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32:弟

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初めて見るアイディーの弟は、アイディーとあまり似ていなかった。少し気が弱そうに見える下がり眉で、どこにでもいるような普通の顔立ちの少年である。体格もアイディーに比べれば、随分と小柄だ。
ロバートがミケーネを抱っこしながら、アイディーに抱き締められている弟を観察していると、アイディーが腕を解いて、弟の肩を抱いて、ロバート達の方へ身体ごと向いた。


「旦那様。坊っちゃん。弟のガーディナ」

「……ロバート・デミタスだ」

「みけーね!」

「あ、えっと、ガーディナ・クラバットです。はじめまして」


ガーディナがぺこっとロバート達にお辞儀をすると、アイディーがガーディナの頭を横から撫でた。


「兄ちゃん」

「あ?」

「急にどうしたんだよ。ファビラに来るなんて聞いてねぇけど」

「俺も昨日聞いたんだわ」

「マジか」

「おう。ビーンズ様は?」

「中で事務仕事してる」

「じゃあ、挨拶してくるわ。あ、宿をよ、お前込みでとってくれてんだよ。俺と一緒の部屋なんだけどよ。ビーンズ様がいいっつったら、お前も一緒に泊まれよ」

「マジか!いいのかよ!?」

「おーう。礼は旦那様に言え」

「旦那様!」

「……あ、あぁ」

「ありがとうございます!!」

「……いや、別に。……お前を預かっているという神官に会いたいのだが」

「ビーンズ様に?こっちです」


ロバートはもぞもぞと下りたそうにしているミケーネを下ろした。ミケーネは真っ直ぐにアイディーの元へ行き、アイディーの足にしがみついて、じっとガーディナを見上げた。ガーディナが小さく笑って、その場にしゃがみ、ミケーネに手を差し出してミケーネと握手をした。しゃがんだガーディナがアイディーを見上げた。


「坊っちゃん。可愛いな」

「だろ?」

「手紙に書いてあった通り、本当に天使みてぇだ」

「ははっ!」


アイディーが笑ってガーディナの頭をわしゃわしゃ撫でた。
ガーディナの案内で小さな神殿に入り、神殿の事務室に行くと、老人の神官がいた。アイディーがビーンズ神官に挨拶をし、ロバートとミケーネを彼に紹介した。
人の良さそうなビーンズ神官は、別室でお茶を飲もうと、優しい笑みを浮かべた。





ーーーーーー
別室に移動して、お茶と素朴な焼き菓子を振る舞ってもらいながら、ロバートはガーディナを見た時から気になっていることをガーディナ本人に聞いた。


「ガーディナは魔力が多いんじゃないか?」


ロバートの言葉に、ビーンズ神官とガーディナ、アイディーが驚いた顔をした。
アイディーが戸惑うように口を開いた。


「旦那様に俺、言ったことあったっけ?」

「ない。だが見れば分かる」

「マジかよ」

「あぁ。俺が何年魔術師をやってると思ってるんだ。相手の魔力量くらい見ればなんとなく分かる。経験則に基づく勘ってやつだ」

「すげぇな」

「……別にすごくはないが」


アイディーに真っ直ぐに見られながら褒められて、なんだか照れ臭くてむずむずする。ロバートは誤魔化すようにお茶を1口飲んでから、再び口を開いた。


「特級は難しいが、上級魔術師になれるだけの魔力を持っているだろう。ガーディナは魔術師ではなく神官になるのか?」

「あ、いや……中学卒業したら、町の保育園で働く予定だ……です。今、バイトで行ってる所が、卒業したら雇ってくれるって……魔術師になるには金がかかるし、神官になったら金を稼げないし……」

「一定以上の魔力を持っている者は国から特別奨学金が出るぞ」

「知ってる……あ、いや、知ってます。けど、俺は早く働きてぇし」

「何故だ」

「……兄ちゃんだけに借金背負わせたくねぇもん」


ガーディナの発言に、アイディーが眉間に深い皺を寄せた。唯でさえ犯罪者面なのに、よりいっそう人相がヤバくなる。


「ガーディナ。借金のことは気にすんなって言ってんだろ。借金は俺1人でなんとかすっからよぉ。お前はやりてぇことやれよ。特別奨学金って返済義務がないやつだろ」

「兄ちゃん1人、苦労させるわけにもいかねぇだろ。俺だって中学卒業したら働く」

「……金がねぇのが現状だけどよ。お前、10歳で魔力量測った時、すげぇ嬉しそうだったじゃん。魔術師に憧れてんだろ?勉強だって、いっぱいしてたじゃねぇか」

「それは兄ちゃんだって一緒じゃん。……兄ちゃんだって軍人になりたくて、めちゃくちゃ頑張ってた」

「俺は別にいいんだよ」

「よくねぇよ。……兄ちゃん、夢を諦めなきゃいけなかっただろ。俺だけ好きなことやるわけにはいかねぇよ」

「俺のことは気にすんなって何度も言ってんだろ。借金は俺がなんとかすっからよぉ。お前はちゃんとやりてぇことやれよ」

「やだ。働く。そんで借金返す。2人で稼いだ方が早く返せるだろ」


睨み合いだした兄弟を眺めながら、ロバートはあることを思いついた。


「ガーディナ」

「……なんだ……ですか」

「お前、俺の弟子になるか?」

「「……は?」」

「俺の家に住み込みで勉強と修行をすればいい。俺は長生き手続きをやめてるから、長くてもあと30年も研究所では働けない。一応肉体年齢60が定年退職って決められてるからな。俺の研究を引き継げる者が欲しかったんだよ。俺の研究を引き継いでくれるんなら、お前を弟子にする。特別奨学金をもらって、俺の家から魔術師の資格をとる為に、サンガレア中央高等学校に通えばいいだろ」


アイディーもガーディナもまた驚いた顔をした。
ガーディナが戸惑うような顔でアイディーを見た。アイディーも困惑しているのか、眉間に皺を寄せている。


「……旦那様にそこまで世話になんのもどうかと思うんだけど」

「別に慈善で言ってる訳じゃない。不本意ながら、俺は職場で『新人潰し』って言われてる。新人の指導を何度か任された事があるんだが、何故かすぐに辞めてしまうんだ。同僚が言うには厳しすぎるらしいんだが……」

「『新人潰し』……」


アイディーとガーディナの顔が少し引きつった。ビーンズ神官は考えるように顎を擦っている。


「俺の研究の後継が欲しいと思っていた。アイディーの弟なら根性あるだろ。多分」


考えているのか、少し俯いて眉間に皺を寄せている姿は、アイディーとガーディナはそっくりだった。顔は似ていないが、やはり兄弟だからだろう。
ビーンズ神官が口を開いた。


「ガーディナ」

「……はい」

「ロバートさんの申し出をお受けなさい」

「いや、でもよぉ……」

「君がこっそり魔術の勉強をしているのは知っています。魔術師になりたいのでしょう?これも何かの縁です。与えられたチャンスは掴み取るべきですよ」

「…………」

「……旦那様。本当にいいのかよ」

「あぁ。魔術師の卵を育て上げるのも面白そうだしな」


『新人潰し』の渾名をつけられて以降、ロバートは後輩の指導もさせてもらえていない。『お前は厳しすぎる』と、当時の上司や同僚によく言われていた。別に厳しくしているつもりはない。ただ、できること、やらなければいけないことを、きっちりやるよう求めているだけだ。どうもロバートが要求するそれらは、魔術師になったばかりの新人にはキツいものらしい。『自分ができていたことが、他人にもできるものだと思うな』とも、当時の上司からよく言われていた。正直感覚的には理解できないのだが、そういうものなのだろう。
ガーディナなら多分ロバートにもついてこれる筈である。アイディーの弟だし、根性はある筈だ。見た感じ、魔力コントロールの基礎訓練をちゃんとやっているのか、感じる魔力の流れは穏やかでいいものである。ロバートは長年魔術師をやっており、数えきれない程の数の魔術師と会っている。気づいたら他人の魔力量や魔力の流れをなんとなく分かるようになっていた。
ガーディナはまだ魔力的にも成長期である。今後魔力が増える可能性も高い。保有する魔力が大きい程、精密なコントロールが難しくなる。ガーディナを1人前の魔術師に育て上げるのは、本当に楽しそうだ。

少し俯いていたガーディナが、真っ直ぐにロバートの目を見た。大人しそうな顔立ちの割に、負けん気が強そうな目をしている。


「……お願いします」

「あぁ」


ロバートはふっと笑った。これは本当に楽しくなりそうだ。
アイディーが喜ぶだろうと思ってやって来たファビラで、思わぬ拾い物をしてしまった。
ガーディナが頭を下げると、アイディーも一緒に頭を下げた。アイディーがそのままの体勢で口を開いた。


「旦那様」

「なんだ。アイディー」

「心から礼を言う。ガーディナの夢を叶えさせてやれる。……ありがとうございます」


アイディーの声は少し震えていて、今にも泣き出しそうだった。
ロバートは小さく笑って、両腕を伸ばしてアイディーの頭とガーディナの頭をわしわし撫でた。


「俺は厳しいらしいぞ。魔力コントロールの基礎訓練と魔術理論の基礎から叩き込むからな。のんびりできる夏休みは終わったと思えよ」

「……はいっ!」


顔を上げたガーディナは、晴れやかなやる気に満ちた顔をしていた。アイディーは嬉しそうに頬を弛めている。

これから、賑やかになりそうだ。
ロバートはふっと笑って、早速ガーディナの実力を知る為に、矢継ぎ早に魔術理論の質問をし始めた。

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