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80:お見合い大作戦
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クラウディオはトリッシュの見合い会場を街の飲食店等ではなく、クラウディオ達の家ですることに決めた。飛竜のモルガとベイヤードがいるから、多分アルフは飛び上がって喜ぶ筈だ。一般人は基本的に飛竜を間近で見ることはできない。今後、家にアルフを誘う布石になる。実際に飛竜をすぐ間近で見てしまったら、もう飛竜資料館の写真展示や遠目に見える一般人立ち入り禁止の竜舎の飛竜達の姿には満足できなくなるだろう。トリッシュとの相性がいいかどうかは未知数だが、うまくいった時の為の布石は多い方がいい。モルガとベイヤードの存在でがっちりアルフの心を掴むことがまず大事なのである。トリッシュは自分の恋愛に今のところ興味がない。まるでない。そんなトリッシュに男を口説いて結婚しろなんて無理な話だ。そもそもトリッシュには結婚する気がまだない。そこでアルフである。飛竜大好きのアルフなら、一生大好きな飛竜と過ごせる生活はきっと夢のようだろう。アルフの心をまず生の飛竜で掴んで、トリッシュをアルフに口説かせる作戦である。ていうか、色々考えてみたが、トリッシュが誰かを口説くとか本当に無理だと思う。恋愛絡みになるとポンコツになるジャンに顔だけじゃなくてそういうところも微妙に似ているのだ。残念なことに。となれば、アルフにぐいぐい口説いてもらうしか道はない。
ジャンが独り身のトリッシュを心配しているのも分からないでもないクラウディオである。
トリッシュの服は数日前にフェリが『たまには買い物デートしよう』と言って、実にトリッシュに似合いそうな素敵なワンピースを買った。ワンピースに合いそうな小物もばっちりである。マーサ様に連絡をして、見合い当日の早朝にトリッシュに化粧をしてくれるよう頼んだ。マーサ様は即答で了承してくれた。
見合いで出す予定の料理も決まっている。材料も全て揃えてある。
あとは見合い本番を待つのみである。見合いまであと2日。クラウディオはジャンと共に、気合を入れて家中を掃除して回った。
ーーーーーー
そして迎えた見合い当日。
朝早くにトリッシュを叩き起こして、ワンピースを着せ、クラウディオが髪をきれいに結い上げ、マーサ様に化粧をしてもらった。トリッシュを完璧な状態にしてから、アルフとの待ち合わせ場所である街外れの馬小屋へと向かって、クラウディオは馬を走らせていた。
料理の仕込みは昨夜のうちに終わらせ、あとはジャンが仕上げをするのみである。なんだか訝しげなトリッシュはフェリが相手をして現在誤魔化している。ふむ。騙し討ちお見合い計画は中々に順調と言えよう。
待ち合わせ場所に着くと、既にアルフはきていた。灰色のストライプの洒落たスーツを着ている。ネクタイの色と柄もよく似合っている。ふむ。中々いいセンスじゃないか。クラウディオの中でアルフへの好感度が少し上がった。
「おはようございますっ!クラウディオ分隊長!」
「あぁ、おはよう。すまん。待たせたか?」
「いえっ!全然大丈夫ですっ!」
「おー。じゃあ行くか」
「はいっ!」
クラウディオの家で見合いをすることはアルフには言ってある。クラウディオの家に竜舎があることは有名なので、きっと飛竜を間近で見られると期待しているのだろう。アルフの目は早くも子供のようにキラキラしている。
2人で馬を走らせて、我が家に着いた。馬小屋に馬を入れる。アルフはその間、ずっとソワソワしていた。どれだけ飛竜が好きでも、いや好きだからこそ、乗り手にちゃんと紹介されないと近づいてはいけないという飛竜の習性を知っているのだろう。アルフはひどく興奮しているっぽいが、竜舎に飛んでいくなんてことはしなかった。
家に招き入れ、居間に通すと、キレイに着飾ったトリッシュがソファーに座り、脚を組んで優雅に珈琲を飲んでいた。
「あら、父上。おかえり」
「ただいま」
「……後ろの人はお客さん?」
「あー……まぁ。そんなとこ。アルフ・エイデンだ」
「……初めまして。アルフ・エイデンと申します。……あの……クラウディオ分隊長」
「ん?」
「その、少々よろしいですか?」
「……?あぁ」
クラウディオはアルフに半ば引きずられるようにして玄関から1度外に出た。
「ぶ、分隊長。もしかして、その、今日のお見合いの相手って……」
「トリッシュだ」
「この話はなかったことでお願いします。失礼します」
「まぁまぁ、待て待て。落ち着け、アルフ」
「トリッシュ様って風の神子様のご息女じゃないですかっ!」
「そうだぞ。そんで飛竜乗り」
「身分違いにも程がありますよ!俺は先祖代々平民の家系に産まれてるんです!釣り合わないどころじゃありませんよっ!完全に不敬じゃないですかっ!」
「ん?大丈夫大丈夫。フェリはそういうの気にしないし。ほら、俺も平民だけどフェリと結婚しているだろ?」
「クラウディオ分隊長は領軍の中でも高位にいらっしゃるじゃないですかっ。俺は単なるしがない1軍人ですよ!?」
「いや、ほら。鑑識課の副課長やってるじゃないか」
「そんなのっ!神子様のご息女なんて雲の上の上の上ーーーーーの方には、なんの効力もありませんよっ!」
「大丈夫だってー。トリッシュはほら、庶民的過ぎるくらい庶民的だから」
「いやでもっ」
「まぁまぁ、落ち着けよ。アルフ。トリッシュの事は神子の娘じゃなくて、単なる飛竜乗りと思え。ちょっと考えてみろ?現役バリバリに飛び回っている飛竜乗りから飛竜の話を聞いてみたくないか?ん?」
「うっ……き、聞いてみたいです……」
「別になにも今すぐ結婚しろって言ってる訳じゃないんだよ。ただまぁ、ちょっとした切っ掛けにでもなればいいかなぁ、ぐらいなんだよ」
「……はぁ」
「とりあえず今日のところはトリッシュから飛竜の話でも聞いてさ。トリッシュがいいって言えばベイヤードを見せてもらえばいいんじゃないか?」
「うぅ……」
「トリッシュだけじゃなくて、ジャンもいるぞ?元・風の宗主国将軍で、国1番の飛竜乗りだ。話を聞いてみたくないか?」
「き、聞きたい……です……」
「よぉし!じゃあ、そういうことで戻ろうか!」
「……は、はい」
なんとかアルフを逃げ帰らせずにすんだ。
2人で居間に戻ると、何かを察したのか、トリッシュがジャンに似た優しげな顔を恐ろしく歪め、ジャンをキツく睨み付けていた。ひっっっくい声がトリッシュから出た。
「……謀ったわね……父様。なんかおかしいと思ってたのよ」
「お、落ち着け?トリッシュ。顔が怖いぞ?」
「母上と父上もグルでしょ?」
「あー、まぁ、なんというか……そんな感じ?」
「まぁまぁ、トリッシュ。少し落ち着け」
「はぁ?」
「顔と声が怖いぞー。ただ単に今日は飛竜が好きすぎてうちの領軍に入隊した飛竜馬鹿を連れてきただけだ」
「……なにそれ」
「そのまんまの意味だよ。飛竜が兎に角好きなんだ。よく働いてくれる優秀な男だから、ご褒美にでもどうかなって思ってさ。こいつがアルフ・エイデン。うちの詰所の鑑識課の副課長やってるんだ。現役バリバリの飛竜乗りの話でもしてやってくれよ。休みの度に飛竜資料館に通ってるくらい飛竜が好きなんだ」
「そうなの?」
「そうそう。ほら、アルフ。自己紹介」
「ア、アルフ・エイデンと申します!この度はお招きの名誉に与り、とても光栄であります!」
「はぁ……どうも。ご丁寧に。トリッシュです」
「とりあえず座って茶でも飲みながら話そうか」
「そうね」
トリッシュをなんとか言いくるめることができた。トリッシュの怒りはひとまず鎮火した。ほっと一安心である。
トリッシュの正面になるようにアルフを座らせ、クラウディオもジャンとフェリと一緒のソファーに座った。ジャンが香りがいい風の宗主国の紅茶を淹れてくれた。
「風の宗主国の、特に飛竜乗り達は紅茶にジャムを入れて飲むんだ」
「そうなのですかっ!?」
「うん。ほら、飛竜で飛んでいるとどうしても身体が冷えるからね。休憩の時とかに熱量摂取の為に紅茶にジャムを入れたり、手っ取り早く身体を温める為にブランデーを入れるんだよ」
「なるほどっ!あ、その……メモをとらせていただいてもよろしいですか?」
「あぁ。構わないよ」
「ありがとうございますっ!」
早速ジャンの話に食いついたアルフを、トリッシュが不思議そうに見た後、納得したように頷いた。どうやら、本当に飛竜馬鹿な部下へのご褒美と思ってくれたらしい。これで実は見合いでしたとバレたら、多分トリッシュはキレる。トリッシュは普段はジャンに似て、顔も性格も結構穏やかな方なのだ。だからか、怒るとかなり怖い。トリッシュの怒りの矛先にはなりたくないクラウディオは必死で誤魔化したのだ。我ながらうまく口が回って助かった。
ジャンの話にトリッシュも加わり、飛竜乗り2人から話を聞きつつ、メモをすごい勢いで書いているアルフはとても楽しそうである。目を子供のようにキラキラさせて話を聞くアルフを気に入ったのか、2人はあまり世間では知られていない飛竜情報等も話し出した。アルフがすっごく食いついた。結局、昼食の時間になるまで話を続け、それどころか昼食を食べながらもずっと飛竜の話をし、アルフを気に入ったジャンとトリッシュは午後から実際に自分達の飛竜にアルフを紹介した。感動して半泣きで喜ぶアルフが面白かったのか、トリッシュが自分から飛竜に乗ってみないかと誘っていた。食いぎみに頷いたアルフを後日、トリッシュがベイヤードに乗せて遠乗りに出かけることが決まった。今日の格好じゃ無理だから、と飛竜に乗る時に必要な服装や装備をアルフに説明して、家に戻って夕食を食べつつ、またひたすら飛竜に関する話をしていた。アルフは本当に大喜びである。それがあからさまに顔に出るので、どうやらトリッシュは少しアルフを気に入ったようだ。トリッシュ以上にジャンがアルフを気に入った。今度来たときに、ジャン厳選の飛竜写真集を見せると約束していた。それにもアルフは心底嬉しそうに頷いていた。
ふむ。これは見合いの第1段階としては成功なのではないだろうか。とりあえずアルフはトリッシュの気を引けたのだ。友達になるか恋人になるかは未知数ではあるが、掴みは上々のようである。
アルフはそこそこ遅い時間に街へと帰っていった。何度もジャンとトリッシュにお礼を言ってから。クラウディオがいつでも来ていいと言うと、感激したようで涙目で握手を求められた。どんだけお前は飛竜が好きなんだよ。
呆れながら帰っていくアルフの背中を見送り、皆でゾロゾロと居間に戻った。紅茶を淹れて、皆で飲む。紅茶に木苺のジャムを大量に入れながら、トリッシュが機嫌よく口を開いた。
「なんだか面白い人ね。飛竜の個体の見分けもできるらしいし。父上なんて未だにモルガとベイヤードの見分けもつかないのに」
「……鳴き声聞けば流石に分かるぞ?」
「顔も身体つきも全然違うじゃない」
「まぁ、飛竜乗り以外で飛竜の個体の見分けがつく人なんて、俺はマーサ様くらいしか知らないな。飛竜乗りギルドの職員でさえ、出入りしている飛竜の見分けがつかないんだから」
「見れば分かるのにね」
「不思議だよな。何で分からないんだろうな」
飛竜乗り2人が揃って首を傾げた。ジャンの飛竜馬鹿は今に始まった事ではないが、トリッシュも大概だと思う。飛竜を愛している2人は、同じく飛竜を愛しているアルフをとても気に入ったようだ。
あれの話をしてやろう、飛竜に乗せてあそこにも連れていってやろう、等と楽しそうに話している。
クラウディオは静かに紅茶を飲むフェリと目を合わせて肩を竦めた。
ま、なんにせよ、見合い第1弾は成功したとみてよかろう。クラウディオは楽しそうな飛竜乗り達の話を聞きながら、静かに紅茶の香りを楽しんだ。
ジャンが独り身のトリッシュを心配しているのも分からないでもないクラウディオである。
トリッシュの服は数日前にフェリが『たまには買い物デートしよう』と言って、実にトリッシュに似合いそうな素敵なワンピースを買った。ワンピースに合いそうな小物もばっちりである。マーサ様に連絡をして、見合い当日の早朝にトリッシュに化粧をしてくれるよう頼んだ。マーサ様は即答で了承してくれた。
見合いで出す予定の料理も決まっている。材料も全て揃えてある。
あとは見合い本番を待つのみである。見合いまであと2日。クラウディオはジャンと共に、気合を入れて家中を掃除して回った。
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そして迎えた見合い当日。
朝早くにトリッシュを叩き起こして、ワンピースを着せ、クラウディオが髪をきれいに結い上げ、マーサ様に化粧をしてもらった。トリッシュを完璧な状態にしてから、アルフとの待ち合わせ場所である街外れの馬小屋へと向かって、クラウディオは馬を走らせていた。
料理の仕込みは昨夜のうちに終わらせ、あとはジャンが仕上げをするのみである。なんだか訝しげなトリッシュはフェリが相手をして現在誤魔化している。ふむ。騙し討ちお見合い計画は中々に順調と言えよう。
待ち合わせ場所に着くと、既にアルフはきていた。灰色のストライプの洒落たスーツを着ている。ネクタイの色と柄もよく似合っている。ふむ。中々いいセンスじゃないか。クラウディオの中でアルフへの好感度が少し上がった。
「おはようございますっ!クラウディオ分隊長!」
「あぁ、おはよう。すまん。待たせたか?」
「いえっ!全然大丈夫ですっ!」
「おー。じゃあ行くか」
「はいっ!」
クラウディオの家で見合いをすることはアルフには言ってある。クラウディオの家に竜舎があることは有名なので、きっと飛竜を間近で見られると期待しているのだろう。アルフの目は早くも子供のようにキラキラしている。
2人で馬を走らせて、我が家に着いた。馬小屋に馬を入れる。アルフはその間、ずっとソワソワしていた。どれだけ飛竜が好きでも、いや好きだからこそ、乗り手にちゃんと紹介されないと近づいてはいけないという飛竜の習性を知っているのだろう。アルフはひどく興奮しているっぽいが、竜舎に飛んでいくなんてことはしなかった。
家に招き入れ、居間に通すと、キレイに着飾ったトリッシュがソファーに座り、脚を組んで優雅に珈琲を飲んでいた。
「あら、父上。おかえり」
「ただいま」
「……後ろの人はお客さん?」
「あー……まぁ。そんなとこ。アルフ・エイデンだ」
「……初めまして。アルフ・エイデンと申します。……あの……クラウディオ分隊長」
「ん?」
「その、少々よろしいですか?」
「……?あぁ」
クラウディオはアルフに半ば引きずられるようにして玄関から1度外に出た。
「ぶ、分隊長。もしかして、その、今日のお見合いの相手って……」
「トリッシュだ」
「この話はなかったことでお願いします。失礼します」
「まぁまぁ、待て待て。落ち着け、アルフ」
「トリッシュ様って風の神子様のご息女じゃないですかっ!」
「そうだぞ。そんで飛竜乗り」
「身分違いにも程がありますよ!俺は先祖代々平民の家系に産まれてるんです!釣り合わないどころじゃありませんよっ!完全に不敬じゃないですかっ!」
「ん?大丈夫大丈夫。フェリはそういうの気にしないし。ほら、俺も平民だけどフェリと結婚しているだろ?」
「クラウディオ分隊長は領軍の中でも高位にいらっしゃるじゃないですかっ。俺は単なるしがない1軍人ですよ!?」
「いや、ほら。鑑識課の副課長やってるじゃないか」
「そんなのっ!神子様のご息女なんて雲の上の上の上ーーーーーの方には、なんの効力もありませんよっ!」
「大丈夫だってー。トリッシュはほら、庶民的過ぎるくらい庶民的だから」
「いやでもっ」
「まぁまぁ、落ち着けよ。アルフ。トリッシュの事は神子の娘じゃなくて、単なる飛竜乗りと思え。ちょっと考えてみろ?現役バリバリに飛び回っている飛竜乗りから飛竜の話を聞いてみたくないか?ん?」
「うっ……き、聞いてみたいです……」
「別になにも今すぐ結婚しろって言ってる訳じゃないんだよ。ただまぁ、ちょっとした切っ掛けにでもなればいいかなぁ、ぐらいなんだよ」
「……はぁ」
「とりあえず今日のところはトリッシュから飛竜の話でも聞いてさ。トリッシュがいいって言えばベイヤードを見せてもらえばいいんじゃないか?」
「うぅ……」
「トリッシュだけじゃなくて、ジャンもいるぞ?元・風の宗主国将軍で、国1番の飛竜乗りだ。話を聞いてみたくないか?」
「き、聞きたい……です……」
「よぉし!じゃあ、そういうことで戻ろうか!」
「……は、はい」
なんとかアルフを逃げ帰らせずにすんだ。
2人で居間に戻ると、何かを察したのか、トリッシュがジャンに似た優しげな顔を恐ろしく歪め、ジャンをキツく睨み付けていた。ひっっっくい声がトリッシュから出た。
「……謀ったわね……父様。なんかおかしいと思ってたのよ」
「お、落ち着け?トリッシュ。顔が怖いぞ?」
「母上と父上もグルでしょ?」
「あー、まぁ、なんというか……そんな感じ?」
「まぁまぁ、トリッシュ。少し落ち着け」
「はぁ?」
「顔と声が怖いぞー。ただ単に今日は飛竜が好きすぎてうちの領軍に入隊した飛竜馬鹿を連れてきただけだ」
「……なにそれ」
「そのまんまの意味だよ。飛竜が兎に角好きなんだ。よく働いてくれる優秀な男だから、ご褒美にでもどうかなって思ってさ。こいつがアルフ・エイデン。うちの詰所の鑑識課の副課長やってるんだ。現役バリバリの飛竜乗りの話でもしてやってくれよ。休みの度に飛竜資料館に通ってるくらい飛竜が好きなんだ」
「そうなの?」
「そうそう。ほら、アルフ。自己紹介」
「ア、アルフ・エイデンと申します!この度はお招きの名誉に与り、とても光栄であります!」
「はぁ……どうも。ご丁寧に。トリッシュです」
「とりあえず座って茶でも飲みながら話そうか」
「そうね」
トリッシュをなんとか言いくるめることができた。トリッシュの怒りはひとまず鎮火した。ほっと一安心である。
トリッシュの正面になるようにアルフを座らせ、クラウディオもジャンとフェリと一緒のソファーに座った。ジャンが香りがいい風の宗主国の紅茶を淹れてくれた。
「風の宗主国の、特に飛竜乗り達は紅茶にジャムを入れて飲むんだ」
「そうなのですかっ!?」
「うん。ほら、飛竜で飛んでいるとどうしても身体が冷えるからね。休憩の時とかに熱量摂取の為に紅茶にジャムを入れたり、手っ取り早く身体を温める為にブランデーを入れるんだよ」
「なるほどっ!あ、その……メモをとらせていただいてもよろしいですか?」
「あぁ。構わないよ」
「ありがとうございますっ!」
早速ジャンの話に食いついたアルフを、トリッシュが不思議そうに見た後、納得したように頷いた。どうやら、本当に飛竜馬鹿な部下へのご褒美と思ってくれたらしい。これで実は見合いでしたとバレたら、多分トリッシュはキレる。トリッシュは普段はジャンに似て、顔も性格も結構穏やかな方なのだ。だからか、怒るとかなり怖い。トリッシュの怒りの矛先にはなりたくないクラウディオは必死で誤魔化したのだ。我ながらうまく口が回って助かった。
ジャンの話にトリッシュも加わり、飛竜乗り2人から話を聞きつつ、メモをすごい勢いで書いているアルフはとても楽しそうである。目を子供のようにキラキラさせて話を聞くアルフを気に入ったのか、2人はあまり世間では知られていない飛竜情報等も話し出した。アルフがすっごく食いついた。結局、昼食の時間になるまで話を続け、それどころか昼食を食べながらもずっと飛竜の話をし、アルフを気に入ったジャンとトリッシュは午後から実際に自分達の飛竜にアルフを紹介した。感動して半泣きで喜ぶアルフが面白かったのか、トリッシュが自分から飛竜に乗ってみないかと誘っていた。食いぎみに頷いたアルフを後日、トリッシュがベイヤードに乗せて遠乗りに出かけることが決まった。今日の格好じゃ無理だから、と飛竜に乗る時に必要な服装や装備をアルフに説明して、家に戻って夕食を食べつつ、またひたすら飛竜に関する話をしていた。アルフは本当に大喜びである。それがあからさまに顔に出るので、どうやらトリッシュは少しアルフを気に入ったようだ。トリッシュ以上にジャンがアルフを気に入った。今度来たときに、ジャン厳選の飛竜写真集を見せると約束していた。それにもアルフは心底嬉しそうに頷いていた。
ふむ。これは見合いの第1段階としては成功なのではないだろうか。とりあえずアルフはトリッシュの気を引けたのだ。友達になるか恋人になるかは未知数ではあるが、掴みは上々のようである。
アルフはそこそこ遅い時間に街へと帰っていった。何度もジャンとトリッシュにお礼を言ってから。クラウディオがいつでも来ていいと言うと、感激したようで涙目で握手を求められた。どんだけお前は飛竜が好きなんだよ。
呆れながら帰っていくアルフの背中を見送り、皆でゾロゾロと居間に戻った。紅茶を淹れて、皆で飲む。紅茶に木苺のジャムを大量に入れながら、トリッシュが機嫌よく口を開いた。
「なんだか面白い人ね。飛竜の個体の見分けもできるらしいし。父上なんて未だにモルガとベイヤードの見分けもつかないのに」
「……鳴き声聞けば流石に分かるぞ?」
「顔も身体つきも全然違うじゃない」
「まぁ、飛竜乗り以外で飛竜の個体の見分けがつく人なんて、俺はマーサ様くらいしか知らないな。飛竜乗りギルドの職員でさえ、出入りしている飛竜の見分けがつかないんだから」
「見れば分かるのにね」
「不思議だよな。何で分からないんだろうな」
飛竜乗り2人が揃って首を傾げた。ジャンの飛竜馬鹿は今に始まった事ではないが、トリッシュも大概だと思う。飛竜を愛している2人は、同じく飛竜を愛しているアルフをとても気に入ったようだ。
あれの話をしてやろう、飛竜に乗せてあそこにも連れていってやろう、等と楽しそうに話している。
クラウディオは静かに紅茶を飲むフェリと目を合わせて肩を竦めた。
ま、なんにせよ、見合い第1弾は成功したとみてよかろう。クラウディオは楽しそうな飛竜乗り達の話を聞きながら、静かに紅茶の香りを楽しんだ。
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