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30:思いつき

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一際暑い日の昼間。
ロバートは空調がきいて涼しい職場の自分の机で弁当を食べながら、ふと思いついた。


「旅行、行くか……」


ロバートは手早く弁当をしっかり残さず食べると、自分の思いつきを実行すべく、動き始めた。





ーーーーーー
アイディーは庭に設置した結界魔術と防水布で作った簡易プールでミケーネと遊んでいた。
暑い日が続いている。今日はミケーネは保育園ではない日だ。午前中の比較的涼しい時間帯に広場へ遊びに行き、午後の昼寝の後、1番暑い時間帯を少し過ぎてから簡易プールで遊ぶのが、保育園じゃない日の過ごし方である。
ミケーネが風呂の時にも使うアヒルさん型ジョウロで、アイディーに水をかけてくれる。涼しくて助かる。ミケーネは水着を着ているが、アイディーは水着を持っていないので、普通にいつもの女装である。夏物の袖無しの薄い布地のワンピースだが、素直に暑い。ジョウロで頭からちょろちょろと生ぬるい水をかけてもらうと、少しだけ涼しくなる。アイディーは顔にかかった水をざっと手で拭い、ミケーネからジョウロを借りて、ミケーネにも水をかけてやった。ミケーネがきゃーと楽しそうに笑った。

ヨザックと恋人になって1週間程経つ。その間に1度だけヨザックがロバートの家に来た。その日はミケーネの保育園が休みの日だったので、いつも通り3人で遊び、昼寝をして、おやつを食べて、アイディーの頭をガシガシ撫でてから、ヨザックは帰っていった。昼寝の時に触れるだけのキスをちょっとだけしたが、ヨザックは以前とほぼ変わらない様子だった。アイディーはずっとドキドキしていたので、なんだか少々釈然としない。

ロバートにはヨザックと恋人になったことは言っていない。言ったら、ロバートのことだから、またアイディーとセックスをしなくなって、色々溜め込んだ挙げ句に馬鹿なことをやりそうな気がするからだ。
ヨザックが自分のことは気にするなと言ってくれた以上、夜の仕事もきっちりやる。それ込みの破格の給料だし、何より、そういう契約だからだ。契約内容はちゃんと守らなければならない。
ロバートは色々どうかと思う大人だが、根は本当に優しい。雇い主がロバートでよかった。心も身体も不必要に傷つけられたりしない。

ヨザックへの誕生日プレゼントを買うのに協力してくれたハルファには、端末で報告しておいた。『よかったね。お互いを大事にし合ってね。相談したいことがあれば、いつでも話を聞くよ。報酬はミケーネの写真とミケーネの話を聞かせてくれたらいいから』と返信がきた。ハルファもとても優しい。今すぐじゃなくてもいいから、ハルファがミケーネを抱き締められたらいいのに、と思ってしまう。門外漢だから、ノイローゼや心のことはよく分からない。だが、ミケーネのことを本当に大事に思っているハルファが、またミケーネと一緒に暮らして、すぐ側で成長を見守られたらいいのに、と思う。ハルファは多分、ロバートのことも今でも愛している。きっと2人の間だけの、優しくて愛おしい記憶があるのだろう。
いつか、家族3人で過ごせる日がくればいい。


ミケーネと水のかけ合いをして遊んでいると、ロバートが帰って来た。まだ勤務時間中の筈である。
ロバートは真っ直ぐにアイディー達の側に来た。


「旦那様、おかえり。早かったな」

「今すぐ買い物に行くぞ」

「あ?何を買うんだよ」

「お前の服」

「夏物はもう買ってんじゃねぇか」

「違う。男物の服だ」

「あ?何で」

「旅行に行く」

「あ?」

「旅行斡旋所で宿を紹介してもらって、宿は予約済みだ。明日の朝一の乗り合い馬車で行く」

「あ?どこに」

「ファビラ」

「……は?」


ファビラはアイディーが生まれ育った小さな町だ。中央の街から、乗り合い馬車で3時間程の場所にある。ファビラは特に観光をするような場所はない。本当に小さな町で、大半は農業従事者という農業が盛んな田舎町だ。


「……あそこ、何もねぇけど」

「温泉宿があった」

「温泉なんて中央の街でも入れるだろ。サンガレアは何処でも温泉湧いてっし」

「その……なんだ。あれだ」

「どれだ」

「……お前の弟に会いに行く」

「……何で」

「……お前、1年くらい会ってないだろう?ファビラはそんなに遠くないし、ミケーネはまだ旅行なんてしたことないし。……お前が休んで1人で行ってもいいが、その間、俺とミケーネだけなのが不安だから、俺達もついていく」

「…………いいのか?」

「毎日うんざりする程暑いから、気分転換がしたい。ミケーネとも遠出がしてみたいし。今回は旅行中の護衛も兼ねるってことにして女装もなしだ。……弟がびっくりするだろ」

「…………」


アイディーは目をパチパチさせて、ロバートをじっと見た。また突飛なことを言い出したが、どうやら、ロバートはアイディーのことを気遣ってくれているようである。こういうところがあるから、似合わない女装をさせられようが、セックスの相手をさせられようが、変態丸出しで気持ち悪い時があろうが、どうにも憎めないのである。
ロバートの心遣いを無為にするのもどうかと思う。
アイディーはニッと笑って、きょとんとしているミケーネを抱っこして立ち上がった。


「んじゃ、着替えてくる。何泊すんだ?」

「休みを10日もぎ取ってきた」

「丸っと滞在すんのか?」

「あぁ。まだ学校の夏休み期間中だろ」

「おう」

「宿は4人でとったから、弟も一緒に泊まればいい。部屋は2部屋だから、俺はミケーネと寝る」

「マジか。大丈夫かよ」

「……駄目な時は呼ぶ」

「おーう。坊っちゃん。じゃあ、今から着替えて、お出かけだぜ」

「はーい」

「素敵なお返事だぜ。坊っちゃん」

「にひっ」

「買い物と準備があるから、今夜は外で食べる」

「あ?んー……まぁ、大丈夫か。まだ、なんもしてねぇし。買ってある肉は冷凍するわ。あ、野菜と卵どうすっかな。豆乳とかも」

「冷凍しておけばいいんじゃないか」

「野菜でできるもんはすっけどよぉ。……んー……お隣さんに貰ってもらうわ。隣ん家のじいちゃんとは普通に立ち話したりしてっし」

「そうなのか?」

「おう」

「あめのじーじ?」

「そうそう。いつも会うと坊っちゃんに飴くれるんだわ」

「そうだったのか……その、俺も挨拶をしておいた方がいいのか?」

「あ?したけりゃすればいんじゃね?」

「わ、分かった」

「何はともあれ着替えてくるわ」

「あぁ」


アイディーは用意しておいた大判のタオルでミケーネと自分の身体をざっと拭き、ミケーネと手を繋いで家の中に入って、脱衣場に行って服を着替えた。

明日にはガーディナに会える。去年の秋頃から、ずっと手紙でしかガーディナの様子を知ることができなかった。唐突過ぎて、全然実感がわかない。
ガーディナはどれだけ大きくなっているだろうか。手紙では元気そうな感じだったが、実際はどうなのだろう。
ガーディナに会えるようになるのは、もっとずっと先だと思っていた。

アイディーはパタパタと急いで出かける準備をしながら、自然とゆるく口角を上げていた。

明日、ガーディナに会える。

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