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9:突然の嵐

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シュルツはここ数日本当にご機嫌だった。つい数日前の秋の豊穣祭で、フレディと念願のデートができたのだ。残念ながら手は繋げなかったが、間接キッスまでしてしまった。これはもう後は入籍するしかない。着実に2人の距離は縮まっている。フレディと過ごした素敵な1日を思い出すだけで顔がにやけてしまう。シュルツはニヤニヤしながら、客が帰った後のテーブルをキレイに拭いた。

カランカランと喫茶店の入り口のドアのベルが鳴った。シュルツはご機嫌に明るい声を出した。


「いらっしゃいませー」


喫茶店に入ってきたのは、10代後半くらいの1人の少女と神殿警備隊の制服を着た複数の屈強な男達だった。シュルツは少女の顔に見覚えがあった。すっとシュルツは真顔になった。


「……土の神子様」

「あ!いたわっ!」


当代土の神子はシュルツを見るなり、パァッと笑顔になった。とても美しい少女である。若木のようにほっそりとした身体に、整った顔立ち、腰まである長い髪は癖がなく、真っ直ぐでサラサラである。ぽっちゃりさんにしか興味がないシュルツでさえ、美しいと思う程の美少女が笑顔でシュルツに近寄ってきた。何故こんな大通りから少し離れた小さな単なる喫茶店に土の神子がいるのか。土の神子は自分の後宮から出ないと聞いているのに。


「ふふっ。近くで見ると本当に素敵っ!貴方を私の後宮に入れてあげるわ」

「……お断りします」

「貴方に拒否権はないわよ?ねぇ、連れていって」


土の神子がそう言うと、シュルツは突然神殿警備隊の男2人に両側から腕を拘束された。


「……っ!おいっ!離せっ!」

「ちょっ、突然何なんですかっ!うちの店員にっ!」


フレディが慌てた顔でカウンターから出てきた。土の神子はチラッとフレディの顔を見ると、すぐに興味がなさそうに再びシュルツの顔を見た。


「ふふふっ。本当にキレイな顔。こんなにいい男がいたなんて、後宮抜け出して豊穣祭に行ってみてよかったわ」

「おいっ!離せっ!後宮になんかいかないっ!俺にはフレディがいるっ!」

「あー……そこのデブのこと?貴方、本当に趣味が悪いのね。あんなデブのどこがいいの?大丈夫よ?今日から私が貴方のこと愛してあげるから」

「ふざけるなっ!」

「もー。怒鳴らないでよー。ちょっと。眠らせて」

「はっ」


拘束を逃れようと暴れようとした矢先、首に冷たい針が刺さる感触がした。急速に意識が遠退く。フレディの『シュルツ!』と呼ぶ声が聞こえた気がしたが、シュルツはなす術もなく意識を飛ばした。






ーーーーーー
あまりにも突然に、シュルツが現れた客と神殿警備隊に拘束された。後宮とか訳が分からないことを言っている少女の顔を見ると、フレディはどこかで見たことがある気がした。
しかし、そんなことよりもぐったりと力が抜けて動かなくなったシュルツのことである。突然なんなのだ。何故シュルツが拘束されねばならない。少女はぐったりしている意識がないシュルツを見ると、満足げな顔をして、喫茶店から出ていこうとした。シュルツを連れて。


「ちょっ!なんなんだアンタ!そいつはうちの従業員だぞ!」

「はぁ?うっざ。見苦しいデブのくせに。ねぇ。そのデブ、ちゃんといつも通り処分しといてよ」

「はっ」

「はぁ?処分ってなんだっ!おいっ!やめろっ!そいつから手を離せよっ!って!なんなんだっ!離せっ!」


今度はフレディまで2人の神殿警備隊の男達に両腕を拘束された。振り払おうとするが、屈強な男達の力が強く、中々振りほどけない。フレディが焦ってジタバタしている間に、少女は店内から出ていき、シュルツも連れていかれてしまった。


「くっそ!離せっ!」

「すいません。抵抗しないでください。抵抗されると手荒な真似をしなくてはいけなくなる」

「はぁ!?ふざけんなよっ!?」

「お願いです。大人しくついてきてください」


静かな声でそういう神殿警備隊の男を、フレディはキッと睨んだ。フレディに睨まれている男は、なんだか本当に申し訳なさそうな、気の毒そうな顔をしていた。


「もう1度言います。本当に大人しくしてください。単なる一般人に手荒な真似はしたくない」

「……その単なる一般人を拘束してんのはどこのどいつだ」

「……我々です。土の神子様のご命令ですから」

「……土の神子様?あれが?」

「はい。移動します。貴方には1度然るべき場所に移動していただき、その後全ての説明が為される筈です。手荒な真似は本当にしたくありません。大人しく我々についてきてください」

「…………シュルツは無事なのか?」

「はい。今のところは。多分、あの気に入りようだと今後も身の安全は保証される筈です」

「…………分かった」


フレディは溜め息を吐いた。とりあえずシュルツの身の安全が保証されているのならいい。本当に突然のことで訳が分からないが、とりあえず神殿警備隊の男達がフレディを離す気がないことだけはよく分かる。手荒なことをされるよりも素直についていって、ちゃんと説明を受けた方がマシな気がする。
『土の神子』『後宮』『処分』なんだか嫌なことを連想してしまう単語ばかりだ。
本当にあの少女が当代の土の神子なのだろうか。神殿警備隊がこうして動いている以上、多分本物なのだろう。しかし、当代土の神子は後宮から出てこないという噂だ。フレディは新聞か何かで顔写真しか見たことがない。確かに、とても美しい少女だった。先ほどまで目の前にいた少女と同じ顔をしていた筈だ。
フレディは強く下唇を噛みながら、神殿警備隊の男達に連れられて喫茶店を出た。

なんだか嫌な予感しかしない。
シュルツの無事を確認したいが、今のフレディにはその術がない。訳が分からない状況に腹が立って仕方がないが、こういう時こそ冷静でなければならない。フレディは爪が食い込んで血が滲む程強く拳を握った。





ーーーーーー
フレディが神殿警備隊の男達に連れてこられたのは聖地神殿だった。聖地神殿の中に入り、地下へと降りて、どこからどう見ても牢屋にしか見えない所に入れられた。
牢屋の中は予想外な程にキレイで、埃もないし、嫌な匂いも全然しない。
ここは少し冷えるからと、フレディを連行した神殿警備隊の男が清潔な真新しい毛布を持ってきた。更には熱い紅茶まで出してくれる。
牢屋の中だと言うのに、ベッドと小さなテーブル、椅子までちゃんとある。トイレも正面からは見えないように衝立があった。石造りの床には厚めの絨毯が敷かれており、風呂がない以外は牢屋とは思えないような快適空間である。本当に訳が分からない。フレディはムスッとしながら、椅子に座り、とりあえず出してくれた紅茶を飲んだ。悔しいが、かなり旨い。紅茶自体も上等だし、多分淹れた者の腕もいいのだろう。
無理矢理フレディを連れてきたくせに、この厚待遇。なんなのだ、本当に。


「もう少々お待ちください。説明をする者が参りますので」

「……分かりました」


フレディは溜め息を吐いて、とりあえず説明をしてくれるとかいう人物を待つことにした。


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