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6:ニーファの想い
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ニーファは小さい頃からクリスのことが大好きだった。温かくて優しい手。穏やかに笑う顔。低く柔らかい声。落ち着く匂い。何もかもが好きだった。
それが恋だと自覚したのは10歳の夏だった。
10歳の夏休み。その日、ニーファはリチャードとすぐ下の弟と一緒に、買い物をしに街に来ていた。マーサから頼まれたものを購入して、ついでに飴とキャラメルを買うために飴専門店に向かう途中の事だった。チリンチリンと聞きなれた鈴の音が聞こえた。クリスがいつも腰に着けている鈴の音だ。
ニーファは、クリスが近くにいる、とキョロキョロと辺りを見回した。すると、確かにクリスは近くにいた。クリスは髪が長い女性と一緒だった。ニーファの位置からは後ろ姿しか見えない。2人の距離はとても近く、子供でも特別な仲だと分かる程だった。クリスが女性の長い髪に触れ、そのまま女性の腰を抱いて歩いていった。
ニーファの胸にもやもやとしたよく分からない感情が沸き上がった。そのまま仲良く歩いていく2人を見るのが嫌で、ニーファはリチャードの腰に抱きついた。
「ニーファ?」
「……なんでもない」
帰ってその事を姉の1人に話すと、『焼きもちを焼いたのね』と言われた。『ニーファはクリス君のことが好きなのね』とも。ストンと、姉の言葉が胸に落ちて馴染んだ。
(そうか。俺はクリス先生が好きなんだ)
それからニーファは、それまで短かった髪を伸ばし始めた。誰にも理由を言わなかったが、花嫁修業のつもりで、料理、洗濯、掃除、裁縫を本格的に習い始めた。特に料理と裁縫とは相性が良かったらしく、メキメキと腕を上げていった。
ニーファはクリスのお嫁さんになりたかった。あの優しい手で髪に触れて、抱き締められたかった。ニーファは男だ。女になることはできない。でも、近づくことは出来るはずだと思った。それから髪と肌の手入れを入念にするようになった。本格的に第二次成長期に入ると、濃くなってきた体毛を脱毛して、肌がつるつるすべすべの状態をキープしたり、髭が生えてくれば、これも全て抜いた。何年もかけて髪を長く伸ばし、小まめなお手入れを毎日頑張り、ニーファはとても美しく成長した。
ニーファが中学2年生の時。クリスが離婚したと噂に聞いた。ニーファの胸中に薄暗い歓喜が蔓延った。これで、もしかしたらクリスに手が届くかもしれない。そう思った。ニーファはそれまで以上に花嫁修業と美しくある為のお手入れその他に精を出した。
民俗学に興味を持ったのもクリスが好きだったからだ。小学校を卒業して、クリスとの接点がなくなってしまっていたが、民俗学を通して再びクリスと接点を持つことができた。クリスとの接点を持つことがとても大事だったが、民俗学自体がクリスとは関係なく純粋に面白くて、ニーファはすっかりハマってしまった。それが良かったのか、民俗学にハマればハマる程、クリスとの接点は増えていった。
ニーファが中学校を卒業し、王都の高等学校に進学しても、クリスとの交流は続いた。手紙のやり取りをしたり、長期休みに領地に戻ると、直接会って勉強を教えてもらったりしていた。
教員を目指したのも、少しでもクリスに近づきたいが為だった。
クリスがニーファのことを教え子としてしか見ていないことは分かっている。
今はそれでもいいから、ただ1番近くにいたかった。
ーーーーーー
官舎はタイミング良く、部屋が1つ空いており、翌日には引っ越し作業が行われた。官舎の部屋は居間と台所、風呂、トイレの他には2部屋しかない造りだ。大きな家で育ってきたニーファには新鮮な狭さである。
ニーファの荷物とクリスの荷物が運び込まれた。お互い必要最小限に絞ったので、然程量は多くない。台所等で使う魔導製品や食器類、調理器具の類いは実家で余ってるものを持ち込んだ。引っ越し自体は半日で終わり、最後に手伝ってくれた家族とお別れのハグをして、家に帰る彼らを見送った。
自分の親兄弟なのに、ハグをしただけで鳥肌がたった事実がニーファには重く感じられた。
精霊の影響は確実に出てきている。憂鬱な気持ちでいると、ポンと頭に手を置かれた。
「ニーファ君」
「はい」
「今夜は晩ご飯は外で買ってこよう。何か食べたいものはあるかい?」
「あー……それじゃあ、鶏の唐揚げ食べたいです。あと、なんか甘いもの」
「じゃあ、唐揚げとパンと、あとは適当に買ってくるよ。甘いものはケーキでいい?」
「はい。お願いします」
「うん。じゃあ、行ってくるよ」
「いってらっしゃい」
クリスがニーファの頭を優しく一撫でして、鞄を持って出掛けていった。それを見送り、ニーファはポスンとソファーに腰かけた。
(クリス先生はいいのかな……こんなことになって……)
クリスの迷惑になってるかも、と思うと、じわじわと落ち込んできた。マーサら神子達とクリス以外とは会えないということは、家に引きこもり、生活に必要な買い出し等、家の外に出ることは全てクリスにしてもらうということだ。勿論、家事は全てニーファがやるつもりなのだが、なんとも心苦しい。
大好きなクリスと一緒に暮らすというのに、ニーファは浮かれた気分にはまるでならなかった。
それが恋だと自覚したのは10歳の夏だった。
10歳の夏休み。その日、ニーファはリチャードとすぐ下の弟と一緒に、買い物をしに街に来ていた。マーサから頼まれたものを購入して、ついでに飴とキャラメルを買うために飴専門店に向かう途中の事だった。チリンチリンと聞きなれた鈴の音が聞こえた。クリスがいつも腰に着けている鈴の音だ。
ニーファは、クリスが近くにいる、とキョロキョロと辺りを見回した。すると、確かにクリスは近くにいた。クリスは髪が長い女性と一緒だった。ニーファの位置からは後ろ姿しか見えない。2人の距離はとても近く、子供でも特別な仲だと分かる程だった。クリスが女性の長い髪に触れ、そのまま女性の腰を抱いて歩いていった。
ニーファの胸にもやもやとしたよく分からない感情が沸き上がった。そのまま仲良く歩いていく2人を見るのが嫌で、ニーファはリチャードの腰に抱きついた。
「ニーファ?」
「……なんでもない」
帰ってその事を姉の1人に話すと、『焼きもちを焼いたのね』と言われた。『ニーファはクリス君のことが好きなのね』とも。ストンと、姉の言葉が胸に落ちて馴染んだ。
(そうか。俺はクリス先生が好きなんだ)
それからニーファは、それまで短かった髪を伸ばし始めた。誰にも理由を言わなかったが、花嫁修業のつもりで、料理、洗濯、掃除、裁縫を本格的に習い始めた。特に料理と裁縫とは相性が良かったらしく、メキメキと腕を上げていった。
ニーファはクリスのお嫁さんになりたかった。あの優しい手で髪に触れて、抱き締められたかった。ニーファは男だ。女になることはできない。でも、近づくことは出来るはずだと思った。それから髪と肌の手入れを入念にするようになった。本格的に第二次成長期に入ると、濃くなってきた体毛を脱毛して、肌がつるつるすべすべの状態をキープしたり、髭が生えてくれば、これも全て抜いた。何年もかけて髪を長く伸ばし、小まめなお手入れを毎日頑張り、ニーファはとても美しく成長した。
ニーファが中学2年生の時。クリスが離婚したと噂に聞いた。ニーファの胸中に薄暗い歓喜が蔓延った。これで、もしかしたらクリスに手が届くかもしれない。そう思った。ニーファはそれまで以上に花嫁修業と美しくある為のお手入れその他に精を出した。
民俗学に興味を持ったのもクリスが好きだったからだ。小学校を卒業して、クリスとの接点がなくなってしまっていたが、民俗学を通して再びクリスと接点を持つことができた。クリスとの接点を持つことがとても大事だったが、民俗学自体がクリスとは関係なく純粋に面白くて、ニーファはすっかりハマってしまった。それが良かったのか、民俗学にハマればハマる程、クリスとの接点は増えていった。
ニーファが中学校を卒業し、王都の高等学校に進学しても、クリスとの交流は続いた。手紙のやり取りをしたり、長期休みに領地に戻ると、直接会って勉強を教えてもらったりしていた。
教員を目指したのも、少しでもクリスに近づきたいが為だった。
クリスがニーファのことを教え子としてしか見ていないことは分かっている。
今はそれでもいいから、ただ1番近くにいたかった。
ーーーーーー
官舎はタイミング良く、部屋が1つ空いており、翌日には引っ越し作業が行われた。官舎の部屋は居間と台所、風呂、トイレの他には2部屋しかない造りだ。大きな家で育ってきたニーファには新鮮な狭さである。
ニーファの荷物とクリスの荷物が運び込まれた。お互い必要最小限に絞ったので、然程量は多くない。台所等で使う魔導製品や食器類、調理器具の類いは実家で余ってるものを持ち込んだ。引っ越し自体は半日で終わり、最後に手伝ってくれた家族とお別れのハグをして、家に帰る彼らを見送った。
自分の親兄弟なのに、ハグをしただけで鳥肌がたった事実がニーファには重く感じられた。
精霊の影響は確実に出てきている。憂鬱な気持ちでいると、ポンと頭に手を置かれた。
「ニーファ君」
「はい」
「今夜は晩ご飯は外で買ってこよう。何か食べたいものはあるかい?」
「あー……それじゃあ、鶏の唐揚げ食べたいです。あと、なんか甘いもの」
「じゃあ、唐揚げとパンと、あとは適当に買ってくるよ。甘いものはケーキでいい?」
「はい。お願いします」
「うん。じゃあ、行ってくるよ」
「いってらっしゃい」
クリスがニーファの頭を優しく一撫でして、鞄を持って出掛けていった。それを見送り、ニーファはポスンとソファーに腰かけた。
(クリス先生はいいのかな……こんなことになって……)
クリスの迷惑になってるかも、と思うと、じわじわと落ち込んできた。マーサら神子達とクリス以外とは会えないということは、家に引きこもり、生活に必要な買い出し等、家の外に出ることは全てクリスにしてもらうということだ。勿論、家事は全てニーファがやるつもりなのだが、なんとも心苦しい。
大好きなクリスと一緒に暮らすというのに、ニーファは浮かれた気分にはまるでならなかった。
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