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7:新たな常連客

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カランカランと喫茶店の入り口のドアにつけているベルが鳴り、客が1人入ってきた。
フレディがグラスを拭いていた手を止めて、そちらを見ると、ハゲな副団長が喫茶店に入ってきた。
副団長は初めてフレディの喫茶店に来た時から、その後も何度もシュルツを領軍に連れ戻そうと来ていたが、暫くすると諦めたのか、ここ2ヶ月くらいは普通に客として訪れている。どうやら珈琲とフルーツサンドイッチが気に入ったらしく、週に3回程やって来る。副団長は愛煙家だから、煙草を吸いながら珈琲が飲めるというのもいいらしい。


「いらっしゃいませ」

「あぁ。冷たい珈琲とサンドイッチ頼む。今日は両方で」

「ありがとうございます。でも2皿も食べられますか?」

「あぁ。忙しくてな。朝から何も食ってないんだわ。やっと隙ができたから抜けてきた」

「お疲れ様です。大変ですね。ていうか、今日は本当に疲れた顔をしてらっしゃいますけど、大丈夫ですか?」

「あー……まぁ、色々あってな。今日はあの馬鹿はいないのか?」

「今は買い出しに行ってます。ちょうどお客さんが少ない時間帯なので」

「そうか」


フレディはカウンターに座った副団長と話ながら、手早くサンドイッチを作り、熱い珈琲を淹れた。フレディの喫茶店では冷たい珈琲の時は、熱い濃いめの珈琲をカップに淹れて、氷をたくさん入れたグラスと共に客に出している。熱い珈琲に好みで砂糖やミルクを入れてもらってから、自分で氷入りのグラスに珈琲を入れてもらうのだ。珈琲は一気に冷やすと香りが飛びにくい。客に自分で氷の入ったグラスに入れてもらうことで、より美味しい冷たい珈琲を飲んでもらえる。
珈琲とサンドイッチを待つ間に、副団長が煙草に火をつけた。


「ここはいいよなぁ。ゆっくり煙草が吸えて。大通りにある店なんか、もう殆んど店の中じゃ煙草が吸えないんだぞ。ありえねぇ」

「あれ?そうなんですか?僕が子供の頃は普通に吸える店が多かった気がしますけど」

「最近また嫌煙家が煩くてな。領軍本部も屋内全面禁煙になっちまった」

「え?じゃあ、どうしてるんですか?」

「外に喫煙所があるんだよ。夏は暑くて冬は寒いような嫌がらせじみた場所にな。雨が降ろうが暑かろうが寒かろうが、そこで吸うしかないのよ」

「うわぁ。ツラいですね」

「本当にな。嫌な世の中になったもんだぜ。肩身が狭くていけねぇ。そういや、お前さんも煙草吸うのか?」

「僕は煙草は吸いませんよ。でも父が昔から愛煙家なので煙草の匂いは慣れてるし好きなんです」

「そっかー。やー、そんなのが多いといいんだがなぁ。今じゃ、匂いがー、とか、副流煙がー、とか煩くてかなわん」

「前からそんなに煩かったですかね?」

「んー。今の神子様が召喚されてからだな。じわじわ愛煙家に厳しい世の中になってきたのは。神子様が嫌いなんだよ、煙草。臭いし、副流煙が身体に悪いし、最悪って言ってな。公的機関じゃ、もう殆んど今は屋内完全禁煙だし、民間も煙草吸えないところが増える一方なんだよ」

「へぇー。それはちょっと嫌ですねぇ。でも神子様って後宮から出てこないんでしょ?なんでそこまでするんですか?」

「さぁな。まぁ、それだけ影響力があるんだろうよ。土の神子様は土の宗主国の民にとっては、特別で尊い存在だからな」

「あー。まぁ、そうですけど」

「仕方がないと言えば仕方がないんだが。どうにも息が詰まってなぁ。煙草代もまた上がるらしいし」

「え?何でです?」

「高けりゃ煙草を吸うやつ減るだろ、っていう安易な考えなんだよ。だから煙草代もじわじわ上がってんのよ」

「えぇー。僕は煙草より酒を規制する方がいい気がしますけどね。煙草で犯罪は殆んど起きないけど、酒に酔って暴れたり人を殺すような人がいるんでしょう?」

「まぁな。でも酒を規制されても俺は嫌だなぁ。酒も好きだし。お前さん、酒も飲まないのか?」

「たまーーに飲みますけど、殆んど飲まないですね。甘いものが好きなんです。果物とか、お菓子とか」

「ふーん」

「はい、お待たせしました」

「お、ありがとさん」


副団長が砂糖もミルクも入れずにカップの珈琲をグラスに注いで、ストローでぐるぐるかき混ぜた。1口飲んで、ほっと息を吐いた。


「旨いなぁ。職場で出てくる珈琲は不味いんだよ。香りは薄いし、味はやたら苦くて渋いし」

「豆の焙煎と淹れ方が下手なんでしょうね」

「まぁ、経費で買ってるから安物だしな。淹れるのはド素人の部下だし。とはいえなぁ、この店のもん程って贅沢は言わねぇが、もうちょいマトモなもんが飲みたいんだよなぁ。頻繁に飲むしよぉ」

「あんまり珈琲ばっかり飲んでると胃を痛めますよ?」

「眠気飛ばしたり、気分変えるには珈琲が1番いいんだよ」

「まぁ、そうかもしれませんけどね」

「ここのハムサンド、ハムがしこたま挟まってていいよな。こないだ行った大通りの店じゃ、この店と同じような値段だっつーのに、ハムがたったの2枚だったんだぜ?しかもペラっペラのやつ」

「あー。あーいうのは食った気がしませんよね」

「だよな。そういや、玉子サンドは出さないのか?大概定番メニューだろ?」

「んー。僕マヨネーズの卵サンドがあんまり得意じゃなくて。あ、食べる方じゃなくて作る方がですよ。なんか微妙になっちゃうんですよねぇ、味が。うちはメニューが少ない分、味にはこだわってますから、微妙にしかならない卵サンドは出さないんです」

「ふーん。あ、フルーツサンドうめぇ。梨か?これ」

「梨です。ようやく出始めたんで、ちょっと白ワインで煮てコンポートにしてあるんです。生のままでもいいけど、コンポートにした方が生クリームとの相性がいいんです」

「へぇ。旨いわ。梨の食感も残ってるし。甘過ぎない感じがいいな。珈琲にも合う」

「ありがとうございます」


副団長はサンドイッチを食べ終え、追加で熱い珈琲を頼んで、珈琲と共に食後の一服を楽しんでから帰っていった。味を分かってくれるお客さんだとフレディも嬉しい。フレディはご機嫌に鼻歌を歌いながら、使い終えた食器を洗った。






ーーーーーー
夕方の閉店間際に、比較的最近常連になってきたコンラッド分隊長がフレディの店にやって来た。


「いらっしゃいませ」

「やぁ、こんにちは。旦那さん、熱い珈琲ちょうだい」

「旦那じゃないです。かしこまりました」

「旦那さん、今シュルツちょっと借りていい?書類で聞きたいことがあってさ」

「旦那じゃないです。いいですよ。今お客さん少ないんで」

「ありがとね。旦那さん」

「旦那じゃないです」


コンラッド分隊長はシュルツの仕事の後任らしく、たまに仕事の書類などを持ってシュルツを訪ねてくる。毎回何杯も珈琲を頼んでくれるし、いつも『美味しかった』と言ってくれるので嬉しいお客さんである。
シュルツとテーブル席に向かい合って座り、書類を広げたコンラッド分隊長に熱い珈琲を運ぶ。ついでにシュルツの分も。


「お待たせしました」

「ありがとう。いい匂い。詰所の珈琲不味いからさぁ、ここ来るの楽しみなんだよね」

「ありがとうございます」

「旦那様の珈琲は最高だからな」

「はいはい。今度マークも連れてこようかなぁ」

「お前の嫁、珈琲ダメじゃなかったか?」

「ダメだねぇ。でも、ここフルーツサンドあるじゃん。マーク甘いもの好きだからさ、多分ここのフルーツサンド気に入ると思うんだよね」

「ふーん」

「はぁー。おーいしい。あ。で、この書類なんだけど……」

「んー。あー、それは……」


2人が仕事の話を始めたので、フレディは静かにテーブル席から離れた。
他の客の使ったカップを洗いながら、チラッと壁にかけてあるカレンダーを見た。
季節はもうすっかり秋である。秋の豊穣祭の日が近づいてきていた。

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