上 下
39 / 41

39:対話

しおりを挟む
アイディーは深夜遅くに端末でロバートに呼び出された。今夜はセックスをしない日である。
ロバートは昼間にハルファと会ったので、多分それ絡みの話だろう。
アイディーはミケーネがぐっすり寝ているのを確認してから、静かにベッドから抜け出た。

静かに足音を殺してロバートの部屋の前に行き、ノックをせずに静かにドアを開け、中に滑り込むようにしてロバートの部屋に入る。ガーディナの部屋は廊下を挟んで3つ隣だし、もう寝ている時間だが、念のため物音は最小限にしたい。

アイディーが静かにロバートの部屋に入ると、何故かロバートはベッドの上に正座をしていた。アイディーが部屋の鍵までかけると、ロバートがパチンと指を鳴らして防音結界を張った。
アイディーは静かにベッドに近づいた。


「話ってなんだよ」

「……まぁ、座れ」

「おう」


アイディーは室内用のサンダルを脱いで、ベッドに上がり、ロバートの対面に胡座をかいて座った。


「……パンツ見えてるから胡座はよせ」

「今更じゃね?」

「……真面目な話をするからパンツは隠せ」

「おーう」


アイディーは少し寝間着のワンピースの裾を引き、パンツを隠すようにワンピースの布地で股の辺りを隠した。太腿がかなり見えているが、パンツよりもマシだろう。

ロバートが少し俯いて、何か言いたげに口をむにむにさせた。少しの沈黙の後、ロバートが口を開いた。


「……ハルファと会った」

「おう」

「その、話をして……」

「おう」


ロバートが少し俯いて、寝間着のシャツを指先で弄り出した。何故か分からないが、ロバートの耳が赤くなっている。余程言いにくいことなのか、また暫し、沈黙が続いた。アイディーは気長にロバートが口を開くのを待った。

どれくらいの時間が経ったのか。カチ、カチ、と時計の針が動く音が妙に耳につく時間を過ごし、その間、アイディーはじっとロバートを見つめていた。ロバートは長い睫毛を伏せたまま、口を開いたり閉じたりを繰り返していた。
ロバートが伏せていた睫毛を上げ、真っ直ぐにアイディーを見た。


「俺はハルファもお前もどっちも欲しい」

「……あ?」

「ハルファのことを愛しているんだ。でも、お前のことを家族みたいに思ってて」

「お、おう」

「どっちか、なんて選べなくて……ハルファにもアイディーにも側にいてほしい……」

「…………」


アイディーはキョトンとして、ロバートを見つめた。
アイディーにとって、ロバートは雇い主であり、恩人だ。ロバートは色々どうしようもないところはあるが、とても優しくて、放っておけない気がする愛すべき?ダメなオッサンである。
アイディーはガシガシと頭を掻いた。とりあえず、ロバートにヨザックのことを言わねばなるまい。
アイディーはロバートの目を見つめながら、口を開いた。


「俺よぉ」

「あぁ」

「最近恋人できた」

「……そうか」

「アンタに言うと、変な気を使ってセックスをしなくなって、またおかしな方向に暴走すんじゃねぇかと思って黙ってた。……わりぃ」

「……別に暴走なんてしない」

「金たまとろうとしてた奴が何言ってんだ。説得力ねぇよ」

「うぐぅ……」

「アンタに、家族だと思われて、素直に嬉しい」

「……うん」

「……俺もガーディナもアンタに救われた。本当に感謝している。……最初のうちはよ、アンタに抱かれるの嫌だった。契約内容は遵守しなきゃならねぇ。それ込みの破格の給料だしよ。頭じゃ割りきれても、覚悟してたつもりでも、やっぱしんどくてよぉ。坊っちゃんが俺に懐いてくれて笑ってくれたから、なんとか踏ん張れた。アンタは全然ひでぇことしねぇし。……アンタは本当にどうしようもねぇ程優しい。今はアンタとセックスすんの、全然嫌じゃねぇ」

「…………」

「アンタの気持ちに応えるのが筋な気がすんだけどよ。俺はヨザックが好きなんだわ。一緒に生きて、死ぬまで一緒にいてぇ。馬鹿話してゲラゲラ笑ったり、剣を振り回してじゃれたりしてぇんだ」

「…………そうか」

「アンタと坊っちゃんとハルファには返しきれねぇ程の恩がある。でも、俺はアンタに恋愛感情は抱けねぇ。雇われている身である以上、家族として愛していいのか、よく分かんねぇ。なんか、烏滸がましい気がすんだよ。家政夫の分際で雇い主家族を自分の家族って思うの」

「…………うん」

「……何て言ったらいいか、よく分かんなくなってきた……アンタ方家族に、とにかく俺はめちゃくちゃ恩を感じてて、あー、なんつーか、幸せになって欲しいんだよ。アンタもハルファも坊っちゃんも。笑っててほしい。その為の手伝いなら喜んでやりてぇ。仕事だからってのもあるが、恩返しみてぇな。俺はアンタ達家族が笑っていられるように、サポートしていきてぇ。……それじゃ、ダメか?」

「……俺達を、助けてくれるのか……」

「おう。俺ができることはなんでもやんぞ」

「……側に、いてほしい。アイディーがいてくれて、助けてくれたら、今度はきっと家族が笑っていられる。お互いに大事にし合える」

「……なぁ」

「うん」

「ちょっと聞きてぇんだけど……俺よ、ヨザックと恋人でいていいのか?ヨザックを好きでいていいのか?」


アイディーが少し眉間に皺を寄せてそう聞くと、ロバートがふっと笑った。


「心は誰にも縛れない。俺がハルファもアイディーも好きなのは、誰にも止められない」

「…………」

「お前がヨザックを好きならば、それはそれでいい。俺とお前は雇用関係にある。お前の借金が無くなったら、きっとその時が別れの時なんだろう。お前は若い。借金を返し終えても、それからまだまだ人生が続く。俺はお前にも側にいてほしいが、お前の人生を無理矢理縛りつけて背負いたい訳じゃない。俺はいくつも大事なものを抱えられる程器用じゃない……ただ、俺がお前を家族のように想うことを否定しないでくれたら、それでいい。借金を返し終えるまででいいから、側にいてくれたらいい。その頃にはミケーネも大きくなって、俺の庇護なんかいらなくなる。あの子も自分の足で立って生きるようになる。アイディー」

「おう」

「お前と家族になりたい。側にいてほしい。そう思うことは許してくれ」

「……許すとか、そんな大層な立場じゃねぇだろ。俺」

「そうか?お前がいないと俺達はどうにも立ち行かないぞ」

「胸張って言うなよ」

「事実だ」

「……んー……あー……うん。アンタ方の為に俺は俺のできることをやる。ヨザックと生きる未来を俺は諦める気がねぇから、そこは了承しといてくれ。でも、アンタも坊っちゃんも大事に思ってるのは知っといてくれ。なんつーか、上手く言えねぇけどよぉ。アンタ達家族の笑顔の為に頑張るからよぉ。まだまだ先の話だが、借金返し終わっても、『はい、さよなら』ってのは、できたらしたくねぇ。そんくれぇには俺は旦那様のことも坊っちゃんのことも大事に思ってる」

「……うん」

「んあー……本当上手く言えねぇ。言葉が出てこねぇ。旦那様も坊っちゃんもハルファも好き。ガーディナも好き。ヨザックも好き。とりあえず、それでいいか?」


アイディーが頭をガシガシ掻きながら、そう言うと、ロバートが可笑しそうに笑った。
ロバートが手を伸ばして、アイディーの頭を優しく撫でた。


「ざっくりだな」

「おう」

「……お前は優しいな」

「旦那様程じゃねぇよ」

「そうでもない。俺は欲深だ。ハルファもお前も欲しいからな。……ヨザックにお前をやりたくない。でも、お前の自由な心を縛り付けたくもない。……なんて、格好つけた事言ったけど、ぶっちゃけ、お前の人生まで背負いきれない」

「ぶっちゃけたな」

「他人の人生を背負うなんて重すぎて無理だろ」

「まぁな」

「俺は器用じゃないんだ」

「知ってる」

「お前と今まで通りの関係でいたい。いつか終わりがくるとしても。お前に恋人がいるのに、自分でもどうかと思うが、できたらセックスもしたい。ハルファと再婚するまでの間だけでもいいから」

「ぶっちゃけたなぁ……」

「寝盗ってるみたいで正直興奮する」

「変態」

「今頃気づいたのか?」

「アンタの性癖幅広すぎるだろ。折角いい話で終わるっぽかったのに、台無しじゃねぇか」

「ははっ。アイディー」

「あ?」

「……好きだ。家族として」

「……ありがと」


ロバートが吹っ切れたように笑って、アイディーの頭を優しく撫でた。


「……前から言いたくて言えなかったことがあるんだ」

「あ?何だよ。この際だから言っちまえよ」

「お前、ちょいちょいパンツ見えてるぞ」

「予想すらできねぇレベルのひでぇ発言がきやがった」

「いやだって、本当に見えてる時があるし」

「今言うなよ」

「この際だから言えと言ったじゃないか」

「言ったけどよ?確かに言ったけどよ?」

「もうちょっと丈の短いスカートもいいんじゃないか?」

「とことん開き直ってんな、オッサン」

「俺が女装萌えで美少年好きの変態なのはもうバレてるだろ」

「美少年好きは知らなかったわ。変態」


アイディーはなんだか脱力してしまい、はぁーっと大きな溜め息を吐いた。ロバートは何故か楽しそうに笑っている。

ロバート達家族とは、きっと長い付き合いになる。アイディーはそう確信して、ふっと笑みを浮かべた。
皆が笑顔でいられる未来を迎えるには、それなりの努力が必要だろうが、きっとなんとかなる。その時できることを全力でやればいい。アイディーは運がいいのだ。ロバートとミケーネと出会えて、ハルファとも出会えて、ガーディナが夢を追いかけられるようになって、ヨザックと恋ができて。
幸せを掴む為なら、いくらだってがむしゃらに突っ走ってやろう。目の前の笑顔を守る為なら、いくらだって頑張ろう。

アイディーはロバートと目を合わせて、穏やかに笑った。

しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

道端に落ちてた竜を拾ったら、ウチの家政夫になりました!

椿蛍
ファンタジー
森で染物の仕事をしているアリーチェ十六歳。 なぜか誤解されて魔女呼ばわり。 家はメモリアルの宝庫、思い出を捨てられない私。 (つまり、家は荒れ放題) そんな私が拾ったのは竜!? 拾った竜は伝説の竜人族で、彼の名前はラウリ。 蟻の卵ほどの謙虚さしかないラウリは私の城(森の家)をゴミ小屋扱い。 せめてゴミ屋敷って言ってくれたらいいのに。 ラウリは私に借金を作り(作らせた)、家政夫となったけど――彼には秘密があった。 ※まったり系 ※コメディファンタジー ※3日目から1日1回更新12時 ※他サイトでも連載してます。

目覚ましに先輩の声を使ってたらバレた話

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
サッカー部の先輩・ハヤトの声が密かに大好きなミノル。 彼を誘い家に泊まってもらった翌朝、目覚ましが鳴った。 ……あ。 音声アラームを先輩の声にしているのがバレた。 しかもボイスレコーダーでこっそり録音していたことも白状することに。 やばい、どうしよう。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

処理中です...