと猫用のご飯を用意してきている。本当は家に連れて帰りたいが、バレットが猫アレルギーの気があるので無理だ。ミーミを定期的に病院に連れていき、予防接種等はしている。プルートが自費で。上司にも許可を得た上で、役所の中庭でミーミは暮らしている。同じ猫ちゃん大好き仲間がミーミの小さな家を手作りしてくれたので、ミーミもそれなりに快適に暮らせているようである。
プルートはミーミと並んで、中庭に植えられている芝生の上に座って弁当を食べきると、ミーミに声をかけて、ミーミの許可を得てから、ミーミを抱き上げ、ミーミのふわふわの毛が生えた腹に顔を埋めた。すーはーすーはーと深呼吸をして、ミーミを吸えば、なんだかストレスとか不満とか鬱憤とかが、すぅっと軽くなっていく気がする。
プルートは満足気に溜め息を吐き、ミーミにお礼を言ってから、丁寧にミーミの身体をブラッシングした。
これで帰宅後の怒涛の家事も頑張れそうだ。今日はバレットの彼氏が来ないといい。息子のギシギシあんあんは聞きたくない。
セックスしたいのは、プルートだって一緒なのだ。どうしても子育てを優先せざるを得なくて、毎日とても疲れていて、アーサムに誘われた時に、疲れてるからまた今度で、と断ってから、夜のお誘いが一切無くなった。アーサムはたまに花街の娼舘に行って遊んでいる。仕事の付き合いだと言っているが、絶対に嘘である。そういうところも腹立たしいし、何故未だに離婚していないか、自分で自分が不思議である。
バレットも来年には高等学校を卒業して就職する。バレットが独り立ちしたら、絶対に離婚する。こんな生活もう嫌だ。1人のほうが余程気楽で、毎日を楽しく過ごせる気がする。猫ちゃんだって飼えるし、好きな本をゆっくり読んだりできるし、くっさい靴下を洗わなくて済むようになる。頑張って作った食事にねちねち文句を言われなくてもよくなる。あと1年だ。あと1年だけ頑張ろう。
プルートはミーミを抱き上げて、ミーミの温かい背中に頬擦りをしてから、立ち上がって、仕事へと戻った。
------
プルートはご機嫌に鼻歌を歌いながら、小さなソファーに腰掛け、ローテーブルの上に置いたワイングラスに、上等なワインを注いだ。今日はプルートの再出発記念日である。
息子のバレットが高等学校を卒業し、サンガレア領の魔術研究所に無事就職できた。バレットは、今は彼氏と2人で魔術研究所近くの官舎で暮らしている。
バレットの独立と同時に、プルートはアーサムに離婚届を叩きつけた。アーサムはあっさりと離婚を受け入れた。間抜けなことにプルートは気づいていなかったが、なんとかれこれ10年以上浮気をしていたらしい。離婚に際し、財産分与と慰謝料の事で少々揉めたが、プルートの持ち家だった家をアーサムにくれてやる代わりに、プルートはアーサムから慰謝料をたんまり貰った。プルートが子供の頃から住んでいた古い家なんて、持っていても仕方がない。思い出が詰まった家だが、いい思い出ばかりではないので、逆に手放して精々した。
新しく借りた集合住宅は、職場からは少し遠いが、ペット可の所なので、念願だったミーミと同居ができるようになった。面倒な元夫の世話をしなくてよくなり、可愛いがたまに面倒くさい息子も手を離れた。愛してやまない猫ちゃんと暮らせるようになった。
プルートにとっては、まさに遅めの人生の春到来である。これでセックスをする相手がいたら最高なのだが、贅沢は言うまい。結婚なんて二度とする気はないし、恋人というのも正直面倒だ。
デートやセックスだけを楽しみたい。恋の駆け引き的なものとか、本当に心底面倒くさい。
お金を払うから、誰かそういう仕事をやっていないだろうか。花街に行けば、そういう店もあるのだろうか。
プルートはお祝いで買った美味しいワインを1人で楽しみながら、真新しいクッションの上で寛ぐミーミを眺めて、ぼんやりと、セックスがしたいなぁと思った。
ミーミと一緒に通勤する毎日が始まった。ミーミは小さな種類の猫ちゃんで、まだ子供なこともあり、通勤の時はプルートの肩に乗っかって、一緒に移動する。毎日、おはようからおやすみまでミーミと一緒の生活は、本当に素晴らしい。仕事中も、上司の許可を得て、いつも膝か肩にミーミを乗せている。ミーミが遊びたい気分の時は、ミーミは勝手に中庭に遊びに行き、プルートが呼びに行くと、素直にプルートの元に戻ってきてくれる。本当に賢くて可愛らしい猫ちゃんである。
同じ集合住宅の二つ隣の老夫婦と猫ちゃん繋がりで仲良くなった。老夫婦も猫ちゃんを飼っており、たまに休日に老夫婦の家でお茶会をして、猫ちゃん達を遊ばせている。
老夫婦と言っても、男夫婦だ。2人とも元軍人らしい。なんとなく軍人に苦手意識があるが、2人とも軍人ではあったが事務方だったらしいので、そんなに忌避感はない。
老夫婦アルブーノとグラッドソンには、息子が1人いて、孫が2人もいるらしい。孫とは一度だけ会ったことがある。会ったのは下の子だった。まだ小学生で、礼儀正しい可愛らしい男の子だった。上の子とは、まだ会ったことがない。
美味しい珈琲を淹れてくれたグラッドソンが、いそいそとポケットから1枚のチラシを取り出して広げて見せてきた。
「見てよ。『猫ちゃんの下僕の会』だって。猫好きが集まるパーティーみたいだよ」
「ネーミングセンスが絶望的だな」
「へー。こんなのがあるんですね」
「アルブーノ、行ってみようよ。うちのニャルコに友達が増えるかもしれないよ?プルートもどうだい?」
「グラッディーが行きてぇなら行くか」
「僕も行きたいですね。ミーミにお友達ができたら嬉しいですし。他の猫ちゃんにも会いたいです。あ、ミーミ。僕にはミーミが一番だからね。誤解しないでね。浮気しに行く訳じゃないからね」
「はははっ。プルートは面白いなぁ」
真剣な顔でミーミに浮気をする訳ではないと説明しているプルートに、グラッドソン達が可笑しそうに笑った。
------
遊び疲れて寝てしまったミーミを抱っこして、プルートはご機嫌に帰路についていた。『猫ちゃんの下僕の会』は実に最高だった。自由気ままに遊び回る猫ちゃん達を眺めながら、猫好きの同志達と大いに語り合った。端末という、通話や文章のやり取りができる便利な魔導製品の連絡先を交換した相手が何人もいる。端末は写真も撮れるので、今日一日で猫ちゃんの写真がかなり増えた。
家の近所に差し掛かった時、花街の明かりがチラッと見えた。新しく住み始めた集合住宅は、花街に近い場所にある。花街には行ったことがない。花街に行けば、セックスができるのだろうか。プルートは元旦那しか知らない。元旦那に抱かれたことしかない。花街には、基本的に男娼しかいない。女は割合的に少ないから、とても大事にされる。花街で身体を売るなんてことはしない。
自分が男を抱けるとは思えないし、久しくしていないが、アナルの快感はしっかりと覚えている。
セックスがしたい。やっと1人になれたのだ。元旦那以外の男を知らないというのも勿体無い気がする。金を払えば、プルートのようなおっさんでも抱いてくれる人がいるのだろうか。
プルートはその場に立ち止まり、少しだけ考えてから、自宅に帰り、眠るミーミを籠のベッドに寝かせた。
財布の中身を念の為確認する。男娼を買うのに、いくら位必要なのだろうか。それなりの額は入っているが、これだけで足りるのだろうか。何処の店に行けばいいのかも分からない。確か、花街の情報案内所があった筈だ。まずはそこへ行ってみたらいいだろう。
プルートはシャワーを浴びて、頑張ってお洒落に見えるように服を着てから、財布と家の鍵だけを持って、静かに家を出た。
またである。伴侶であるアーサムは、仕事の時はどうかは知らないが、家ではだらしなく、洗濯に出す服はシャツもズボンもパンツも靴下も全部裏返しのままで、なんならズボンや靴下は中途半端に丸まったままだ。アーサムと結婚をして、今年で24年目である。アーサムのだらしなさに慣れてはいるが、何年経ってもイラッとするものはイラッとする。定期的に水虫になる為、アーサムの靴下は基本的に臭い。洗濯していないアーサムの靴下は正直触りたくないが、裏返って丸まったまま洗濯をするのは嫌だ。今日もプルートはアーサムの臭い靴下を含めた全ての服を全部表に変えてから、魔導洗濯機に突っ込んだ。アーサムの靴下を触ったら、即座に手を石鹸でしつこいくらい洗う。アーサムの水虫がうつったら本気で嫌だ。
1度目の洗濯をしていると、今年で17歳になる一人息子のバレットが欠伸をしながらシーツを丸めて持ってきた。パンツすら穿いておらず、身体の所々にキスマークがついている。昨夜、彼氏が来ていたようで、夜中にギシギシあんあん煩かった。息子の喘ぎ声なんて正直聞きたくないが、今はアーサムと寝室を分けており、プルートが使っている部屋はバレットの部屋の隣なので、どうしても聞きたくない音がバッチリ聞こえてくる。
「おはよー。父さん。これもお願い」
「……バレット。服を着ろ。あと頼むから防音結界を張ってくれ」
「面倒じゃん」
「じゃあ彼氏の家でヤれ。独り暮らししてるんだろ」
「あいつの家、安い集合住宅だから壁薄いんだよね」
「僕の部屋が隣なんだから、うちでヤっても一緒だろ」
「まぁ、いいじゃん。俺は別に気にしないし」
「少しは気にしろ」
「シーツよろしくー。風呂入ってくる。今日、学校だし」
「…………はぁ……」
プルートは大きな溜め息を吐いて、風呂場に消えるバレットを見送った。
プルートは、土の宗主国サンガレア領の通称・中央の街で暮らしている。
中央の街は、土の神から遣わされるという異世界から訪れる土の神子を戴く聖地神殿がある丘の麓にある、サンガレア領で1番大きな街だ。
この世は男女比が平等ではなく、6:4で男の方が多い。当然溢れる男が出てくるので、土の宗主国では複婚や同性婚が認められている。王都とサンガレアには男同士で子供をつくることができる施設があり、特にサンガレアは同性愛に寛容な土地柄なので、男同士の恋人達や男夫婦が多い。他の領地では、自然に子供ができない男夫婦は忌避され、白眼視されることの方が多い。
神の恩恵が色濃い土の宗主国の王族は500年、神子は1000年の時を生きる。故に、王族に仕える者やサンガレアの公的機関に勤める者は通称・長生き手続きと呼ばれるものを受けることができる。長生き手続きを行うと、神殿にて神より祝福を受け、その時点から肉体が老化することなく生き続けることができるようになる。手続きを放棄すると、そこから普通に肉体が歳をとっていく。
プルートは街の役所で働いている。伴侶であるアーサムは領軍で働く軍人だ。2人の出会いは、所謂合コンというやつで、役所と領軍合同の男専門だけが参加できるというパーティーで知り合った。
プルートは、当時は淡い茶色の髪と瞳をした儚げ美人だと言われていた。今は頭髪が儚げになってきているが。アーサムは濃い茶髪と明るい色合いの茶目で、筋肉ムキムキの快活な男前だった。今では微妙に下っ腹が出てるが。
2人はパーティーで知り合い、何度かデートをして、アーサムから告白されて恋人になり、その3年後に結婚をした。5年程2人だけの暮らしを楽しんだ後、長生き手続きをやめ、子供をつくった。
プルートは長生き手続きをしていた時期も含めたら、役所で働いてもう60年は過ぎている。25歳の時に長生き手続きをしたので、今の肉体年齢は42歳になる。40を越えた頃から、じわじわと前髪が後退し始めた悩める中年の男になった。
バレットが生まれてからは本当に怒涛の日々だった。プルートもアーサムも長生き手続きをしている身内はおらず、数少ない身内は皆高齢で、子育てでは頼れなかった。アーサムはバレットが生まれた少し前に出世した事もあり、育児休暇を取ることができず、結局、プルートが1人で育児休暇を取り、1人で子育てをした。初めての子育てで身近に頼れる相手がおらず、領地が行っている子育てサポートを利用しまくっていたが、それでも大変だった。バレットが3歳になると、バレットを保育所へ通わせ、自分も復職した。専業主夫は自分には向いていないと、育児休暇中に思ったからだ。ずーっと休みらしい休みがないのだ。息をつく間がないのだ。家事と育児に休みなどない。
アーサムは仕事が忙しくて疲れているからと、殆ど家事も育児も手伝わなかった。何度、捨ててやろうかと思ったことか。子供を望んだのは、アーサムも一緒だったのに。バレットが片親になるのは可哀想だと思って、プルートは、ぐっと我慢をしていた。必死で慣れない子育てを頑張っていたプルートに、やれ家の中が汚いだの、やれ今夜はこのおかずの気分じゃないだのと、文句ばかりを垂れ流していたアーサムに、今はもう欠片も愛情なんて抱いていない。
寝室は、バレットが3歳くらいまでよく夜泣きしていたから分けるようになった。セックスなんて、もう10年くらいしていない。バレットは可愛い可愛い我が子だが、最近はお年頃になり、プルートの悩みは色々と尽きない。
洗濯物を干したら、急いで仕事に行く準備をしなくてはいけない。バレットが大きくなって手がかからなくなったが、それでも毎日が朝から晩までバタバタで、中々のんびりすることもできない。
プルートは、日々の生活に疲れていた。
疲れた中年であるプルートの癒やしの時間は、仕事の昼休み時間だけだ。役所の中庭に住んでいる猫ちゃんと仲良しになり、ミーミと名付けた猫ちゃんと一緒に弁当を食べるのが日課になっている。ミーミには、ちゃんと猫用のご飯を用意してきている。本当は家に連れて帰りたいが、バレットが猫アレルギーの気があるので無理だ。ミーミを定期的に病院に連れていき、予防接種等はしている。プルートが自費で。上司にも許可を得た上で、役所の中庭でミーミは暮らしている。同じ猫ちゃん大好き仲間がミーミの小さな家を手作りしてくれたので、ミーミもそれなりに快適に暮らせているようである。
プルートはミーミと並んで、中庭に植えられている芝生の上に座って弁当を食べきると、ミーミに声をかけて、ミーミの許可を得てから、ミーミを抱き上げ、ミーミのふわふわの毛が生えた腹に顔を埋めた。すーはーすーはーと深呼吸をして、ミーミを吸えば、なんだかストレスとか不満とか鬱憤とかが、すぅっと軽くなっていく気がする。
プルートは満足気に溜め息を吐き、ミーミにお礼を言ってから、丁寧にミーミの身体をブラッシングした。
これで帰宅後の怒涛の家事も頑張れそうだ。今日はバレットの彼氏が来ないといい。息子のギシギシあんあんは聞きたくない。
セックスしたいのは、プルートだって一緒なのだ。どうしても子育てを優先せざるを得なくて、毎日とても疲れていて、アーサムに誘われた時に、疲れてるからまた今度で、と断ってから、夜のお誘いが一切無くなった。アーサムはたまに花街の娼舘に行って遊んでいる。仕事の付き合いだと言っているが、絶対に嘘である。そういうところも腹立たしいし、何故未だに離婚していないか、自分で自分が不思議である。
バレットも来年には高等学校を卒業して就職する。バレットが独り立ちしたら、絶対に離婚する。こんな生活もう嫌だ。1人のほうが余程気楽で、毎日を楽しく過ごせる気がする。猫ちゃんだって飼えるし、好きな本をゆっくり読んだりできるし、くっさい靴下を洗わなくて済むようになる。頑張って作った食事にねちねち文句を言われなくてもよくなる。あと1年だ。あと1年だけ頑張ろう。
プルートはミーミを抱き上げて、ミーミの温かい背中に頬擦りをしてから、立ち上がって、仕事へと戻った。
------
プルートはご機嫌に鼻歌を歌いながら、小さなソファーに腰掛け、ローテーブルの上に置いたワイングラスに、上等なワインを注いだ。今日はプルートの再出発記念日である。
息子のバレットが高等学校を卒業し、サンガレア領の魔術研究所に無事就職できた。バレットは、今は彼氏と2人で魔術研究所近くの官舎で暮らしている。
バレットの独立と同時に、プルートはアーサムに離婚届を叩きつけた。アーサムはあっさりと離婚を受け入れた。間抜けなことにプルートは気づいていなかったが、なんとかれこれ10年以上浮気をしていたらしい。離婚に際し、財産分与と慰謝料の事で少々揉めたが、プルートの持ち家だった家をアーサムにくれてやる代わりに、プルートはアーサムから慰謝料をたんまり貰った。プルートが子供の頃から住んでいた古い家なんて、持っていても仕方がない。思い出が詰まった家だが、いい思い出ばかりではないので、逆に手放して精々した。
新しく借りた集合住宅は、職場からは少し遠いが、ペット可の所なので、念願だったミーミと同居ができるようになった。面倒な元夫の世話をしなくてよくなり、可愛いがたまに面倒くさい息子も手を離れた。愛してやまない猫ちゃんと暮らせるようになった。
プルートにとっては、まさに遅めの人生の春到来である。これでセックスをする相手がいたら最高なのだが、贅沢は言うまい。結婚なんて二度とする気はないし、恋人というのも正直面倒だ。
デートやセックスだけを楽しみたい。恋の駆け引き的なものとか、本当に心底面倒くさい。
お金を払うから、誰かそういう仕事をやっていないだろうか。花街に行けば、そういう店もあるのだろうか。
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ミーミと一緒に通勤する毎日が始まった。ミーミは小さな種類の猫ちゃんで、まだ子供なこともあり、通勤の時はプルートの肩に乗っかって、一緒に移動する。毎日、おはようからおやすみまでミーミと一緒の生活は、本当に素晴らしい。仕事中も、上司の許可を得て、いつも膝か肩にミーミを乗せている。ミーミが遊びたい気分の時は、ミーミは勝手に中庭に遊びに行き、プルートが呼びに行くと、素直にプルートの元に戻ってきてくれる。本当に賢くて可愛らしい猫ちゃんである。
同じ集合住宅の二つ隣の老夫婦と猫ちゃん繋がりで仲良くなった。老夫婦も猫ちゃんを飼っており、たまに休日に老夫婦の家でお茶会をして、猫ちゃん達を遊ばせている。
老夫婦と言っても、男夫婦だ。2人とも元軍人らしい。なんとなく軍人に苦手意識があるが、2人とも軍人ではあったが事務方だったらしいので、そんなに忌避感はない。
老夫婦アルブーノとグラッドソンには、息子が1人いて、孫が2人もいるらしい。孫とは一度だけ会ったことがある。会ったのは下の子だった。まだ小学生で、礼儀正しい可愛らしい男の子だった。上の子とは、まだ会ったことがない。
美味しい珈琲を淹れてくれたグラッドソンが、いそいそとポケットから1枚のチラシを取り出して広げて見せてきた。
「見てよ。『猫ちゃんの下僕の会』だって。猫好きが集まるパーティーみたいだよ」
「ネーミングセンスが絶望的だな」
「へー。こんなのがあるんですね」
「アルブーノ、行ってみようよ。うちのニャルコに友達が増えるかもしれないよ?プルートもどうだい?」
「グラッディーが行きてぇなら行くか」
「僕も行きたいですね。ミーミにお友達ができたら嬉しいですし。他の猫ちゃんにも会いたいです。あ、ミーミ。僕にはミーミが一番だからね。誤解しないでね。浮気しに行く訳じゃないからね」
「はははっ。プルートは面白いなぁ」
真剣な顔でミーミに浮気をする訳ではないと説明しているプルートに、グラッドソン達が可笑しそうに笑った。
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遊び疲れて寝てしまったミーミを抱っこして、プルートはご機嫌に帰路についていた。『猫ちゃんの下僕の会』は実に最高だった。自由気ままに遊び回る猫ちゃん達を眺めながら、猫好きの同志達と大いに語り合った。端末という、通話や文章のやり取りができる便利な魔導製品の連絡先を交換した相手が何人もいる。端末は写真も撮れるので、今日一日で猫ちゃんの写真がかなり増えた。
家の近所に差し掛かった時、花街の明かりがチラッと見えた。新しく住み始めた集合住宅は、花街に近い場所にある。花街には行ったことがない。花街に行けば、セックスができるのだろうか。プルートは元旦那しか知らない。元旦那に抱かれたことしかない。花街には、基本的に男娼しかいない。女は割合的に少ないから、とても大事にされる。花街で身体を売るなんてことはしない。
自分が男を抱けるとは思えないし、久しくしていないが、アナルの快感はしっかりと覚えている。
セックスがしたい。やっと1人になれたのだ。元旦那以外の男を知らないというのも勿体無い気がする。金を払えば、プルートのようなおっさんでも抱いてくれる人がいるのだろうか。
プルートはその場に立ち止まり、少しだけ考えてから、自宅に帰り、眠るミーミを籠のベッドに寝かせた。
財布の中身を念の為確認する。男娼を買うのに、いくら位必要なのだろうか。それなりの額は入っているが、これだけで足りるのだろうか。何処の店に行けばいいのかも分からない。確か、花街の情報案内所があった筈だ。まずはそこへ行ってみたらいいだろう。
プルートはシャワーを浴びて、頑張ってお洒落に見えるように服を着てから、財布と家の鍵だけを持って、静かに家を出た。
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