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8:勇気を振り絞って

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 今日は、8回目のデートである。
 エーベルハルトは、前のデートでヘルマンに選んでもらった服を着て、気合を入れて髭を丁寧に剃り、髪を整髪剤で整えた。

 ヘルマンとデートをするようになって、半年以上が過ぎている。一度だけ、ヘルマンとキスをした。というか、ヘルマンにされた。『焦れったい』と言われて。
 エーベルハルトは、自分でもヘタレだと自覚がある。ヘタレで、臆病者で、眠るヘルマンを犯した卑怯者だ。こんな汚い自分が、ヘルマンの隣に立っていいのか、未だに悩むことが多い。ヘルマンの熱を思い出すと、身体が熱く疼くが、今はそれを静める術はない。流石に、エーベルハルトがやっていた事がヘルマンにバレてしまっている以上、以前のように、ヘルマンの寝込みを襲うことはできない。ヘルマンを思い浮かべて、自慰をしても、いまいち不完全燃焼で、最近は自慰もしなくなった。

 ヘルマンのことが、どうしようもなく好きだ。自分がヘルマンと釣り合うだなんて、全く思えない。だが、ヘルマンの言葉で、ヘルマンとの先の事を少し考えるようになった。ヘルマンと一緒に暮らして、熱を分け合って、笑っていられたら、どんなに幸せだろう。年老いた後も、一緒に手を繋いで歩いて、他愛もないお喋りをしながら日向ぼっこができたら、それは本当に素敵だと思う。分不相応なのは分かっているが、ヘルマンと、ずっと一緒にいたい。ヘルマンへの想いが、日に日にどんどん大きくなっていくのが嫌でも分かる。

 エーベルハルトは、待ち合わせ場所である噴水公園へ向かいながら、そろそろ本気で勇気を振り絞るべきだと思った。
 ヘルマンは、エーベルハルトとデートをしてくれるくらいには、エーベルハルトのことを好いてくれていると思う。キスもしてくれたし。将来のことを言い出したのも、ヘルマンだ。
 エーベルハルトが犯した罪は、無かったことにはならない。未だに、ふとした事で罪悪感と後悔がぶり返してきて、酷い時には吐いてしまう。もし、許されるのであれば、ヘルマンからチャンスを貰いたい。エーベルハルトの罪を償うチャンスを。具体的には、正々堂々とヘルマンを愛したい。愛して、愛して……愛されたい。
 エーベルハルトは、待ち合わせ場所の噴水の前に立つと、今日こそは勇気を振り絞って、ヘルマンにちゃんと告白をすると決意した。

 待ち合わせ時間ちょうどに、ヘルマンがやって来た。季節は、そろそろ秋の終わりである。お洒落な黒いのコートと臙脂色のマフラーが、ヘルマンによく似合っている。
 今日は、なんとしてでも、ヘルマンに告白したい。一応、今日もデートコースを考えては来たが、外では告白なんてできない。
 エーベルハルトは、半分テンパりながら、ヘルマンに声をかけた。


「おっ、おはようございます!」

「おー。おはよう。今朝は冷えるな」

「そうですね。……あ、あのっ!」

「ん?」

「よっ、よかったら、その……その……酒と飯を買って、部屋で過ごしませんか!?」

「いいぞ。さみぃし」

「あっ、ありがとうございますっ!」


 咄嗟に、『酒と飯を買って部屋で過ごす』という言葉が出てきて、本当によかった。秋の終わりにしては、今日は冷え込んでいるし、部屋で二人きりで過ごす、いい理由になった。
 エーベルハルトは、緊張でギリギリ痛み始めた胃のあたりを手で擦りながら、ヘルマンと共に、酒と酒の肴にもなりそうな料理を求めて、持ち帰りができる飲食店と酒屋をいくつか回った。

 エーベルハルトは、割とキレイ好きな方である。掃除は小まめにしているので、急にヘルマンが部屋に来ても問題は無い。大量の料理と酒を買い込んで、エーベルハルトは、ヘルマンと一緒に、独身寮の自分の部屋に帰った。

 独身寮の部屋には、ベッドと衣装箪笥、書物机と狭い台所、トイレ兼シャワー室がある。台所には、小さな魔導冷蔵庫とグラスなどを入れる戸棚くらいしかない。独身寮にも食堂があるので、基本的に部屋では料理をしない。

 前々回のデートで買ったばかりのお揃いのグラスを取り出してきて、エーベルハルトは、グラスを書物机の上に置いた。
 洗ったばかりのシーツを床に敷いて、洒落たデート用の革靴を脱いで、シーツの上に、グラスと酒、買ってきた料理を並べる。エーベルハルトの対面に、コートと革靴を脱いだヘルマンが座ったので、グラスに酒を注ぎ、ヘルマンにグラスを手渡した。
 2人で乾杯してから、酒を飲み始める。キツめの蒸留酒を一息で飲み干したヘルマンが、ぷっはぁと満足そうな息を吐いた。


「昼間っつーか、まだギリギリ朝だな。朝から酒飲むとか最高過ぎるぜ」

「朝飯は食ってます?」

「食ってねぇ」

「じゃあ、先に飯を食いましょうよ。空飲みは悪酔いしますよ」

「おー。どれから食う?」

「んーー。これがめちゃくちゃ気になってます。豚の角煮入りのパン」

「美味そうだな。俺もそれから食う」

「はい。どうぞ。まだ温かいですよ」

「おう。……おっ。美味いな」

「はふ……あー、これは大正解ですね。おーいしーい」

「こっちの麺もうめぇ。香草がいい仕事してる」

「あ、本当だ。海老がぷりぷりでいいですね」


 エーベルハルトは、ヘルマンと一緒に、朝食兼昼食を楽しんだ。ちなみに、エーベルハルトも朝食は食べていなかった。緊張して吐きそうだったので。

 買ってきた酒の瓶が三本空になる頃には、エーベルハルトは、ほろ酔いになっていた。ヘルマンもエーベルハルトも酒に強い方だが、キツめの蒸留酒ばかりを買ってきたので、じわじわ酔いが回ってきている。
 なんだか、今ならヘルマンに告白できそうな気がする。本当なら、素面の時に告白するべきなのだが、酒の力を借りないと、多分一生、告白なんかできない気がする。エーベルハルトは、自他共に認めるヘタレ腰抜け野郎だ。

 上機嫌で酒を飲んでいるヘルマンをじっと見つめて、エーベルハルトは、持っていたグラスをシーツの上に置いた。ずりずりと少し後ろに下がり、流れるような動きでヘルマンに向かって土下座をする。


「何してんだ。お前」

「ヘルマン曹長」

「おう」

「好きです。恋人になってください」


 酒の力を借りても、エーベルハルトの声は、情けなく震えていた。土下座スタイルなのは、ヘルマンの顔を直視できないからである。暫しの沈黙の後で、ヘルマンから声をかけられた。


「顔を上げろ」

「は、はい……」

「やっと腹を括りやがったか。ヘタレ腰抜け野郎」

「うっ……その、時間がかかってしまって、すいません……」

「で? 俺と恋人になってどうする?」

「一緒に暮らしたいです。その……死ぬまで寄り添って生きていきたいです。貴方を見送るまで、ずっと側にいて、下らないことで笑いながら日向ぼっこしたりして、一緒に料理を作ったり、ちっちゃなことで、幸せだねって笑いあって過ごしたいです」

「……まぁ、及第点だな」

「じゃ、じゃあ!」

「おう。恋人になってやるよ」

「……ありがとう、ございます……」

「いや、泣くなよ」

「ずずっ。すいません……嬉しくて……」

「しょうがねぇ奴だなぁ。おら。来い」

「うぁい」


 ヘルマンが胡座をかいて座ったまま、両手を広げたので、エーベルハルトは、ぐずぐず泣きながら、シーツの上に広げた料理の残りを避けて、ヘルマンのすぐ側に移動した。ヘルマンがエーベルハルトの手をやんわりと握り、優しくエーベルハルトの手を引いた。ヘルマンに促されるがままに、ヘルマンの逞しい身体に抱きつく。ヘルマンの体温と匂いがダイレクトに伝わってきて、ぶわっと身体が熱を持つ。

 エーベルハルトを抱きしめたヘルマンが、耳元で囁いた。


「こういう時はキスしろよ」

「はい」


 エーベルハルトは、くっついていた身体を少し離して、穏やかな笑みを浮かべているヘルマンの唇に、触れるだけのキスをした。
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