女装家政夫の愉快なお仕事(三食昼寝おやつセックスつき)

丸井まー(旧:まー)

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18:春のある日のこと

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アイディーは抱っこをしたミケーネと共に、仕事へ行くロバートを玄関先で見送った。季節はすっかり春である。だいぶ暖かくなったので、アイディーはワンピースの下にレギンスを穿くのをやめた。数日前のロバートの休日に、ミケーネの服を買いに行って、ついでにアイディーの春物の女物の服も買いに行った。春っぽい淡いピンク色のワンピースを着たアイディーは、抱っこをしているミケーネと顔を見合わせて、ニッと笑った。


「坊っちゃん。掃除終わったら広場行こうぜー。俺、クレープ食いてぇんだよ。クレープ」

「うん!」

「半分こな。何食う?」

「ハム!」

「ハムとレタスのやつな。いいぜ。あれ旨ぇよな」

「うん。あーちゃん」

「あ?」

「あるくー」

「おーう。また掃除の手伝いしてくれっか?」

「うん!パタパタする!パタパタ!」

「頼んだぜ、坊っちゃん」

「うひっ」

「ふはっ」


アイディーは抱き下ろしたミケーネの前にしゃがんで、顔を見合わせて笑った。ミケーネと手を繋いで家の中に入り、ミケーネがお気に入りの歌を歌い始めると、ミケーネも真似をして歌い始める。舌足らずに楽しそうに歌っているミケーネはとんでもなく可愛い。アイディーは目を細めて、すぐ隣にいる小さなミケーネを見下ろした。

特にこれといった大きな騒動もなく、平穏に春を迎えた。ミケーネは冬の間に2回軽い風邪を引いただけで、後は元気に過ごしている。少しずつだが確実に食べられる量が増えているので、じわじわ大きく重くなり続けている。最近は抱っこやおんぶよりも自分で歩く方がいいらしく、アイディーが台所で料理を作っている時くらいにしか、おんぶをしなくなった。勿論、散歩の時に疲れたり、遊び疲れた時などは抱っこをしているが、去年に比べたらミケーネの運動量がぐっと増えているし、本人も動き回りたくなっているようだ。

数日に1度、ハルファに端末で撮ったミケーネの写真を送っている。ハルファはミケーネを捨てたとかなり気に病んでいるらしく、それでもミケーネのことを今でも本当に愛しており、今のミケーネの様子が気になるようで、たまに自分からアイディーにミケーネの話をせがんでくる。アイディーは常に端末を持ち歩いて、隙あらばミケーネの写真を撮って、写真を撮った時のミケーネの話を文章で送っている。
ハルファと直接会ったのは1度だけだが、ディータとは何度か会っていた。ディータは街の図書館で働いており、ミケーネを連れて紙芝居を借りに行った時に偶然遭遇した。その時にディータとも端末の連絡先を交換しており、ディータからはハルファの様子をたまに知らせてくる。『写真を本当に喜んでいた』『泣くことが減り、笑うことが増えてきた』『久しぶりに普通に散歩をした』など、ハルファはじわじわとだが、心が落ち着いてきているらしい。『時間が1番の薬』とディータが言っていたのだが、多分そうなのだろう。
ハルファの事情はディータから少し聞いた。ハルファは幼い頃に両親を亡くし、親戚をたらい回しにされ、中学校に入学すると同時に独り暮らしをするようになった。ハルファは普通の家庭にずっと憧れていた。子供が大好きで、自分だけの家族が欲しかった。『早く結婚したい』が中学生の頃からのハルファの口癖のようなものだったらしい。ロバートと恋人になり、結婚をしてから、ちょっとした小さな愚痴を吐いても本当に幸せそうにしていたそうだ。しかし、 子育てが上手くいかなかった。ハルファは1人で何もかも抱え込んで、1人で必死に頑張って、1人で泣いて、1人で自分を責めて傷つけて、そして疲れきってしまった。離婚をした後、仕事と住むところを見つけるまで、とディータを頼ってきたそうだが、ほんの数日でハルファの様子がおかしいことにディータが気づき、ハルファを病院へと連れていった。ハルファは、ディータに連れられて定期的に病院に通院して、投薬治療とカウンセリングを受けているそうだ。
『アイディーのお陰でハルファが本当に元気になってきた』と、数日前にディータがハルファの笑顔の写真を送ってきた。ハルファは笑うと、本当にミケーネとそっくりである。立ち止まるしかなかった程疲れていたハルファも、時が経つ程に少しずつ前に進めているようだ。

ヨザックのことは、『いくらでも待つ』というヨザックの言葉に甘えて、自分の中で保留にしている。ヨザックの気持ちへの応えを決めることは、まだできない。アイディーに多額の借金がある以上、安易に決められない。それに夜の仕事のこともある。ロバートは2度目のセックス以降、全然アイディーにそういう意味で触れていない。たまにアイディーがロバートに夜の相手をするか聞いても、『いらない』としか言わない。ハルファ曰く、性欲が強いらしいのに、自慰をしている様子もない。どうやら禁欲をしているようである。セックスの相手をしなくていいのなら、アイディーとしては助かる。とはいえ、夜の相手もアイディーの仕事の範疇である。求められたら応じなくてはいけない。その事もあり、ヨザックに気軽に応えられない。……のだが、ヨザックとは何度かキスをしてしまっている。ヨザックは不審者問題が解決した後も、平日の休みの日にアイディーとミケーネに会いにロバートの家に来る。ミケーネと遊んで、アイディー達と一緒に昼寝をして、アイディーの頭をガシガシ撫でて帰っていく。ミケーネが寝ている間に、なんとなーくそういう雰囲気になったことが何度かあり、その度にキスをしてしまっている。アイディーとしては、この宙ぶらりんな状態でキスをするなんて正直良くないと思うのだ。でも、なんかついやっちゃうのだ。ヨザックのことになると、自分がたまに分からなくなるアイディーである。

アイディーは掃除を終えた後、ミケーネと手を繋いで広場へと歩いて向かった。







ーーーーーー
その日の夜。
アイディーはロバートに端末経由で呼び出されて、ミケーネが寝た後に居間にいた。
ロバートは向かい合ってソファーに座るアイディーの顔を真っ直ぐに見て、口を開いた。


「……明後日から1週間入院してくる」

「あ?おい。アンタどっか悪かったのか?」

「金たまとってくる」

「何言ってんだ。このオッサン」

「金たまとってくる」

「何言ってんだ。このオッサン」

「金たま……」

「いや、もういいわ。アンタ疲れてんだよ。寝ろ。今すぐ寝ろ」

「病院はもう予約してる」

「意味が分かんねぇ。何やってんだアンタ」

「……金たまをとるしかないんだ」


ここ最近、なんだかぼーっとしていることが多い気がしていたのだが、どうやらロバートはとんでもなく馬鹿なことを考えていたようである。馬鹿過ぎて理解できないレベルで馬鹿である。アイディーはとりあえず、真剣な顔をして金たまをとるという馬鹿(ロバート)の話を詳しく聞くことにした。


「旦那様よぉ、とりあえず理由を言え」

「…………」

「はいそこ。黙るんじゃねぇ。どんだけ馬鹿な理由でも最後まで聞いてやっから」

「……だって……」

「おう」

「……ムラムラするから……」

「おう?」


ロバートが靴を脱いで、ソファーの上でお山座りをした。膝を両手で抱えて、情けない顔をしている。ちなみに、ロバートは割とよくお山座りをする。最初の頃は靴を履いたままでもソファーの上でお山座りをしていたので、ソファーでする時は靴を脱ぐよう徹底指導した。
小さく縮こまっているロバートを見て、アイディーは首を傾げた。本気で意味が分からない。ボソボソとロバートが話し続ける。


「……ムラムラして、仕事にも集中できないし……お前を襲う前に、金たまとる」

「いや、アンタの夜の相手も俺の仕事の範疇なんだが。つーか、溜まってんなら抜けよ。オナれ」

「……お前とはしたくない」

「あん?」

「……お前がしたいわけないだろ……女装も、俺なんかの相手も」

「女装はもう違和感ねぇけどな。慣れた」

「……お、おまえに、ぐずっ、うぇ……」

「あ、泣いた」

「た、助けてもらってるのに……」

「あ?」

「……恩を、仇で返すみたいな……こと、うぐっ……」

「んー?」


泣き出したロバートから時間をかけて詳細を聞き出すと、アイディーはガシガシと自分の頭を掻いた。
ロバートの話を要約すると、そもそも自分の馬鹿な求人のせいで、アイディーに女装を強要しているのが申し訳ない。自分をいつも助けてくれているアイディーが望んでいないセックスをしたくない。アイディーは真面目だから、仕事として自分の身体を差し出すだろうが、アイディーが嫌なことはしたくない。禁欲し始めても、溜まるものは溜まる。しかし、アイディーに自分が溜まっていることを知られないように自慰も花街に行くこともできない。溜まっていることを知られたら、アイディーは自分の仕事をしようとするだろうから。でも溜まりすぎて仕事に集中できないレベルでムラムラするし、何よりアイディーの尻とかを見て本気でムラムラするようになってきたから、自分がアイディーを襲ってしまう前に、もう金たまをとるしかない。以上である。

アイディーはぐずぐず泣いている情けない馬鹿なオッサンを見て、小さく溜め息を吐いた。
本当に馬鹿である。ムラムラするのをなんとかするために金たまをとるなんて、完全に馬鹿の発想である。しかし、それはアイディーの為だ。ロバートは馬鹿だし情けないし変態だが、基本的にとても優しい。全然悪い人間ではない。ロバートとのセックスは確かにしんどかったが、どうにもロバートを恨む気にはなれない。
ロバートは『ミケーネに』とか言いながら、アイディーにも頻繁に土産を買ってきてくれたりする。アイディーが好きなミルクボーロが1番多いが、職場で聞いた街で話題のお菓子を買ってきてくれたりもする。アイディーが買っていなかったマフラーを買ってきてくれたりもした。基本的にアイディーがやることに文句を言わないし、面倒臭い小言も言わない。食事や掃除、その他の家事にケチをつけたり、文句を言ったことなど1度もない。食事はいつも残さず食べるし、『風呂に入れ』と言えばすぐに入ってくれる。アイディーが『やるな』と言ったことはやらなくなった。靴を履いたままソファーでお山座りとか、脱いだ靴下を丸めたまま部屋に放置するのとか。

アイディーは小さくなってぐずぐず泣いている情けない馬鹿なオッサンを眺めながら、少し考えた。
要は、アイディーが望めば、ロバートはアイディーとセックスをするのだろう。アイディーは別にロバートとセックスなんてしたくはない。しかし、馬鹿で情けない変態丸出しの、でもとても優しいオッサンがここまで思い詰めているのを見てしまうと、仕方がないな、と思ってしまう。

どうにも憎めないまるでダメなオッサンは、ある意味アイディーの父親のような典型的なクズより質が悪い気がする。
アイディーはそんなことを考えながら、ガシガシ自分の頭を掻き、ソファーから立ち上がった。
アイディーはとりあえず目の前の泣いている情けない馬鹿なオッサンを襲うことにした。
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