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43:神子達の妊娠生活

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「「きもちわるい……」」


フェリとリーはマーサの家の居間で、テーブルに頬をつけてぐったりしていた。フェリは食べ物の匂いを嗅ぐだけで吐きそうになるタイプのつわりで、リーは逆に何か食べていないと気持ち悪くなるタイプのつわりである。
フェリとマルクの妊娠が発覚した翌週に、なんとリーまで妊娠していることが分かった。マーサは妊娠が1ヶ月早いが、他3人は殆んど妊娠時期が変わらず、出産予定日が同じ月である。そもそも土の神子以外の神子は妊娠しにくい。それがまさかの同時期妊娠である。信じられないがマジだ。皆神子だらけの乱行パーティーの2ヶ月以内に妊娠しているので、もしかしてそれが関係あるのかとも少し考えたが、真実は分からない為すぐに考えることを止めた。フェリは基本的に小難しいことを考えるのが嫌いだ。皆めでたく妊娠した。それでいい。

フェリのつわりが始まる頃にジャンがサンガレアに着いた。かなりモルガをかっ飛ばしてきたらしく、モルガは疲れきっていたし、ジャンも普段は旅先でもきちんと毎日剃る髭が伸び放題だった。
ジャンとクラウディオは再会するなり固く抱き締めあって、フェリの妊娠を喜んだ。名前を一緒に考えると言って、2人揃って本屋へ命名図鑑を買いに行く姿を、フェリはつわりでぐったりしながら見送った。
風の宗主国の子供達に連絡すると、その日のうちに転移陣でサンガレアへとやって来た。ロヴィーノもフリオもフェルナンドも大喜びで、クラウディオとハグしてキスして互いの背中をバンバン叩きあって、ちょっと収拾がつかないくらい全員のテンションが上がりまくった。マルクの妊娠に大喜びしたアルジャーノも合流した後は、弟か妹と甥か姪ができるロヴィーノ達のテンションは完全に振りきれて、そのまま家で酒盛りが始まった。フェリは途中で抜けて1人で寝たが、皆朝までひたすら騒ぎながら酒を飲んでいたらしい。どんだけ嬉しいんだ。皆に喜んでもらえて嬉しいが、正直ちょっと呆れてしまう。翌朝に徹夜明けで酒臭いままロヴィーノ達は風の宗主国に帰っていった。クラウディオとアルジャーノに、くれぐれもフェリとマルクに気をつけるようにと何度も念押しして。
まだ産まれるまで何ヵ月もあるというのに、クラウディオは上司である領軍副団長に掛け合って早々と育児休暇をとった。本来なら育児休暇は3年だが、フェリの妊娠期間も含めて4年の育児休暇をもぎとってきた。神子様に関するとびきりの慶事だからということで特例で許されたらしい。基本的にサンガレアの人々はフェリ達神子に甘い。

今はクラウディオとジャンはマーサにつわりでも食べやすい料理を習っている。普段は食事が必要ない神子も妊娠中は食事をとる必要がある。上の子3人の時は、フェリは頻繁に吐きながら無理矢理食べていた。マーサが色々考えて、1度に量を食べずに、日に何度かに分けて少しずつ味の薄い脂っぽくないものを食べている。今のところ、前の時ほど吐くことにはなっていない。ありがたいことである。つわりが酷いフェリを心配したクラウディオとジャンは本を読み漁ったり、人から体験談を聞いたりして情報収集に余念がない。
フェリはチラッと普通の顔で産着を縫っているマルクを見た。羨ましいことに、マルクはつわり等とは無縁である。本気で羨ましい。マーサもつわりがないが、その代わり極端に眠くなるそうで、酷いときは立ったまま寝ている。マーサは1番上のミーシャを妊娠している時に台所で揚げ物をしている時に立ったまま寝たことがあり、それ以降心配したクラーク達から妊娠中の揚げ物禁止令が出ている。本当はいっそ料理も禁止にされるところだったらしいが、マーサがごねてごねてごねまくって、それは撤回させたそうだ。マーサ曰く、『妊娠中はただでさえ仕事も何もさせてもらえないのに、料理まで取り上げられたら暇すぎて発狂する』とのことだ。どんだけ仕事中毒なんだ。
ぼーっとマルクの作業を見ていると、クラウディオがマーサを横抱きにしてやってきた。どうやらまた料理中に寝たらしい。


「マーサ寝た?」

「あぁ。ベッドに寝かせてくる」

「おー」

「軽めのおやつを作ったんだ。少しでも食べられないか?」

「んー。食べるわ。少しだけ」

「分かった。持ってくるよ。リー様とマルク様も召し上がりますか?」

「めっちゃ食べたい。がっつり食べたい」

「俺も食べるよ」

「分かりました」


クラウディオが穏やかに微笑んで、マーサをベッドのある部屋に連れていくのを見送った。
フェリの旦那様達は実にできた男達である。惚れ直すわ。クラウディオは最近少しでも暇があると、ミーシャの伴侶である刺繍や縫製が得意なルートに産着の作り方を習ってチマチマ縫い物をしている。手先が器用なので、どんどん上達していっている。納得のいく産着が作れるようになったら、子供の名前を入れたりするために刺繍を習うそうだ。ジャンは編み物が趣味なクラークから編み物を習っている。冬場にフェリが使えるような肩掛け膝掛けその他諸々や子供用のものを作るそうだ。今は街の手芸用品店で買った毛糸を使って練習しているが、それなりに上達したら、サンガレアで出回っているものよりも丈夫で温かい、風の宗主国の羊毛でできた毛糸玉をロヴィーノ達に頼んで取り寄せるらしい。2人ともフェリが妊娠してから随分と生き生きと新しいものに挑戦している。全てはフェリと産まれてくる子供の為である。自分で言うのもなんだが、かなり愛されている。
今は昼間はマーサの家で過ごし、夕方に自宅へ帰る生活をしている。散歩がてら毎日朝夕3人で歩いて通っている。フェリの体調がいまいちの時はどちらかが横抱きで運んでくれるので甘えている。マルクとリーが今はマーサの家に住んでいるので、毎日神子4人が顔を合わせている。医者でもあるマルクが毎日検診してくれるので、その点ではとても安心している。
リーの伴侶である火の王は2日に1度は必ず転移陣を使ってリーに会いに来ている。本当は毎日来たいらしいが、政務が忙しい為、その頻度で我慢しているそうだ。クールな雰囲気なわりに実は情熱的な火の王はリーをとても愛しているっぽい。少しでも政務に余裕がある時は泊まって、リーの世話をひたすら焼いている。食べつわりのリーは、どうしても気持ち悪い時は温野菜を食べている。本来は肉と甘いものが好きだが、妊娠中で好みが変化したのか、肉も甘いものもあまり食べなくなった。そんなリーの為に火の王はせっせと食べやすいような酸味のある果物等を毎回のように用意してきている。
そもそも神子の肉体はほぼ純粋な魔力の塊のようなものだ。食べたものは即消化されて全て魔力になる。その為、実は神子はうんこはしない。マーサが以前『排泄器官じゃないアナルなんて性器としてしか存在価値がない』と言っていた。まぁ、その通りだと思う。余分な水分を排出するためにおしっこは出るが、人間のものと違って本当に単なる水である。マーサが泥水をがぶ飲みしまくったあとに出たおしっこの成分を調べたことがあるらしいが、結果は不純物のまるでない水だったそうだ。泥水を飲んでも、腹を壊すこともなかったらしい。そしてその水は、魔導具を作る時に使う精製水として使えるレベルのものであった。マーサは自分で魔導具を作る時は、精製水をわざわざ作らずに自分のおしっこを使っている。いくら単なる水とはいえ、自分のおしっこを使って魔導具を作るなんて正直どうかと思う。というか、いくら本当に単なる水しか排泄しないのか気になったからといって、わざわざ泥水をがぶ飲みするなんてエグい実験を自分でするなと言いたい。
マルクのもう1人の伴侶である水の王ナーガも1週間に1度は必ずマルクに会いに来る。まだ王位を継いで数年しか経っていない為、忙しく気苦労も多いようだが、それでもなんとか時間を捻出して来ている。マルクはマルクで愛されている。いいことだ。
近隣に住んでいるこっそり秘密のマーサの嫁や愛人達も、適当な理由をつくって、ちゃっかり頻繁にマーサに会いに来ている。皆毎回手作りの服や小物類、食べ物その他を持ってくるので、母屋の部屋の1つを通称・献上品部屋と呼んで、そこに保管しなければならない量が既にある。
俺ら程伴侶に愛されている歴代神子はいないんじゃないだろうか……とフェリが思う程、各々伴侶達に大事にされている。
上の子供3人を産んだ時はフェリは1人ぼっちで頑張った。神子は魔力の塊なので、体液の中で最も魔力の含有量が多い血液は魔力が高濃度過ぎて人間には毒にしかならない。神子の血を人間が体内に取り込むと、過剰過ぎる魔力が暴走して、水風船のように身体がパーンっと弾けるらしい。試したことがないため実際そうなるのかは分からないが、とにかく人間には危ないものだ。その為、出血を伴う出産は人が入ってこれない風の聖域の最奥で1人で行った。出産時の激しい痛みと恐怖と闘いながら、毎回なんとか自分1人で産んできた。それが今回は同じ神子が3人もいる。フェリ1人ではない。マルクがフェリの子供を取り上げてくれ、他2人がサポートとして側にいてくれるのだ。こんなに心強いことはない。マルクの子供は1人での出産経験があるフェリが取り上げる予定である。マーサが補助についてくれるので、安心である。
吐き気は酷いが、まだ大きくない自分の下腹部を優しく撫でながら、フェリは満たされた幸せな溜め息を吐いた。






ーーーーーー
マーサが出産予定日の3日前に産気付き、半日がかりで無事に女の子を出産した。
神子の身体は人間と比べるのもバカらしいくらい丈夫なうえに、恐ろしく回復力が早い。例え傷がついても一瞬で治ってしまう。そのせいか、出産を終えると肉体が元の状態に戻ろうと、人間ならば時間をかけて排出される不要になった胎盤その他が出産直後に一気に排出され、広がっている子宮等も一瞬で元通りになる。これが地味に痛くてキツい。下手すれば出産自体よりキツいかもしれない。何度も出産を経験しているマーサでさえ、白目を剥いて悶絶する程痛い。本当に痛い。
産後1週間はベッドに横になる程消耗するが、マーサは出産の後は楽しそうに産まれてきた子供におっぱいを飲ませている。マーサの伴侶であるリチャードは久しぶりの子供にメロメロで、領主としての執務を抜け出してはフェーシャと名付けた赤ちゃんの世話をしている。

マーサが無事に出産を終えた約1ヶ月後に、今度はフェリが産気付いた。久々過ぎる陣痛の痛みに悶絶するが、側についていてくれるマーサ達の存在のお陰で気持ちは落ち着いていた。
朝早くに陣痛が始まり、産まれたのは夜遅くになってからだった。元気な女の子が無事に産まれてくれた。ぐったりしながら産まれたばかりの子供の顔を見ると、既にジャンによく似ている。髪はフェリと同じ赤茶色であった。産湯を使った後の元気な声で泣いている赤ちゃんをマルクが抱っこさせてくれた。どうしようもなくいとおしくて、フェリはポロポロ涙を溢した。
別室で待機していた家族達にリーが無事に産まれたことを伝えに行くと、クラウディオとジャンだけでなく、知らせを受けて即座にやって来たロヴィーノ達も含めて、狂喜乱舞といった感じになったそうだ。諸々の後始末をした後、移動できるタイプのベッドに寝転がったまま、出産用の部屋から出ると、ガチ泣きしているクラウディオとジャンに遭遇した。2人揃って泣きながら、何度もフェリにキスをしたり、子供にキスをしたりと忙しない。ジャンが先に赤ちゃんを抱っこして、次にクラウディオが抱っこした。鼻をすすりながら、あまりに幸せそうに2人とも笑うので、フェリもつられて微笑んだ。

クラウディオとジャンの2人が考えた、トリッシュと名付けた娘をフェリが産んだ4日後に、リーが産気付き、まる1日かけて男の子を産んだ。初めての痛みにリーはよく耐えた。ただ、リーが出産した本当に直後にマルクも産気付き、大騒動になった。リーが動けない為、慌てて移動式ベッドを1つ運び込み、マーサがリーの子供を産湯でキレイにしている間に、フェリがマルクの子供を取り上げた。リーの出産に集中し過ぎて自分の陣痛には気づかなかったらしい。マルクの子供はすぐに産まれた。マルク譲りのきれいな金髪の元気な男の子であった。ぐったりしている2人の世話と産まれてきた赤ちゃんの世話でてんやわんやになった。それでも4人全員なんとか無事に元気な子供を産むことができて、ほっと一安心である。
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