女装家政夫の愉快なお仕事(三食昼寝おやつセックスつき)

丸井まー(旧:まー)

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14:誕生日の夜

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アイディーがミケーネを寝かしつけて自室に戻ると、ベッドのヘッドボードに置きっぱなしの端末に通知を知らせる小さな灯りが点いていた。アイディーに連絡してくるのは、ヨザックしかいない。今でもたまに休日に広場で会うブラッド達には、新しい端末を持っていることを伝えていない。時計を見れば、もうそれなりに遅い時間である。一体何の用事だろうかとアイディーは首を傾げながら、端末を手に取り操作した。

『手が空いてる時に連絡をくれ』

端末に表示されているヨザックからの文面を読み、アイディーは少し考えて、通話ではなく、文章を送ることにした。ミケーネが隣の部屋で寝ている。今日はぐずって中々寝なかったので、少しでもミケーネを起こしてしまう可能性は無くしておきたい。ミケーネが寝たので手が空いた旨を端末に打ち込み、ヨザックに送ると、すぐに返信がきた。

『今から行くから、少しだけ時間をくれ』

アイディーはヨザックからの返信を読み、目をパチパチさせた。本当になんなのだろうか。わざわざこんな遅い時間帯にヨザックが来るらしい。年越しが近づくにつれ、本当に忙しくなっている筈である。アイディーは首を傾げたが、了承の旨をヨザックに送った。





ーーーーー
「よっ。悪いな。遅い時間に」

「ちーっす。先輩」


ヨザックは端末でのやりとりから30分もしないうちにロバートの家に来た。領軍のコートを着ているので、多分今夜も仕事なのかもしれない。
今夜はかなり冷えるので、ヨザックの鼻が少し赤くなっている。アイディーは寝間着の上からコートを羽織ってヨザックを玄関前で待っていた。といっても、僅か3分程前くらいからだが。玄関の呼び鈴の音でミケーネを起こしてしまうのが嫌だったので、家に着く直前に端末に連絡してもらうよう、ヨザックに頼んでいた。
アイディーは静かにヨザックを家の中に招き入れ、暗い家の中を歩いて、2人で明かりをつけている台所へと入った。

用意しておいた温めた蜂蜜入りの牛乳を小鍋からマグカップに注ぎ、ヨザックに手渡すと、ヨザックが嬉しそうに目を細めた。


「ありがとな。温まるわ」

「台所でわりぃ。俺の部屋、坊っちゃんの部屋の隣だからよ。ちょっと前に寝たばっかだから、話し声で起こしたくねぇんだ」

「ん?全然構わない。これ渡しに来ただけだし」

「あ?」


立ったまま美味しそうに蜂蜜入りの牛乳を飲んでいるヨザックが、コートのポケットに片手を突っ込み、小さな青い包装紙で包まれた箱らしきものを取り出した。
すっと差し出されたので、アイディーが反射的にそれを受け取ると、ヨザックがニッと笑った。


「誕生日おめでとう。本当は昼間に来たかったんだけどな。仕事が抜けられなくて、こんな時間になっちまった」

「……あ、今日、誕生日か」

「なんだ。自分の誕生日を忘れてたのか?」

「おう」


アイディーは本当に今日が自分の誕生日だということを忘れていた。アイディーは掌の上の小さな箱を見てから、ヨザックの顔を見た。


「……いいのか?貰って」

「むしろ貰ってもらわないと困るな。お前の為に用意したもんだし」

「あ、ありがと」


アイディーはまさかの誕生日プレゼントに驚いて、どう反応したらいいのか分からず、目を泳がせた。なんだか急速に顔が熱くなっていく。記憶にある限り、アイディーが誕生日プレゼントを貰ったのは1度だけだ。
8歳の誕生日に祖父から練習用の刃を潰した剣を貰った。その剣は成長するにつれ体格に合わなくなって使わなくなったが、お守りのつもりで大事に保管していた。家政夫になる直前に、ガーディナの為に僅かでも金をつくってやりたくて売ったので、今はもう手元にない。アイディーの誕生日は毎年ガーディナと合同で誕生日パーティーをしていた。いつもより少し豪華な食事と、この時にしか買わなかったケーキを食べるだけの本当にささやかなものだったが、祖父が裕福ではない生活の中で苦労しながらも、毎年必ず誕生日パーティーをしてくれたのが本当に嬉しかった。

祖父以外の誰かから誕生日プレゼントを貰うなんて初めてで、本当にどうしたらいいのか分からない。『ありがとう』以外で何か言った方がいいのだろうか。何を言えばいいんだ。アイディーが混乱して口を小さく開けたり閉じたりしていると、ヨザックが苦笑してアイディーの頭をガシガシ撫でた。ヨザックが少し困ったかのように凛々しい眉を下げた。


「んー。迷惑だったか?」


アイディーは無言で首を素早く横に何度も振った。迷惑なんかじゃない。ただ、驚き過ぎて、嬉し過ぎて、どうしたらいいのか分からないだけだ。
アイディーは自分の掌の上の小さな箱を見下ろし、おずおずとヨザックの顔を見て、話しかけた。


「……開けてもいいか?」

「ん?勿論」


ヨザックがニッと笑って頷いたので、アイディーは恐る恐る青い包装紙を外し、小さな箱を開けた。箱の中には丸っこい小さめの淡い緑色の容器が入っていた。これは何だろうかとアイディーが首を傾げると、ヨザックが流し台の上にマグカップを置き、プレゼントを持っているアイディーの手にやんわり自分の手を添えた。冷えたゴツいヨザックの指がアイディーの手を優しく撫でる。


「これな、手荒れに効くクリーム。子供が舐めても大丈夫なんだと。流石にクリームを直舐めはダメだけど、手に塗ったのをちょっと舐めるくらいなら大丈夫らしいわ。香りが気に入るか分からなかったから、1番小さいサイズのやつを買ったんだ。香りが大丈夫なら、今度は1番デカいのを買ってくる」

「手荒れに効くクリーム……こういうの使ったことねぇ。どんくらい塗ればいい?」

「ん?じゃあ、試しに俺が塗るか」


ヨザックがひょいと小さな箱をアイディーの掌から取り、箱から淡い緑色の容器を取り出した。箱を流し台の上に置き、丸っこい容器の蓋を開け、ヨザックが白いクリームを指先に少しだけ掬い取り、クリームの容器も流し台の上に置いた。ヨザックがアイディーの右手に触れ、手の甲にクリームをつけ、両手でアイディーの右手全体にクリームを塗り広げていく。指先や爪の周りまで、丁寧に少しぬるつくクリームを塗られる。右手が終われば、左手も同じ様にクリームを塗られる。ヨザックにクリームを塗ってもらいながら、アイディーは右手を鼻先に近づけ、クンクンと匂いを嗅いだ。少し薬っぽい感じの柑橘系の匂いがする。結構好きな香りだ。


「匂い、大丈夫か?」

「おう。結構好き」

「お。なら良かった。じゃあデカいやつも買ってくる」

「いいのか?」

「勿論。お前の手、あかぎれがあるからさ。痛そうだし、ちょっと前から気になってたんだよな」

「……ありがと」


アイディーはなんだか胸がむずむずして、誤魔化すようにヘラッと笑った。ヨザックの少し冷たい両手に優しく包まれている左手が、何故だか温かい気がする。
クリームを塗り終えたヨザックの手がアイディーの左手から離れようとしたので、無意識にアイディーはヨザックの左手を掴んだ。


「「ん?」」


アイディーは自分の行動の意味が分からず、キョトンとした。何故、自分はヨザックの手を握っているのだろうか。アイディーの手より冷たいヨザックの手を握ったまま、アイディーは首を傾げた。
ヨザックの顔を見れば、ヨザックは何故か天井を見上げていた。


「……アイディー」

「あ?」

「そういう可愛いことをされるとだな、紳士でいるのが難しくなっちゃうんだけど」

「は?」

「俺もまだギリギリ10代の健康な男の子なのよ」

「ん?うん」

「好きな子にそういう可愛いことされちゃうと、色々と我慢ができそうになくなるわけで」

「は?」


アイディーはまじまじとヨザックを見た。ヨザックは天井を向いていた顔を戻しているが、少し気まずそうにアイディーから目を反らしていた。


「ん?ん?つーか、先輩マジだったのか?冗談じゃねぇの?」

「俺はいつでも真面目に口説いていたけど?」

「マジか」

「マジ」


ヨザックが、驚いて目を見開くアイディーをチラッと見て、苦笑した。


「……まぁ、ちゃんと伝わってねぇのは分かってたけどな。俺はお前が好きだよ」


アイディーは目を泳がせて、口をむにむに小さく動かした。マジか。ヨザックの普段の発言は完全に冗談だと思っていた。どう反応したらいいのか分からない。顔が熱い。何故だか、自分の心音がやけに耳につく。普段より速いそれを不思議に思いながら、アイディーはなんとなくヨザックの左手を握っている左手に少しだけ力を入れた。
ヨザックが少し困ったような顔をした。


「んー……アイディー」

「……なに」

「すまん。俺は紳士になりきれん。キスだけしていいか?頬っぺたにするから」


アイディーはヨザックの顔を真っ直ぐに見れなくて、視線を繋いだ左手に固定したまま、ボソッと小さな声で返事をした。


「……したけりゃ、すれば?」

「おう。じゃあ、する」


ヨザックが1歩アイディーに近づいて、右手で少し俯いているアイディーの頬に優しく触れ、そっとアイディーの右頬に唇で触れた。頬に感じるかさついた柔らかいヨザックの唇の感触とヨザックから香る微かな爽やかな男物の練り香の香りに、何故だか心臓の鼓動がヤバいくらい速く大きくなる。
自分はヨザックのことを頼れる先輩としか思っていなかった筈だ。なのに、なんなのだ。この自分の身体の意味が分からない反応は。
アイディーの熱い頬に、ヨザックが少しひんやりとしている自分の頬をくっつけた。ヨザックの右手がアイディーの腰に触れ、抱き寄せられるように2人の身体が密着する。また、大きくアイディーの心臓が跳ねた。
そのままの体勢でヨザックが小さくクックッと笑った。


「これでちょっとは意識してもらえるか?」

「…………」
 
「俺はまだ新人扱いが抜けてねぇ平軍人だから、お前の借金をどうにかしてやることができねぇ……悔しいことにな。それでも愚痴を聞くことだって、お前を抱き締めることだってできる。アイディー」

「…………なんだよ」

「俺はお前が好きだよ」

「………………ん」


顔が熱くて、心臓の音が煩くて堪らない。ヨザックからの好意が、全然嫌でも不快でもない自分が心底不思議である。
ヨザックがもう1度アイディーの頬にキスをして、身体を離した。服越しに感じていたヨザックの体温が遠退き、なんだか寂しさを感じる。
ヨザックがニッと笑った。


「今夜は帰るわ。仕事抜けてきてるし、何よりこれ以上いたら狼になっちまう」

「あ?」

「男は狼なんだよ」

「……なんだそりゃ」

「ははっ。アイディー」

「あ?」

「また来る」

「……おう」


アイディーはヨザックと一緒に玄関まで移動し、アイディーの頭をガシガシ撫でた後に帰っていくヨザックの背中を見送った。
まだ顔が熱い。心臓もばくばく激しく動いている。
自分のこの反応は一体何だ。訳が分からない。

17歳の誕生日の夜。アイディーは何故だかドキドキそわそわして、結局朝まで眠ることができなかった。

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