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2:シュルツの理想
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時は少し遡り、冬の季節も後半が近づいてきた頃。
シュルツ・フリークネスは仕事用の机に頬杖をついて、ぼーっとしていた。
「……結婚したい」
ぼそっと小さく呟いたシュルツの言葉は、同じ部屋で仕事をしていた入隊以来の友人でもあるコンラッドに聞かれていた。コンラッドが眺めていた書類から顔を上げて、ぼんやりしているシュルツを見た。
「お前結婚願望なんてあったの?」
「……あるに決まってるだろ」
「そのわりには告白してくるのを片っ端からフッてるじゃないか。男も女も老いも若きも」
「全員俺の顔と身体が好きなだけだろ。そんなつまらん相手となんぞ結婚したくない」
「まぁなぁ」
「それに……」
「それに?」
「……何で俺の好みのタイプからは告白されないんだろうな……」
「お前の好みのタイプってデブだっけ?」
「デブじゃない。ぽっちゃりだ。ぽっちゃりと言え」
「いや、お前が言うぽっちゃりは世間一般的には完全にデブだろ」
「ぽっちゃりだっつーの」
シュルツはぽっちゃり系の男が昔から好みである。今にして思えばシュルツの初恋だった小学校の保健室の先生がぽっちゃりで髭の豊かな男だったのだ。とても優しくて、シュルツは彼が大好きだった。
シュルツは小学校中学年くらいまで、いじめられっ子だった。今でこそ背も伸びて筋肉もつき、顔も男くさい感じになったが、小さい頃は同年代の子供と比べて、とても小柄で顔も女の子みたいだったのだ。親の趣味で髪を伸ばしていたことも相まって、シュルツは『女男』といつもからかわれていた。それが嫌で髪をバッサリ切りたいと何度も親に言ったが、特に母親が絶対にダメだと聞いてくれなかった。母親は女の子が欲しかったらしく、小学校に入学する前はよくスカートを穿かされていたし、小学校に入学しても中性的な服装ばかりさせられていた。危ないことはしてはいけないと、学校や近所の男の子と遊ぶことは禁止されており、シュルツはいつも1人で本を読んでいた。大人しく本を読む中性的な格好をした小柄な女の子みたいな顔のシュルツは、当時のやんちゃ坊主達には単なるからかって遊ぶだけの存在だった。『女男』と馬鹿にされ、『本当にちんちんついてんのかよ』とズボンを脱がされたり、『お前女だから一緒に遊ばないんだろ?』とか嫌みを言われたり、シュルツの私物をとられたり。小学校に行くのが嫌で、いつも泣きながら親に『馬鹿にされるから学校に行きたくない』と訴えていたが、毎回のように何故か『いじめられるのはお前にも原因がある』とシュルツが怒られ、無理矢理登校させられていた。今にして思えば、結局親に8割~9割くらい原因があった気がする。なのに怒られていた。実に理不尽な話である。
友達もできず、いじめられていたシュルツの心の拠り所は保健室の先生だけだった。1年生の時に同じ教室の男の子に突き飛ばされて転び、怪我をして泣きながら1人で保健室に行ったのが最初である。優しく治療してくれて、治療が終わったら『痛かったね。よく1人でここまで来れたね。頑張ったね』とシュルツの頭を撫でてくれた。保健室の先生は口髭が豊かなぽっちゃり体型で、『熊先生』と他の生徒から呼ばれていた。シュルツは『熊先生』に夢中になった。特に母親はシュルツをまるで生きたお人形みたいにしか見ていないし、父親はいつもシュルツが何を訴えても頭ごなしに否定するだけだ。シュルツの話を聞いて、理解を示してくれたのは『熊先生』だけだった。
10歳くらいの頃から『熊先生』の勧めで剣を習い始めた。母親は素直に嫌がっていたが、父親は『別にいいだろう?どうせものにはならないし、すぐに挫折する』と言って、一応近所の元軍人がやっている剣の教室に通わせてくれた。父親の予想に反して、シュルツには剣の才能があった。剣を習い始めてから身長も伸びだし、中学校に入学する頃には成長期にも突入して、同じ年頃の子供達の中で1番背が高くなった。身体つきも筋肉がしっかりついたし、女の子みたいだった顔も凛々しく男らしくなっていった。その頃から、小学校低学年の頃にシュルツを馬鹿にしていじめていた者達がシュルツにすり寄ってくるようになった。中には『好きだ』と告白してくる者まで出てきた。誰が自分をいじめていた者なんぞを好きになるものか。シュルツはずっと優しく応援してくれていた『熊先生』だけが好きなのだ。結構恥ずかしがり屋なシュルツは大好きな『熊先生』に結局告白することはできなかった。そもそもシュルツが小学校に入学する前には『熊先生』は結婚していて子供もいた。シュルツは儚く散った初恋に1人枕を濡らして、新たな恋を期待しつつ、剣の稽古にひたすら励んだ。
いいなぁ、と思う好みのタイプの男がいても、いつもシュルツは話しかけることすらできなかった。シュルツの見た目に惹かれた有象無象が常に側にまとわりついていて邪魔くさかったし、なによりシュルツの好みのタイプの男はあまり一般受けする感じではないので、シュルツから声をかけたら、有象無象がその相手に迷惑をかける可能性も考えられたので、どうしても躊躇してしまっていた。
花街にも行ったことがない。花街にいるのは好みではない細身の男が多いからだ。もしくは男好きな男に受けがいいマッチョか。
領軍に入隊してからは、右を見てもマッチョ。左を見てもマッチョ。毎日が筋肉祭りで全く潤いのない日々を過ごしている。剣の腕が優れていて頭もそれなりにいい目立つシュルツは、トントン拍子で出世して、今から100年くらい前に分隊長になり、中央の街の領軍詰所を任されることになった。以来、ひたすら仕事三昧の日々である。
仕事は割りと好きだ。でもいい加減、仕事ばかりの毎日に飽きてきた。シュルツは剣の稽古と読書くらいしか趣味がない。外に出ると、シュルツに惚れているとか抜かす男や女に囲まれるので、基本的に休みの日には家に引きこもっている。出会いがまるでなく、潤いのない日々にシュルツは疲れてきていた。
今まで働き続けてきたのは、仕事がそれなりに楽しかったのと貯金をするためだ。男同士で子供をつくることができる施設で子供をつくるとなると、1人つくるのに一般庶民の年収約10年分程が必要になる。もし恋をして結婚をして、その相手が子供を欲しがった時に子供をつくれるよう、シュルツは地道に貯金をしていた。全てはいつか現れる運命の愛しのぽっちゃりさんの為だ。
恋がしたいし、結婚がしたい。優しいぽっちゃりさんに愛されたい。それなのにまるで出会いの場がない。出歩けば、全然好みではない自分に自信を持っているような細身やマッチョの男か、女からしか声をかけられない。シュルツは今の状況に辟易していた。
「街のお見合いパーティーにでも行けば?」
「……俺が行ったら面倒なことになるだろ」
「まぁ、騒ぎになって、最悪新聞の一面に載るな」
「……だから嫌なんだよ」
シュルツは憂鬱な溜め息を吐いた。シュルツの見た目は世間一般的にすこぶるいいらしく、『美しすぎる分隊長』とか『美貌の分隊長』とか、ふざけたタイトルで大衆雑誌に特集されたことがある程である。実に馬鹿馬鹿しい。お陰で無駄に有名になり、街を歩けば女達に囲まれたり、男女問わず付きまとわれたり、ストーカーされたりと散々なのである。シュルツは不特定多数にキャーキャー言われたいのではない。ただ1人の優しいぽっちゃりさんにだけ愛されたいのだ。だというのに、無駄に有名なせいでぽっちゃりさんは近寄ってこないし、シュルツからも近寄りにくいし、そもそも出会いがない。シュルツはギリギリ奥歯を噛みしめた。
「んー……来週さ、街でお見合いパーティーあるじゃん」
「あぁ」
「巡回ついでに覗いてきたら?」
「無駄な騒ぎになるだろ」
「単なる仕事って感じでさ。それとなーく見てみるとかしてみれば?」
「んー……」
「自分から出会いにいかないと。受け身のままじゃ、いつまで経っても結婚なんてできないぞ」
「……それもそうだな」
「そうそう」
「お前はいいな。伴侶どころか孫までいて」
コンラッドはサンガレア領営の魔術研究所に勤めている男の伴侶がいる。子供も2人おり、孫までいる。長生き手続きは公的機関で働いている本人しか受けられず、結婚と同時にやめる者が殆んどだが、コンラッド達は2人とも公的機関で働いていて、尚且つ研究馬鹿なコンラッドの伴侶がもっと長く魔術の研究がしたいと強く主張したので結婚しても長生き手続きを継続して今に至る。もう結婚して50年以上経っているのに未だに新婚夫婦のようなラブラブ加減で、羨ましいにも程がある。シュルツだって運命のぽっちゃりさんとラブラブしたい。
「いいな、と思ったら積極的になるのが1番だぞ。指を咥えて見てるだけじゃ何も始まらない」
「……分かった」
ーーーーーー
翌週の世間一般では休日にあたる日。
シュルツは軍服を着て適当な部下を連れて、街のお見合いパーティー会場近くに来ていた。
お見合いパーティーには参加しないが、もしかしたら運命のぽっちゃりさんが参加しているかもしれない。極々淡い期待を胸に、野外で立食形式で行われているお見合いパーティー会場の様子を見回した。いかにも仕事中です、という顔をして。
シュルツの姿を見つけてざわつく者達もいるが、皆シュルツの好みではない者ばかりだ。そもそもサンガレア領では健康のために日頃から運動することが奨励されている。だから実はぽっちゃりさんが少ないのだ。数少ないぽっちゃりさんは控えめな者が多い。細身や筋肉質な者がもてはやされる世の中では、きっと肩身が狭いのだろう。ぽっちゃりな体型であるという理由だけで馬鹿にされることもあると聞く。実に馬鹿馬鹿しい話だ。
会場を見回しても、ぽっちゃりさんなんて何処にもいない。シュルツは溜め息を吐いて、会場の近くから立ち去ろうとした。たった1度で理想の相手が見つかる筈もないのだが、それでも少し期待していただけに落胆してしまう。シュルツを愛してくれるような優しいぽっちゃりさんは本当に見つかるのだろうか。
会場近くから方向転換して領軍詰所へと戻ろうとした時。会場の方から小さな女の悲鳴のようなものが聞こえた。
何事かと振り向いたシュルツは驚愕のあまりピシッと固まった。
理想の相手がそこにいた。
背が高く、横幅も大きい。髭の豊かな顔立ちは優しげで、遠目にも丸っこい優しげな目元がよく分かる。初恋の『熊先生』と似た雰囲気の男だ。
どうやらお見合いパーティーに参加している女がつまづいて飲み物を優しそうなぽっちゃりさんにかけてしまったようだ。シュルツ理想のぽっちゃりさんは優しく微笑んで、『気にしないでください』と平謝りの女に向かって言っていた。声は流石に聞こえない距離だが、シュルツは読唇術が得意だ。ついでに視力もいい。赤いチェックのシャツに黒いベストを着た優しそうなぽっちゃりさんは、優しく女に向かって『お怪我はないですか?』と気遣っている。なんて優しいんだ。飲み物は顔にまでばっちりかかっているのに。豊かな髭はすっかり濡れてしまっている。
シュルツはすかさず端末と呼ばれる魔導製品をポケットから取り出して、ぽっちゃりさんの写真を素早く、でも確実にハッキリ写るように撮った。端末は遠隔地同士でも会話や文章のやり取りができ、更には写真まで撮れる便利な魔導製品である。今や小学生でも普通に持っている程普及している代物だ。
端末のボタンを素早く連打して何枚もぽっちゃりさんの写真を撮り(本人の許可のない隠し撮りは犯罪です)、すぐさま使える部下に1番いい写真を送信して理想のぽっちゃりさんを調べるよう指示をした(職権濫用です)。
シュルツは高鳴る胸を押さえて、足早に領軍詰所へと戻った。自分の執務室に戻ると、すぐに端末を操作して、じっくり理想の名も知らぬぽっちゃりさんの写真を見つめる。見つけた。完璧なシュルツの理想のぽっちゃりさんだ。優しげな雰囲気も、柔らかい笑顔も、『熊先生』のような豊かな髭のぽっちゃり体型も、全てがシュルツが求めていたものだ。
あのぽっちゃりさんのお嫁さんになりたい。
シュルツの頭の中はそれだけしかなくなった。受け身のままじゃ駄目だ。とことん積極的にならなくては。もはや理想のぽっちゃりさんの押しかけ女房になるしかあるまい。
シュルツはその場で退職願いを書き、翌朝1番で領軍軍団長に提出し、正式な受理を待たずに勝手に業務の引き継ぎ作業を始めた。次の街の領軍詰所の責任者は同じ分隊長であるコンラッドだ。シュルツは勝手にそう決めて、誰に止められても聞く耳など持たずに、嫁にいく準備を進めた。
仕事の引き継ぎをしながら、まる1週間無理矢理休みをとって『突然の結婚でも大丈夫!短期集中花嫁修業教室』に通って、家事やらなんやかんやを習得した。
シュルツは独り暮らしが長いので、家事は全てできる。でも、できるレベルじゃ駄目なのだ。完璧かつ上手でなければ。シュルツは旦那様に『家事も完璧で可愛い君と結婚できて僕は本当に幸せだな』と言われたいのだ。
特に料理には必死になった。亡くなった料理人だった祖父が幼いシュルツに対してよく言っていた。『食べることは生きることだ。人は何かを食べないと生きていけない。毎日の美味しくて気持ちのこもった食事程大事なものはないのだよ』と。そして『好きな人ができたら、まずは胃袋を掴むんだ。俺はそれでばあさんの心まで掴んだ』とも言っていた。シュルツが生まれた街で1番有名な高級店の総料理長まで勤めた祖父の血をシュルツは引いているのだ。頑張れば、それなりの腕前になれる筈である。シュルツは寝る間も惜しんで料理を必死に練習し、コンラッドや部下達を実験体にして、ひたすら短期間で腕を磨いた。最終的にはコンラッドから『お前マジで料理人になって店でも始めるのか?』と言わしめた程、シュルツの料理の腕は上がった。
シュルツは本当に必要最低限の私物以外は全て処分し、長年住んでいた家を引き払った。数日は街中の宿に泊まって、納得がいく勝負用のスーツを探して購入し、鞄1つだけ持って、部下に調べさせた理想のぽっちゃりさん、フレディの家へと向かった。
緊張と期待で高鳴る胸を押さえて、シュルツはフレディの家の玄関の呼び鈴を押したのであった。
シュルツ・フリークネスは仕事用の机に頬杖をついて、ぼーっとしていた。
「……結婚したい」
ぼそっと小さく呟いたシュルツの言葉は、同じ部屋で仕事をしていた入隊以来の友人でもあるコンラッドに聞かれていた。コンラッドが眺めていた書類から顔を上げて、ぼんやりしているシュルツを見た。
「お前結婚願望なんてあったの?」
「……あるに決まってるだろ」
「そのわりには告白してくるのを片っ端からフッてるじゃないか。男も女も老いも若きも」
「全員俺の顔と身体が好きなだけだろ。そんなつまらん相手となんぞ結婚したくない」
「まぁなぁ」
「それに……」
「それに?」
「……何で俺の好みのタイプからは告白されないんだろうな……」
「お前の好みのタイプってデブだっけ?」
「デブじゃない。ぽっちゃりだ。ぽっちゃりと言え」
「いや、お前が言うぽっちゃりは世間一般的には完全にデブだろ」
「ぽっちゃりだっつーの」
シュルツはぽっちゃり系の男が昔から好みである。今にして思えばシュルツの初恋だった小学校の保健室の先生がぽっちゃりで髭の豊かな男だったのだ。とても優しくて、シュルツは彼が大好きだった。
シュルツは小学校中学年くらいまで、いじめられっ子だった。今でこそ背も伸びて筋肉もつき、顔も男くさい感じになったが、小さい頃は同年代の子供と比べて、とても小柄で顔も女の子みたいだったのだ。親の趣味で髪を伸ばしていたことも相まって、シュルツは『女男』といつもからかわれていた。それが嫌で髪をバッサリ切りたいと何度も親に言ったが、特に母親が絶対にダメだと聞いてくれなかった。母親は女の子が欲しかったらしく、小学校に入学する前はよくスカートを穿かされていたし、小学校に入学しても中性的な服装ばかりさせられていた。危ないことはしてはいけないと、学校や近所の男の子と遊ぶことは禁止されており、シュルツはいつも1人で本を読んでいた。大人しく本を読む中性的な格好をした小柄な女の子みたいな顔のシュルツは、当時のやんちゃ坊主達には単なるからかって遊ぶだけの存在だった。『女男』と馬鹿にされ、『本当にちんちんついてんのかよ』とズボンを脱がされたり、『お前女だから一緒に遊ばないんだろ?』とか嫌みを言われたり、シュルツの私物をとられたり。小学校に行くのが嫌で、いつも泣きながら親に『馬鹿にされるから学校に行きたくない』と訴えていたが、毎回のように何故か『いじめられるのはお前にも原因がある』とシュルツが怒られ、無理矢理登校させられていた。今にして思えば、結局親に8割~9割くらい原因があった気がする。なのに怒られていた。実に理不尽な話である。
友達もできず、いじめられていたシュルツの心の拠り所は保健室の先生だけだった。1年生の時に同じ教室の男の子に突き飛ばされて転び、怪我をして泣きながら1人で保健室に行ったのが最初である。優しく治療してくれて、治療が終わったら『痛かったね。よく1人でここまで来れたね。頑張ったね』とシュルツの頭を撫でてくれた。保健室の先生は口髭が豊かなぽっちゃり体型で、『熊先生』と他の生徒から呼ばれていた。シュルツは『熊先生』に夢中になった。特に母親はシュルツをまるで生きたお人形みたいにしか見ていないし、父親はいつもシュルツが何を訴えても頭ごなしに否定するだけだ。シュルツの話を聞いて、理解を示してくれたのは『熊先生』だけだった。
10歳くらいの頃から『熊先生』の勧めで剣を習い始めた。母親は素直に嫌がっていたが、父親は『別にいいだろう?どうせものにはならないし、すぐに挫折する』と言って、一応近所の元軍人がやっている剣の教室に通わせてくれた。父親の予想に反して、シュルツには剣の才能があった。剣を習い始めてから身長も伸びだし、中学校に入学する頃には成長期にも突入して、同じ年頃の子供達の中で1番背が高くなった。身体つきも筋肉がしっかりついたし、女の子みたいだった顔も凛々しく男らしくなっていった。その頃から、小学校低学年の頃にシュルツを馬鹿にしていじめていた者達がシュルツにすり寄ってくるようになった。中には『好きだ』と告白してくる者まで出てきた。誰が自分をいじめていた者なんぞを好きになるものか。シュルツはずっと優しく応援してくれていた『熊先生』だけが好きなのだ。結構恥ずかしがり屋なシュルツは大好きな『熊先生』に結局告白することはできなかった。そもそもシュルツが小学校に入学する前には『熊先生』は結婚していて子供もいた。シュルツは儚く散った初恋に1人枕を濡らして、新たな恋を期待しつつ、剣の稽古にひたすら励んだ。
いいなぁ、と思う好みのタイプの男がいても、いつもシュルツは話しかけることすらできなかった。シュルツの見た目に惹かれた有象無象が常に側にまとわりついていて邪魔くさかったし、なによりシュルツの好みのタイプの男はあまり一般受けする感じではないので、シュルツから声をかけたら、有象無象がその相手に迷惑をかける可能性も考えられたので、どうしても躊躇してしまっていた。
花街にも行ったことがない。花街にいるのは好みではない細身の男が多いからだ。もしくは男好きな男に受けがいいマッチョか。
領軍に入隊してからは、右を見てもマッチョ。左を見てもマッチョ。毎日が筋肉祭りで全く潤いのない日々を過ごしている。剣の腕が優れていて頭もそれなりにいい目立つシュルツは、トントン拍子で出世して、今から100年くらい前に分隊長になり、中央の街の領軍詰所を任されることになった。以来、ひたすら仕事三昧の日々である。
仕事は割りと好きだ。でもいい加減、仕事ばかりの毎日に飽きてきた。シュルツは剣の稽古と読書くらいしか趣味がない。外に出ると、シュルツに惚れているとか抜かす男や女に囲まれるので、基本的に休みの日には家に引きこもっている。出会いがまるでなく、潤いのない日々にシュルツは疲れてきていた。
今まで働き続けてきたのは、仕事がそれなりに楽しかったのと貯金をするためだ。男同士で子供をつくることができる施設で子供をつくるとなると、1人つくるのに一般庶民の年収約10年分程が必要になる。もし恋をして結婚をして、その相手が子供を欲しがった時に子供をつくれるよう、シュルツは地道に貯金をしていた。全てはいつか現れる運命の愛しのぽっちゃりさんの為だ。
恋がしたいし、結婚がしたい。優しいぽっちゃりさんに愛されたい。それなのにまるで出会いの場がない。出歩けば、全然好みではない自分に自信を持っているような細身やマッチョの男か、女からしか声をかけられない。シュルツは今の状況に辟易していた。
「街のお見合いパーティーにでも行けば?」
「……俺が行ったら面倒なことになるだろ」
「まぁ、騒ぎになって、最悪新聞の一面に載るな」
「……だから嫌なんだよ」
シュルツは憂鬱な溜め息を吐いた。シュルツの見た目は世間一般的にすこぶるいいらしく、『美しすぎる分隊長』とか『美貌の分隊長』とか、ふざけたタイトルで大衆雑誌に特集されたことがある程である。実に馬鹿馬鹿しい。お陰で無駄に有名になり、街を歩けば女達に囲まれたり、男女問わず付きまとわれたり、ストーカーされたりと散々なのである。シュルツは不特定多数にキャーキャー言われたいのではない。ただ1人の優しいぽっちゃりさんにだけ愛されたいのだ。だというのに、無駄に有名なせいでぽっちゃりさんは近寄ってこないし、シュルツからも近寄りにくいし、そもそも出会いがない。シュルツはギリギリ奥歯を噛みしめた。
「んー……来週さ、街でお見合いパーティーあるじゃん」
「あぁ」
「巡回ついでに覗いてきたら?」
「無駄な騒ぎになるだろ」
「単なる仕事って感じでさ。それとなーく見てみるとかしてみれば?」
「んー……」
「自分から出会いにいかないと。受け身のままじゃ、いつまで経っても結婚なんてできないぞ」
「……それもそうだな」
「そうそう」
「お前はいいな。伴侶どころか孫までいて」
コンラッドはサンガレア領営の魔術研究所に勤めている男の伴侶がいる。子供も2人おり、孫までいる。長生き手続きは公的機関で働いている本人しか受けられず、結婚と同時にやめる者が殆んどだが、コンラッド達は2人とも公的機関で働いていて、尚且つ研究馬鹿なコンラッドの伴侶がもっと長く魔術の研究がしたいと強く主張したので結婚しても長生き手続きを継続して今に至る。もう結婚して50年以上経っているのに未だに新婚夫婦のようなラブラブ加減で、羨ましいにも程がある。シュルツだって運命のぽっちゃりさんとラブラブしたい。
「いいな、と思ったら積極的になるのが1番だぞ。指を咥えて見てるだけじゃ何も始まらない」
「……分かった」
ーーーーーー
翌週の世間一般では休日にあたる日。
シュルツは軍服を着て適当な部下を連れて、街のお見合いパーティー会場近くに来ていた。
お見合いパーティーには参加しないが、もしかしたら運命のぽっちゃりさんが参加しているかもしれない。極々淡い期待を胸に、野外で立食形式で行われているお見合いパーティー会場の様子を見回した。いかにも仕事中です、という顔をして。
シュルツの姿を見つけてざわつく者達もいるが、皆シュルツの好みではない者ばかりだ。そもそもサンガレア領では健康のために日頃から運動することが奨励されている。だから実はぽっちゃりさんが少ないのだ。数少ないぽっちゃりさんは控えめな者が多い。細身や筋肉質な者がもてはやされる世の中では、きっと肩身が狭いのだろう。ぽっちゃりな体型であるという理由だけで馬鹿にされることもあると聞く。実に馬鹿馬鹿しい話だ。
会場を見回しても、ぽっちゃりさんなんて何処にもいない。シュルツは溜め息を吐いて、会場の近くから立ち去ろうとした。たった1度で理想の相手が見つかる筈もないのだが、それでも少し期待していただけに落胆してしまう。シュルツを愛してくれるような優しいぽっちゃりさんは本当に見つかるのだろうか。
会場近くから方向転換して領軍詰所へと戻ろうとした時。会場の方から小さな女の悲鳴のようなものが聞こえた。
何事かと振り向いたシュルツは驚愕のあまりピシッと固まった。
理想の相手がそこにいた。
背が高く、横幅も大きい。髭の豊かな顔立ちは優しげで、遠目にも丸っこい優しげな目元がよく分かる。初恋の『熊先生』と似た雰囲気の男だ。
どうやらお見合いパーティーに参加している女がつまづいて飲み物を優しそうなぽっちゃりさんにかけてしまったようだ。シュルツ理想のぽっちゃりさんは優しく微笑んで、『気にしないでください』と平謝りの女に向かって言っていた。声は流石に聞こえない距離だが、シュルツは読唇術が得意だ。ついでに視力もいい。赤いチェックのシャツに黒いベストを着た優しそうなぽっちゃりさんは、優しく女に向かって『お怪我はないですか?』と気遣っている。なんて優しいんだ。飲み物は顔にまでばっちりかかっているのに。豊かな髭はすっかり濡れてしまっている。
シュルツはすかさず端末と呼ばれる魔導製品をポケットから取り出して、ぽっちゃりさんの写真を素早く、でも確実にハッキリ写るように撮った。端末は遠隔地同士でも会話や文章のやり取りができ、更には写真まで撮れる便利な魔導製品である。今や小学生でも普通に持っている程普及している代物だ。
端末のボタンを素早く連打して何枚もぽっちゃりさんの写真を撮り(本人の許可のない隠し撮りは犯罪です)、すぐさま使える部下に1番いい写真を送信して理想のぽっちゃりさんを調べるよう指示をした(職権濫用です)。
シュルツは高鳴る胸を押さえて、足早に領軍詰所へと戻った。自分の執務室に戻ると、すぐに端末を操作して、じっくり理想の名も知らぬぽっちゃりさんの写真を見つめる。見つけた。完璧なシュルツの理想のぽっちゃりさんだ。優しげな雰囲気も、柔らかい笑顔も、『熊先生』のような豊かな髭のぽっちゃり体型も、全てがシュルツが求めていたものだ。
あのぽっちゃりさんのお嫁さんになりたい。
シュルツの頭の中はそれだけしかなくなった。受け身のままじゃ駄目だ。とことん積極的にならなくては。もはや理想のぽっちゃりさんの押しかけ女房になるしかあるまい。
シュルツはその場で退職願いを書き、翌朝1番で領軍軍団長に提出し、正式な受理を待たずに勝手に業務の引き継ぎ作業を始めた。次の街の領軍詰所の責任者は同じ分隊長であるコンラッドだ。シュルツは勝手にそう決めて、誰に止められても聞く耳など持たずに、嫁にいく準備を進めた。
仕事の引き継ぎをしながら、まる1週間無理矢理休みをとって『突然の結婚でも大丈夫!短期集中花嫁修業教室』に通って、家事やらなんやかんやを習得した。
シュルツは独り暮らしが長いので、家事は全てできる。でも、できるレベルじゃ駄目なのだ。完璧かつ上手でなければ。シュルツは旦那様に『家事も完璧で可愛い君と結婚できて僕は本当に幸せだな』と言われたいのだ。
特に料理には必死になった。亡くなった料理人だった祖父が幼いシュルツに対してよく言っていた。『食べることは生きることだ。人は何かを食べないと生きていけない。毎日の美味しくて気持ちのこもった食事程大事なものはないのだよ』と。そして『好きな人ができたら、まずは胃袋を掴むんだ。俺はそれでばあさんの心まで掴んだ』とも言っていた。シュルツが生まれた街で1番有名な高級店の総料理長まで勤めた祖父の血をシュルツは引いているのだ。頑張れば、それなりの腕前になれる筈である。シュルツは寝る間も惜しんで料理を必死に練習し、コンラッドや部下達を実験体にして、ひたすら短期間で腕を磨いた。最終的にはコンラッドから『お前マジで料理人になって店でも始めるのか?』と言わしめた程、シュルツの料理の腕は上がった。
シュルツは本当に必要最低限の私物以外は全て処分し、長年住んでいた家を引き払った。数日は街中の宿に泊まって、納得がいく勝負用のスーツを探して購入し、鞄1つだけ持って、部下に調べさせた理想のぽっちゃりさん、フレディの家へと向かった。
緊張と期待で高鳴る胸を押さえて、シュルツはフレディの家の玄関の呼び鈴を押したのであった。
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庇護欲高め騎士(α)と甘やかされたいけどプライドが邪魔をして素直になれない中年リーマン(Ω)のすれ違いラブファンタジー。
※Rシーンには♡マークをつけます。
男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~
さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。
そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。
姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。
だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。
その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。
女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。
もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。
周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか?
侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?
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