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42:神子達の懐妊

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フェリはジャンの腕の中で目覚めた。小さく欠伸をして、少し髭の伸びた眠るジャンの頬にキスをしてからジャンを起こさないように、そっと腕の中から抜け出る。昨夜は森の中の洞窟に泊まったのでテントは出していない。柔らかい苔を踏みながら洞窟を出て、近くの水場に向かい顔を洗う。すると身体を小さくした風竜が飛んで来て、フェリの肩にとまった。風竜に限らず、神子に仕える竜と特別な2体の眷属は身体の大きさを自由自在に変えられる。風竜はフェリを乗せる時以外は基本的にフェリの肩にとまれる位の大きさで過ごしている。人語を話せるが基本的に無口で滅多に喋らない風竜が口を開いた。


「神子」

「ん?どうした?お前が声出すとか珍しい」

「できている」

「何が?」

「子」

「こ?」

「懐妊している」

「…………マジかっ!?」


フェリは慌てて洞窟の中に戻り、ジャンを乱暴に叩き起こした。激しくフェリに揺さぶられて飛び起きたジャンに向かって、フェリは叫んだ。


「できたっ!!」

「え?なに?なにが?」

「子供!!」

「……は?」

「できたんだよ!!子供が!俺に!ジャンの子供!!」

「ほ、本当かっ!!」

「間違いない!さっき風竜が教えてくれた!多分1ヶ月くらい!だよなっ!?風竜!」


フェリの側にちょこんと座っている風竜が無言で頷いた。それを見た驚いた顔をしていたジャンが勢いよく強くフェリの身体を抱き締めた。そして何度もフェリの顔中にキスをしてくる。


「やったぁぁぁ!どうしよう。嬉しい。早く皆に知らせないと。あ、どこで産むんだ?そうだ、体調は?大丈夫なのか?ここは寒くないか?そうだ火を起こそう。ちょっと待ってて」


早口でそう言って火を起こそうと立ち上がろうとするジャンをとりあえず止めて、1度落ち着かせる為に何度か深呼吸させた。確かにフェリも風竜に聞いた瞬間からテンションが爆上がりしたが、それ以上にテンションが上がったジャンを見て、少し冷静になった。余程嬉しいのか、ジャンの色白の顔は赤く染まっている。深呼吸して少し落ち着いたはずのジャンはまたフェリを抱き締めて、何度も頬や唇にキスしてくる。かなり興奮気味である。


「産むのはサンガレアで産むわ。マルクに取り上げてもらう。アイツはマーサの子供も皆取り上げてるから慣れてるし。産むまでサンガレアで過ごすよ」

「分かった。じゃあ、今すぐサンガレアに行こう。あ、風竜なら本気で飛べば、ここからなら2日もかからないだろう?フェリ、先にサンガレアに行ってくれ。俺も全速力でサンガレアに向かうから」

「分かった」

「体調は?」

「まだ問題ない。ただ俺つわりが毎回激しかったんだよなー」

「なら、尚更急がなきゃ。つわりが始まってから飛ぶのはキツいだろう」

「うん。じゃあ、今から飛んで来る。ジャンも気をつけて来いよ?」

「あぁ。フェリも十分気をつけるんだぞ。風竜様。フェリをお願いします」


ジャンがフェリを抱き締めたまま風竜に頼むと、風竜がこくんと1度頷いた。
2人で洞窟を出て、フェリは大きくなった風竜に飛び乗った。


「気をつけるんだぞー!」

「分かったー!」


ジャンに見送られながら、上空へと上昇する。風竜は全速力に近い速度でサンガレアを目指して飛び始めた。






ーーーーーー
サンガレア目指して真っ直ぐに飛んでいると、風竜経由でマルクから連絡があった。各々の神子の眷属の竜達はどれだけ離れていても意志疎通が可能である。マルクからは『大至急迎えに来てくれ!』とのことだった。風竜に聞いたマルクの現在地は土の宗主国近くの海のど真ん中だ。フェリは少し進路を変えて、マルクの元へと向かった。

マルクがいるはずの海辺を飛んでいると、海岸の砂浜に座っているマルクを見つけた。急いでマルクの側に降り立つ。フェリは風竜から飛び降りると、お山座りで座るマルクに駆け寄った。


「マルクッ!」

「兄さん……」

「どうした?何かあったか?」


フェリを見上げるマルクの顔が泣きそうに歪み、ダーッと勢いよく涙を流し始めた。慌ててフェリはしゃがんでマルクを抱き締めた。


「本当にどうした、マルク」

「……兄さん……できた」

「ん?」

「子供ができたぁぁ!!うれしいぃぃぃ!!」

「はっ!?お前もかっ!!」

「ん?お前もって、もしかして兄さんも?」

「あぁ。昨日の朝に風竜に教えてもらった」

「本当かっ!?やったじゃないか!兄さん!父親はジャン殿か?」

「うん」


マルクが泣き笑いの顔で何度もフェリの頬にキスをして強く抱きついてくる。フェリも大量の涙を流しているマルクの濡れた頬にキスをして、マルクの背中を優しく撫でた。


「すぐにマーサのところに行こう。アイツも今妊娠してるはずだからさ」

「うん」


フェリは立ち上がって、マルクと手を繋いで風竜の側に行き、2人で風竜に乗って再びサンガレアへ向けて飛び始めた。
その日の夕方にはサンガレアのマーサの家に着いた。マーサの家の庭に風竜で降り立つと、妊娠しているであろうマーサが出迎えてくれた。


「おかえりー、2人とも。どうしたの?こんなに早く2人して戻ってくるなんて」

「マーサ!聞いて驚け!!」

「え?なにが?」

「俺達妊娠した!」

「…………え、えぇぇぇぇぇ!!!!」


マーサが驚いて叫んだ後、パァッと笑顔になってフェリとマルクにまとめて抱きついた。
ぎゅうぎゅう抱き締めてくるマーサを2人して抱きしめる。


「やったじゃぁぁぁぁん!!!2人とも!おめでとう!!当然うちで産むんでしょ?」

「うん。暫く世話になるよ」

「まっかせて!兄さんは多分ジャン殿の子供よね?」

「うん」

「マルクは?」

「できたタイミング的にはアルジャーノだと思う」

「わぉ!兄さん孫が増えるじゃん!」

「やったぜ!マーサ!」

「イエーイ!!賑やかになるわねっ!他の人には知らせたの?」

「「まだ」」

「あら。じゃあ、知らせておいでよ。アルジャーノもフーガ殿と一緒にうちにいるし。クラウディオ分隊長ももうすぐ仕事終わるし。リーと各宗主国には私が今から遠隔通信で連絡しとくわ」

「頼むわ」

「アルジャーノと父上は居間か?」

「うん。じゃ!私とりあえず神殿行ってくる!」

「おー」

「俺も行くな、兄さん」

「うん。俺も家でクラウディオ待つわ」


その場で解散して、各々動き出した。
マルクの義理の父親にあたる先代水の王フーガは退位後はマーサの家に住んでいる。退位する前年に最愛の妻である王妃を病で亡くし、周囲がこのまま儚くなってしまうのでは……と心配するほど落ち込んでいたそうだ。息子であるナーガに王位を譲った後は、自室から全然出て来なくなってしまった。心配したナーガ、マルク、アルジャーノの3人が、ほとんど無理矢理フーガを部屋から引きずり出して、マーサの元へとフーガを預けた。フーガは亡くなった王妃と共にマルクが初めて妊娠した時から頻繁に孫たちに会いにマーサの家を訪れていたので、すっかりマーサ達家族とも仲がいい。マーサやクラークとは飲み友達と言ってもいいレベルの仲良しだ。マーサの家はいつでも人数が多くて賑やかだし、今は4歳になる孫2人とスティーブンとクラークの息子を育てているので、もういっそ騒がしいくらいだ。フーガは子育てを手伝いながら、マーサが斡旋した領館付属図書館で働いている。本が兎に角好きなフーガは、初めての好きな仕事をしつつ、子育てに振り回されている間に以前のように笑うようになった。フーガに懐いているアルジャーノは、フーガを心配して、今はフーガと共に完全にマーサの家に住み着いている。たまに飛竜で飛んだりしているようだが、最近はサンガレアから出ていないそうだ。マルクが妊娠するのは本当に久しぶりである。きっと2人とも驚いて喜んでいることだろう。フェリは念のため風竜に乗って自宅に向かいながら静かに笑った。







ーーーーーー
家の台所で魔導冷蔵庫にあるものを使って適当に夕食を作っていると、クラウディオが帰って来た。フェリが玄関の開く音で気づいて、いそいそとエプロンを外してクラウディオの元に行くと、クラウディオはとても驚いた顔をした。でもすぐに破顔して、フェリを抱き締めてくれる。


「おかえり、フェリ。随分と早かったな。ジャンは?」

「ただいま、クラウディオ。……実はお知らせがあります」

「ん?なんだ?」

「できちゃった」

「何が?」

「子供!!」

「!?本当かっ!!」

「うん!今1ヶ月くらい!」

「ってことはジャンの子供か!でかしたぞっ!フェリ!ジャンは!?」

「置いてきた」

「マジか」

「全速力でこっちに向かうから先に行けって」

「そうか。こっちで産むのか?」

「うん」

「子供達にすぐに知らせよう。間違いなく跳び跳ねて喜ぶぞ!」


できたのはジャンの子供だというのに、大喜びしてフェリを抱き締めてくれるクラウディオにフェリはこっそり安堵の溜め息を吐いた。クラウディオが喜んでくれてよかった。フェリは堪らなく幸せな気分でクラウディオにしっかり抱きついた。
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