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第一部

23:慶事(ジョンソン)

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休みの日の度に、普段は静かな旦那様の邸が少し賑やかになる。アレックス様とフィオナ様が薬草園の手入れをしに来てくださるからだ。お2人が来てくださると、旦那様もなんだか楽しそうで機嫌がよろしい。
朝から薬草園の草むしりや水まき、日によっては木の剪定や薬草の収穫などをされる。フィオナ様がするすると身軽に木に登り、果実を収穫しているところを目撃した時は少し驚いた。元気で大変よろしいと思う。
昼食はいつも3人で召し上がる。特にフィオナ様がよく召し上がられる。マルコはいつもの何倍も作らねばならないので大変そうだが、それでも、いつも美味しそうに召し上がってくださるお2人がいらしている時は張り切っている。たくさん召し上がるフィオナ様につられてか、お2人がいらっしゃると旦那様がいつもよりも多く召し上がってくださることも、ジョンソンにとっては嬉しいことだ。
午後のお茶を飲む時間帯まで作業をなさって、着替えてから薬草茶を飲まれてお2人はいつも帰られる。ジョンソンとしては、できれば夕食まで旦那様と共にしていただきたいが、翌日はお2人共お仕事であるし、フィオナ様にはご家族がいらっしゃる。あまり遅くまで引き留めるわけにもいかない。
お2人は薬草園の手入れをしているバギーの腰が治った後も来てくださる。アレックス様はたまに来られない時もあるが、フィオナ様はいつも休みの度に来てくださる。
動きやすい飾り気のない作業着に身を包んで、ちょこちょこ動き回るフィオナ様は大変愛らしい。きらびやかなドレスや派手な装飾品を身につけた貴族の美しい女性達よりも、余程魅力的である。作業をなさるからか、化粧はいつもされていない。しかし、化粧なぞしなくても、フィオナ様は十分過ぎる程お美しい。それでも旦那様に可愛らしいと思われたいのであろう。作業着以外の、来られる時とお帰りになる時の服は、いつも可愛らしいフィオナ様によくお似合いのスカートを穿いていらっしゃる。
ジョンソンは、頬を赤らめて嬉しそうに旦那様を見上げてお話しなさるフィオナ様を見る度に、微笑ましい気持ちになる。
旦那様はそんなフィオナ様をどう思っていらっしゃるのだろうか。




ーーーーーー
お2人が邸に出入りするようになって1年近くが経ったある日のこと。
旦那様が少し顔を曇らせて、お帰りになられた。
フィオナ様の兄君が怪我をなさったそうで、暫くお2人とも来られないそうだ。旦那様はなんだか残念そうな様子である。この頃には、もうお2人が来られるのが当たり前になっていたから、寂しいと思われているのではないだろうか。ジョンソンも含めた使用人達にお2人は好かれている。どことなくガッカリした雰囲気が邸の中に広がった。
ジョンソンは旦那様に申しつけられて、滋養のある果物を見舞いの品として持ち、軍病院へと向かった。ちょうどフィオナ様と、何故かアレックス様が病室にいらっしゃって、とても丁寧にお礼を言ってくださった。兄が治ったらまた伺います、とも。嬉しいことだ。

それから暫くした頃。


「ジョンソン。めでたい知らせだぞ」

「如何されましたか?」

「アレックスが結婚するんだって」

「なんと!それはおめでたいですね」

「しかも相手はフィオナちゃんのお兄さん」

「おや。それは少々珍しいですね。殿方同士でございますか」

「うん。まぁ、いいんじゃない?本人は幸せそうだったし」

「左様でございますか。なんにせよ、ようございました。お祝いの品は如何なさいますか?」

「少し考えてみるよ」

「はい」

「あ、だからアレックスは結婚の準備でしばらく来れないって。フィオナちゃんは来てくれるから、フィオナちゃんの分だけ昼飯とか頼むよ」

「かしこまりました」


アレックス様がご結婚。そして暫くはフィオナ様は旦那様と2人きり。これはチャンスなのではないだろうか。
この機会に、旦那様とフィオナ様の仲が一気に進展すればいい。フィオナ様。がんば!でございます。

休みの日。
フィオナ様がお1人でいらした。
本日はコートの下に、とても可愛らしい刺繍の入った黄色いワンピースをお召しになられており、素晴らしく愛らしい。


「おはようございます。ジョンソンさん。お邪魔します」

「おはようございます。ようこそいらっしゃいました。フィオナ様。コートをお預かりいたします」

「ありがとうございます」


フィオナ様からコートをお預かりしていると、作業着姿の旦那様がお出でになられた。


「フィオナちゃん。おはよう」

「おはようございます!ヒューブ局長」


途端にフィオナ様が頬を赤らめ、目をキラキラと輝かされた。


「アレックスから聞いたよ。義理の兄妹になるんだって?」

「はい。そうなんです」

「恋人だったの?」

「はい。1年くらい前から付き合ってました」

「へぇ。その期間で結婚って少し早いね」

「そうですね。でも結構早い段階から家族公認でしたから」

「ふーん。結婚式はサンガレアでするって聞いてるけど」

「はい。身内だけでこじんまりする予定なんです。……うちは親戚とか多いから、こじんまりになるかは疑問ですけど」

「あー……確か神子様のお子様だけでも18人だっけ?」

「はい。ほとんど結婚して子供がいて、その子供も結婚してて子供がいる……みたいにドンドン増え続けています」

「はははっ。顔と名前覚えるのだけで苦労しそうだなぁ」

「意外となんとかなりますよ」

「皆覚えてるの?」

「はい。一応。ほぼ会ったことがない人も多いんですけど」

「だろうね。フィオナちゃん的にはどうなの?アレックスがお兄さんと結婚って」

「まぁ、アレックス先輩ならいいかなぁ、って感じです。アレックス先輩が浮気して兄を泣かせたら、もぎますけど」

「……どこを?」

「口で言うのはちょっと……」

「あー……ははは……一緒に住むの?」

「いえ。兄達は軍官舎の方に引っ越します」

「おや。少し寂しくなるね」

「そうですね。けど、自宅は軍官舎街にあるので、ご近所になりますから、多分そこまでないです」

「あぁ。お兄さん軍人だったね」

「はい。いずれは子供もつくるそうですから、広めの部屋を借りるみたいです」

「へぇ。いいねぇ。先が楽しみだ」

「はい。ところで、ヒューブ局長。今日は何をしますか?」

「ん?そうだな……木の剪定を少しと、薬草の収穫かな」

「分かりました。着替えてきますね」

「うん。先に木のところに行ってるから」

「はい。すぐに行きます!」

「慌てなくていいよ」

「はい」


旦那様が庭に向かわれたので、フィオナ様を先導して着替え用の部屋に案内する。いつも来られているので、部屋の位置は把握しておられるだろうが念のためだ。
部屋のドアを開いて、フィオナ様が入室しやすいように身体をずらす。


「ありがとうございます」

「いえ。……フィオナ様」

「何でしょう?」

「旦那様は干した果物が入っているクッキーがお好きなんです」

「……!?なんと!」

「あと、今の時期ですと、蜂蜜漬けの柑橘類なども好まれます」

「情報ありがとうございます!ジョンソンさん!」

「ふふ……フィオナ様。頑張ってくださいませ」

「はいっ!」


フィオナ様が顔を輝かせて拳をぐっと握られた。気合いの入ったご様子のフィオナ様が部屋に入ると、ジョンソンは静かにドアを閉めた。
折角、暫くの間はお2人きりなのだ。ここで一気に関係を進めていただきたい。
フィオナ様には頑張っていただかねば。

邸の窓から庭を眺めると、梯子に登ったフィオナ様が枝を伐っておられる。旦那様は伐った枝をフィオナ様から木の下で受け取り、枝を指差して伐る枝を指示していらっしゃるご様子だ。
お2人で話しながら作業をされているのだろう。時折、顔を見合わせて笑ってらっしゃる。端から見れば、実にいい雰囲気だ。梯子から降りるフィオナ様に旦那様が手を差し出した。フィオナ様がおずおずとしたご様子で旦那様の手に触れ、旦那様の手を借りて、梯子からピョンと飛び降りられた。遠目からでもフィオナ様の頬が赤く染まっているのが分かる。よい傾向だ。旦那様、ナイスでございます。
和やかに、お話ししながら昼食を共にし、午後から薬草を収穫して、収穫した薬草を専用の小屋に運ぶときも、お2人でずっとお話ししながら作業をなさっていた。
フィオナ様とお話しする旦那様は本当に楽しそうなご様子である。
この光景がずっと続くといい。
ジョンソンは心からそう願った。
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