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38:再会

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ロバートは拗ねて居間のソファーでお山座りをしていた。
今日は休日である。それなのに、今家にいるのはロバートだけだ。アイディー達は保育園の保護者に誘われてピクニックに出掛けてしまった。ロバートも一緒に行きたかったのに、『大事な来客があるから』とアイディーに残るよう言われた。どれだけ食い下がっても、アイディーはロバートも連れていくと言ってくれなかった。来客なんて、また日を改めてもらえばいいではないか。何故ロバート1人でお留守番をしなくてはいけないのか。のけ者にするのはよくない。アイディーが帰ってきたら、改めて抗議をせねば。
ロバートはぶすっとしたまま、ころんとソファーに横になった。

ガーディナが弟子になってから、毎日が賑やかで楽しくて、こうして1人静かに過ごすのは久しぶりな気がする。
ガーディナは予想通り、とても根性がある。ロバートがこれは難しいかも?と思いながら出した課題も、ひぃひぃ言いながら、なんとかこなしている。『次の課題はなんですか?』とやり終えた課題を片手に聞いてくるガーディナの目は、いつだってやる気に満ちてキラキラ輝いている。実に鍛えがいがある素晴らしい弟子だ。流石、アイディーの弟である。
ミケーネもガーディナに懐いており、息抜きに4人で遊ぶこともある。ミケーネの最近のお気に入りは積み木だ。誰が1番高く積めるかを競争したりして遊ぶ。アイディーが積み木を積みながら歌うと、ガーディナも一緒に歌い出す。兄弟の歌をミケーネは大変気に入っており、2人が歌うと、とても嬉しそうだ。最近は特に、ミケーネも一緒に歌うことが増えた。まだ舌足らずだが、楽しそうに歌うミケーネは本当に可愛い。ハルファにも見せてやりたい。

ハルファは今はどうしているのだろうか。1人で寂しい思いをしていないだろうか。恋人ができていたら、正直かなりショックだが、それでもハルファがひとりぼっちな状態よりも余程いい。
ロバートはハルファのことを愛している。離婚をして、ロバートとミケーネから解放してからも、ずっもハルファのことを愛おしく思っている。ハルファが側にいないことが寂しい。アイディーとセックスをしている時は寂しさが少し薄れるが、それでも完全にはなくならない。
セックスをしているが、ロバートはアイディーのことは大事な家族だと思っている。ハルファに抱いているような、愛おしくて、笑顔を守りたくて、一緒に歳を重ねていきたいという思いではない。

ぼんやりとハルファの笑顔を思い出していると、玄関の呼び鈴が鳴った。来客とやらが来たらしい。
ロバートはのろのろとソファーから立ち上がり、玄関へと移動した。
無言で玄関のドアを開けると、そこにはハルファが立っていた。ロバートは思わず自分の頬をつねった。普通に痛い。ハルファのことを考えていたから、ハルファの幻覚かと思ったのだが、現実らしい。
ハルファが真っ直ぐにロバートの目を見て口を開いた。


「久しぶり。ロバート。話したいことがあるんだ」

「……ハルファ」


ハルファの名前を呼んだ自分の声は、情けない程震えていた。約1年ぶりに会うハルファだ。あんなに窶れていたのに、今はそれなりに健康そうだ。目の下の隈もない。ロバートは目の奥が熱くなり、泣いてしまいそうになった。ぐっと泣くのを堪え、ハルファを家の中に入れた。とりあえず居間に移動する。


「……珈琲、淹れてくる」

「僕がやるよ」

「あ、あぁ」


台所へ向かったハルファの背中をぼんやり見ながら、やはりこれは自分の都合のいい夢なのではないかと、ロバートはぼんやり思った。ハルファが家にいて、ロバートの為に珈琲を淹れてくれる。あぁ。本当に泣いてしまいそうだ。ロバートは泣くのを堪える為に、下唇を強く噛んだ。

ロバートはハルファが淹れてくれた珈琲を1口飲んで、チラッと向かい側に座っているハルファを見た。ハルファの表情はなんだか固い。
ハルファも珈琲を1口飲んでから、口を開いた。


「ロバート」

「あ、あぁ」

「突然押しかけてきて、ごめんね」

「い、いや。全然構わない」

「……元気?」

「元気だ。その、ハルファは?」

「元気だよ。ちゃんと寝れるようになったし、体重とか元に戻った」

「そうか……よかった」


痩せて窶れていたハルファが元気になってくれたのが本当に嬉しい。ロバートは頬を弛めた。


「ロバート」

「あぁ」

「僕は今から貴方を困らせることを言うよ」

「あ、あぁ」

「貴方が好きなんだ」

「ハルファ……」


ロバートは驚いて目を見開いた。ハルファにはもう完全に愛想をつかされていると思っていた。ハルファが1人で苦しんでいる時に、ロバートは何もできなかった。ただ、余計な手間をかけてしまっていただけだ。ロバートは嬉しい気持ちよりも、困惑する気持ちの方が大きかった。


「……あの、去年のことなんだけど、不審者がいたって聞いてない?」

「あ、あぁ。聞いていた」

「それ、僕なんだ」

「え……?」

「アイディーがミケーネを抱っこして歩いてたのを偶然見かけて……その、アイディーってあの見た目でしょ?ミケーネが大丈夫なのか心配になって」

「あ、あぁ」

「杞憂だったし、アイディーが端末の連絡先を交換しようって言ってくれて。それから、アイディーと端末でやり取りしてるんだ。ミケーネの写真を沢山送ってくれてる」

「そうだったのか……」

「アイディーはいい子だね。それにすごく男前だ」

「顔は犯罪者みたいだけどな」

「家政夫に女装させてる貴方が言えたことじゃないと思うよ」

「うぐっ……」

「そういう趣味だったんだ」

「いや、その、あの……」

「求人表見せてもらったんだけど、貴方は若い子が好きなんだね」

「たっ、確かにそうだが!ハルファは、ハルファだけは特別なんだ!一緒に歳をとって、死ぬまで一緒に寄り添っていたいって!そう、思って……」

「……ありがとう。ロバート」

「でも……俺は君の負担になるだけで、何もできなくて……家政夫を雇って、君の負担を減らせばよかったと気づいたのは、離婚して君が出ていった後だった。家政夫の求人だって、馬鹿なことして、アイディーにしたくもない女装をさせて……俺は本当に馬鹿でどうしようもなくダメなんだ……」

「女装のことは正直馬鹿だなって思うけど、貴方はダメなんかじゃないよ。いつだって、すごく優しい。……ただ不器用なだけだよ。それと空回りしがちなだけ」

「ハルファ」


ハルファの言葉に、本格的に目の奥が熱くなって、ポロッと涙が溢れてしまった。
ハルファも泣きそうに顔を歪めた。


「……アイディーから、貴方とミケーネが笑ってる写真を送ってもらって……そこにいたいって思っちゃったんだ。家族でいたいって。どんどんその思いが大きくなっちゃって。僕は、僕は貴方からもミケーネからも逃げたのに」

「……逃げたんじゃない。ハルファはずっと頑張ってた。頑張って、頑張りすぎて、疲れてしまっただけだ……俺が役立たずだったから……ハルファにばかり負担をかけてしまってたから……」

「ロバート」

「うん」

「貴方のことが好きだよ。貴方とミケーネと家族になりたい。今度こそ、ずっと一緒にいたい」

「うん」

「アイディーがね、手伝ってくれるって」

「うん」

「アイディーは本当に優しくて、いい男だね」

「うん」

「……ロバート、アイディーが好きでしょ」

「……家族、と思ってる」

「うん」

「ハルファ。俺はアイディーと定期的にセックスをしてる」

「知ってる」

「多分、アイディーのことが好きなんだ」

「うん」

「でも、ハルファのことも今でも愛してて……」

「うん」

「どっちも手放したくないんだ……」

「そう」

「……いっそセックスをしなくてもいいから、ハルファにもアイディーにも側にいてほしい」

「ロバート」

「うん」

「貴方って本当にどうしようもない人だね」

「……すまない」

「僕はそういうところも可愛いと思ってるから別にいいけどね。アイディーには自分の気持ちを伝えた?」

「……いや」

「僕が言うのもなんだけど、1度アイディーとちゃんと話した方がいいよ」

「……アイディーからしたら、俺は単なる変態雇い主じゃないか」

「事実だね」

「うぐぅ……」

「アイディーに側にいてほしいって言ってみなよ。僕はアイディーが好きだよ。あの子は本当に優しいもの。僕の背中を押してくれたのもアイディーだし」

「…………うん」

「ロバート。今日はこれで帰るよ。貴方に想いを伝えられたら、なんだかスッキリした。ねぇ。僕は貴方とミケーネと家族になる為の努力をしてもいいかな?」

「勿論だ。……俺も、頑張りたい……」

「一緒に頑張ろう?情けないけどさ。僕達ってダメな大人だからさ。キツくなったら2人でアイディーに泣き言聞いてもらって、デコピンしてもらおうよ。アイディーのデコピンはきくよ?」

「……うん」


ロバートは溢れる涙をそのままに、何度も頷いた。
ハルファも穏やかな顔で涙を流している。ハルファが手を伸ばして、ロバートの手を優しく握ってくれた。2人とも完全に泣き止むまで、ずっと手を繋いでいた。

また2人で話をしようと約束して、ハルファは帰っていった。
ロバートは泣きすぎてぼんやりする頭で、アイディーの顔を思い浮かべた。
腹をくくって、アイディーとも話をしなければいけない。
ロバートはぐっと拳を強く握った。

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