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4:シュルツの楽しい日々

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シュルツは毎日が満ち足りて楽しくて仕方がなかった。思いきってフレディの押しかけ女房になって約1ヶ月。毎日おはようからおやすみまで理想の相手であるフレディと一緒なのだ。残念ながらシュルツはまだフレディのことを初対面の時以外、名前で呼べていない。いつも『旦那様』と呼んでいる。本当は『フレディ』と呼びたいが、なんだか恥ずかしくて照れ臭くて無理なのだ。フレディはシュルツのことを『アンタ』とか『なぁ』とか呼ぶ。できたら『シュルツ』とか『シュルたん』と呼ばれたいが、一緒に暮らし始めて約1ヶ月だし、深い関係にはまだなっていないので仕方がない。それに雑な呼ばれ方もなんだか熟年夫婦っぽくて嫌じゃない。

シュルツは食事の時間が1番好きだ。フレディは本当に本当に美味しそうにシュルツが作った料理を食べてくれるのだ。料理を盛った皿をテーブルに並べると、丸っこい優しげな目をキラキラと輝かせて、いそいそと椅子に座ってくれる。普段は素っ気ないが、食事の時間だけは美味しそうにシュルツの料理を食べながら普通に会話してくれる。『これが美味しい』とか『どうやって作ってるんですか?』とか言ってくれるのだ。なんかもう幸せ過ぎてツラい。

フレディは優しい。1週間前、フレディが好きらしい苺をデザートに用意した。少し時期が早いのでかなり高かったが、フレディの笑顔が見たくて店で見かけた瞬間購入を決めた。苺をデザートに出すと、案の定フレディは目を輝かせた。でもその後は期待していた笑顔ではなく、訝しげな顔をしてこう言った。『アンタの分は?』シュルツはフレディの分しか苺を用意していなかった。シュルツは別に苺はどうでもいい。自分が食べるよりも、美味しそうに食べるフレディが見たいだけだ。シュルツが『旦那様だけで召し上がってください』と言うと、フレディはむすっとした顔で席を立ち、台所から皿を持ってきて、苺を2つに分けた。『美味しいものは分けっこした方が美味しいんです。苦手じゃないなら食べてください』と言って、シュルツにも苺を分けてくれた。苺は奇数だったのだが、1つシュルツの分が多かった。何度か実験してみたのだが、好物でもフレディはいつもシュルツと分けっこしてくれる。それも奇数なら必ずシュルツの分を多くして。『苦手なものなら別にいいけど、一緒のもの食べる方が美味しいし楽しいでしょ』と言ってくれた。

フレディはのんびりおっとりしてそうな見た目なわりに意外と口が悪いが、そんなの全然気にならないくらいに優しい。突然押しかけたシュルツを家に置いてくれているし、シュルツが家事をしても嫌な顔もしないし文句も言わない。『アンタだけにさせるわけにはいかない』と家事を手伝おうとさえしてくれるのだ。
最初は本当にフレディの見た目だけが好きだった。理想の相手だと思って、無理矢理家に押しかける程。しかし、今はフレディそのものが好きである。フレディを少しずつ知る度に、どんどんフレディのことを好きになっていく。少し口が悪いところも、結構ずぼらなところも、仕事に一生懸命なところも、客に見せる柔らかい笑みも、美味しそうにシュルツの料理を食べてくれるところも、ぶすっとしながらもシュルツを気遣ってくれる優しいところも、本当に好きなのだ。

シュルツは毎日家事にも喫茶店の手伝いにも一生懸命である。兎に角フレディに好かれたいのだ。『愛してる』って言われたい。あの大きな身体で抱き締められたい。ぷにぷにしてそうな大きな手で頭を撫でられたい。ぷっくりした厚めの唇でキスをされたい。シュルツは頑張って押しかけ女房継続中である。






ーーーーーー
夕食を食べ終えたタイミングで、フレディがシュルツに紙封筒を差し出した。いよいよ結婚届けかっ!と鼻息を荒くしたシュルツに、フレディは真顔で口を開いた。


「アンタの今月の給料です」

「え?結婚届けじゃないんですか?」

「そんなわけあるか」

「えぇー」

「少ないですけど、うちが出せる精一杯の額なんで我慢してください」

「俺は貴方の奥さんだから給料なんていりませんよ」

「ちげぇし。……不本意ですけど、働いてもらってる以上、給料はお出しします」

「んー……あ、そうだ」

「なんです?」

「お給料は本当にいりません。その代わり、毎日俺に珈琲を淹れてくれませんか?」

「は?」

「いっつもすごくいい匂いがしてるから飲んでみたかったんです。お金はいりませんから、俺のために珈琲を淹れてください」

「え、えぇ?アンタ本当にそんなんでいいのか?」

「はいっ!」

「いやでも、珈琲代なんて給料に比べたら微々たるもんでしょ?」

「俺にとっては、どこでも手に入るお金なんかよりも貴方が淹れてくれた珈琲の方がよっぽど価値がありますけど」

「……意味がわからない」

「ふふっ。夕食の後は珈琲を飲むと寝つきが悪くなるかもしれませんし、昼食の時はバタバタしてますから、朝食の時に毎日珈琲を淹れてくれませんか?」

「……アンタがそれでいいならいいですけど。あ、珈琲代差っ引いた額の給料は受け取ってくださいよ。タダ働きなんてさせられないんですから」

「えー。本当にお金はいりませんよ」

「給料受け取らないなら珈琲淹れません」

「ありがたく頂戴します!」

「……即答すんなよ……」


シュルツは嬉しくて堪らなくなった。残念ながら結婚届けではなかったが、毎朝フレディがシュルツの為に珈琲を淹れてくれることになった。フレディが淹れる珈琲は本当に香りがよくて気になっていたし、なにより、フレディが!シュルツの為だけに!珈琲を淹れてくれるのだ!なんて素敵なことだろう。旦那が毎朝奥さんに珈琲を淹れてくれる新婚夫婦のようではないか。夜明けの珈琲的な感じではないか。シュルツはものすごくご機嫌になって、その夜はテンションが上がりすぎて眠れなかった。それだけ嬉しいのだ。シュルツの為にフレディが何かしてくれることが。真面目なフレディはきっと手抜きなどせず、客に出す時と同様、丁寧にシュルツの為に珈琲を淹れてくれる筈である。朝が楽しみすぎて、シュルツは意味もなく布団の中でジタバタ足を動かした。やっぱりフレディは優しい。そんなフレディがシュルツは本当に好きなのである。





ーーーーーー
静かな店内で、シュルツは客が帰った後のテーブルを拭いていた。一時期はシュルツ目当ての有象無象で溢れていて騒がしかった店内も、この10日程ですっかり静かな落ち着いた雰囲気に戻った。シュルツが露骨にシュルツ目当ての客は問答無用で追い出していたからだ。常連客と純粋に珈琲を飲みに来た客だけ喫茶店の中に入れるようにしたら、そのうちシュルツ目当ての客は来なくなった。まぁ、フレディに見られないように、しつこそうな輩はこっそり殺気を向けて脅したのだが。お陰で前のような喫茶店の雰囲気に戻り、ここ数日フレディはご機嫌である。フレディがご機嫌だとシュルツも嬉しい。シュルツはいそいそとお盆にのせた使用済みの空のカップをカウンターの内側にいるフレディの元へと運んだ。

夕方の客が途切れた時間帯に喫茶店の入り口のドアが開いた。入ってきた客に愛想よくシュルツが『いらっしゃませ』と声をかけると、客は驚いた顔をした。シュルツも目を丸くした。客はどことなくフレディに似ている。体型は中背中肉だが、丸っこい優しげな目元やぷっくりした厚めの唇、豊かな髭など、なんとなく似ている。


「あ、父さん。おかえり」

「お、お、お、お義父様ですかぁ!?」

「フレディ。ただいま。店員さん雇ったの?」

「あー……その……」


シュルツは身につけていたエプロンをピシッと伸ばすと、店の中に入ってきたフレディの父親の前に立った。


「は、はじめまして!息子さんの押しかけ女房やってます!シュルツ・フリークネスと申します!」

「はい?」

「ふつつかものですがっ、よろしくお願いいたします!お義父様!」

「え?え?ちょっ、フレディ?フレディ?え、なに?フレディ結婚したの?」

「してない」

「え?でも押しかけ女房って」

「本当にいきなり押しかけてきたんだよ、この人」

「はい?」

「ある日突然やって来て、家に住み着いて、ここで働いてる」

「へ?え?なに、この人。なんで僕と同じような行動してんの?」

「いやいやいやいや。父さんも似たようなことやったのかよ」

「え、だって僕押しかけ女房だもん」

「『だもん』とか言うなよ。オッサン」

「あ、お義父様も押しかけ女房なんですか?」

「え?あ、はい」

「一緒ですねー」

「あ、うん。そうだね?」


困惑した様子のフレディの父親の後ろに、のそっと筋骨粒々なフレディの父親と同年代らしきオッサンが現れた。


「ジャック。遅い」

「あ、ごめん。ニルグ。息子のフレディだよ」

「……随分似てないな」

「あ、そっちの美形の彼じゃないくて、僕に似てる方のあっちね。フレディ。僕の旦那のニルグだよ」

「はぁ……えーと、はじめまして?息子のフレディです」

「はじめまして。ニルグ・パークだ」

「あー、えーと、その、父がお世話になってます?」

「世話してもらってるのはこっちだな」

「あ、そうなんですか……」

「フレディ。今日はニルグの仕事でこっちに来たんだ。フレディに会わせたかったのもあるけどね」

「仕事って?」

「ニルグは小物を扱う雑貨屋をやってるんだ。その仕入れに来たんだよ」

「へぇー」

「フレディにもついに春が来たんだね!しかもすっごい美形じゃないっ!やるねぇ、フレディ」

「いや違うから」

「シュルツ君がいるなら僕らは宿に泊まるよ。部屋ないし。今夜は商談があるからさ。明日は一緒に晩ご飯食べようよ」

「え、あ、うん」

「じゃっ!シュルツ君!息子をよろしくね!」

「はいっ!お義父様っ!」

「いや、よろしくすんなよ」


フレディの父親ジャックは優しげな笑顔でニルグを連れて喫茶店から出ていった。調べによれば、ジャックは1年近く前にフレディを喫茶店に残して旅に出たとか。どうやらジャックはシュルツ同様押しかけ女房していたらしい。なんとなく気が合いそうな気がする。
シュルツは溜め息を吐いているフレディを見た。


「お義父様と似てますね」

「え?あ、はい。まぁ、顔はそれなりに」

「なんなら俺ソファーで寝ますけど」

「……いいですよ。宿に泊まるって言ってたし。なんかもう貴方の部屋になっちゃってるじゃないですか……」

「えへっ」

「きめぇ」


疲れたような顔でまた溜め息を吐くフレディにいそいそとシュルツは近づいた。


「お義父様は何がお好きですか?嫁としては、お義父様達にお好きなものをご用意したいのですが」

「嫁じゃねぇよ。……父さんはハンバーグが好きです」

「ハンバーグですねっ!分かりました!明日はハンバーグにしますっ!」

「あ、はい」

「今からちょっと材料買ってきますね。抜けても大丈夫ですか?」

「あ、はい」

「じゃあ、いってきます」

「……いってらっしゃい」


シュルツはエプロンをつけたまま、喫茶店を出た。喫茶店を開店している時間帯にいつも隙をみて買い出しに抜けているので、財布は常に持ち歩いている。
ハンバーグと、ちょっと自信がありフレディも好きなミネストローネを作ろう。頭の中に魔導冷蔵庫の中身を思い浮かべ、必要なものをリストアップしていく。
フレディの嫁として、フレディの父親のジャックには気に入られたい。あとジャックの旦那のニルグにも。
シュルツは気合いを入れて、材料からこだわる為に1番いい品物が置いてある店へと足早に歩いていった。

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