上 下
20 / 78

20:恋の季節

しおりを挟む
 ダンテの案内で、広い庭の中にある東屋に入ると、丸いテーブルの椅子に座って、3人同時に溜め息を吐いた。


「ねぇ。マジで私達、お邪魔虫する為だけに来た感じじゃない?」

「それなー。あの胃が痛かった日々は何だったのかと」

「ははっ。まぁまぁ。さっきは飲む暇も無かったから、とりあえずお茶でも飲もうか。キリル。お茶とお菓子を頼むよ」

「かしこまりました。ぼっちゃま。すぐにご用意いたします」


 いつの間にか、そこにいた老紳士が、すっといなくなったかと思えば、すぐにワゴンを押して現れた。さっき嗅いだ花の匂いがするお茶と、何種類ものお菓子がのった皿をテーブルに置き、大きめのポットも置いて、すっと去っていった。
 沈丁花の花みたいな匂いがするお茶は、ほんのり甘くて、美味しい。香りがふんわりと優しいので、飲みやすく、香りの好みで言えば、カカット茶よりも好きな風味だ。花の形をした干菓子みたいなお菓子は、口に入れるとさらっと溶けて、ふわっと上品な甘さが口の中に広がる。花の匂いがするお茶とも存外合う。素直に美味しい。


「このお茶、すごく美味しいわ」

「ねー。カカット茶より、俺はこっちの方が好き」

「隣国でよく飲まれてるラーリオ茶だね。うちの国内にはあまり流通していないけど、ショーヘイが好きなら取り寄せようか」

「えっ。いいですよ。そこまでしなくて」

「えー。ショーヘイ、カカット茶はそんなに得意じゃないでしょ。遠慮しなくて取り寄せてもらえば?」

「カカット茶にも慣れたから大丈夫だよ」

「近いうちに取り寄せておくよ」

「え? マジで? お高いんじゃないですか?」

「ラーリオ茶もピンキリだろうから、こういう高級茶葉じゃなくて、手頃な普段飲みしやすいものを選べば、そこまでないよ。私もこれ好きだしね」

「あ、なるほど。んー。じゃあ、ありがたく」

「うん。あ、この近くにキットルが植えてあるんだけど、食べる? 今がちょうど美味しい季節なんだけど」 

「それは、木とかに生ってる系ですか?」

「いや、土の中から掘り出す感じ」

「市場で探して買って食います。この格好で土を弄ったらマズいでしょー。流石にー」

「まぁ、確実に汚れるわよねー」

「あ、そうか。残念。キットルは採れたてが一番美味しいのだけど。お昼ご飯は、多分一緒だろうから、流石に駄目か」

「テーブルマナーなんて知らないんだけど。俺。どうするよ。ドーラちゃん」

「私も知らないわ」

「普通に食べれば大丈夫だよ。2人とも、食べ方がキレイだし。料理長のご飯は美味しいよー」

「2人のあまーーい空気で、食べた気がしないに一票」

「あの様子だと、そんな感じよねー」

「ははっ。まぁ、今は恋の季節だから、仕方がないかな」

「「恋の季節」」

「うん。来月の半ばに、祝祭があるのは知ってる? 冬華祭っていう。別名、恋祭り」

「何それ。知らないわ」

「俺も」

「あれ? 冬華祭は、神殿主体の祭事なんだけど……あ、ドーラちゃんはまだ未成年だし、ショーヘイは去年来たばかりだからかな?」

「どんなお祭りなの?」

「ショーヘイ。うちの国の神殿の一番大事な教義はなーんだ」

「え、えーと……『愛があれば何でもいいじゃん?』的な?」

「まぁ、正解。冬華祭っていうのは、言わば、恋人達のお祭りなんだよ。お互いに花を贈り合うんだ。王城で大規模なパーティーが開かれるし、街でも、大規模なイベントがあるよ。冬華祭は、基本的に恋人や、恋人になりたい人と参加する祭りだからね。この時期は、皆、祭りのパートナー探しで忙しいよ」

「「へぇーー」」

「2人は、今年はどうする? 祭りでパートナーを探す人も割といるけど」

「私はいいわ。未成年だし。素敵なお祭りだとは思うけど、普段は勉強が忙しいから、恋人ができても面倒だもの」

「俺もいっかなー。恋人なんかつくる余裕、まだ全然無いし。ダンテさんは?」

「私? 私もいいかなぁ。ピエリーが威嚇しない相手を探すのが一苦労だし」

「え? ショーヘイと行けばいいじゃない」

「「ん?」」

「ピエリーちゃんは、ショーヘイが大好きじゃない。ショーヘイと2人で祭りに参加してきたら? イベントがあるなら、普段は食べられない美味しいものとかあるんじゃないの?」

「多分? どうする? ショーヘイ。冬華祭で食べ歩きする?」

「美味しいものは食べたいかなぁ。ドーラちゃんには、お土産買うよ。日保ちしそうなやつ」

「やった! 賑やかなお祭りは行ってみたい気がするけど、祭りの主旨を考えたら、私はまだ行きたくないもの。お土産、いっぱい買ってきて!」

「りょーかーい。ダンテさん。いいですか?」

「いいよ。パートナーのフリをしていれば、変に声をかけられたりしないだろうから」

「あー。ダンテさん、男前だから」

「いやいや。私じゃなくて、ショーヘイの方だよ。『神様からの贈り人』と恋人になりたい人なんて、山ほどいるよ?」

「げっ。マジですか」

「うん」

「へぇー。じゃあ、当日は、ダンテさんと恋人のフリをしてた方が無難ねぇ」

「俺は今、行くのをやめるか、美味しいものを食いに行くか、とても悩んでいる」

「あはは。お揃いの花を身に着けていたら、そういう意味で声はかけられないよ。他人のものに手を出すのはご法度だからね。略奪愛もあるにはあるけど、割と白い目で見られるものだし」

「なるほどー。じゃあ、美味しいものを食いに行きたいです」

「うん。私も冬華祭に実際に参加するのは初めてだから、ちょっと楽しみかも。屋台巡りしまくろうか」


 ダンテがおっとりと笑った。美味しいお茶を飲みながら、のんびり3人でお喋りをしていると、老紳士が再び現れた。もう昼食の時間になったらしい。

 客間に戻ると、ものすごく甘い空気が漂っていた。お邪魔虫感が半端ない。
 一緒にビックリする程美味しい昼食を食べると、祥平達は、ニーを置いて、先に帰ることにした。ニーは夕方に帰るそうだ。ニーは、恥ずかしそうにもじもじしながらも、パラスに『あーん』とかされて、なんか嬉しそうだった。完全にお邪魔虫な3人である。

 神殿に帰り着くと、服を着替えて、3人で台所に向かった。確かに、ものすごーく美味しい昼食だったのだが、甘々イチャイチャな2人の空気にあてられて、あんまり食べた気がしない。ちょっと軽めのものを作ることになった。

 いつも神殿で食べていた質素なナータの粥を作って食べると、なんだかほっとした。開き直ってはいたが、やはり緊張していたらしい。どことなく、ゆるーい空気が流れる。祥平の太腿の上でゴロゴロしていたピエリーが、ぴるるる……と、なんだか眠そうな鳴き声を上げた。


「なんか疲れたけど、ある意味いい経験になったわねー。私、貴族の人とは絶対に結婚しないわ」

「俺もー。慣れるまでが絶対に苦行」

「ねー。私達、根っからの庶民だものね。高貴な世界は、憧れだけにしときたいわ」

「うんうん」

「ははっ。まぁ、一緒にいて気が楽な人と結婚するのが一番なんじゃないかな。多分」

「ねぇ。ダンテさん。この国の結婚適齢期って何歳くらいなの?」

「女性は成人する18歳~25歳で、男性も同じくらいかなぁ」

「へぇー。ちなみに、ダンテさんって何歳?」

「もうすぐ26だね」 

「あれ? もしかして、誕生日が近いんですか?」

「うん。冬華祭の10日後」

「あら。お祝いしなきゃ」

「パーティーがしたいですねー。ダンテさんの家でパーティーしましょうよ。ドーラちゃん、まだダンテさんの家には来たことがないし。ミミーナさんを紹介したいです」

「うーん。この歳で祝ってもらうのは、少し照れくさいんだけど、パーティーはしたいね。美味しいもの食べたい」

「じゃあ、冬華祭の10日後は、ダンテさんの誕生日パーティーということで! ふふっ。やっと噂のミミーナさんに会えるわ!」

「ダンテさん。何としてでも休みをもぎ取ってくださいねー。ミミーナさんと、何を作るか相談しなきゃ」

「プレゼントも用意しないといけないわね。まだ日があるから、キリバさんに相談してみよーっと!」

「ははっ。そこまで気を使わなくていいよー」

「ダンテさんにはいつもお世話になってるし、こういうのって、準備から楽しいじゃないですか」  

「そうそう!」

「そんなものかな? ふふっ。私も楽しみになってきたよ」


 ダンテが、嬉しそうに、はにかんで笑った。
 冬華祭を楽しんだら、次はダンテの誕生日パーティーだ。これから、やる事盛り沢山な気がする。ミミーナに手伝ってもらって、どっちも全力で楽しみたい。
 祥平はワクワクしながら、2人と一緒に、食べ終わった食器類を洗った。

しおりを挟む
感想 40

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

獣人の子供が現代社会人の俺の部屋に迷い込んできました。

えっしゃー(エミリオ猫)
BL
突然、ひとり暮らしの俺(会社員)の部屋に、獣人の子供が現れた! どっから来た?!異世界転移?!仕方ないので面倒を見る、連休中の俺。 そしたら、なぜか俺の事をママだとっ?! いやいや女じゃないから!え?女って何って、お前、男しか居ない世界の子供なの?! 会社員男性と、異世界獣人のお話。 ※6話で完結します。さくっと読めます。

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

「今夜は、ずっと繋がっていたい」というから頷いた結果。

猫宮乾
BL
 異世界転移(転生)したワタルが現地の魔術師ユーグと恋人になって、致しているお話です。9割性描写です。※自サイトからの転載です。サイトにこの二人が付き合うまでが置いてありますが、こちら単独でご覧頂けます。

【完結】悪役令息の従者に転職しました

  *  
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。 依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。 皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ! 本編完結しました! 時々おまけのお話を更新しています。

【本編完結】十八禁BLゲームの中に迷い込んだら、攻略キャラのひとりに溺愛されました! ~連載版!~

海里
BL
部活帰りに気が付いたら異世界転移していたヒビキは、とあるふたりの人物を見てここが姉のハマっていた十八禁BLゲームの中だと気付く。 姉の推しであるルードに迷子として保護されたヒビキは、気付いたら彼に押し倒されて――? 溺愛攻め×快楽に弱く流されやすい受けの話になります。 ルード×ヒビキの固定CP。ヒビキの一人称で物語が進んでいきます。 同タイトルの短編を連載版へ再構築。話の流れは相当ゆっくり。 連載にあたって多少短編版とキャラの性格が違っています。が、基本的に同じです。 ※ムーンライトノベルズ様にも投稿しています。先行はそちらです。

処理中です...