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79:ジャンの憂い

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アーベルとリカルドの結婚式が終わった夜。
フェリやクラウディオと一緒に自宅に帰ったジャンは溜め息を吐いた。トリッシュはアーベル達の結婚式に来ていたフリンちゃんと一緒に、フリンちゃんの家へと行ってしまった。今夜は夜通し女2人で酒を飲むらしい。
ジャンは礼装から着替えて、風呂に入りながらまた溜め息を吐いた。
孫のアーベルが結婚したことは非常に喜ばしい。この20年の間にマーサ様の身内も何人も結婚している。水の宗主国の王太子である孫のアーダルベルトもマーサ様の娘のドリーシャと結婚したし、火の宗主国の王太子であるルーベルも同じくマーサ様の娘であるフェーシャのすぐ下の妹ケーシャと婚約した。フェルナンドとマリアンナの間には3人の子が産まれ、長男はもう成人を迎えている。リー様の末っ子であるカルロスにも恋人ができたらしい。同い年のマーサの娘であるフェーシャは高等学校卒業と同時にリュー殿の息子のハインツと早々と結婚している。まだ子供はいないが、夫婦揃ってサンガレアで教師として働いている。ケーシャのすぐ下の弟トゥーリャも高等学校卒業後からずっと同棲していた恋人と結婚したし、トリッシュより少し歳上の同い年3人組もとうの昔に結婚している。トリッシュに年が近い者は皆結婚しているか、恋人がいるのだ。トリッシュだけなのだ。完全な独り身は。

風呂から上がったジャンが、居間で飲み直し始めたフェリとクラウディオにそう溢すと、2人は顔を見合わせた。


「まぁ、確かにトリッシュだけだな。今のところ」

「ヒューゴのところの2人も結婚して子供いるしな」

「だろう?なんかもう最近トリッシュが心配というか、不安でさぁ……」


クラウディオが肩を竦めて、ジャンに酒がなみなみ注がれたグラスを手渡した。


「まぁ、トリッシュはまだまだ寿命も長いし、まだ焦らなくてもいいんじゃないか?確かに最近は1人で飛び回るようになったが、フリンちゃんがサンガレアにいるから、サンガレア中心に飛び回っているわけだし」


ここ20年の間に、トリッシュは1人で飛竜乗りとして飛び回るようになった。クラウディオの言うとおり、サンガレアを中心に活動して、遠くてもせいぜい火の宗主国や水の宗主国くらいまでしか行っていない。その点では安心している。ジャンは再びフェリと2人で飛び回る生活をしている。


「そうなんだけど。そうなんだけどぉ……」

「ジャン。お前昔はトリッシュが嫁に行くのを想像するだけで泣きそうとか言ってただろ?」

「……そうなんだけど」

「ジャンはトリッシュにお嫁にいってほしいのか?」

「や、フェリ。今すぐ結婚してほしいってわけじゃないんだよ。でもさ、せめて恋人くらいはいい加減できてもいいんじゃないかと思うんだよ」

「まぁなー。トリッシュもそろそろいい歳だしなぁ」

「クラウディオは顔がめちゃくちゃ広いだろ?誰かいい男知らないか?こう……あっちこっち飛び回っていて留守にしがちな飛竜乗りを許容してくれるような男」

「えー……?そうだなぁ……んー……あ」

「いた!?」

「面白い理由でうちの領軍に入隊した奴なら知ってるな」

「面白い理由って何?クラウディオ」

「そいつさ、すっげぇ飛竜が好きなんだよ。サンガレアは街の郊外に飛竜乗りギルドの竜舎があるし、結構飛竜が飛んでるところを見かけるだろ?飛竜を見るためだけにサンガレアに来ましたって言ってたな。新人採用の時の面接の時に。たまたま面接に来てたマーサ様がそいつのこと気に入ってな。即採用が決定したんだわ」

「あー。マーサは飛竜大好きだしな」

「いや、そんな理由で採用していいのか?」

「あぁ。うちの公的機関の新人採用にはマーサ様面白枠ってのがあってな。マーサ様が面白いって気に入った奴を採用してるんだが、これが不思議と皆使える奴ばっかなんだよなぁ。うちの領軍にも何人もいるが、中には分隊長になってデカい街の詰所任されてる奴もいるぞ。その飛竜好きな奴もまだ20年ちょいしか働いてないけど、すげぇ優秀な使える奴だからな。うちの詰所の鑑識課の副課長やってる」

「へぇ!そいつはすごいな」

「随分出世が早いんだな。そいつは長生き手続きやってるのか?」

「あぁ。飛竜が好き過ぎて、休みの度に飛竜乗りギルドの隣に併設してある飛竜資料館に行ってるらしいぞ。ほら、マーサ様が自費で趣味で造ったやつ」

「あー。あったな、そういや」

「飛竜乗りギルドって結構街から離れているだろ?」

「朝はやーくに街を馬で出て、資料館が閉まる時間までそこで過ごして街に戻るらしいぞ。その為だけに自分の馬を持ってるらしい。官舎に住んでるから、街の外れの馬小屋借りてるんだと」

「相当だなぁ、そいつ。馬はかなり高いのに」

「クラウディオ」

「ん?」

「そいつ紹介して。むしろ見合いしよう。見合い」

「トリッシュとか?」

「勿論。俺達がしてどうするんだよ」

「まぁ、そうだけど」

「大丈夫だ。飛竜を心から愛する者に悪い奴はいない」

「いや、真顔で言い切られても」

「でもさー、トリッシュが素直に見合いしてくれるかな?嫌がるんじゃないか?ジャン」

「そこはこう……うまいこと騙し討ちで」

「騙し討ちかよ」

「まぁ、一応そいつに見合いするか聞いてはみるけどな?そいつに断られたら、とりあえず諦めろよ?」

「分かった。クラウディオ、絶対に口説き落としてきてくれ」

「……マジかー」

「クラウディオ、がんば」

「おー」


話はまとまった。後はクラウディオがその飛竜好きの男をうまく口説き落としてトリッシュと見合いをさせるだけである。見合いのセッティングはクラウディオに任せた方が無難だろう。自他共に認める、飛竜に関する事以外、特に恋愛絡みにはポンコツで役立たずなジャンである。ジャンが何かするより、恋愛経験も豊富なクラウディオに任せた方がうまくいく気がする。飛行服以外も動きやすいからとズボンばかり穿いているトリッシュの見合い用の服は、近いうちにフェリが適当な理由で店に連れ出して買うことになった。ジャンは特に何もできないが、気合いとやる気だけは2人以上にある。兎に角頑張ろう!とフェリとクラウディオをまとめて抱き締めた。






ーーーーーー
クラウディオは昼休憩の時間に、領軍詰所内の鑑識課の部屋を覗いてみた。そこの副課長をしているアルフ・エイデンに用がある。
部屋を覗き込むと、アルフは自分の机に座って弁当を食べていた。遠目からだからハッキリしないが、どうやら手作りっぽい。ジャンに頼まれてから、クラウディオはアルフの評判や噂を調べたのだが、かなり重度な飛竜好きということが分かっただけだ。飛竜グッズを買ったり、飛竜資料館に行くのに馬を維持する為、普段は節約をして、いつも自炊しているとか。昼食も弁当を毎日作って、鑑識課の自分の机で食べているとか。飲み会にも滅多に来ないらしい。しかし、アルフの評判は中々良かった。病的なまでの飛竜好きではあるが、飛竜が絡まなければ話が分かる常識人で、穏やかな性格をしていて人当たりがいい。剣の腕も中々のものである。機転もきくし、観察力がとても優れているので、面倒そうな殺人事件等の時には必ず呼ばれている。軍人としても優秀、一個人としても中々の好青年、顔も結構整っているしスタイルもいい。ふむ。こうして並べてみると、中々の好物件である。
クラウディオは鑑識課の部屋に入って、真っ直ぐにアルフの元へと向かった。


「昼飯中悪いな、アルフ」

「これはクラウディオ分隊長。お疲れ様です」

「あぁ、座ったままでいい。ちょっとお前に話があってな」

「はぁ」

「お前、お見合いする気はないか?」

「あー……あのぉ、その、折角のお話なんですが、自分はまだ結婚する気がなくてですね……」

「相手は飛竜乗りなんだが」

「是っ非ともお願いいたします!!」

「お、おう。じゃあ日付と場所決まったら、また知らせに来るな」

「はいっ!ありがとうございますっ!!」


飛竜乗りと言った途端に凄い勢いで食いついてきた。クラウディオはアルフの勢いに若干引きつつ、鑑識課の部屋から出た。なんかちょっと怖いくらいの勢いで了承されてしまった。……まぁ、なんにせよクラウディオの1番の任務は無事完了である。あとは日取りと見合い会場を決めるだけだ。
ジャンにいい報告ができる。きっとジャンはとても喜ぶだろう。
クラウディオは軽い足取りで自分の執務室へと戻った。
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