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12:昼寝

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アイディーは居間の柔らかいカーペットの上に仰向けに寝転がり、ミケーネを寝かしつけていた。隣に軍服姿のヨザックがいるので、ヨザックと遊びたいミケーネは中々寝ようとしない。昼寝をさせないと、ちょうど夕食の頃に眠たくなってぐずる。アイディーはなんとかミケーネを寝かせようと先程からミケーネが好きな歌を歌っているのだが、ミケーネは中々寝そうにない。ミケーネは寝転がるアイディーの隣に胡座をかいて座っているヨザックの方へ行こうと、もぞもぞ動いている。


「んー。しょうがねぇな」

「あ?何?先輩」

「ミー坊。俺も一緒に昼寝するわ」

「あーい!」

「あ?時間大丈夫なのか?先輩」

「ん?あぁ。俺、今日は仕事終わってるから。夜勤だったんだよ」

「マジか。……わりぃ。疲れてるのに来てもらっちまって」

「いいんだよ。俺がしたくてしてんだし」


ヨザックがニッと笑って、寝転がるアイディーの頭をガシガシ撫でた。そのままゴロンとアイディーと並んでピッタリくっつくように横になった。
ミケーネが嬉しそうにヨザックに手を伸ばすと、ヨザックも笑ってミケーネの小さな手を握った。


「一緒にお昼寝しようぜ、ミー坊」

「うん。あーちゃん」

「ん?何だ?坊っちゃん」

「おうたー」

「おーう」


アイディーは身体の上の小さなミケーネの体温と、隣にピッタリくっついているヨザックの体温を感じながら、歌い始めた。

昨夜は結局一睡もしていない。初めての時程アナルは痛くないが、かわりに腰が痛い。ロバートはアイディーのアナルを舐め、指を挿れ、ペニスを挿れ、何度もしつこい程アイディーの身体を貪った。淡白とか言っていたくせに、4回もヤった。どこが淡白だ。快感は確かにあった。アイディーもロバートにペニスを弄られて、結局5回も射精させられた。前立腺とかいうアナルの中の場所を弄られると、強すぎる刺激で身体が勝手に震えた。
声は意地でも出さなかった。口内の頬の肉をずっと噛んでいた。今朝の朝食では、味噌汁が口内の傷に沁みて痛かった。
ロバートとのセックスが気持ちいいなんて思いたくなかった。単なる仕事だ。金の為にやっているだけだ。じゃなかったら男に抱かれたりなんてしたくない。

アイディーの身体の上のミケーネの身体がぽかぽかしてきた。本格的に眠くなってくれたらしい。ヨザックと手を繋いだまま、うとうとしているミケーネの背中を優しくポンポンしてやりながら歌っていると、そのうち穏やかな小さな寝息が聞こえてきた。すぐ近くで、クックッと小さな笑い声も聞こえる。
歌うのを止め、顔を横に向ければ、本当に間近にヨザックの男臭い端正な顔がある。ヨザックが楽しそうに目を細めて、アイディーと目を合わせた。
ヨザックが小さな声で囁いた。


「寝たな」

「おう」

「お前も寝とけば?俺も寝る」

「……ん」


ヨザックの顔が更に近づいて、反射的に閉じたアイディーの瞼を鼻先で撫でた。こちら側を向いて横向きになっているヨザックに手をやんわり握られる。固い剣胼胝があるゴツい手の感触も体温も、別に不快ではない。温かいミケーネの柔らかい体温と、ヨザックのゴツい手の感触が妙に落ち着く。昨夜は寝ていないので、本当に眠い。アイディーは顔をヨザックに向けたまま、静かに眠りに落ちた。





ーーーーーー
身体の上でもぞもぞと何かが動く感覚で、アイディーは目覚めた。ふ、と目を開ければ、間近に目を閉じて寝息を立てているヨザックの顔がある。アイディーはずっと首を横に向けたまま寝ていたらしく、顔を正面に動かせば、地味に痛い。寝違えたらしい。ミケーネがもにょもにょ言いながら、もぞもぞ動いている。半分起きているらしい。壁の時計を見れば、普段のおやつの時間を少し過ぎてしまっている。しまった。寝すぎた。
起きて、ミケーネを起こして、おやつを食べさせなければならないのだが、起き上がる気がどうにも起きない。眠いし、なんだか身体が疲れている気がする。アイディーはもぞもぞ動いているミケーネの背中を優しく撫でてやりながら、ぼーっと天井を見上げた。

来週には誕生日がきて、アイディーは17歳になる。ガーディナとは誕生日が4日違いなので、再来週にはガーディナも誕生日がきて13歳になる。ガーディナの誕生日はちょうど年末年始の休みに入る頃なので、例年なら祖父と3人でささやかな誕生日パーティーをしていた。今年は無理だ。せめて、ちょっとした誕生日プレゼントでも贈ってやりたい。何がいいだろうか。実用的なものがいいのは分かりきっている。神殿で預かってもらっているから、食べるものには困らないとはいえ、学校で使う文房具ですら気軽には買えない生活だ。ガーディナとは頻繁に手紙のやり取りをしている。ガーディナは自分では中々便箋なども買えないので、アイディーが買って、手紙と一緒に同封して送っている。いつも『元気。神官様も優しい』と書いてあるが、本当のところはどうなのだろうか。アイディーが生まれた町の神官は確かに優しい人物だが、寂しい思いや不自由な思いをしていないだろうか。1人で泣いていないだろうか。ガーディナはアイディーが町にいた時も、高等学校にアイディーが入学してからも町に帰る度に、いつもアイディーにずっとくっついていた。祖父は優しかったが仕事が忙しかったし、父親は帰ってこないし、母親は一応顔を知っているという程度の間柄だった。ガーディナはいつもアイディーと一緒にいた。アイディーが高等学校に進学する為に町を出るギリギリまで一緒に寝ていたくらいだ。寝相が悪いガーディナに、ベッドから蹴り落とされることもあった。
今、ガーディナはどうしているのだろうか。1人でちゃんと寝れているのだろうか。寒い思いをしていないだろうか。アイディーの給料の殆んどは借金返済で持っていかれている。それでも少しの金は生活費として残してもらっていた。実際、アイディーは生活費なんてかからないので、大半はガーディナへと仕送りしている。念のため、僅かに残している金がある。ガーディナには手袋を贈ろう。ガーディナが今使っているものはアイディーのお古だ。新しい温かい手袋を買って贈ってやろう。ガーディナは喜んでくれるだろうか。
アイディーは本当に微かな大きさの声で、ボソッと呟いた。


「……会いてぇな」

「誰に?」


誰にも聞かれない筈の本当に小さな囁き声だったのに、ヨザックが問いかけるように囁いた。アイディーは少し驚いて、顔を横に向けた。眠っていた筈のヨザックが、目を開けて、鳶色の瞳でアイディーを見ていた。
アイディーは少し気まずくて、目を泳がせながら、ボソッと答えた。


「……弟」

「ガーディナだっけ?名前」

「あ?何で知ってんだ?」

「前に話してただろ?」

「……あぁ」

「まだ12だろ?」

「もうすぐ13」

「ん?お前と誕生日近いのか?」

「何で俺の誕生日知ってんだ」

「企業秘密」

「おい」

「ははっ……お前も寂しいな」


ヨザックがアイディーと繋いだ手に少しだけ力を入れた。アイディーはぼんやりとヨザックの鳶色の瞳を見た。ヨザックの顔が近づいてきて、アイディーの鼻先にヨザックの唇がふにっと触れた。自分の鼻先とアイディーの鼻先を擦り合わせてから、ヨザックの顔が離れていった。


「……そろそろミー坊のおやつの時間だろ?」

「もう過ぎてる」

「マジか。寝過ぎたな」

「おう」

「今日のおやつ何?」

「バナナ入れたパンケーキ」

「そりゃ豪勢だな」

「坊っちゃんが気に入ってんだよ」

「ま、財布は金持ち魔術師様だしな」

「おうよ」

「ミー坊ー。おやつだぜー。おーやーつ」

「ふにぃ……」


ヨザックが優しい声で半分寝ているミケーネを起こし、起き上がって胡座をかいて座り、大きな欠伸をしているミケーネをアイディーの身体の上から抱き上げた。ミケーネの温かな体温がなくなったので、アイディーも起き上がった。
アイディーは再び時計を見た。大急ぎでパンケーキを作らねば、夕食に差し支える。アイディーはミケーネをヨザックに頼んで、慌てて台所へと向かった。






ーーーーーー
おやつのパンケーキを食べ終えた後、帰るヨザックを見送る為に、アイディーはミケーネを抱っこして玄関にいた。
ふ、とアイディーはあることを思い出した。


「先輩」

「ん?」

「そういやよぉ、今って修羅場中なんじゃね?」


中央の街は、土の神と異世界から訪れる土の神子を祀る聖地神殿、土の神子の後宮がある丘の麓にある。故に、新年に聖地神殿を参拝しようという領地内外からの観光客で、中央の街の年末年始は毎年大賑わいである。人が増えれば、それだけトラブルも犯罪も増える。サンガレア領軍は毎年年末年始を挟んだざっくり2ヶ月程は、軍人総動員で警備や巡回などをしたりと、長い修羅場になると聞いている。
アイディーが聞くと、ヨザックが肩を竦めた。


「まぁな。でも一般人の安全を守るのも仕事だからな。ここに来ても全然問題ねぇのよ」

「……わりぃ」

「ん?謝るな。俺がやりたくてやってるんだ」


ヨザックが忙しい時期だということを忘れて気軽に頼ってしまった自分が情けない。アイディーは少し眉間に皺を寄せた。
ヨザックがそんなアイディーを見て、苦笑して手を伸ばし、アイディーの頭をガシガシ撫でた。


「んな顔すんなっての。言っただろ?仕事でもあるって。つーか、仕事にかこつけて堂々と休憩できるから俺としても助かるわ。下っぱ軍人はひたすら走り回るのが仕事だからさ。今日は昼寝もできて、めちゃくちゃラッキーだったぜ」

「……ん。先輩」

「ん?」

「ありがと」

「おう」


ヨザックがニッと笑った。アイディーもつられて、思わずへらっと笑った。ヨザックがアイディーの頬をむにっと優しく摘まんで、にーっと悪戯っぽい顔をした。


「なんならお礼にキスしてくれてもいいぜ?」

「あ?」


ヨザックが自分の頬をトントンと指先で叩いた。アイディーはにやっと笑って、お腹が少し満ちてまた眠くなってきているミケーネの顔をヨザックの顔に近づけた。


「坊っちゃん。よーちゃんがちゅーしてほしいってよ」

「ちゅー?」

「お。そうくるか」

「ほれ、坊っちゃん。ちゅー」

「ちゅー」

「ははっ!」


ミケーネがふにゃっと笑ってヨザックの頬に唇をくっつけると、ヨザックが楽しそうに笑った。『お返しだ!』とヨザックがミケーネの頬にキスをすると、ミケーネがきゃらきゃらと楽しそうに笑った。
『また来る』と言って、アイディーの頭を再びガシガシ撫でていったヨザックの背中を見送ってから、アイディーはミケーネと顔を見合わせて、ニッと笑った。


「よっしゃ!坊っちゃん!洗濯物取り込んで晩飯の支度すんぜー」

「ぜー」

「ははっ!」


アイディーは何故だか腹の奥がむず痒い気がして、笑いながらミケーネを高い高いした。ミケーネが楽しそうな笑い声を上げたので、アイディーは益々腹の奥がむずむずした。
ご機嫌なミケーネを抱っこして、アイディーは夕方の家事をするべく家の中に入り、ミケーネが好きな歌を歌い始めた。
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