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72:忙しくも穏やかな日常
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アーベルがリカルドと恋人のフリをするようになって4ヶ月近くが経った。すっかり季節は冬になり、もうすぐ年の瀬間近である。
医学研究所のアーベルとは違う部署の男は相変わらず話しかけてくるが、デートに誘われても『恋人に会いに魔術研究所に行くから』と堂々と断れている。それだけでも、ほんの少しだけストレスが減った。
アーベルは休みの度に魔術研究所へと通っている。所長室の掃除をする為だ。2週間に1度はリカルドの自宅も掃除している。部屋がキレイになると、リカルドはそれまで研究所が閉まる年末年始くらいにしか帰らなかった自宅に数日おきに帰るようになったらしい。部屋がキレイで物が整頓されていると、必要なものを部屋中ひっくり返して探して回らなくてすむから研究が進むのだそうだ。アーベルは2ヵ所を交互に掃除して、溜め込んでいるリカルドの洗濯物を毎回持って帰って洗っている。リカルドは同じような黒のシャツと黒のズボンしか着ない。白だと汚れや黄ばみが目立つが、黒だと大丈夫だからだそうだ。靴下も下着も全て黒である。唯でさえ顔が怖いのに、全身真っ黒だから余計に怖い。
しかし、4ヶ月も経てば流石にリカルドの怖い顔には完全に慣れた。たまに寝起きの顔や殺る気ですか?な笑顔にビクッとなる時があるが、初めの頃よりも心臓にはこない。前は怖くて心臓がバクバクしていたから進歩である。リカルドはアーベルに優しいし、触れてこようとはしないので安心できる。最近では部屋の掃除に時間がかからなくなったので、研究の書き物をしているリカルドがいる部屋で、すっかりキレイになったソファーに座って持ち込んだ本を読んだりもしている。
アーベルがいる時に所長室に来客があれば、アーベルがお茶を淹れている。アーベルが持ち込んだ水の宗主国のお気に入りのお茶葉は中々好評である。初めの頃は、『所長室でまともなお茶が出るなんてっ!』と来る人来る人にすごく驚かれた。『部屋がキレイなので仕事がすっごく捗ります!書類を探して何時間も無駄にすることがなくなりました!』とド変態と噂のミケーネ副所長にはとても感謝された。会う度にお礼を言って、キャラメルやチョコレート等をくれる。なんだかこそばゆい。
そのうち、アーベルのことを魔術研究所の者達が『所長の奥さん』と呼び始めた。誰が奥さんだこの野郎。休みの度に通ってリカルドの世話をやくアーベルは完全に通いの世話焼き女房のように見えるらしい。リカルドと仲がいいイアソンという魔術師が言っていた。魔術研究所に頻繁に通っているので顔見知りが増えた。イアソンもその1人だ。土の魔術師長のフェンリルとリカルドの3人でよく所長室で魔導具を弄ったり、作ったりしている。たまに伯父のフリオやマーサ様もそこに加わる。熱く議論を交わしながら魔導具を弄る魔術師達の側で、アーベルはいつも静かに本を読んでいる。たまにお茶を淹れたり、買ってきたお菓子を差し出すと皆喜んでくれる。掃除などをするからか、昼食と夕食はいつもリカルドが食堂で奢ってくれる。食堂の食事はとても美味しいので素直に嬉しい。研究所の大浴場にも、たまに一緒に行く。リカルドは風呂から上がるといつもパンツ1枚の姿でソフトクリーム製造機の所へ行き、脱衣場にあるベンチに座ってソフトクリームを食べる。服を着てから食べろよ。筋肉自慢かこの野郎。アーベルはきっちり服を着て、髪もしっかり乾かして三つ編みにしてからソフトクリームを食べている。これが思っていた以上に旨いのだ。1度食べてから、すっかり風呂上がりのソフトクリームにハマってしまった。
なんだかんだで日々が平穏に過ぎていった。落ち込んでいた気持ちもいつの間にか元通りになっていた。アーベルのことを心配していたらしいアルジャーノとフーガはその事をとても喜んだ。水の宗主国にいる父王ナーガや兄のアーダルベルトもだ。母マルクも、会う度に元気になって、不眠がすっかり治り、顔色も良くなったアーベルが嬉しいようである。
サンガレアの医学研究所での仕事も順調だし、なんだか最近いい感じである。半分くらいはリカルドのお陰かもしれない。リカルドの部屋を掃除したり、生活能力の低いリカルドの世話をしていると、嫌なことが頭から抜け出てしまう。いつも『ありがとうございます』と言ってもらえるのもなんだか嬉しい。アーベルはすっかりリカルドに気を許していた。
休日である今日もアーベルはリカルドの所長室に来ていた。手早く部屋の掃除をして、洗濯物をまとめると、珈琲を淹れてからソファーに座って本を読み始める。リカルドは今日は平日なのでお仕事中である。年末が近いからか、朝から何人もの人が忙しそうに所長室に出入りしていた。最近美味しい淹れ方を習ったばかりの珈琲を少し余裕がある感じの人に振る舞うと、とても喜ばれた。忙しそうにしているリカルドにも数時間おきに珈琲を淹れてやる。頭を使うと甘いものが欲しくなるし、ブラックばかりでは胃に悪いので、リカルドには砂糖とミルクを予め入れたものを渡している。リカルドは砂糖2杯とミルク多めが好みのようだ。
もうそろそろ日が暮れそうな時間帯である。アーベルはリカルド達がしている難しい来年度予算の話を聞き流しながら、小さく欠伸をして、ソファーの背凭れに寄りかかって、うとうとし始めた。
アーベルがはっと気づくと、すっかり窓の外は暗くなっていた。身体の上にはリカルドの毛布がかかっている。時計を見れば、最後に時計を見た時から2時間以上経っていた。ソファーで熟睡してしまっていた。読みかけの本は栞が挟まれた状態でローテーブルに置かれていた。リカルドを見ると、真面目な顔で書類を捌いていた。俯いていたリカルドがアーベルの方を見た。
「あ、お目覚めですか」
「……うん。寝てた。毛布ありがとう」
「いえ。気がついた時にはぐっすりお休みでしたから」
「昼間にこんなに寝たの久しぶりかも。仕事終わりそう?」
「まだ終わりが見えないですね。この時期は年明けの全体予算会議への準備などもありますから、どうしても忙しいのです」
「大変だね。売店でパンでも買ってこようか?」
「いえ。あと少しで切りがいいので、食堂に行きましょう。しっかり食べないと、この時期は忙しくて身体が持ちませんから」
「うん。じゃあ待ってる」
「はい。すぐに終わらせます」
リカルドはまた俯いて書類を読み始めた。アーベルはすっかり冷めている自分で持ち込んだマグカップの珈琲を飲み干した。
仕事に一応区切りがついたリカルドと共に食堂へと向かった。顔馴染みになった食堂の職員と短い他愛ない会話をしてからリカルドと向かい合って、今日の日替わり定食を食べる。
「リカルド」
「はい」
「俺来週から水の宗主国に帰るから暫く来ないよ」
「分かりました。期間はどれほどですか?」
「年明け4日目にこっちに帰ってくる予定」
「王宮では何かと行事でお忙しいでしょう?お身体にはお気をつけください」
「ありがとう。リカルドもね」
「ありがとうございます」
「洗濯物は籠を持ってきてるから、そこに入れといて。あ、家の方にもこないだ置いといたから」
「はい」
「あと年末年始は研究所が閉まるから家にいるんだろ?ゴミ袋も何枚も置いといたから、せめて食べ物関係のゴミだけは入れといてよ」
「分かりました」
「こっち帰ったら、すぐに来るから」
「はい。お待ちしています」
「うん」
アーベルとリカルドの会話はまるで熟年夫婦のような慣れきった所帯染みた雰囲気があるのだが、本人達に自覚はない。人が多い食堂でこんな会話を普通にするから、アーベルは世話焼き女房扱いされているのだ。
身体に気をつけて、とリカルドに見送られて、アーベルは魔術研究所を出た。温暖なサンガレアでも夜は白息が出る程冷え込む。アーベルは馬に乗ったまま、時折かじかむ手に息を吐きかけつつ領館へと戻った。
ーーーーーー
アーベルは水の宗主国に久しぶりに帰ってきていた。父王ナーガも兄のアーダルベルトもアーベルがすっかり元気になって帰ってきたので、とても喜んでくれた。面倒くさい行事の合間に、サンガレアでのことを聞かれる。母マルクや父アルジャーノから多少聞いているのだろうが、アーベルがリカルドの話をすると2人とも面白そうに聞いてくれた。今はお茶を飲みながら、兄のアーダルベルトと束の間の休息をとっている。
「魔術師って皆部屋が汚いのかな?フリオ伯父上も部屋が汚いらしいし」
「あ、そうなの?アーディ兄上」
「らしいよ。マーサ様も台所とか水回りの掃除には神経質なくらいだけど、自室はきったないよ」
「あー……そういやそうだね」
「リカルドと上手くやってるようで安心したよ」
「うん。普通にいい人だよ。……顔は怖いけど」
「俺も前にサンガレアで見たことあるけど、確かに怖いね。なんかもう目付きがヤバい」
「ね。でももう慣れたよ」
「それなら良かった」
「今はもう医学研究所より魔術研究所の方が喋れる人が多いんだ」
「へぇ。仲がいい人増えた?」
「まぁ、世間話とかする程度には」
「いい事だ。ついでに友達もつくってみれば?トリッシュも最近友達ができたんだろ?」
「うん。フリンちゃんって子。なんか栗鼠っぽくて可愛いよ。たまに土のお祖父様の家で会うんだ。すっごい美味しそうに何でも食べるからさ、ついお菓子とかあげちゃう」
「ははっ。それは楽しいな。どうせなら美味しそうに食べてくれる相手の方が、食べ物あげたり作ったりのし甲斐がある」
「うん。お祖父様もちょー気に入っててさ、よく手料理振る舞ってるよ」
「1度会ってみたいな。そのフリンちゃんにもリカルドにも。年明け暫くは無理だから、夏前くらいにサンガレア行こうかな。久しく行ってないし」
「兄上がサンガレアに来るなら一緒に芝居に行こうよ。今やってるやつも評判いいんだって。夏前までやってるかは微妙だけど」
「ふふっ。そうだな。まぁ、あそこでやってる芝居はどれも分かりやすくて単純に面白いからな。楽しみにしとこう」
「うん」
「あー、そろそろ父上の所に行かなきゃな。やれやれ。年末年始はやたら忙しくてかなわない」
「本当にね。家族だけでのんびり過ごせたらいいのに。世間一般のご家庭は年末年始は家族でゆっくりするものらしいよ」
「ふーん。ま、言っても仕方がない。行くか」
「うん」
立ち上がったアーダルベルトに倣って、アーベルも椅子から立ち上がった。そのままアーダルベルトと並んで父王の執務室へと向かう。年始は宮中行事で忙しい。アーベルは今年は3日間だけで解放されるが、それでも準備の手伝いやなんやかんやで今から大忙しである。早くサンガレアに戻って、いつものリカルドの部屋でのんびり本が読みたい。アーベルはなんとなくリカルドの怖い顔を思い出しながら、足早に廊下を歩いた。
医学研究所のアーベルとは違う部署の男は相変わらず話しかけてくるが、デートに誘われても『恋人に会いに魔術研究所に行くから』と堂々と断れている。それだけでも、ほんの少しだけストレスが減った。
アーベルは休みの度に魔術研究所へと通っている。所長室の掃除をする為だ。2週間に1度はリカルドの自宅も掃除している。部屋がキレイになると、リカルドはそれまで研究所が閉まる年末年始くらいにしか帰らなかった自宅に数日おきに帰るようになったらしい。部屋がキレイで物が整頓されていると、必要なものを部屋中ひっくり返して探して回らなくてすむから研究が進むのだそうだ。アーベルは2ヵ所を交互に掃除して、溜め込んでいるリカルドの洗濯物を毎回持って帰って洗っている。リカルドは同じような黒のシャツと黒のズボンしか着ない。白だと汚れや黄ばみが目立つが、黒だと大丈夫だからだそうだ。靴下も下着も全て黒である。唯でさえ顔が怖いのに、全身真っ黒だから余計に怖い。
しかし、4ヶ月も経てば流石にリカルドの怖い顔には完全に慣れた。たまに寝起きの顔や殺る気ですか?な笑顔にビクッとなる時があるが、初めの頃よりも心臓にはこない。前は怖くて心臓がバクバクしていたから進歩である。リカルドはアーベルに優しいし、触れてこようとはしないので安心できる。最近では部屋の掃除に時間がかからなくなったので、研究の書き物をしているリカルドがいる部屋で、すっかりキレイになったソファーに座って持ち込んだ本を読んだりもしている。
アーベルがいる時に所長室に来客があれば、アーベルがお茶を淹れている。アーベルが持ち込んだ水の宗主国のお気に入りのお茶葉は中々好評である。初めの頃は、『所長室でまともなお茶が出るなんてっ!』と来る人来る人にすごく驚かれた。『部屋がキレイなので仕事がすっごく捗ります!書類を探して何時間も無駄にすることがなくなりました!』とド変態と噂のミケーネ副所長にはとても感謝された。会う度にお礼を言って、キャラメルやチョコレート等をくれる。なんだかこそばゆい。
そのうち、アーベルのことを魔術研究所の者達が『所長の奥さん』と呼び始めた。誰が奥さんだこの野郎。休みの度に通ってリカルドの世話をやくアーベルは完全に通いの世話焼き女房のように見えるらしい。リカルドと仲がいいイアソンという魔術師が言っていた。魔術研究所に頻繁に通っているので顔見知りが増えた。イアソンもその1人だ。土の魔術師長のフェンリルとリカルドの3人でよく所長室で魔導具を弄ったり、作ったりしている。たまに伯父のフリオやマーサ様もそこに加わる。熱く議論を交わしながら魔導具を弄る魔術師達の側で、アーベルはいつも静かに本を読んでいる。たまにお茶を淹れたり、買ってきたお菓子を差し出すと皆喜んでくれる。掃除などをするからか、昼食と夕食はいつもリカルドが食堂で奢ってくれる。食堂の食事はとても美味しいので素直に嬉しい。研究所の大浴場にも、たまに一緒に行く。リカルドは風呂から上がるといつもパンツ1枚の姿でソフトクリーム製造機の所へ行き、脱衣場にあるベンチに座ってソフトクリームを食べる。服を着てから食べろよ。筋肉自慢かこの野郎。アーベルはきっちり服を着て、髪もしっかり乾かして三つ編みにしてからソフトクリームを食べている。これが思っていた以上に旨いのだ。1度食べてから、すっかり風呂上がりのソフトクリームにハマってしまった。
なんだかんだで日々が平穏に過ぎていった。落ち込んでいた気持ちもいつの間にか元通りになっていた。アーベルのことを心配していたらしいアルジャーノとフーガはその事をとても喜んだ。水の宗主国にいる父王ナーガや兄のアーダルベルトもだ。母マルクも、会う度に元気になって、不眠がすっかり治り、顔色も良くなったアーベルが嬉しいようである。
サンガレアの医学研究所での仕事も順調だし、なんだか最近いい感じである。半分くらいはリカルドのお陰かもしれない。リカルドの部屋を掃除したり、生活能力の低いリカルドの世話をしていると、嫌なことが頭から抜け出てしまう。いつも『ありがとうございます』と言ってもらえるのもなんだか嬉しい。アーベルはすっかりリカルドに気を許していた。
休日である今日もアーベルはリカルドの所長室に来ていた。手早く部屋の掃除をして、洗濯物をまとめると、珈琲を淹れてからソファーに座って本を読み始める。リカルドは今日は平日なのでお仕事中である。年末が近いからか、朝から何人もの人が忙しそうに所長室に出入りしていた。最近美味しい淹れ方を習ったばかりの珈琲を少し余裕がある感じの人に振る舞うと、とても喜ばれた。忙しそうにしているリカルドにも数時間おきに珈琲を淹れてやる。頭を使うと甘いものが欲しくなるし、ブラックばかりでは胃に悪いので、リカルドには砂糖とミルクを予め入れたものを渡している。リカルドは砂糖2杯とミルク多めが好みのようだ。
もうそろそろ日が暮れそうな時間帯である。アーベルはリカルド達がしている難しい来年度予算の話を聞き流しながら、小さく欠伸をして、ソファーの背凭れに寄りかかって、うとうとし始めた。
アーベルがはっと気づくと、すっかり窓の外は暗くなっていた。身体の上にはリカルドの毛布がかかっている。時計を見れば、最後に時計を見た時から2時間以上経っていた。ソファーで熟睡してしまっていた。読みかけの本は栞が挟まれた状態でローテーブルに置かれていた。リカルドを見ると、真面目な顔で書類を捌いていた。俯いていたリカルドがアーベルの方を見た。
「あ、お目覚めですか」
「……うん。寝てた。毛布ありがとう」
「いえ。気がついた時にはぐっすりお休みでしたから」
「昼間にこんなに寝たの久しぶりかも。仕事終わりそう?」
「まだ終わりが見えないですね。この時期は年明けの全体予算会議への準備などもありますから、どうしても忙しいのです」
「大変だね。売店でパンでも買ってこようか?」
「いえ。あと少しで切りがいいので、食堂に行きましょう。しっかり食べないと、この時期は忙しくて身体が持ちませんから」
「うん。じゃあ待ってる」
「はい。すぐに終わらせます」
リカルドはまた俯いて書類を読み始めた。アーベルはすっかり冷めている自分で持ち込んだマグカップの珈琲を飲み干した。
仕事に一応区切りがついたリカルドと共に食堂へと向かった。顔馴染みになった食堂の職員と短い他愛ない会話をしてからリカルドと向かい合って、今日の日替わり定食を食べる。
「リカルド」
「はい」
「俺来週から水の宗主国に帰るから暫く来ないよ」
「分かりました。期間はどれほどですか?」
「年明け4日目にこっちに帰ってくる予定」
「王宮では何かと行事でお忙しいでしょう?お身体にはお気をつけください」
「ありがとう。リカルドもね」
「ありがとうございます」
「洗濯物は籠を持ってきてるから、そこに入れといて。あ、家の方にもこないだ置いといたから」
「はい」
「あと年末年始は研究所が閉まるから家にいるんだろ?ゴミ袋も何枚も置いといたから、せめて食べ物関係のゴミだけは入れといてよ」
「分かりました」
「こっち帰ったら、すぐに来るから」
「はい。お待ちしています」
「うん」
アーベルとリカルドの会話はまるで熟年夫婦のような慣れきった所帯染みた雰囲気があるのだが、本人達に自覚はない。人が多い食堂でこんな会話を普通にするから、アーベルは世話焼き女房扱いされているのだ。
身体に気をつけて、とリカルドに見送られて、アーベルは魔術研究所を出た。温暖なサンガレアでも夜は白息が出る程冷え込む。アーベルは馬に乗ったまま、時折かじかむ手に息を吐きかけつつ領館へと戻った。
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アーベルは水の宗主国に久しぶりに帰ってきていた。父王ナーガも兄のアーダルベルトもアーベルがすっかり元気になって帰ってきたので、とても喜んでくれた。面倒くさい行事の合間に、サンガレアでのことを聞かれる。母マルクや父アルジャーノから多少聞いているのだろうが、アーベルがリカルドの話をすると2人とも面白そうに聞いてくれた。今はお茶を飲みながら、兄のアーダルベルトと束の間の休息をとっている。
「魔術師って皆部屋が汚いのかな?フリオ伯父上も部屋が汚いらしいし」
「あ、そうなの?アーディ兄上」
「らしいよ。マーサ様も台所とか水回りの掃除には神経質なくらいだけど、自室はきったないよ」
「あー……そういやそうだね」
「リカルドと上手くやってるようで安心したよ」
「うん。普通にいい人だよ。……顔は怖いけど」
「俺も前にサンガレアで見たことあるけど、確かに怖いね。なんかもう目付きがヤバい」
「ね。でももう慣れたよ」
「それなら良かった」
「今はもう医学研究所より魔術研究所の方が喋れる人が多いんだ」
「へぇ。仲がいい人増えた?」
「まぁ、世間話とかする程度には」
「いい事だ。ついでに友達もつくってみれば?トリッシュも最近友達ができたんだろ?」
「うん。フリンちゃんって子。なんか栗鼠っぽくて可愛いよ。たまに土のお祖父様の家で会うんだ。すっごい美味しそうに何でも食べるからさ、ついお菓子とかあげちゃう」
「ははっ。それは楽しいな。どうせなら美味しそうに食べてくれる相手の方が、食べ物あげたり作ったりのし甲斐がある」
「うん。お祖父様もちょー気に入っててさ、よく手料理振る舞ってるよ」
「1度会ってみたいな。そのフリンちゃんにもリカルドにも。年明け暫くは無理だから、夏前くらいにサンガレア行こうかな。久しく行ってないし」
「兄上がサンガレアに来るなら一緒に芝居に行こうよ。今やってるやつも評判いいんだって。夏前までやってるかは微妙だけど」
「ふふっ。そうだな。まぁ、あそこでやってる芝居はどれも分かりやすくて単純に面白いからな。楽しみにしとこう」
「うん」
「あー、そろそろ父上の所に行かなきゃな。やれやれ。年末年始はやたら忙しくてかなわない」
「本当にね。家族だけでのんびり過ごせたらいいのに。世間一般のご家庭は年末年始は家族でゆっくりするものらしいよ」
「ふーん。ま、言っても仕方がない。行くか」
「うん」
立ち上がったアーダルベルトに倣って、アーベルも椅子から立ち上がった。そのままアーダルベルトと並んで父王の執務室へと向かう。年始は宮中行事で忙しい。アーベルは今年は3日間だけで解放されるが、それでも準備の手伝いやなんやかんやで今から大忙しである。早くサンガレアに戻って、いつものリカルドの部屋でのんびり本が読みたい。アーベルはなんとなくリカルドの怖い顔を思い出しながら、足早に廊下を歩いた。
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