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20:懐かしい客と大事な宝物
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春先のある日のこと。
喫茶店の開店と同時に店に入ってきた客の顔を見て、シュルツは驚いて目を丸くした。
「あ、ハゲだ」
「ハゲじゃねぇ。剃ってるんだ馬鹿野郎」
およそ15年ぶりに会う『ハゲ』ことサンガレア領軍副団長であった。もうオーランドが誕生して10年経っている。オーランドはすくすく元気に育って、無事に小学校に入学し、今は学校に行っている。シュルツは順調に歳をとり、肉体年齢はもう40歳である。フレディはあまり変わらないと言うが、シュルツは着実に老けていっている。副団長は見た目は変わっていない。多少顔が窶れている気がするが、肉体年齢は昔のままだ。突然バーバラに来るなんて、どうしたのだろうか。
「熱い珈琲とサンドイッチ頼む」
「サンドイッチは3種類ありますけど」
「ん?増えたのか?」
「えぇ。オムレツを挟んだオムレツサンドイッチってのがあります。評判がよくて今やこの店の看板メニューですよ」
「ふーん。じゃあ、それとフルーツサンドで。カウンターいいか?」
「どうぞ」
副団長がカウンター席に座った。フレディも副団長の姿に驚いたようで、目を丸くした後、嬉しそうな笑顔で副団長に話しかけた。
「お久しぶりです。副団長さん」
「おう。元気そうだな。もう副団長じゃねぇのよ。俺」
「え?辞められたんですか?」
「あぁ。ついに仕事中に血を吐いて倒れてな。ストレスで胃に穴が3つも開いてたんだわ」
「えっ!?大丈夫ですか?ていうか、珈琲飲んで大丈夫なんですか?」
「大丈夫じゃねぇの?もう殆んど治ってるし」
「えぇ……。珈琲じゃなくて温かいミルクにしましょう。蜂蜜も少し入れて」
「ん?ここ珈琲以外にも出すようにしたのか?」
「はい。メニューには載せてませんけど、温かいミルクだけ。子供が学校から帰るとここに来るものですから」
「あぁ。そういや子供つくったんだったな」
「はい。もう10歳になります」
「……早いもんだな」
「えぇ。コンラッドさんもよくお店に来ますよ。お客としてだったり、店のお手伝いしに来てくれたり」
「へぇ。あいつも元気か?」
「はい。オーランド、息子とよく遊んでくれますから、息子もとても懐いています」
「ほーん。そいつはいいな」
「はい。お待たせしました。サンドイッチとミルクです。今日のフルーツサンドイッチは苺ですよ。バーバラの苺はとても甘くて美味しいんです」
「お、ありがとな」
今のところ他に客がいないので、オムレツサンドイッチにかぶりついて旨そうに食べる副団長の隣にシュルツは座った。フレディがすぐにシュルツに熱い珈琲を淹れて差し出してくれる。
香りのいい珈琲を飲みながら、パクパク旨そうにサンドイッチを食べる副団長に話しかけた。
「副団長辞めて、これからどうするんですか?ていうか、100年近く副団長してたでしょ?大丈夫なんですか?」
「ん?まぁ、適当な奴に後を任せてきたし大丈夫だろ。団長も一緒に辞めたから、まぁ対外的には単なる世代交代だ」
「実際は?」
「団長も俺も色々限界でな。あの方の尻拭いに疲れはてたのよ。倒れた時によ、『もうやってられるかっ!』って思ってな。そのまま領主様に辞表叩きつけに行った」
「あらまぁ」
「次の団長と副団長にってずっと目にかけてたお前とコンラッドまで『処分』させられたんだぞ?本当にやってられっかよ。中央の街にはもう2度と戻らねぇ」
「どうするんです?バーバラに住むんですか?」
「いや、カサンドラに行く」
「カサンドラ?あー……もっと南の方のそこそこデカい街でしたっけ」
「あぁ」
「知り合いでもいるんですか?」
「いや?ただ、ずっと行ってみたかったんだよ」
「あそこ何かありましたっけ」
「まぁな。しっかし、このオムレツサンド旨いな」
「でっしょー!なんたってフレディが作ってますもん」
「珈琲が飲めねぇのが残念だぜ。ここの珈琲が1番口に合ったのによ」
「えー。なんならまた来ればいいでしょー。少なくともあと20年くらいは俺達現役ですよ」
「……そうだな」
副団長が穏やかな顔で笑った。それから暫く話をして、今日中にバーバラを発つという副団長をフレディと2人で見送った。ずっと背負っていた肩の荷が下りたからか、副団長は少し窶れながらも生き生きとして2人の前から去っていった。春の日射しを反射して、キラリと副団長のつるりとした頭が光るのを見ながら、シュルツはフレディと手を繋いだ。
「せめてオーランドの顔を見てから行けばいいのに。せっかちなハゲですね」
「ははっ。そうですね。まぁ、少しでも早く中央の街から遠くへ行きたいんじゃないですか?」
「そうかもですねぇ」
「珈琲の味も分かってくれるいいお客さんなんですけどね。また来てくれるといいですね」
「はい」
店先で元・副団長を見送った2人は店の中に戻り、いつも通り働いた。
ーーーーーー
学校から帰ってきたオーランドは、おやつを食べた後はいつも喫茶店を手伝ってくれる。シュルツに似たキレイな顔立ちで愛想がいいオーランドは常連客に人気である。客から注文を受けたり、お盆にのせた珈琲を運んだりしてくれる。フレディも子供の頃は、いつも学校から帰ると父親のジャックをこうやって手伝っていた。子供用のサイズの熊の刺繍が施されたエプロンをつけて、くるくる店の中を動き回るオーランドを見ていると、なんだか懐かしい気持ちになる。
オーランドは閉店1時間前に家事をするシュルツと共に自宅へと上がる。それから閉店まではフレディ1人で喫茶店にいる。カウンター席に座る常連客のお爺さんがのんびり煙草をふかしながら話しかけてきた。
「熊さんマスターはいいねぇ。男前の奥さんと可愛い子がいて。俺は結局この歳まで独り身でねぇ。やー、羨ましいね」
「まだ分かりませんよ?ある日突然押しかけ女房がやって来るかもしれませんよ」
「はっはっは。そんなことあるもんかい」
「ふふっ。人生何があるか分からないものですよ」
「そうだねぇ。俺にももしかしたら熊さんマスターみたいに家族ができるかもしれねぇなぁ」
「はい。2人とも、僕の大事な宝物です」
「いいことだねぇ」
「はい」
フレディは本当に幸せそうな穏やかな顔で微笑んだ。
〈完〉
喫茶店の開店と同時に店に入ってきた客の顔を見て、シュルツは驚いて目を丸くした。
「あ、ハゲだ」
「ハゲじゃねぇ。剃ってるんだ馬鹿野郎」
およそ15年ぶりに会う『ハゲ』ことサンガレア領軍副団長であった。もうオーランドが誕生して10年経っている。オーランドはすくすく元気に育って、無事に小学校に入学し、今は学校に行っている。シュルツは順調に歳をとり、肉体年齢はもう40歳である。フレディはあまり変わらないと言うが、シュルツは着実に老けていっている。副団長は見た目は変わっていない。多少顔が窶れている気がするが、肉体年齢は昔のままだ。突然バーバラに来るなんて、どうしたのだろうか。
「熱い珈琲とサンドイッチ頼む」
「サンドイッチは3種類ありますけど」
「ん?増えたのか?」
「えぇ。オムレツを挟んだオムレツサンドイッチってのがあります。評判がよくて今やこの店の看板メニューですよ」
「ふーん。じゃあ、それとフルーツサンドで。カウンターいいか?」
「どうぞ」
副団長がカウンター席に座った。フレディも副団長の姿に驚いたようで、目を丸くした後、嬉しそうな笑顔で副団長に話しかけた。
「お久しぶりです。副団長さん」
「おう。元気そうだな。もう副団長じゃねぇのよ。俺」
「え?辞められたんですか?」
「あぁ。ついに仕事中に血を吐いて倒れてな。ストレスで胃に穴が3つも開いてたんだわ」
「えっ!?大丈夫ですか?ていうか、珈琲飲んで大丈夫なんですか?」
「大丈夫じゃねぇの?もう殆んど治ってるし」
「えぇ……。珈琲じゃなくて温かいミルクにしましょう。蜂蜜も少し入れて」
「ん?ここ珈琲以外にも出すようにしたのか?」
「はい。メニューには載せてませんけど、温かいミルクだけ。子供が学校から帰るとここに来るものですから」
「あぁ。そういや子供つくったんだったな」
「はい。もう10歳になります」
「……早いもんだな」
「えぇ。コンラッドさんもよくお店に来ますよ。お客としてだったり、店のお手伝いしに来てくれたり」
「へぇ。あいつも元気か?」
「はい。オーランド、息子とよく遊んでくれますから、息子もとても懐いています」
「ほーん。そいつはいいな」
「はい。お待たせしました。サンドイッチとミルクです。今日のフルーツサンドイッチは苺ですよ。バーバラの苺はとても甘くて美味しいんです」
「お、ありがとな」
今のところ他に客がいないので、オムレツサンドイッチにかぶりついて旨そうに食べる副団長の隣にシュルツは座った。フレディがすぐにシュルツに熱い珈琲を淹れて差し出してくれる。
香りのいい珈琲を飲みながら、パクパク旨そうにサンドイッチを食べる副団長に話しかけた。
「副団長辞めて、これからどうするんですか?ていうか、100年近く副団長してたでしょ?大丈夫なんですか?」
「ん?まぁ、適当な奴に後を任せてきたし大丈夫だろ。団長も一緒に辞めたから、まぁ対外的には単なる世代交代だ」
「実際は?」
「団長も俺も色々限界でな。あの方の尻拭いに疲れはてたのよ。倒れた時によ、『もうやってられるかっ!』って思ってな。そのまま領主様に辞表叩きつけに行った」
「あらまぁ」
「次の団長と副団長にってずっと目にかけてたお前とコンラッドまで『処分』させられたんだぞ?本当にやってられっかよ。中央の街にはもう2度と戻らねぇ」
「どうするんです?バーバラに住むんですか?」
「いや、カサンドラに行く」
「カサンドラ?あー……もっと南の方のそこそこデカい街でしたっけ」
「あぁ」
「知り合いでもいるんですか?」
「いや?ただ、ずっと行ってみたかったんだよ」
「あそこ何かありましたっけ」
「まぁな。しっかし、このオムレツサンド旨いな」
「でっしょー!なんたってフレディが作ってますもん」
「珈琲が飲めねぇのが残念だぜ。ここの珈琲が1番口に合ったのによ」
「えー。なんならまた来ればいいでしょー。少なくともあと20年くらいは俺達現役ですよ」
「……そうだな」
副団長が穏やかな顔で笑った。それから暫く話をして、今日中にバーバラを発つという副団長をフレディと2人で見送った。ずっと背負っていた肩の荷が下りたからか、副団長は少し窶れながらも生き生きとして2人の前から去っていった。春の日射しを反射して、キラリと副団長のつるりとした頭が光るのを見ながら、シュルツはフレディと手を繋いだ。
「せめてオーランドの顔を見てから行けばいいのに。せっかちなハゲですね」
「ははっ。そうですね。まぁ、少しでも早く中央の街から遠くへ行きたいんじゃないですか?」
「そうかもですねぇ」
「珈琲の味も分かってくれるいいお客さんなんですけどね。また来てくれるといいですね」
「はい」
店先で元・副団長を見送った2人は店の中に戻り、いつも通り働いた。
ーーーーーー
学校から帰ってきたオーランドは、おやつを食べた後はいつも喫茶店を手伝ってくれる。シュルツに似たキレイな顔立ちで愛想がいいオーランドは常連客に人気である。客から注文を受けたり、お盆にのせた珈琲を運んだりしてくれる。フレディも子供の頃は、いつも学校から帰ると父親のジャックをこうやって手伝っていた。子供用のサイズの熊の刺繍が施されたエプロンをつけて、くるくる店の中を動き回るオーランドを見ていると、なんだか懐かしい気持ちになる。
オーランドは閉店1時間前に家事をするシュルツと共に自宅へと上がる。それから閉店まではフレディ1人で喫茶店にいる。カウンター席に座る常連客のお爺さんがのんびり煙草をふかしながら話しかけてきた。
「熊さんマスターはいいねぇ。男前の奥さんと可愛い子がいて。俺は結局この歳まで独り身でねぇ。やー、羨ましいね」
「まだ分かりませんよ?ある日突然押しかけ女房がやって来るかもしれませんよ」
「はっはっは。そんなことあるもんかい」
「ふふっ。人生何があるか分からないものですよ」
「そうだねぇ。俺にももしかしたら熊さんマスターみたいに家族ができるかもしれねぇなぁ」
「はい。2人とも、僕の大事な宝物です」
「いいことだねぇ」
「はい」
フレディは本当に幸せそうな穏やかな顔で微笑んだ。
〈完〉
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